第八話
私の操縦する九九式艦上爆撃機は、敵艦隊に向けて飛行を続けていた。
九九式艦上爆撃機は省略して、九九式艦爆と呼ばれている。
九九式艦爆は皇紀二千五百九十九年に制式化されたので、九九式と命名された。
言うまでもないが、皇紀とは神武天皇即位の年を元年とする紀元であり、皇紀元年は西暦紀元前六百六十年である。皇紀二千五百九十九年は昭和十四年、西暦では一千九百三十九年である。
九九式艦爆より前に私たち艦爆搭乗員が乗っていたのは、複葉布張りの九六式艦爆であったので、我が日本海軍初の単葉全軽合金製の艦上急降下爆撃機である九九式をもらった時には、大喜びした。
戦闘機である零式艦上戦闘機と攻撃機の九七式艦上攻撃機がすでに飛行中は車輪を機体内に収納する引込脚式だったのに対して、九九式艦爆は車輪が固定されている固定脚式だったので「時代遅れ」と言う者もいた。
だが、私はその武骨な感じが気に入っていた。
機体の下に二百五十キロ爆弾を吊り下げ、それを目標に向けて投下するのだ。
二百五十キロ爆弾では残念ながら戦艦や巡洋艦の装甲板を貫通できるだけの威力はないので、致命的な被害を相手に与えることはできない。
しかし、航空母艦が相手なら撃沈できなくても、飛行甲板に損害を与えることができれば、航空機の発着艦は不可能になる。
航空機の運用ができない空母は、ただの巨大な鉄の箱にすぎないので戦闘力を奪うことができる。
それが当時の定説であった。
空中を進撃していると、索敵機から報告のあった敵の空母一隻が洋上に見えてきた。
空母より前方の海上には、戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」がいたが、敵空母の撃滅を第一航空艦隊司令部より厳命されていたので、我が攻撃隊は一機もそちらには向かわなかった。
敵空母を洋上に見る遥か手前から、我が攻撃隊は敵の戦闘機群による迎撃を受けていた。
制空隊である零戦が敵の戦闘機と戦っていたが、相手の方が数が多いようで、突破して、私の艦爆隊や艦攻隊に向かって来た。
艦攻隊の九七式艦上攻撃機は、機体の下に航空魚雷一本か八百キロ爆弾一個を吊り下げている。
航空魚雷は飛行高度百メートルで投下し、水面下に潜って敵艦に向かっていく、命中すれば艦にとって一番厄介な浸水を引き起こすことができる。
八百キロ爆弾は「長門」型戦艦の十六インチ砲弾を改造した物で、三千メートルの高度で投下すれば、戦艦の装甲板を貫徹することができることが、真珠湾での実戦で証明されている。
敵の戦闘機は艦攻への攻撃を優先しているようで、私たち艦爆隊の方には、ほとんど来なかった。
機首角度、約六十度で自分の操縦する九九式艦爆を急降下させた。
この状況では、操縦員は海面に向かって真っ逆さまに突っ込んで行くように感じるほどである。
艦爆隊は、鍛え上げた自分たちの腕に自信を持っていた。
全速力で回避運動をする動く目標に対しての命中率を向上させるために、従来は八百メートルだった爆弾投下高度を四百メートルまで下げて、開戦前に訓練を重ねたのである。
急降下している九九式艦爆の中で、私の後ろにいる偵察員は、ぐるぐると回転する高度計の針をにらみながら、伝声管を通して高度を私に報告している。
「八百、六百、よーい、てーっ!」
「てーっ!」は高度計の針が、四百メートルを示した瞬間である。
全神経を照準器越しに見える敵空母に集中していた私は、爆弾を投下して機体を水平に戻すために操縦桿を引いた。
その時、通常の五倍近い重力が体にかかるので、一瞬目が見えなくなる。
機体が水平姿勢に戻る頃には、水面上二十メートルくらいまで沈下するので、爆弾投下高度四百メートルは限界ぎりぎりであった。
訓練中は、そのまま海面に激突してしまう事故もあったほどである。
「命中!敵空母の飛行甲板に命中しました!」
偵察員が喜びの声で、私に報告した。
私の他に数機が飛行甲板に二百五十キロ爆弾を命中させたようであった。
「これで、少なくとも空母から航空機の運用能力は奪えた」と私は思い。上機嫌で帰還の途についた。
しかし、そうでは無かった。
敵空母の飛行甲板は千ポンド爆弾(我が軍での五百キロ爆弾に相当)に耐えられるように装甲されており、二百五十キロ爆弾では命中させても、ほとんど効果が無かったのだ。
艦攻隊は敵戦闘機の妨害で、航空魚雷も八百キロ爆弾も一発も命中させることはできなかった。
イギリス海面空母「インドミタブル」への第一次攻撃は、こうして終わった。
……以上が、戦後に発表された「ある艦爆乗りの手記」の中の一文である。
そこに書かれているようにイギリス海軍の航空母艦「インドミタブル」への我が第一航空艦隊の第一次攻撃は失敗に終わった。
第一防空戦隊司令官は、戦艦「ユナイテッド・ステーツ」「プリンス・オブ・ウェールズ」のことを「囮」と断言した。
連合艦隊司令部や第一航空艦隊司令部でも同じように判断した人は多かったらしい。
米英海軍は、あえて世界的に名の知られた戦艦を目立つ海域に配置することで「囮」として、本命である空母から我が海軍の目から隠そうとしていると判断したのだ。
