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メビウスリング  作者: さいてす
第二章 運命の輪の中で
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自由のケモノ

 某日早朝、翔馬と凰児は乙部の作った小型検知器を手に、車を走らせて反応の出ている三重県北東部まで向かうこととなった。天気は快晴、時間はまだ五時になるかならないかだが、季節柄もうすっかり明るい。

 SEMM愛知支部入口にて眠い目をこするシロとその隣に立つ乙部に見送られ、翔馬と凰児で車に乗り込んだ。


「気をつけてね。 お土産待ってる」


「翔馬くんが留守の間、この子のことは私が見ておきます。 アンリさんや空良ちゃんもいるのでまあ大丈夫でしょう。 今回の任務は討伐ではなく調査任務ということになっています。 万が一想定外の事態になったら無理せず帰還してください」


 そうは言いつつも、二人を信頼しているのか乙部の顔に心配の色はない様子だ。翔馬も自信有り気な様子で笑って返す。


「今まで人目につかなかったって事は大型アニマじゃないだろうし、魔力が並なら二人ががりで遅れを取ったりはしねーさ」


「それじゃあ行ってきます。 あ、先に浪達が帰ってきたら一言連絡してください」


 軽く挨拶をすますと、翔馬がキーをひねってエンジンをかける。ディーゼル特有のエンジン音を響かせ、空気をわずかに震わせてどこかレトロな低音を鳴らしながら走り去る車を見送ったあと、シロは眠気が限界に達した様子で大きなあくびをした。


「まだ、眠い……。 支部長、休憩室で寝てていい?」


「ええ、今は利用者がいないので医務室のベッドを使うといいでしょう。 私は執務室にいるので、何かあったらいつでも来てくださいね。 翔馬くんがいない間、外出するときはアンリさんについてもらえるよう頼んであるので彼女に言ってください」


 乙部の言葉に小さく頷くと、シロは若干ふらつきながら支部の中へと入っていった。その背を見送って大きく伸びをしたあと、乙部はハッとした様子で小さく呟く。


「そういえば翔馬君あてに本部から書類が届いていたのを忘れていましたが……、まあ、戻ってからでも問題ないですかね」


 あまり気に止めない様子で笑い飛ばし、シロに続いて支部へと入っていった。



 支部を出発してから一時間程、経路で唯一のパーキングエリアにて朝食休憩をしながら、今回の任務についてのおさらいをしておく二人。調査対象は微妙に移動し続けているものの、動きは緩やかで最初に検知された場所から大きく離れてはいない。


「湖……、ってほどではないか。 大きい池のある公園みたいなところだな。 こっから大きく動いてる様子もないし一応SEMMから連絡入れて一時封鎖しといてもらうか」


「そうだね。 下級アニマだとしても一般の人が出くわしちゃうと充分危険だし。 表向きには危険動物の目撃情報が、とかしてもらえば問題も無いだろうしね」


「高速降りたら割とすぐだな。 チャッチャと終わらせて早く帰ろうぜ」


 会話がひと段落したところで手早く食事を済ますと、二人はそのまま車に乗り込み再び目的地へと進みだした。

 目的の公園は高速を出てしばらく走ればすぐだ。コンパクト形検知器を手に反応をたどりながら公園を歩いていた二人は、一般人が立ち入れない木々に囲まれた貯水池のすぐそばへと来たところでその足を止めた。


「この池の中から反応が出てるね。 水棲型のアニマなのかな」


 コンパクトと池の水面を交互に見ていた凰児はふと、水面にポコポコと小さい泡が上がっているのを見つけた。そして目を凝らしてみていると突如、バシャっと水しぶきが上がり何かが姿を現した。

 アニマの可能性を考え二人は即座に戦闘態勢を取るが、しかし水の中から現れたものは想像していたものではなかった。


「池の主、討ち取ったどーっ!!」


 そこにはとても満足そうな顔でモリのようなものに刺さった巨大な魚を掲げる半裸の男の姿が。どこかホスト風の短い銀髪の優男だが、意外に体格はよく凰児より少し細いくらいだろうか。身長はあまり変わらない。

 男はしばらくして、意味不明な状況に固まっている二人に気づいた様子だが、それを全く気にもとめずに泳いで陸地に上がり平然とどこかへ歩き去ろうとする。

 ハッとした翔馬は急いで男の腕をとって制止し、呆れ気味に尋ねた。


「待て待て待て待て!! こんなとこで何やってんだ一体……」


「むう、この時間であれば誰もいないはずだったが……。 しかしそう言うお前たちも職員ではなさそうだが? 開園前の立ち入り禁止区域に何の用だ?」


「うーん……、まあいいや。 俺たちはSEMMの隊員で、調査任務できたんだ。 今ここでアニマ反応が出ててな。 職員の人たちにも今出てもらってるからあんたも避難してくれ」


