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013 誕生日翌日の失態

「誕生日とは言え、飲みすぎだ」


 私の腕が力強く押さえつけられる。とりあえずと口に運ぼうとしていたジョッキがピクリとも動かない。


「あ、彼氏登場。やったね!!」


 ベアタさんにバンと肩を勢いよく叩かれ私はエールの入ったジョッキの際に頭をぶつける。痛い。


「違うよ。クロード先生はルミナ先生の彼氏じゃないよ!!」


 可愛らしい声がして私はエールにぶつけたおでこを撫でながら横を見る。するとそこにはアーチがちょこんと立っていた。そしてその隣には何故か私に軽蔑の眼差しといった、とても冷たい視線を私に向けるクロード先生も並んで立っていた。


「アーチ、まさかあんたルミナ先生が好きなの?だからクロード先生にヤキモチ?」


 ベアタさんがニヤニヤとからかうような言葉をアーチにかける。


「それも全くの見当違いだね。確かに僕はルミナ先生を尊敬しているし、比較的好きだけど、それは恋愛的なものではないし」

「ほんと?淡い初恋が歳上のお姉さんとかよくある話だけど」

「トマスさん、ベアタさんを黙らせて。それに、ルミナ先生は魔法部のエース、ユーゴ様が結婚したくないほど大好きなんだから!!」


 ほっぺたを膨らませたアーチが爆弾発言を投下した。


「は?」


 ベアタさんは一気に酔いが覚めたような顔をしている。そりゃそうだろう。好きだから結婚したいではなく、結婚したくないのだから。常人には理解し難いとても難解で複雑な乙女心だ。


「ちょっと、ルミナ。アーチに何を教えてるのよ……」

「ええと、大人の恋愛上級編を……」


 私は目を逸し、いつのまにか減っているジョッキの中身を見つめる事に専念した。


「ルミナ先生。遅くなっちゃってごめんね。あのね、これ、クロード先生と僕からの誕生日プレゼント」


 そう言ってアーチが私に差し出してくれたのは、四角い赤い包装紙に包まれた何かと、小さな花束だ。


「ありがとう。とっても嬉しい。あ、これって、ロメリア?しかもブルーのロメリアなんて初めてみた」


 私は花束を受け取りながら確認する。いくつかある中で一番目立つブルーのロメリアは魔法花と呼ばれる不思議な花だ。バラのような形をしており、おしべとめしべが夜になると明るく発光する。そして希少性がありその辺の道端に咲いているような花ではないのが特徴だ。


「実はね、クロード先生の転移魔法で秘密の場所でロメリアを摘んだんだ。クロード先生が教えてくれたけど、ルミナ先生はこのお花が大好きなんだよね?」


 私の隣の席に座り込んだアーチがこっそり耳元でそう教えてくれた。


「うん。お父様がお母様にプロポーズした時に贈った花なんだって。だから好き……って、秘密の場所?」

「それは秘密だ」


 いつの間にかトマスさんの横に座っているクロード先生が間髪を容れず私の疑問に答えてくれた。まぁ、確かに秘密の場所は秘密だろう……。


「やだ、やっぱり二人は付き合ってるんじゃん」

「付き合ってませんし」


 一応訂正を口にしてみたものの、クロード先生本人を前にすると何だか申し訳なくて、ムズ痒い気持ちだ。


「だって、アーチが白状してたし」

「僕、そんなこと言ってない」

「ふふふ。推理よ、推理。クロード先生がルミナの好きな花を知ってるって事は、それくらい二人は仲良しって事でしょ?会話の中で好きな花の話題が出てきたら、それはもう恋人よ」


 ベアタさんは自慢有りげに断言したが一体どういう原理だろうかとテーブルを囲む皆がポカンとした顔になる。


「でも、私はクロード先生にそんな話をした記憶はないような……」


 クロード先生は親切で、変な人でアーチの家庭教師仲間だ。でもそれだけで、お互いの素性を話すほど仲良くはない。そもそも世間話を交わすほど気軽にお喋りした記憶もない。

 それにお父様がお母様にプロポーズした時に贈った花に出てくるお父様とお母様とは、私が一度もあった事がない産みの親である両親のエピソード。つまり私はテオドル様が話して聞かせてくれたおとぎ話の一つだと思っている。だけど流石にそんなマニアックな話をクロード先生に話した記憶はない。ううむ。解せぬ。


「えっ、まさか、クロード先生はルミナ先生のストーカー?」


 それだ!!いや違う。と私はベアタさんの言葉に納得しかけて即座に否定した。確かにクロード先生は私を毎日家まで送り届けてくれるという謎な行動を取る怪しい人物だ。けれどそこに甘い恋愛的な雰囲気は微塵もなく、むしろ義務や職務といったさっぱりとしたものしか私は感じない。やっぱり謎だ。謎しか残らない。


