親子の絆と呪縛
夕闇に染まるビルの屋上で対峙する金色の天使と白き凶獣。満月のみがその行方を見守っている。
「強烈な一撃ではあるが、やはり暴走中の制御不能レベルの魔力には及ばないようだね。 それではこの鎧を砕くにはまだ足りない」
「勘違いすんな。 あそこじゃ雪菜をかばって戦うのに手一杯だからここまで連れてきたってだけだ」
「ほう……」
浪の言葉は真実か、はたまたただの強がりか。判断しかねる橘はひとまず衝撃波による遠距離からの攻撃でけん制する。ビーム状ではなく前方広範囲に広がる一撃だが、その魔力量により威力もかなりの物である。
しかし、相手が防御に回ると判断し自らの視界を遮ったのは大きな過ちであった。
浪は剣先に魔力を集めると、放たれた一本の矢のごとく魔力波の中を突き抜け、一瞬で橘の隣まで移動した。
「これで、どうだァッ!!」
「くうっ!?」
剣の先端に集められた魔力が、鋭い突きとともに橘の右わき腹へ炸裂する。
二重の装甲が砕けついに、橘の実体に僅かに傷がついた。
いかにヨルムンガンド検体達の魔力を結集させ最強に近い存在となっても、中身はまだ実戦経験のほとんどない研究者。浪の動きについていくのは不可能だ。
いかに僅かなダメージであっても、鎧を砕けたという事実は大きい。
橘はとっさに腕を大きく振り回し浪に距離を取らせると、急いで鎧の穴を修復した。
「まさか……、魔力波を容易く抜けた上に、二重の装甲まで破ってくるとは」
「ちっ、貯めた魔力全部放っても破るまでしか行かねーか……。 空いた穴修復されるまでに剣で一撃入れるしかないが……」
先ほどまでと比べれば、確かに状況は好転している。
しかし神化状態であっても、物理的な耐久能力にそこまで変化はない。コモンファクターの鎧で強化された打撃を食らえばひとたまりもない以上、浪も気軽に追い打ちをかけるわけにもいかないのだ。
浪は真剣な表情を崩さぬまま、再び魔力を高めていく。
しかし一方の橘は、突破される可能性が生まれたというにもかかわらず、いまだ余裕の表情と態度を崩さぬままでいた。
「なるほど、僕が君の動きを追いきれない以上、まともに戦っていては隙を見て攻撃を当てられてしまうかもしれないね」
「いつまでも余裕見せてられると思うなよ……!!」
「おっと、そのままただ突っ込ませるわけにはいかないね」
そう言って橘は先ほどと同じように広範囲へ魔力波を放った。同じミスを繰り返すような男ではないはず、と少し疑問に思いながらも、浪は先ほどと同じように魔力波を突っ切って次は左後方から攻撃を仕掛ける。そこで橘が大きく尻尾を振り回して迎撃するも浪はそれを完全に見切り、雷をまとって機敏に回避すると真っ正面へ移動し胸元へ剣を突き立てた。大きく雷撃がさく裂し、再び橘の実体があらわになる。
しかし、橘はやはり焦る様子もなく自分を中心として大雑把に魔力を放出して浪に再び距離を取らせた。
さらに上方から魔力の矢を降らせ追撃するが、浪は雷ではじいて難なく切り抜けた。
特に気を払う必要すらない雑な攻撃。しかし橘はさらに魔力の球を次々に放ち、最後に極太のレーザーを放った。やはり浪は剣で魔力弾をはじいていったあと、レーザーを回避し橘へと接近した。
すると橘は自分を中心にでたらめに魔力の矢を降らせ、浪は急いで雷でガードしたのち仕方なく再び距離をとる。
「なんなんだ一体……、当てる気がねえのか大雑把すぎるだろ」
『いや、これはまずいよ浪。 このままだと……』
でたらめに魔力を放ち続ける橘の意図を、エルは理解していた。
それを伝えられたであろう浪の反応を見て、橘がその真意を語る。
「気づいたようだね。 そう、今のところ君の攻撃力が勝ってるようだが……。 君は有限、僕は無限だ。 君を少し消耗させれば、いずれ装甲を貫けなくなる」
「ちっ、姑息な真似を……!!」
敵の真意を知り、浪は焦ったように距離を詰める。
橘は再び自身を中心に魔力を放出するが浪の一撃はそれを難なく貫きそのまま橘の右わきの装甲を砕いた。しかし、そのまま間髪置かずに繰り出された斬撃は、すぐさま右腕の装甲にかばわれてはじかれた。
「ふふ、装甲が砕かれた位置以外であれば何処に当たろうが問題ないのなら、さすがに反射的にかばうことぐらいはできるさ。 さて、先ほどより装甲に開けられる穴が小さくなったようだが?」
橘の思惑通り、少しずつではあるが確実に浪の魔力が落ちてきている。それに加え、慣れない完全な神化状態の維持と大きく動き回らされていることによる体力の消耗も無視できない。
しかしその状況でもまだ、浪の瞳から光が消えることはない。
