嵐の前に
異界組が抜けている間、居残り組は三人のことを常に気にかけながらも各々普通に学校に通ったり、SEMMでの業務にあたったりしながらその帰りを待っていた。
その日はアンリからもう少しで三人が帰って来ると聞いていたので、礼央も連れて全員集合しているようだ。いつもどおりエントランスで集まり、先に異界の穴へ状況確認をしに行っているアンリから連絡がくるのを待っているのだ。時間的にはもうそろそろ動きがあるはずである。
あらかじめ無事を知らされているためたいていのメンツはのんきなものであるが、先日調査任務にて苦い思いをさせられた二人は若干口数が少ない。凰児はともかく、普段うるさい翔馬がおとなしくしているため、たまにシロが心配そうに視線を送っているが、任務失敗に落ち込んでいるというよりかは考え事をしているといった様子だ。
そのまま翔馬が凰児と二人でみんなと少し離れた別のテーブルで物思いにふけっていると、突然雪菜に声をかけられた。ぼーっとしていて彼女に気づいていなかった翔馬は驚きで少しビクッと体を震わせて反応した。
「もう翔馬さん、連絡来たから行こうって言ってるのに!!」
「あぁ、ごめんごめん。 それじゃ車出さなきゃな。 帰りに三人増えるから乙部さんにもついてきてもらわないとな」
詳しい事情を聴いていない雪菜は翔馬の態度に若干怪訝そうな顔だが、特に詮索することはしない。そのまま乙部を待って異界の穴へと向かうことに。
異界組の出発前と同じ場所に車を止めると、アンリの待つ場所までぞろぞろと集団で向かう。転勤してきたもの、異界から送られてきたもの、自らの出自がわからないもの、それぞれ事情があるものの随分人数も増えてきたものだ。
前回いなかった礼央は興味深そうに辺りを見渡す。
「へえ、ここが異界とつながる穴なんだ?」
「ここだけがつながっている訳ではないわ。 ここらで一番大きな穴っていうだけ。 SEMMの拠点の置いてある三都市にそれぞれこういった場所があるわ」
「あ、そういう基準で愛知と京都に支部があるんだ、へぇ……」
アンリが軽く礼央に説明するが、反応を見る感じでは礼央以外にも初耳だった人間が何人かいるようだ。というより、異界の穴自体公開されていない情報で一般隊員は基本知らないため、この場では乙部とアンリくらいしか知らなかったようだ。
異界の穴に変化が現れるまで各々雑談をしていると、乙部の電話が鳴った。乙部はポケットを探りつつ話をしていた凰児と翔馬に一言断りを入れると電話を取る。
応対の内容を聞く限り誰かに何かしら頼みごとをしていたようで、それに対する報告のようだ。乙部は相手の話にひたすら相づちを打っていたが、あるとき突然驚いたような嬉しいようなトーンで声を上げた。
内容が気になるが、しばらくして電話が終わり翔馬が声を掛けようとした瞬間に異界の穴に変化が起き始めた。
「あ、皆見て!! 三人が帰ってくるみたいだよ!!」
雪菜がはしゃぎながら穴の方を指差す。結界が開きっぱなしの状態なので浪たち以外のものが出てくる可能性も無きにしも非ず、五連星の二人とアンリはギリギリまで身構えていたが、ネフティスの見送りがあったこともありそれも杞憂だったようだ。
まもなくして、滑り台から出てくるような要領で見慣れた三人が異界の穴から勢いよく飛び出してきたのを見て、いの一番に雪菜が着地した浪の首元に飛びついた。
「よかったぁ!! 無事に帰ってきてくれて……、心配したんだよ!!」
「あはは、心配かけたな。 おかげさまでエルも元通りにできたよ。 ところで……、そろそろ離してもらっても……」
「!! わわっ、ご、ごめん!! つい……」
少し赤くなって遠慮がちに言う浪に対し、雪菜はさらに赤らめた顔をして急いでその手を離した。仲の良さで言えば凛も浪も同じくらい大切に思っているであろうが、やはり一時的に戦う力を失っていた浪の方が気がかりになっていたのだろう。
