表と裏、廻る世界
太陽の一族の助力を得て異界へと渡り二日目にして、早くも目的となる相手を前にした浪たち一行。たった今起きたショッキングなアクシデントに未だ動揺が治まりきらない様子の浪だが、それよりも何よりエルの状態が心配だ。
「えーっと……」
「マキナと呼んデくれて構わナいよ」
「じゃあ、マキナさん。 力を使いすぎたエル、じゃなくて……、ミカエルを復活させることが出来るって聞いてきたんですけど、どうすれば……?」
「今から僕ノ言うトおりの手順デ魔力を練ってもらエるかい? まずはミカエルを体ノ外へ顕現する時ト同じイメージで……、そうだ。 次はそこへ自らノ魔力を注ぎ続けルんだ。 実体化できテいなくてもミカエルの魂ノ一部は今君ト分離して外にある。 そこへ魔力ヲ供給し続けルんだ。 そのまマ続けて……、あとハ僕の方デ」
マキナに言われるまま浪は目の前にエルが顕現しているイメージをして、そこに向かい魔力を放ち続ける。その最中、マキナは両手を前にかざしローブの裾からケーブルが伸ばすとその先に針のような突起を作る。
「少し痛むけレどそのまま集中しテいてくれ」
そう言うとケーブルの針を浪の両腕へと注射をするように突き刺した。チクリとした痛みに少し顔を歪めるが、浪はすぐに集中力を取り戻し魔力を注ぎ続ける。
しかしその後マキナがケーブルを通し浪へと魔力を送ると、凄まじい吐き気と倦怠感が彼を襲った。
「うえっ……!? 気持ち、悪い……。 めまいが……!!」
「耐えテ。 ミカエルを蘇らせルんだろう」
苦しみ悶える浪に、マキナは無慈悲に言い放つ。凛も十和も心配そうな表情でただただ見守ることしかできない。スカラベとクレズネも彼を案ずるような表情を浮かべるが言葉は出さない。
ネフティスだけが何を考えているともわからない表情で真剣に浪を見つめていたが、ふう……、とため息を吐くと浪へと手をかざし何かの魔術をかけた。
「……、あれ? 吐き気が収まって……、体が少し楽になった?」
「全く情けないわねえ、魔力耐性を上げる術をかけてあげたわあ。 さっさと終わらせなさい」
「悪いな……、サンキュー。 よし……、一気に終わらせるぜッ!!」
少しよくなったとは言え未だ脂汗を浮かべているが、気力を振り絞ってマキナから受け渡される強大な魔力を雷の力へ変換し送り続ける。そうするうち、ついに目の前に光の塊が現れ、それはだんだんと見覚えのある形へと変化していく。
手応えを感じた浪がスパートをかけるように叫ぶとともに一気に魔力を送ると、光の翼を持った天使は完全にその姿を取り戻し彼の前に現れた。マキナがケーブルを抜いて収納したあとで、ふわりと金属の床に降り立つとエルは困ったように微笑んだ。
「エル……っ!! 俺が、俺がわかるか!?」
「何を当たり前のことを言ってるの、何年一緒にいたと思ってるのさ。 ……、ごめん、心配かけちゃったね。 ありがとう」
浪は感極まって言葉を失い、エルの言葉に返すことができずただただ涙目で頷いた。十和が釣られて泣き出すのを、凛とネフティスがとなりで呆れながら見ている。
落ち着いたところで、エルはマキナの方へと向き、口を開く。
「迷惑をかけちゃったね。 おかげで助かったよ」
「礼などいラないさ、『システム』ニ従いすべきことヲしたまでだ。 それよりもミカエル、君に聞いテおきたいコとがある。 君は僕らにとっテ最も重要な戦力ダ、何者かわからナいままでは話になラない」
礼を言っている割にエルは若干不服そうにも見える。
マキナの意味深な問いの意味を、エルは理解している様子だ。無言のまま言葉を返さない彼女だが、マキナは一方的に続ける。
「君は僕たちノ知る『ミカエル』とハ少し違うね? だがいわゆる『二代目』でもない」
「二代目?」