いやむしろ今、彼の瞳に大きな光が宿った。その理由を、魔力を持ったばかりで扱いに慣れていない橘は察することができなかった。
『いい目してるね。 何か思いついたことでもあるの?』
「考えなんてないよ」
そう言って笑うと、ふうっと息を吐いて魔力を全身に込めた。
「いいのかい、そんなに魔力を使って。 それを無駄打ちしてしまったらもう装甲を貫くことさえ難しくなると思うがね!!」
「ここで使わず……、いつ使うッ!!」
橘が言いながら魔力波を放ったと同時に、浪がその中を突っ切る。今度は回り込むことなく正面から。そして橘の振りかざした腕と剣が触れて小さく後ろへはじかれたところで、思いっきり雷撃を放ち続けた。
「ははは、一転集中させなければ装甲を砕くことはできない!! 無駄打ちし続けるだけだ!!」
「分かんねえよなお前には……。 俺は最初からあいつのことを信じてたんだよッ!!」
「何っ!? まさか……!? いや、これは!! 魔力が急激に低下して……ッ!?」
「終わりだああぁぁぁァァァァッ!!」
魔力装甲の白が濁ったかに見えた刹那、大きなひびが走った。浪がため込んだ魔力を一気に放ち、雷撃が大きく炸裂して煙が立ち込める。
翔馬がシロを解放したことで魔力量と安定性が一気に低下した橘に、浪の魔力を受け止めることはできなかった。
煙が晴れた屋上を月あかりが照らす中、片膝をついた橘は生身でうなだれている。
しかし、まだ彼はあきらめてはいなかった。浪が決着がついたと気を抜いた一瞬、橘はにやりと微笑むと再び魔力装甲をまとい突っ込んできた。
「っ、まだ動けたのかよ!!」
『ダメージでまともに動けないはず……。 魔力で無理やり装甲を動かしてるんだ!!』
激痛が襲っているはずの全身を、執念と言わんばかりの意思で無理やり動かすその姿に、浪もエルも恐怖に近いものを感じた。
「くそっ、もう体力が……」
浪はかなり息が上がって橘の攻撃をよけ続けることが困難になってきていた。シロという一番大きな供給源を失い大幅に能力が落ちているため剣で攻撃を受けきることはできるものの、疲労がたまっている状態では反撃に転ずることが難しい。
「僕は……、負けるわけにはいかないんだよ!!」
「何があんたをそこまでさせるッ!?」
「SEMMは家族を……、娘を守ってはくれなかった。 他人など信用してはいけない、自分ですべてを守れなければ……!!」
橘もまた、アニマ襲撃で家族を失ったのか。浪は半狂乱状態で振られた腕にはじかれるようにして距離をとった。
「また魔力が上がってやがる……!!」
『感情の高ぶりで今度は彼が暴走状態になったみたいだ……!! リンクした検体達が彼の魂に影響を受けて限界以上の魔力を供給してるんだと思う』
「くそっ、魔力はまだ残ってるが体力がもう……。 目がかすんできやがった……っ」
暴走状態の橘がうなるように続ける。
「お父さんは世界を守る仕事をしているんだって……、娘は嬉しそうに話しまわっていた。 それを……」
そして、叫ぶ。
「嘘にするわけには、行かないのだアアァっ!!」
咆哮とともに放たれたレーザーを浪は間一髪で回避し、舌を鳴らす。そこで、エルがポツリと言った。
『あなたも、人の親だったんだね。 絆が強かったからこそ、おかしくなってしまった』
「エル、お前……」
『彼への止めは、私に任せてほしい。 今の君なら……、ごくわずかではあるけれど私を本来の姿で具現化できるはず』
橘の姿に、エルが何を思ったのか。浪にははっきりとはわからなかったが、彼女の真剣な言葉に強く頷くと、エルを外へと顕現させる。いつもの小さな姿だ。そこに、ありったけの魔力を注ぎ続ける。
「第二柱、天使王ミカエル……、その真の姿をここに……!!」
白き獣が再び放った巨大なレーザーが、エルに当たった瞬間に大きくはじけた。そして大きな翼がブワッと開かれた瞬間、発生した衝撃波で打ち消され、その衝撃はそのまま橘まで届いて彼を大きく弾き飛ばした。
そこには背に輝く六枚の翼と金色の天輪をいただく、神々しい天使の姿があった。美しく伸びた金髪は雷の魔力を帯び、戦乙女を彷彿とさせる鎧を身にまとう。
しかし暴走状態の橘はひるむことなくミカエルへと飛び掛かった。
「君の誓いを果たしたい気持ちはよく分かったよ。 でもね」
ミカエルは目を閉じ右手を前へとかざとかざすと、カッとその目を見開いた。
「愛する娘が堂々と!! 父が世界を救ったんだと誇らしく言える方法じゃなければ意味がないでしょうがっ!!」
叫びとともに放たれた雷は、暴走状態で強化された装甲をいとも簡単に砕き、凶獣はついにその歩みを止め、崩れ落ちた。
いつの間にか、空はわずかに明るくなり始めていた。