「話は聞いたわよ、数日の間にいろいろあったみたいね。 クレズネに絡まれてよく無事だったわね、お疲れ様」
「ああ、井上もありがと、な……」
「……、主の事を詳しく聞いたみたいね。 私にだって自分の意志くらいあるわ。 今は余計な心配はしないで」
どこかよそよそしく感じる浪の返事にその心の内を感じ取ったアンリが鋭く返すと、浪は驚きを浮かべつつ、心のどこかで彼女と距離を置こうとしてしまっていたことに反省した。
「悪い、マキナさんがどういうつもりだろうとお前はお前だもんな」
「えっと、アンリちゃんたちなんの話ししてんの?」
「みんなにもあっちであったことは話すよ。 とりあえず……、今はゆっくりしたいかな」
ぽかんとした様子の翔馬の問いに、浪は疲れた様子の苦笑いで答えた。
その後全員で支部へと帰還すると、乙部は何やらいそいそと執務室へ向かってしまった。
先ほどの電話の内容についてもまだ話は聞かせてもらえず、普段の彼の振る舞いからまた裏でなにかしているのではと疑いの目を投げつつも翔馬と凰児はとりあえず帰還した三人がくつろげる場所に移動し話を聞く。
結界を解いて異界に行ったなどという内容は流石に玄関ホールで話せる事でもないので、乙部の権限で会議室を貸し切ってそこへ移動した。
今更ではあるが、SEMMが現在進めているプロジェクトでも、彼らの『傲慢の王討伐作戦』は最重要項目の一つ。それに関わる彼ら自身と一部の幹部しか知らないことであるが、普通に礼央がついてきていることを乙部は以前から咎めようとはしない。今回も普通に会話に参加しているが、ついに浪がそれを疑問に感じたようだ。
「そういえば前々から思ってはいたんだけどさ。 俺たちがやってることって本来部外者には話せないことだろ? なのに礼央、お前いつも普通についてくるよな」
「乙部さんと緋砂さんにお願いしてOKもらってるからね」
「なんでOKが出るんだよ……。 でも確かにこの部屋とかも普通に関係者以外立ち入り禁止だけど……、礼央がついてくるのを師匠も緋砂さんも止めないよな」
「まあ、蚊帳の外になるのが嫌で首突っ込んできたからにはいつかバレるかとは思ってたんだけどねえ……、隠すのも限界か。 実のところ僕も『部外者』ではないのさ。 運命の子ではないけどね」
何気ない質問に対する突然の暴露に、全ての者が凍りついたように止まった。自分もSEMMの関係者である、暗にホルダーであると言っているようなものだ。しかもなにかの理由でそれを隠していたということは何かしらの事情があると見ていいだろう。
「嘘でしょ!? 礼央がホルダー!? お姉ちゃんもそれ知ってるの!?」
「そもそも緋砂さんが僕の能力鑑定をしたからね。 半年くらい前のことだよ」
雑談している時と変わらない調子で話す礼央に、浪は若干眉をひそめて問う。
「なんで今まで隠してた?」
「うっ、それはだって……、ねえ?」
「今回ばかりは真面目に答えてもらうぞ」
真剣な表情で問い詰める浪に、礼央は若干苦笑いだ。引き下がろうとしない浪に凰児が仲裁に入ろうとしたとき、応接室の扉が開き礼央に思わぬ助け舟が入った。
「悪いねえ浪、問い詰めるのは勘弁してやってくれ」
「お、お姉ちゃん!? どうして……」
「お忙しい支部長に替わって報告内容をまとめるためさ」
扉から現れた緋砂に、浪は変わらず厳しい目線を投げる。彼女も礼央の秘密を知っていた人間だ、当然だろう。
「緋砂さんも知ってたんすよね?」
「ああ。 あたしが最初に、そいつがファクターに目覚めてるんじゃないかって気付いた張本人だからね。 かわいそうなもんだよ、幼馴染二人のため力になりたいと悩んで悩んで、やっと発現した力が、あれじゃねえ……」
「……、えっ?」
緋砂のなんだかかわいそうなものを見るような目でこぼされた苦笑い混じりの一言に、浪の顔が少し崩れた。