マキナの言葉の意味を理解出来ない浪が思わず割って尋ねる。この件について知っているのはアンリから聞いている凛のみだ。
「アニマにとって名前は称号で、受け継いでいくもんなんだと。 ……、だが今の話からするとコイツは先代からミカエルの名を継いだ訳じゃないのに、以前のミカエルとは違う存在……、って事か? メジェドもそう言ってたって雪菜から聞いたな。 ミカエルは雷じゃなく光の天使だったはずだって」
「答えたくハないという顔ダね。 それは僕に対しテなのか、それトもアマデウスの少年ニ対してなのか」
死にかけだった割にちゃっかり重要な話を聞いていた雪菜が、凛にそれを伝えていたことにエルは若干苦い顔をした。
そのままの表情で黙っているエルだがマキナの無言のプレッシャーに、仕方なく口を開く。
「……、メジェドに聞いてると思うけど、その通りだよ。 彼の予測は当たっている。 それを聞いていれば私が話すのをためらう理由も君にはわかるはず。 ……、機械仕掛けの君にも一応感情というものが理解できるはずだよね」
エルの言葉は機械魔一族の感情が薄いというような言い草にも聞こえるが、クレズネやアンリを見る感じではそんなことはなさそうである。
「……、なるほど、いいダろう。 君が人間の考え方に限りなく近いのもそのせいか。 天使一族ハもともとアニマとしテの本能が薄い奇特ナ種族だけレどね」
「奇特、ね……。 君に言われたくはないけど」
エルの若干挑発的な物言いに浪たち三人、特に十和は冷や汗を浮かべてあわあわしている。あの圧倒的な力を見たあとでは、凛でさえも若干緊張の色が見えるほどなので仕方ないが、クレズネの弁ではマキナが機嫌を損ねたりすることはないそうだ。
それにしても、怒らないからと相手を挑発するようなエルではない。何かしらの事情で彼に苦手意識があるのだろう。
エルの答えに一応納得したマキナは、次は浪たちへと話を振る。今度は質問に答える側としてだ。
「さて、ここマで来たご褒美というわケじゃないけれど……、聞きたいことを聞くといい。 ミカエルが答エないことデもわかる範囲で答えてあげルよ」
「ちょ、何を勝手に!! 私たちだって好きで隠してるわけじゃ!!」
せっかく落ち着いたと思ったのだが、マキナの発言に再度エルが噛み付く。十柱としてはエルの方が高位だが、マキナのペースに振り回されているように見える。
「話す事のリスクは把握しテいるよ、敵の正体ヲ知ったら萎縮しかネないからね。 しかしソれが土壇場で判明するこトこそが一番危険だよ。 例えば避けらレない相手に絞ったトしてもだ……。 第三柱ベルフェゴールが『リメンバー』ダと言う噂がある」
「馬鹿な、彼はそんなこと……」
「ベルフェゴールは君がいナい間に代替わりしテいる。 しかも……、新しい三柱は生まれテまだ一五年程ノ若年のアニマだ」
「そんなまさか!? アンリマンユより若く、強力なアニマが……。 状況は悪化してる、か……」
二人の会話においてけぼりを食らっている三人。どうやらネフティスたちアニマ組は普通に理解しているようだ。
「いや、俺たちまだ何も聞いてないんだが……」
「あなたたちが知りたいだろう情報で私たちが知ってそうなことってほとんど一つしかないじゃないっすかー。 アニマがなぜ侵略してくるのか、っすよね」
相変わらず場違いな元気を振りまきながらクレズネが笑って言う。あまり頭の回るイメージはなかったのだが、その意見は的確であった。
浪は素直に疑問に思っていることを口にする。
「……、普通に人間界って世界に価値があるのかと思ってたんだけどさ。 正直異界って土地余りまくってるよな? 人間と殺し合いしてまで侵略するメリットってないと思うんだ」