「SEMM……、そうか、ついに……。 ここにはアニマはいない、俺はこれから飯にするから放っておいてくれ」


 小声で何か言った後、男は何故かきっぱりと言い切ってその場を去ろうとするが、当然翔馬が大人しく見逃すはずもない。


「だから待てって!! 凰児、お前もなんか……、ってどうした?」


 先程から大人しかった凰児に翔馬が目を向けると、何故か彼は若干顔を青くしていた。そしてコンパクトを手に、搾り出すように声を出す。


「しょ、翔馬……、アニマ反応なんだけど……。 その人から出てるみたいだ」


「なん、だって……!?」


 驚きの表情を浮かべ即座に男から距離を取る翔馬。男は小さくため息をつくと、二人に目を向けずに言った。


「SEMMは嫌いだ……、だが争う気はない。 俺に構うな」


「そういう訳にはいきません。 引き下がれというならせめて……、話を聞かせてもらってもいいですか?」


 男は凰児の言葉には答えず再び歩き出すが、二人がそのあとについていくのに何も言わなかった以上、構わないと捉えていいのだろう。そのまま男についていくと、森の中にあるちょっとしたスペースにリュックなどが置いてある場所に着いた。旅でもしているのか、荷物は多くはない。


「アニマのくせに旅でもしてんのか? この世界に興味があるとか?」


「……、人を探している。 後、俺はアニマではない」


「人間の反応間違って拾うなんて初めて聞いたぞ……、確かにアニマには見えねーけどアンリちゃんの例があるしなあ」


 男が服を着るのを待ちながら話をする。男の服装は細身の黒いパンツに同色のジャケットで、野生児じみたことをしていた割にまともな格好だ。男はサングラスをかけると、慣れた手つきで薪を組んで火をつけた。


「で、何やってんだ……?」


「旅の途中で金が尽きた、それだけのことだ」


「間違いでも検知器が魔力を拾ったってことはホルダーだろ? SEMMで取り合えず一、二件仕事を取ればいいだろ……。 そんな暇もないくらい大事な人なのか?」


「……、SEMMに頼る気はない」


「さっきもSEMMは嫌いだとか言ってたな……。 まさかあんた……、未所属じゃないだろうな?」


 男は言葉を返さない。翔馬が何か言いかけるがそれを静止して次は凰児が語りかける。


「隊員の到着が遅れたりして家族を失い、SEMMを嫌っている人というのも何人か知っています。 だけど、積極的に関わる必要はないので能力者申請だけはしてもらえませんか? このままほうっておいてアナライザーの目に触れたら大事になる。 能力の隠蔽は犯罪になってしまいます」


「こんな力など、好きで持ったわけではない」


「わかっています、でも……」


 男は凰児の言葉を気にもとめず魚が焼けたので無造作に掴んで口に運ぶ。なんとなく食事の邪魔がしづらいのかしばらく黙っている二人だが、待つという程の時間もなく男はあっという間に平らげてしまった。


「食うのはえーよ……、どっかのちっこい誰かさん並みだな……」


 食事を終えた男は火の始末をするとリュックサックを持って立ち去ろうとする。そして三度、翔馬がそれを静止した。


「だから待てっつーの!! 事情は知らねーが未登録のホルダーを黙って見過ごすわけには行かねーよ」


「……、争う気はないと言ったが……、俺の邪魔をするのであれば」


「やる気か……? はっ、やっぱり俺らが誰だかわかってねーか」


「五連星の服部に龍崎だろう」


 すぐさま返す男に翔馬も凰児も驚きを浮かべる。それを分かっていながら二人相手にするつもりなのか。


「まとめて相手をしてやろう。 さあ、来るといい」


 荷物を降ろして無表情で言う男に、翔馬はいらだちを隠さずにナイフを抜く。


「言ってくれんじゃねーか、後悔すんなよ……?」


「しょ、翔馬!? 本気はまずいよ!!」


「わかってるって、でもこのままほっとくわけにも行かねーし……、少し大人しくしてもらわないとなッ!!」


 一瞬で距離を詰め風の如く繰り出される五連撃を、男は素手のまま全て払い除けた。しかし翔馬は焦る様子でもなく、着地したあと冷静に分析する。


「刃が通らないってことは肉体硬化持ちか? 今の速度に対応する腕はあるみたいだが……、今のは序の口だ。 次はトップスピードで行くぜ、見切れるかな……ッ!!」


「ふう……、さすがに使わず戦える相手ではないか、仕方がない」


 翔馬が足に力を込めているその時、男がゆらりとその手をかざす。攻撃が来ても対処できるよう意識を集中させつつ、翔馬が地面を蹴った瞬間、彼の体に異変が起きた。

 いや、異変は彼だけでなく周囲数メートルに渡り起こっていた。


「くあっ……、なんだ!? 急に体が……、重くっ!?」


 周囲の木はめきめきと音を立ててしなり、枝が折れて落ちる。

 いつの間にか目の前まで迫っていた男の拳をなんとか力を振り絞りナイフで受けるが、肉体強化持ちなのか、強烈な一撃は翔馬を大きく吹き飛ばし木に叩きつける。パンチのインパクトの瞬間に能力を解いたようだ。翔馬は痛みに悶えながらも、男のファクターの正体に気づいたようだ。