「察してやってくれ、とても言えるようなもんじゃないのさ。 戦いはおろか、日常生活においても何の役にも立たないくらいだ……、隠したくもなるさ」
能力自体が役立たずで話したくなかった。
普段おどけている礼央の上辺だけしか知らないものであれば、それだけ聞くと笑い話にできるかもしれない。しかし、彼が普段浪と雪菜の戦う姿を見ていることしかできないという立場にいかに苦しんでいるか知っているものであれば、とても茶化すことなど出来はしない。
浪も雪菜も、それ以上追求する気にはならず意気消沈したようにおとなしくなった。
「大丈夫、いつまでも悩んでてもどうしようもないからね。 僕にだって何か出来ることはある。 今は緋砂さんの手伝いとかしてるんだ。 二人にバレないようにこそこそしてたけどこれからはその必要もなくなるね」
「ああ、お前にはもう何度も助けられてるよ。 事情も知らずきつく言って悪かった。 あと……、ありがとな」
「や、照れるなあ……」
二人が和解し落ち着いたところで、異界であったことを三人が事細かに話していく。メインは浪で、凛がところどころ補足しているようだ。十和は話を振られても緊張してまともにしゃべれない。凛や雪菜はもう普通に話せるが、おそらくほぼ初対面であまり愛想も良くないアンリがいるせいもあるだろうか。
話が進み、やはり『異界と人間界の輪廻』についてのところで全員が食いついた。
しかし驚愕の表情を浮かべながらも誰も割って入るようなことはせず、浪が話し終えるのを待った。
「これがあっちであったこと、聞いたことの全てだ。 まあ気になる話題はやっぱり……」
「アニマと人間が……、生まれ変わりの関係……。 にわかには信じ難いね」
「俺もまだ冷静に受け入れてるわけじゃないっすけどね……。 おそらくエルならもっと詳しく話せるけど、今はまだ本調子じゃないから外に出すのは控えたいっす。 ちょうどエル以外にも詳しく話せる奴がいるみたいだし」
凰児の言葉はほかの全員の気持ちを代弁していた。疑っているわけではないだろうが素直に受け入れられないのも仕方ない。浪もそれ以上のことは聞いていないが、マキナが簡潔に済ませたのも人間界に事情を知っているものがいるからこそだろう。
浪に目線を向けられたアンリは鼻でため息をつくといつもどおり愛想の悪いまま答える。
「別に、それが全てよ。 アニマは人間の生まれ変わりで、無意識に人間界に対する帰巣本能がある奴がいる。 本能には強弱があって、天使と機械魔、太陽の一族あたりはそれがほとんど無いのよ。 まあ簡単に言えば異界が平和であればいいっていう連中と人間と戦争してでも人間界に行きたいって連中が争ってるのが今の異界の現状よ」
「人間の時のこと覚えてる奴が居るって聞いたけど、やっぱ本能が強いやつってのがそうなるのか?」
浪の質問にアンリは少し悩んだような表情の後口を開く。
「リメンバーと言われる連中は過去にも敵側にしか現れていないからよく知らないのよね。 まあでも、敵側にだけって事は確かにそういう傾向にあるとも言えるかもしれないわね」
アンリの話がひと段落つき、それ以上聞けることがないと悟ると少しの間全員が無言になってしまった。
「まあ、深く考える必要はないわよ。 敵について余計なことまで知ろうとする必要なんてない。 人間にだって犯罪者はいるし、アニマにも協力者はいるわけでしょ? なんでも同じじゃない、もともと人間だったからとか言うなら相良憂とも戦わないつもり?」
「まあそれもそうだな。 どっちにしろ相手が誰だろうと戦うしかないんだ。 アニマがなんだろうと関係ない」
「案外ドライなのね? あなた以外のみんなはまだ心の整理がつかないみたいだけど。 まあ、話題を変えましょうか。 セブンスシンという連中の話をしてあげるわ」