「そっすねー。 最初は人間なんて弱い種だし余裕余裕なんて思ってたんだろうけど、世界がつながったせいで向こうも同じような力持っちゃったんで、リスクと犠牲の元は取れないっすね。 侵略に成功したところで得るメリットも正直あんまりないですし」
「じゃあなんで……?」
クレズネの返答は浪の疑問を増すだけの物だった。マキナが一歩歩み出ると、クレズネは自ずと下がって後の話を主へと任せる。
「なぜ侵略しテくるか、それを語るにはマず『アニマが何者なのか』というトころからだ。 感じるもノは個人差があルだろうが、覚悟ハ決めて聞いテ欲しい」
「みんなしてやけに念押してくるけど、何なんだ? アニマがなんだろうと攻めて来るなら戦うしかないさ」
「そう、ダね……。 さて、アニマト人間、異界と人間界ニは共通点が多い。 高位アニマは人間態にナれるものが多いが、もともと別ノ世界だっタならなぜ人間の姿を知っテいるのか。 そうでナくても元の姿かラして人間に近いものモ多い」
「まあ、確かに……」
「さらに言エば君たちがファクターと呼ぶソの力、異界の空気に触発されタとは言え、もとモと人間という種族にその素養があっタからこそ使えるのダろう? 同じ力ヲ持つアニマと人間、姿モ似通う……。 そして同じ月ト太陽が浮かぶ二つノ世界」
「待ってくれ、それじゃあまるで……!!」
マキナの言わんとすることを、三人ともに薄々感じ始める。追い打ちをかけるかのごとく、マキナは三人が最も疑問に感じてたある点を指摘する。
「君たちハこの世界に何か感じルものはないかい? 例えば……、初めテ見るはずのもノに既視感を覚えタりね」
「っ!? なんで……」
頭では理解しかけていても簡単に納得はできない。そんな三人に、マキナは少し間を置いて真実を語った。
「それはかツて、君たちガこの世界に来たこトがあるからだ。 もうわかルだろう。 人は死ネば異界に転生し、アニマは死ねバ人間界へと転生する。 二つノ世界は死とイうものを通して繰り返ス『輪』なんだ。 アニマの侵略ハ『本能』、元いた世界ニ帰りたいトいうだけの至極自然ナ帰巣本能に基づくものナのさ」
改めてはっきりと言い渡される衝撃の内容に、浪たちは固まったまま言葉を出せない。そのままつらつらとマキナが続けていく。
「同じ魂が違う器に入っテいるだけ、だかラ同じ力が使える。 異界はね……、もともと人間ノ魂の欠片で生成されタ世界なんだ。 だかラ、同じようナ作りをしていて、アニマは人間のイメージすルような姿で生まレる。 神話の化物ヤ神々だっタりね」
「だから名前も神話の神と同じだったりするのか……」
「まあ名ハ後付けのパターンが多いケれどね、そもそも神話ガ生まれる以前かラ生きテいるアニマも多い。 後から生まレた連中が傲慢な王をルシフェルと呼ビ始めたりしタのさ。 僕もはじメは別の名だった」
その後またしばし沈黙が流れる。つまりは今まで倒してきたアニマたちもこれから倒すアニマたちも元は人間であったということ。落ち着くのに時間がかかるのも仕方のないことだ。
エルが居場所のないような様子でそわそわしている中、ようやく三人のうち一人が口を開く。やはりこういう時一番最初に落ち着きを取り戻すのは彼女だ。
「SEMMの幹部連中はそれ、知ってんだな?」
凛の簡潔な問に、マキナは予想とは少し違う答えを返す。
「アニマとイう呼び名は僕たちが付けタものじゃない、つい最近人間たチが呼び始めたもノだ。 僕たちはもトもとお互いを種族名で呼び合っテいたからね」
「私たち人間が、SEMMの人が付けたってことですか?」
十和の問いに、マキナは口元に僅かな笑みを浮かべてこう言った。
「『アニマ』の意味を知っテいるかい? 人間界のトある言葉で……、『魂』だ」
ここまで聞けばさすがに十和でもマキナの言わんとすることはわかる。