敵の空母の発見を最優先とすることが、改めて厳命された。
そして遂に発見したのが、英空母「インドミタブル」であった。
空母同士の戦いでは、西部劇におけるガンマン同士の決闘において、一秒でも早く拳銃を腰から抜いた方が勝つように、相手より早く艦載機を空母から発艦させた方が有利になる。
「インドミタブル」の上空にいる索敵機からの報告では、「インドミタブル」から我が方に向けて攻撃隊を発艦させた様子は無かった。
他の空母がいるかどうかは不明であったが、まず発見した敵空母を撃沈するために、第一航空艦隊の四隻の空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」から攻撃隊が発艦した。
しかし、結果は以上の通りであった。
「インドミタブル」への攻撃失敗の報告を受けた時の第一防空戦隊司令部は落胆はしなかった。
なぜなら、その本来の任務である「防空」に忙殺されていたからだ。
その時の僕の体験を次に書こう。
僕は防空戦艦「比叡」の防空指揮所にいた。
以前にも書いたように屋根も壁も無く、見晴らしの良い所だ。
もちろん。ここにいる人間はむき出しで外にいることになるから、機銃の弾一発でも受ければ命を落とすことになる。
第一防空戦隊司令官と「比叡」の艦長も防空指揮所にいた。
お二人も防空指揮所にいると言うより、僕が二人に付いてきたと言う方が正しいだろう。
「比叡」の艦橋の天辺には、口の悪い海軍将兵から「花魁の簪」と呼ばれている物があった。
アメリカではレーダーと言い、日本では電波探知機と名付けられている物だ。
電波の反射を利用して、遠くにある物を探知する機械だ。
見た目が悪いので、自分の艦に設置することを嫌う艦長さんたちも多かったそうだ。
しかし、金剛型防空戦艦四隻には、対空見張り能力強化のために四隻とも設置されている。
僕はかなり後から知ったことだが、この電波探知機の性能は米英の物に比べるとかなり劣っていたそうだ。
しかし、その時の僕はそんなことは知らずに「日本の技術力は凄いな」と単純に誇りに思っていた。
電探(電波探知機の略称)からの報告が防空指揮所に伝達され、だんだんと敵機がこちらに向けて近づいて来るのが分かる。
僕は公開初日を楽しみにしていた映画を見るために、映画館に入った時のように期待で興奮していた。
新米記者として戦場に取材に来たのは初めてであり、今まで艦橋でミッドウェーの攻撃の結果などを聞いていたが、それはラジオ放送のニュースを聞いているような感じだった。
大相撲や野球の中継をラジオで聞いているのと、実際に自分の目で見るのは迫力が違う。
この時の僕は、劇場の特等席に座れたような気分でいた。
「敵機、接近!方位……、距離は……」
電探からの報告が防空指揮所に来た。
僕はその方角に自分が覗いている双眼鏡を向けた。
最初は空にまいた胡麻つぶのように見えた敵機の群れが、だんだんとはっきりと見えてきた。
どうやら敵機は、高い高度を飛んでいるようだった。
「敵機は、B17、数は……」
見張員からの報告が聞こえた。
「記者くん」
司令官が僕に話し掛けてきた。
「B17が、どんな機体か知っているかね?」
戦闘中に雑談をするなど、不謹慎のように思えるが、司令官はすでに「敵機が射程内に入りしだい射撃開始!」の命令を下しており、それを実行するのは司令官の部下の人たちの仕事で、司令官は状況が変化して新たな命令を出すまで、状況を見ていることだけのことしかできないのだ。
僕は本土で「比叡」に乗り込む前に、できるだけ軍事関連の本を読んで知識を頭に詰め込んだつもりだった。
B17についても読んだはずだが、細かい数値が思い出せなかった。
とにかく、僕は思い出せた言葉を並べた。
「B17は、四つの発動機で四つのプロペラを回している爆撃機です。米国では『空の要塞』とも呼ばれています」
「そういうことを聞いているのでは無いのだか?」
司令官はニコニコしていた。
僕は頭を下げた。
「すみません。細かい数値は思い出せません」
「そういうことを聞いているのでも無いよ。B17はどこの軍隊に所属しているんだね?」
司令官があまりにも当たり前のことを聞いたので、僕は少し戸惑った。
「米軍に所属しています」
「米軍のどこにだね?」
「米陸軍航空隊の所属です」
司令官は、僕のこの答えに満足したらしくニコニコ笑いが大きくなった。
「そうだ。B17は米陸軍の所属だ。これが何を意味するのか分かるかね?」
「すいません。分からないです」
僕は正直に言った。
司令官は話し続けた。
「米陸軍の爆撃機が洋上にいる敵の空母に向けて攻撃しようとしているのだ。それに対して我が大日本帝国陸軍の爆撃機が洋上の敵艦に向かって攻撃する訓練をしているなど、聞いたことがあるかね?」
「いいえ。でも、それは海軍の管轄だから当たり前なのでは?」
司令官は苦笑した。
「素人の君でも『管轄』と口にするか、我が国の総力戦体制は、頼もしいな!」
「敵機!爆弾投下!」
見張員の声が聞こえた。
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