空気を変えるためか、アンリは皆の気を引く話題を取り上げ強引に話を変えた。これから戦うかも知れない相手ということもあり、考え込むように黙っていたメンバーも彼女の話に耳を傾ける。
「いわゆる七つの大罪ってやつね。 傲慢、怠惰、憤怒、色欲、嫉妬、強欲、暴食の順にルシフェルを筆頭とする七体の魔王で構成された連合よ。 上位三体が十柱に名を連ねるけれど、それ以外の四体も並のアニマとは一線を画す力の持ち主だわ」
「敵勢力はいくつもの国が協力してるって事か?」
アンリは浪の問いに頷きさらに続ける。
「そもそも一国のみで語るのであれば、自国のみで十柱のうち三体を有するメタリガイアにはルシフェルの国であろうとも手出しできない。 奴らは手を組むことで優位に立っているの。 その代わり、協力とは名ばかりでそれぞれが自分の国のことしか考えていないから動きが遅いわ。 主やクレズネはもちろん、同盟国のメジェドやネフティスも本気でやり合うとなればお互い相当な被害が出る。 どこの国もその役目を嫌って漁夫の利を狙っているのね。 そういう面を含めれば今はお互いの力が拮抗していると言える。 だからこそ主は、あなたたちがそれを崩すことを期待しているのよ」
マキナの話では、まだその七体の相手をどちらがすることになるかわからないと言っていたが、少なくとも上位二体については明言していた。ルシフェルはもとより、リメンバーと噂される第三柱ベルフェゴールは相手取ることになるであろう、と。
緊張する一同に、アンリはあまり心配していないような雰囲気で軽く続ける。
「まあ、上二体以外はメジェドや私を本気にさせたあなたたちならなんとかなるわよ。 むしろその二体のために他で経験値積んでおかないと困るし、こっち来てくれたほうがいいくらいだわ」
「簡単に言ってくれるぜ……」
「簡単に済ませてくれなきゃ困るわよ? ま、これから忙しくなるかもしれないし休めるときに休んでおきなさい。 気持ちの整理をする時間も含めてね」
とりあえず、これで話せる内容は全て終わったようだ。
少しの時間が流れ、気持ちの整理がつきはじめた頃を狙ったかのように乙部が部屋の扉を開け姿を現した。
「すみません皆さん、本部に報告していた内容について返答があったもので。 翔馬君、凰児くん。 例の男について本部から指令が出ました。 先ほどの電話はそのことについてです」
「!! あっちはなんて!?」
「五連星を二人相手できるような未登録ホルダーを野放しにするわけには行かないと。 二人にはもう一度彼と接触してもらうことになります」
食いつく翔馬と凰児に対し、異界に行っていて事情を知らない三人はぽかんとしている。乙部の言葉に困ったように凰児が返す。
「でもまた戦っても同じ結果になるだけじゃ……」
「ええ、なので当然助っ人がつきますよ。 それもとびきり心強い方です。 一人はアンリさんに、もう話はしてあります」
「一人は、って事はもう一人いるってことですか?」
「ええ。 相手の厄介なところは重力による広範囲への不可避攻撃によりこちらの動きを封じてくることでしょう。 ならばこちらも不可避の攻撃手段を持つ方を当てましょう。 ……、一時的に本部より五連星の一人……、『音撃』の北上閃人さんに協力していただけることになりました。 翔馬くん、ちゃんと仲良くしてくださいよ?」
まだ見ぬ五連星最後の一人、その名を聞いて、凰児は驚いたような顔を、釘を刺された翔馬はあからさまに嫌そうな顔をした。
支部長クラスの力を持つ男と早速の再戦、再び五連星ふたりがメインになりますが、名前だけちらっと出ていた最後の一人が登場です。翔馬はあまり人の好き嫌いをせずフランクに接するタイプですが、最後の一人とはあまり気が合いません。理由は単純なものですが。
この話で、物語の大きな謎のうち一つが明かされる予定です。
では、ありがとうございました。




