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52日目

 事件から翌日たった朝、幼い僕は九時頃に目を覚ました。


 目をこすり、ベッドから降りる。そして、幼い僕は部屋のドアノブをひねる。


 しかし、今日はリビングに行きたくない気分だった。こんなことは今までになかった。


 誰にも会いたくない、何も食べたくない。そんな気分だった。


「…………」


 心が(なまり)のように重くなる。顔もうつむいて、いつもの僕じゃない感じだ。


 すると、部屋の向こうの方からドアが開く音がした。


「父さ、ん……母さん……」


「アルト、昨日はごめんなさいね」


「父さんたち、昨日の間に色々考えたんだ」


 父さんと母さんは、昨日の出来事なんてなかったかのようなにこにこ笑顔だ。その感情の変化に、幼い僕は怒りと恐怖を覚えた。


 ころころ変化する人間の感情に腹が立ち、あんなに喧嘩したのに笑顔でいられるのが何より怖い。


「考え、って……?」


「アルトは、私たちとは別の家でお泊まりしてもらうの。家も広いし、快適よ」


 母さんがとびきりの笑顔で答えると、父さんも続けて言う。


「そうさ、お前だけ特別なんだぞ~? 業者も呼んであるし、しばらくの間はお別れだな」


 お別れという言葉に、幼い僕は不安を覚えた。


「アリアは? テナーに、エレジーおばさんはどうする、の……?」


 父さんと母さんは一瞬怖い顔をしたのを、今の僕は見逃さなかった。


「アリアちゃんやテナー、妹のエレジーは後から来てくれるわ。よかったわねぇ」


 そう言い、母さんは優しく僕の頭をなでてくれた。


 これが、僕が最後に受けた母親の愛情だった。


「そう、なの……?」


 僕の問いに、父さんは答えてくれた。


「あぁ、そうだよ。もう少ししたら来るから、待ってておいで」


 そして、父さんも僕の頭をなでてくれる。これも、僕が最後に受けた父親の愛情だった。


「ライム……。ライムは、どうなる、の……?」


 けど、何か引っかかるところがあった。僕はその事を言うと、母さんは悲しそうな顔で口を開く。


「アルト、あの子……ライムはね。離ればなれになるの」


「離、れ……」


 幼い僕はショックでしばらくの間、言葉が出なかった。それを気に病んだのか、父さんと母さんは僕を抱きしめる。


 これが僕が最後に受けた、両親からの愛情だった。


「ごめんなさい、アルト。しばらくの我慢よ。少ししたら、また皆に会えるわ」


「うん、分かった……」


 それを最後に両親は部屋から出ていき、引っ越し業者の人たちが続々と部屋の家具などを片付ける。


 僕が棒立ちになっていると、こんな会話が聞こえた。


「はぁ。これで、やっとあの忌々しい子から離れられるわ」


「君もいいアイデアを考えるじゃないか。アルトを軟禁(なんきん)するとはね」


「えぇ、これで我が家は幸せに暮らせるわ。あの許嫁(いいなずけ)の子と従者には、実家に帰ってもらいましょう」


「あぁ、それがいい。あと、ライムは……」


「あの子は教育し直すわ。あの子はまだマシな方だもの」


 その時の僕には意味が分からなかったが、今の僕にはこの意味がはっきりと分かった。

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