ショックを受けなかったわけではないが、浪もエルや乙部の態度から知っているであろうことはもともと感じていたからか意外と早く落ち着きを取り戻す。
「なんで今俺たちにそれを……?」
「あなたたちが異界の景色をおぼろげに覚えているように、わたくしたちアニマも人間界のことを少しだけ覚えているのよ。 中でも極まれに、人間時の記憶をほとんど保持したまま転生するものがいるわあ。 それをわたくしたちは『リメンバー』と呼んでいるの」
「人間の記憶を持った……、『リメンバー』……」
ネフティスの答えに、浪はオウム返しでつぶやいた。
「先程マキナ様が言ったように、あなたたちがいずれ戦う相手の中に少なくとも一体リメンバーがいる可能性があるわあ。 その時になって初めてそれを知ったら冷静に戦えないかもしれないでしょう? ましてやその相手は第三柱、動揺した状態で戦える相手ではないわあ」
「第三柱、ベルフェゴール……。 マキナさんより強いんだよな……、勝てる、のか?」
「第一柱から第四柱の実力は正直団子状であまり大きな差はないわあ。 まあでも、わたくし自身未だにあなたたちがルシフェルに勝てるとは思えないけれど」
容赦なくきっぱり言い放つネフティスに浪と十和は少し押され気味だ。
確かにメジェドにアンリ、十柱に名を連ねる二体のアニマとの戦闘において、自信を持って勝てたと言える勝負は出来ていない。さらに言えば、その二体ですら十柱では下位なのである。
少し雰囲気が重くなってしまったようであるがそんな中、空気の読めない一人が突然元気に声を上げる。
「はいはーい、それなんすけど私もマキナ様もマユちんからの報告でしかみなさんの力を知らないんで、実際に見てみたいっす!!」
クレズネの突拍子もない言葉と謎の単語に浪は困惑気味だ。
「ま、マユ……?」
「アンリマンユでマユちん? こっちはくっそフレンドリーだけどあっちはめっちゃ嫌がってそうだな……。 つか力見るっつってもどうするつもりだ? 星なんか見えようもないこの密閉空間でネフティスと戦ってもな」
星のない状態のネフティスを軽く見ているわけではないが、全員の力を充分見せるとなると屋外に出ざるを得ないだろうか。
当然のように対戦候補に選出されたネフティスは呆れながらため息をつく。
「やっぱりあなた強そうに見えてないのよ」
「ええ~!? マキナ様マキナ様、私やっていいですか!?」
鬼ごっこの鬼でも決めるかのように楽しそうに名乗りを上げるクレズネにマキナは小さく頷いた。
「えっと、こっちも誰か一人決めたほうがいいのか?」
若干気乗りしない様子でそう言う浪に、エルが焦った様子で指摘する。
「いやいやいやいや、三人で戦うに決まってるよ、機械魔一族の副官だよ!? ほら、君もそろそろしっかりと名乗って!!」
「いやはや……、それじゃあ改めて自己紹介させてもらいますね」
言ったあとふっ、と短く息を吐いて脱力し、軽くジャンプしながら手首をブラブラとさせるクレズネ。エルが急いで浪の体へ戻り三人が三角形に並ぶと、高揚してきたクレズネは地を強く踏みしめ強烈な闘気を放って構えると高々と名乗りを上げる。
「選ばれし運命の子、その腕見せてもらうっすよ。 さあ……、異界第十柱『無間のクレズネ』、不死機神デウスエクスマキナが側近として、灼鉄機神にも劣らないことを証明するっす!!」
「ふふふ、ムキにナって。 あの子やっパり……、アンリマンユに対抗意識があっタんだねえ」
まるで娘の喧嘩を見守る父親かのようにのんきなマキナとは裏腹に、『一応はアンリを破った運命の子』に対する妙な対抗意識に巻き込まれた浪たちは、予想よりも大層なクレズネの肩書きに焦りを浮かべながらもすぐさま気を引き締め直した。