「違う。それは、その、恩師のような人物に聞いたんだ」


 クロード先生が慌てたように弁解した。


「恩師のような人物とは?」


 気分は探偵とばかり、ベアタさんはエールを飲みながらクロード先生に詰め寄る。


「仕事上で知り合った人だ。まぁ、そういうことだから僕は決して君のストーカーではない」

「はい」


 焦った様子のクロード先生は怪しいが、ストーカではないという意見には同意しておいた。


「それより、早くこっちを開けてみて」


 アーチに小さな赤い包み紙に包まれた物を渡された。私はそれを言われた通りゆっくりと開封した。


「こ、こ、こ、きゃーー!!」


 私は魔法学校で所属していた、魔法部研究同好会の面々にしか晒していなかった乙女に戻り歓喜の雄叫びをあげる。


「ルミナ先生、うるさい」

「ほんと、何なの?気でも狂った?」

「見ろ、ベアタ。高音の振動でエールが波打っているぞ」

「嘘だろ……そこまで喜ぶか?」


 両耳を塞いだ面々から非難の声を浴びせられてもなお、私の興奮は収まらない。


「ユーゴ様!!ユーゴ様、こっちもユーゴ様。そしてこれもユーゴ様。やった、今月のトレカはコンプリートしたわ。あぁ、見てこのユーゴ様。何で馬房で本を読んでいるのか、もはや意味不明だけど超レアなショットだし家宝にする。絶対する。ありがとう、アーチ。それにクロード先生!!」


 私はユーゴ様のトレカを胸に抱き、涙声全開でお礼の言葉を口にした。


「ルミナ先生に喜んで貰えて良かった」


 やや引き攣った声でアーチが緊張を解いたようにふぅと息を吐いた。本当にいいこだ。


「本当に、ありがとう。アーチ大好き」


 私はアーチの頭ごとギュッと抱きしめる。


「ちょっと、やめてよ。僕はもうそんな事で喜ぶ子どもじゃない」

「とか何とか言っちゃって、真っ赤になってかわーいーい」


 横から手を伸ばし、指先でツンツンとぷっくりとしたほっぺたを突くベアタさん。


「早く子どもが欲しくなるな。クロード先生。結婚はいいぞ」


 優しい笑顔をアーチと、それからベアタさんに向けつつも、独身男性であるクロード先生に有難迷惑であろう言葉をかけるトマスさん。


「……そのようですね」


 困惑した顔でボソリと返事を返す律儀なクロード先生。


 その様子と眼の前のテーブルに置かれた青いロメリアの花とユーゴ様の写真を視界に映し、私は幸せで一杯だった。



 ★★★



 生まれて初めて、割れるような頭の痛みで私は目が覚めた。窓からの日差しが眩しくて目を細め、寝返りを打って室内に目を向けると黒い何かが視界に入る。


 アレは何だと私は目をこすり、ジッとその物体を凝視する。黒いローブに身を包んでいて、焦げ茶色の髪。まん丸の眼鏡に、痩せ型でもっさりとした男の人。その人は私の寝ているベッドの脇で腕を組んでコクリ、コクリと頭を揺らし船を漕いでいる。


「えっ、何でクロード先生がここに?」


 私の声に反応し、クロード先生が頭を上げた。そしてクロード先生はゆっくりと左右を見回し、それから両手を天井に向かって伸ばした。そこで初めてクロード先生は布団の中からクロード先生を見つめる私の視線に気づいたようで、バンザイをしたまま固まった。


「おはようございます?」

「あぁ、おはよう。では僕はこれで」


 ガタンと音を立て何事もなかったように立ち去ろうとするクロード先生のローブを私はベッドから身を乗り出し、咄嗟に掴む。


「うっ、痛い」


 急に動いたせいか、頭がぐるぐるしてなおかつ鋭く痛む。こんなのは初めての経験だと私は泣きそうになる。


「……水を持ってくるから、手を離してくれないか?」

「でも逃げられたら。この不可解な状況についての説明がないまま、死ぬのは嫌です」

「君のそれはただの二日酔いだと思うが。とにかく逃げたりしないし、ちゃんと説明をするから、先ずはその手を離せ」

「あ、はい」


 クロード先生に命令口調で言われ、私は慌ててローブを掴んでいた手を離す。するとクロード先生はスタスタと申し訳程度に設置されているキッチンまで歩き、洗って立て掛けておいたコップをむんずと掴んだ。それから周囲をキョロキョロと見回し、井戸から汲んで溜めておいた水の入った瓶を見つけると、しばしその中の水を瓶越しに眺めていた。そしてその瓶の蓋をキュポンと抜いて、今度は手を仰ぐようにして中の液体の匂いを嗅いでいる。そこまでしてようやく納得したのか、クロード先生はトポトポと音を立てながらその水をコップに注いだ。


