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第六話

「そんな馬鹿な!我が海軍の暗号は完璧です!敵に解読されるなんてことはありえません!」


参謀の発言に対して、司令官はあっさりと答えた。


「それなら、我が海軍がミッドウェー島を攻撃する日に、たまたま『ユナイテッド・ステーツ』がミッドウェー島に停泊していて、たまたまキンメル提督が乗り込んでいたと言うのか?その方がありえないだろ?敵軍は明らかに待ち伏せていた。こちらの暗号が解読されていたとしか、考えられん」


司令官のその言葉に、参謀さんたちは黙り込んだ。


司令官は参謀さんたちを見回すと、姿勢を正して、真剣な顔になって鋭い声を出した。


「命令!連合艦隊司令部および第一航空艦隊司令部に意見具申!通信文は『敵、我ガ軍ノ暗号解読ノ可能性有リ、待チ伏セヲ受ケタ可能性高シ』直ちに、送信しろ!」


司令官の命令を受けた参謀さんたちの一人……、通信参謀は、少し困った顔になった。


「司令官。第一航空艦隊司令部には手旗信号か発光信号で、通信を送れますから敵に通信を傍受される危険はありませんが、連合艦隊司令部には無線で通信を送らなければなりません。司令官のおっしゃる通り、敵が我が軍の暗号を解読しているとすると、こちらが暗号を解読されていることに気づかれてしまいます」


僕は艦橋の窓から外を見た。


窓から見える海の上には、航空母艦「赤城」が並んで航行している。


言うまでもなく「赤城」は第一航空艦隊の旗艦であり、第一航空艦隊司令長官の南雲忠一中将が座乗している。


僕が乗っている「比叡」の視界の範囲内にあるのだから、発光信号や手旗信号で通信を送ることができる。


しかし連合艦隊司令部は、僕は今現在どこにあるのか教えてもらえないでいるが、けっこう遠い所にあるらしい。


当然、無線で通信することになり、電波は敵に傍受されることになる。


「平文でかまわん」


近所の蕎麦屋で蕎麦を注文するような声で、司令官は命じた。


平文とは、暗号文ではない普通の通信文のことで、電波を飛ばすのだから、通信を傍受した先には、通信の内容を誰にでも知られてしまうことになる。


もちろん。敵である米軍にもだ。


その危険性を通信参謀は、司令官に訴えた。


しかし司令官は「構わない」の一言だけで、通信参謀の意見を退けた。


司令官が送った通信文が届いた連合艦隊司令部と第一航空艦隊司令部で何が起きたのかは、僕は正確な事は分からない。


だから、戦争中に雑誌に掲載された記事を、そのままここに書くことにする。


所々で(僕は……)という文があるが、これは記事を読んだ僕の感想のような物だ。






連合艦隊旗艦にて、連合艦隊司令長官は第一防空戦隊からの電文を受け取った。


連合艦隊司令長官は米軍側が、こちら側の暗号を解読している可能性を常々考えていたため直ちに対応策を取った。


(僕がこの記事を読んだ時に奇妙に思ったのが、『連合艦隊旗艦』と書かれているだけで、具体的な軍艦の名前が書かれていないことだった。その理由は軍事機密のためだったと、今は分かる。それと『連合艦隊司令長官』も『連合艦隊司令長官』と役職名が書かれているだけで、『山本五十六海軍大将』と敵味方誰もが知る名前が書かれていないことだった。だいぶ後から分かったことだが、この記事を書いた筆者は、連合艦隊旗艦の軍艦名が機密指定されたため、記事に書くことができず。だからと言って山本長官などの名前を書いて、旗艦の名前だけを書かないと、大東亜戦争開戦前の連合艦隊旗艦が『長門』か『陸奥』であったことは常識であるから、『戦前には無かった新型戦艦が完成していて、その新型戦艦が新たな連合艦隊旗艦になっているのではないか?』という推測を読者にさせるわけにもいかず。筆者は苦肉の策として、軍艦名も人物名も書かないことにしたそうだ)


連合艦隊司令長官は第一航空艦隊司令部に、命令文を無線で送った。


「新タナ暗号表ヲ使用セヨ」


連合艦隊司令長官は、米軍が日本軍の暗号を解読している場合に備えて、新しい暗号表を用意していた。


ミッドウェー作戦開始前に、海軍の全部隊に暗号表を配布することは不可能であったが、第一航空艦隊にはすでに配布されていた。


新しい暗号表で、連合艦隊司令部から第一航空艦隊司令部に、命令文が電波で送られた。


内容は「敵空母ノ索敵ヲ厳ニセヨ」であった。


(これも、だいぶ後から分かったことだが、連合艦隊司令部の参謀さんたちは、第一防空戦隊司令官が送った平文の通信内容より、平文で送ったことを問題視したらしい。そのことで第一防空戦隊司令官に戦闘終了後に処罰しようと進言した参謀がいたらしいが、山本長官は『無用』の一言で退けた)