「重力操作、か!? 聞いたことはねーがこんなもん反則だろっ……」


 凰児はすぐさま翔馬を庇うべく攻撃モードに変化して駆け出し、男へとレーザー状の炎を打ち出すが、寸前で重力操作で体制を崩され外してしまう。その隙に接近してきた男の拳を迎え撃つべく一瞬で体勢を立て直し両腕をクロスさせ受け止めるが、男の力は攻撃モードの凰児をさらに上回っていた。そのまま強引に崩され地面に叩き伏せられる。

 破られる寸前で防御モードに切り替えダメージを抑えた凰児は直ぐに立ち上がるが、男は踵を返して歩き出す。


「最初はてっきり本部の老人どもから送り込まれてきた刺客かと思ったが。 そうでないなら大人しく帰れ。 アニマはいなかった、誤作動だったとだけ報告しておけ」


「本部からの……? SEMMに追われているのか?」


 凰児のつぶやきに、翔馬は何かを思い出したようにハッとして大声で叫ぶ。


「お前っ!? もしかしてお前が『ヨミ』か!? 俺は本部でお前を見つけてくるよう指令を受けて……!!」


「ふん、詳しい話までは聞いていないようだな。 まあ当然か。 指令を出したのは大方橘か池代、坂崎あたりだろう……、いや坂崎はあの時始末したはずだったか」


「お前一体……、SEMMで何やったんだ……?」


 肩を押さえながら立ち上がる翔馬に、ヨミと呼ばれた男は初めて感情をあらわにし、いらだちの表情でつぶやく。


「何かしたのはお前たちの方だろう」


 そう言ったあと、すぐにまた表情を失ったように無表情になって歩いていくヨミを、今度は呼び止めることができなかった。


 帰りの車の中、少し傷を負った二人はしばらく無言だったが、20分位の地点で凰児が先に口を開いた。


「カレイドの件以外にも任務を受けてたんだね」


「まあな。 でも、今までろくに手つけてなかったけどな。 闇系魔術を使うやら身体能力が高いとか長身銀髪とか曖昧な情報だけで探す理由もなんも教えてくれない上に、何もしなくても特に言ってこないから重要性は低いもんだと思ってたんだけど。 ……、あんな奴知ってて放置してるなんて普通じゃありえない」


「梨華さん……、いや、もはやあれは支部長レベルだ。 乙部さんがまた何か隠してるのか……」


「聞けばわかるさ、あの人アレで嘘ついてたらまるわかりだからな」


「あはは、確かに」


 少し雰囲気が良くなったのか、その後はそのままお互いの意見や推測を語りながら支部まで帰還した。

 そして到着するなり早速支部長執務室へ向かうと、ノック対する乙部の返事に食い気味でドアを勢いよく開いた。


「乙部さん!! 俺たちになんか隠してることないか!? もう隠し事はしないって……」


「おやおやどうしたんですかそんな興奮して。 これのことですか? すみません、忘れていたんですよ」


 そう言って、何やら手に持ったA4サイズの茶封筒をひらひらとさせた。


「本部から翔馬君宛のようですが、差出人の名前や部署すら書かないとは誰かは知りませんがなってませんねえ」


「それは……!! このタイミングでくるとはな……」


 意味深なつぶやきに不思議そうな表情の乙部から封筒を受け取ると、その場で開いて見せた。中には紙が一枚。


『任務コードAHPに続報アリ、詳細確認せよ』


 とだけ書いてあった。


「乙部さん、任務コードAHPに心当たりは?」


「いえ……。 支部長である私を通さず受けた任務があると?」


「いや、これは本部時代のやつだ。 AHPはとある人物を探してくる任務だったが……、どうやらどこのどいつから出された任務かはっきりさせとく必要があるな」


「説明していただいてもよろしいですか?」


「わかってる。 アニマ反応の正体は人間から出てるものだった。 そいつがAHPで探して来いって言われてたやつだったんだ。 ただの誤作動で片付けるにはどうもきな臭い、無関係とは思えねーな」


「詳細はネット経由で見ろということでしょうか? であればアンリさんの力を借りてそこからしっぽを掴めるかも知れないですねえ……」


 その後ももう少し詳しく情報共有を行い、取り合えずアンリももう帰宅しているため明日改めて続報の確認及び発信元の調査を行うこととなった。

 ちょっと先の章につながる導入というか布石的な話です。なんとなーく重要そうなとこだけ覚えておいてもらえると嬉しいです。


 では、ありがとうございました。

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