 そして振り返り、部屋の全貌をぐるりと見回しギョッとした顔をした。


「すいません、狭い我が家で」


 私も初めて見た時は驚いたし、ここは物置小屋なのではと疑った。なんせ私の家は一部屋しかないのだ。そりゃ短い期間ではあったけれどメイド時代、手狭な部屋に四台のベッドという経験はある。けれどあれは部屋であって家ではない。


 そして現在進行系で、手狭な部屋に驚きコップを持って固まるクロード先生を見て私は思う。


 想像するに、クロード先生は確実に貴族である。本人はこの町の雰囲気と家庭教師という職業に合わせ、ややランクを落とした物を身に付けているつもりのようだ。けれど伯爵令嬢だった過去を持つ私には細かい部分に違和感を感じている。


 例えばハンカチ。当たり前のように絹のハンカチを使用しているが、それは庶民ではあり得ない。それに内ポケットから見え隠れする懐中時計とその鎖。ピカピカに磨かれているという事は手入れを毎日しているということだ。その風習も貴族の男性特有のもの。庶民である私達は懐中時計ではなく、腹時計で時間を測っている。少なくとも私はそうだ。

 それから靴が磨かれているのも怪しいし、何より、クロード先生は労働者特有の古い油や、泥や埃臭さがない。そう。纏う匂いが臭くないのである。


 つまりクロード先生は怪しい貴族で確定だ。その事に気づいて最初は叔父であるアダム様の差し金かと疑った事もあった。けれど、今の所嫌な事はされていないので、私はクロード先生をアダム様の仲間だとは思っていない。


「庶民の標準より、やや狭いかなといった感じではありますが、それでもちゃんと掃除はしてますので、見た目ほど居心地は悪くありませんよ?」


 むしろいちいち何かをする度に誰かに頼まなくてもいいし、お腹が空いたらすぐにキッチンから食べ物を漁れるし、取りたいものにすぐ手が届く。総合的に見ても大きな屋敷よりよっぽど住心地がいいのである。


「いや、僕が驚いたのはそこではなく……」


 戸惑い気味に一点に集中するクロード先生の視線の先を辿るとそこには私のサンクチュアリ。すなわち聖域があった。


「あ、そこは気にしないで下さい。私の生きがいなので」


 文句を言っても無駄ですよと私は開き直る。


「文句を言うつもりはない。けど、よくもまぁ、こんなに集めたというか、何と言うか……広報が金を刷っているようだと……意味がようやく理解出来たような……」


 私のユーゴ様グッズコーナを見て、ブツブツと小声を発するクロード先生。いいから早く水が欲しい所だと私はベッドから起き上がる。そして頭の中。脳みそがグワンとかき回されたようになり、大きくよろけて床にそのまま体ごと落ち――なかった。


「え、浮いてる!!とうとう私は無意識で魔法を使えるようになった?まさかの進化?新人類たんじょ――うわっ、痛い」


 最後まで言い終わる前に、私は急に支えていた力が抜けたように、床にふわりと顔から落とされた。結局痛い。


「わかってますって。冗談ですよ、クロード先生……って、それっ!!」


 私はダダダと四つん這いでクロード先生の足元まで移動し、そのまま痛む頭を気力で抑え込む。そしてクロード先生が杖を握る手をしっかりと掴んだ。


「うわ、やめろ。水が溢れる」


 もう溢れています。主に私の頭に。それより何より――。


「こ、これは……こんないいものが……くっ、私が王都を離れている間に発売されていただなんて悔しすぎる。やっぱり限定発売だよね。絶対そうだよね。あぁ、リサーチ不足な自分が猛烈に悔しい」


 クロード先生の手に持った杖。一見普通の杖のように見えるが、マニアが見たら一目瞭然。これはユーゴ様の杖のレプリカに違いない。


「いいな、いいな。この柄の部分についている魔石は、代々の公爵家に伝わる古の魔石ですね。うわー、凄い。本物みたいに透き通っていてとっても綺麗」

「…………」

「あっ、この傷は、三年前のものですよ。ユーゴ様は魔法学校のお昼休みに木の上から降りられなくなった猫を見つけて、それでその猫を助けたんです。それなのに、その猫に引っ掻かれた時の傷なんです」

「何でそれを……というか、詳しいな」

「そりゃもう、私はある意味ユーゴ様のストーカーですから。あ……」


 私はクロード先生の杖を掴んでいた手を離す。


「すみません。今のは内密にお願いします」

「そんなの誰かに話せるかよ。って、頭はいいのか?」

「ええと、ユーゴ様関連に関して申し上げますと、とっくの昔に駄目かと思われます」

「違う、君は二日酔いなんだろう?いいからここに座ってくれ」


 ピシリと指差した先はダイニングテーブルと揃いで買った中古の椅子。偶然にも二脚セットだったので、私はあいた方の席をクロード先生に「どうぞ」と勧めたのであった。

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