連合艦隊司令長官からの命令文を受け取った第一航空艦隊司令部は、それまでの作業を取り止めて新たな作業に移るよう命令した。


それまでしていた作業とは、ミッドウェー島への第一次攻撃が失敗したことを受けて、米戦艦「ユナイテッド・ステーツ」攻撃のために第二次攻撃隊を準備していたことだった。


それを取り止めて、多数の九七式艦上攻撃機を索敵機として発艦させることにしたのだった。


「索敵」とは言うまでもなく、「敵を捜索すること」である。


「敵が、どこにいるのか?」「敵は、どのくらいの戦力なのか?」、それが分からなければ、いかに味方が強力な攻撃力を持っていても、それを適切に向けることができないからである。


もちろん。それまでも第一航空艦隊では索敵機を出していた。第一航空艦隊の巡洋艦に搭載されている水上機によるものである。


水上機は艦上から発艦促進装置によって射ち出され、帰艦の時には海面に着水して起重機で艦に回収される。


(『発艦促進装置』は『カタパルト』、『起重機』は『クレーン』と書いた方が分かりやすいのだが、戦時中、英語は敵性国語として禁止されていたので、わざわざ日本語で書かれている。だが、僕が『比叡』を取材した限りでは、海軍の現場の人たちは普通に英単語を使っていた)


水上機は、航空母艦の飛行甲板から発着艦する艦上機に比べれば性能が劣ることが多いのだが、水上機を索敵機に使うことで、艦上機は敵艦隊の攻撃に専念できるのである。


しかし、この時は敵艦隊に必殺の航空魚雷を叩き込むための九七式艦上攻撃機を、あえて索敵機として使った。


連合艦隊司令長官からの命令文が届く前、第一航空艦隊司令部はミッドウェー島に、世界最強と言われる米戦艦「ユナイテッド・ステーツ」がいたことで、少し考えが視野狭窄に陥っていた。


空母艦載機による「ユナイテッド・ステーツ」の撃沈という目標にのみ目が向けられていたのであった。


しかし、「敵空母ノ索敵ヲ厳ニセヨ」との命令文により、第一航空艦隊司令部は冷静さを取り戻した。


冷静になって考えてみれば、米海軍太平洋艦隊司令長官であるキンメル提督の座乗する「ユナイテッド・ステーツ」が単艦で行動しているということはあり得ない。


他にも米海軍の艦船が行動していると、考えるべきであった。


連合艦隊司令長官は米海軍の空母が行動していると考えて、先のような命令を出したのである。


連合艦隊司令長官の慧眼には、畏れ入るべきである。






と……、雑誌の記事を引用してきたが、索敵機の一機が遭遇した出来事の雑誌記事について、次に引用する。


索敵機が遭遇した出来事については事実であるが、索敵機の搭乗員の会話は完全な創作である。


喜劇のような会話になっているため、海軍当局から「戦時中に不謹慎である」と注意を受けた。






索敵機として第一航空艦隊から発艦した九七式艦上攻撃機は三人乗りである。


前から操縦員、偵察員、通信員の順に座っている。


操縦員は、その名の通りに操縦が役割であり、偵察員は飛んでいる機体の現在位置を計算するのが役割であり、通信員は無線機と後部にある機銃をあつかうのが役割である。


偵察員が機長であり、部下である操縦員と通信員に命じた。


「その目玉をしっかりと見開いて、敵艦を見つけるんだ」


操縦員が笑いながら答えた。


「機長、目蓋を開くことはできますが、目玉を開くことは物理的に不可能です」


「おかしな屁理屈を言うんじゃない!しっかりと見張っていろ!という意味だ!」


少し怒った機長に向かって、通信員がのんびりした口調で言った。


「機長、自分たちは何を見つければ、良いのですか?」


「決まっているだろ!敵艦だ!」


「敵艦とは何ですか?正確に定義してください」


「アメリカ合衆国海軍の軍艦だ!特に米海軍の空母が存在している可能性が高い。注意しろ!」


機長から注意されても、通信員の口調は相変わらずのんびりしたままだった。


「じゃあ、機長、あそこに見える艦船は、アメリカ海軍の艦船じゃないし、空母でもありませんから、無視してもよろしいでしょうか?」


「何だと!?」


機長は通信員が示した方角を見た。


海上には確かに大型艦が航行している。


機長はもちろん海軍軍人でであり、偵察員なのであるから、米海軍の主要な艦艇の特徴は全て記憶している。


たが、記憶にある米海軍のどの艦艇とも一致しなかった。


もちろん。日本海軍の艦艇でもなかった。


艦艇の大きさと形から、艦の種類は戦艦であることは分かったが、機長にはそれ以上の判断はできなかった。


「通信員。お前には、あの艦艇が何か分かるのか?」


「えっ!?まさか!?機長には分からないのですか?」


通信員は、からかうような声だった。


通信員の態度が癪にさわった機長は、素直に「分からない」とは言えなかった。


「う、うむ。自分とお前の判断が合っているのか、照らし合わせてみようではないか」


「機長。あれは戦艦ですよね?」


「そうだな」


「三基ある主砲の砲塔の内、二基が四連装で、一基が連装で、合計十門の主砲ですね」


「そ、そうだな……」


今だに機長は分からないので、偵察員の言葉に相鎚を打つしかなかった。


「どうです?機長。降参しますか?」


偵察員は、笑いを含んだ声になった。


「ああ!降参するよ!俺には、あの艦がなんなのか分からん!」


「機長。あれはイギリス海軍の戦艦です」


そう言われて、機長は海上に見える戦艦が何なのか分かった。


イギリス海軍の戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」であった。

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