↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Candy Suiside  作者: 夜鬼 帳
PR
1/2

前編 SWEET RIDE, BABY!

挿絵(By みてみん)


 赤茶けた荒野を、一本のハイウェイが貫いていた。低い灌木。禿げた岩山。陽炎に歪む路面。その向こうから、濃紫のオープンカーが突っ込んできた。


  VROOOOM!(ヴォォォォン!)


 長いボンネットが朝日を弾く。縦長の男が脚を折り畳んでペダルを踏み、黒い手袋でハンドルを握っていた。黒紫の燕尾服に、えんじ色の大きなリボン。高いシルクハットには、渦巻きキャンディと一枚のカードが挟まっている。

 男はダッシュボードの袋へ手を伸ばした。毒々しい青色の、指の形をしたグミ。口へ放り込み、ギザギザの歯で噛む。


「……バナナかよ」


 左足がクラッチを踏み込んだ。赤白ストライプの硬質キャンディでできたギアレバーを掴み、叩き込む。


  GRRK!(ガコッ!)


 車体が跳ね、ドリンクホルダーのコーラが揺れた。氷がカラカラと鳴る。男はその音に合わせてハンドルを指で叩き、次のグミを選んだ。

 後ろから、別の音が追いついてきた。


『前の紫色の車! 速度超過だ! 路肩に寄せて停車しろ!』


 バックミラーの中で、パトカーが赤い光を回していた。男は細く釣り上がった黄緑の目を向ける。吊り上がった眉の片方が、さらに持ち上がった。


「速度超過ぁ?」


『ただちに停車しろ!』


 グミを噛む顎が止まった。


「命令口調かよ」


 男はミラーへ笑った。


「じゃあ嫌だね」


 クラッチ。ギア。アクセル。


  VROOOOOOM!(ヴォォォォォン!)


 パトカーがみるみる小さくなる。男は吹きつける風の中で口を開け、楽しそうに笑った。


  CACKLE(ケタケタ) CACKLE(ケタケタ) !


 B.B.キャンディ・ジョーは、すこぶる上機嫌だった。


『停車しろ! ただのスピード違反だ!』


「おいおい、朝っぱらからサイレンまで鳴らして熱烈だねえ!」


 ジョーは肘をドアへ引っ掛け、後ろへ声を張った。


「悪いなベイビー、デートなら予約してくれ! 今日はグミと先約がある!」


 パトカーが速度を上げた。ジョーは前を走るタンクローリーの横へ車を滑り込ませた。

 コーラが傾いた。


「おっと!」


 右手でカップを押さえる。左手だけでハンドルを戻し、ローリーの鼻先をかすめて元の車線へ飛び出した。


「こいつをこぼしたら本気で怒るぜ!」


『車を止めろ!』


「そんなに俺のケツが好きなら写真にしな! 追っかけるより安上がりだぜ!」


 ジョーはストローでコーラを吸った。喉が鳴る。口の中で何かが硬く転がった。唇を尖らせ、手袋へ吐き出す。ぴかぴかのピンク色をした、弾丸型のキャンディが六粒。

 腰のホルスターから拳銃を抜き、開いたシリンダーへ流し込む。片膝でハンドルを支えたまま銃を閉じ、肩越しに構えた。


「プレゼントだ! 返品不可!」


  BLAM!(バァン!)


 パトカーの前で路面が弾けた。蛍光ピンクの煙と星形の火花。パトカーが蛇行し、助手席の警官の帽子が飛んだ。


『発砲! あのキチガイ、発砲したぞ!』


「聞こえてるよ! 撃ったの俺だもん!」


 遠くの分岐から、さらに二台のパトカーが合流してきた。


 前方に巨大な看板が現れた。笑う南瓜と、歯を剥いたクマ。その間に大きな文字。


 WELCOME TO ZOMBIE TOWN

 FAMOUS FOR GUMMY!


 グミ袋と同じクマだ。ジョーは看板へギザ歯を覗かせた。


「見つけたぜ、ハニー」


 街へ続く道は右へ急に折れていた。ジョーは拳銃を戻し、コーラを一口吸ってからハンドルを切った。


「悪いな諸君。デートはここまでだ!」


  SCREEECH!(キキィーーーッ!)


 紫の車体が横滑りし、看板の支柱すれすれを抜けた。タイヤが路面を噛み直す。後続の一台も曲がった。二台目は曲がりきれなかった。


  CRAAAAASH!(ガッシャァァーン!)


 クマの笑顔をパトカーが突き破った。折れた南瓜が宙を舞い、道端でペンキを塗っていた男の頭に落ちる。


「看板ーーー!!」


 隣の男が刷毛を投げた。


「昨日直したばっかりだぞ!!」


 バックミラーの中で、WELCOMEの半分が炎上した。


「派手な歓迎だねえ。花火までついてら」


 ジョーはクラクションを二度鳴らし、街へ入った。


挿絵(By みてみん)


 墓地の鉄柵に色褪せたリボンが絡み、昼間からダイナーのネオンが点いていた。教会の尖塔には蝙蝠型の風見。街灯ごとに南瓜。商店の軒先には、ぶら下がった骸骨が風で揺れている。そのうち一体が脚立から降りて、隣の骸骨の位置を直した。

 横断歩道を渡っていた男が、自分の頭を小脇に抱え直す。紫の車が鼻先を通過すると、抱えられた頭が怒鳴った。


「歩行者優先だろうが!」


 ジョーは運転席から言い返した。


「手ぇ上げて渡りな!」


「頭で塞がってんだよ!」


 ジョーは笑いながら角を曲がった。目玉グミの山。歯グミの瓶。脳みそグミの特売。ショーウィンドーの向こうで、菓子職人が心臓型のグミを秤へ載せていた。


「いい街じゃねえか!」


 銃弾がサイドミラーを削った。


「買い物中の客を撃つなよ! レビューに星一つ付けるぞ!」


 ジョーは車を屋台の間へ突っ込ませた。パラソルが倒れ、焼き菓子が飛ぶ。追ってきたパトカーが屋台の車輪を引っ掛け、そのまま引きずっていった。店主は屋台にしがみついたが、腕だけ残して落ちた。


「また取れた! 今日二回目だぞ!」


 歩道のゾンビ犬が、その腕を追いかけた。三歩目で後ろ脚が外れる。犬は気にせず走り、飼い主が脚を拾って追った。


「うちの子に変なもの食わせないで!」


 置き去りの店主が叫んだ。


「俺の腕だよ!」


 オープンカーの後ろで、屋台とパトカーが果物店へ消えた。オレンジが道路いっぱいに転がった。


     *


「はい、もう少しですよ♡」


 診療所の軒先で、アンジェリカ・ステッチが針を引いた。患者の首を一周する蛍光グリーンの糸。その最後のひと目を、きゅっと締める。

 プラチナブロンドの大きなツインテールが肩の両側で揺れた。青とピンクのリボン。小さなナースキャップ。水色の縁取りがある白いナース服は、丸く大きな胸元から、ハートのバックルを留めた腰へきゅっと絞られていた。

 少し垂れた青い目を細め、アンジーは患者に笑いかけた。


「綺麗につきました♡」


 アンジーは椅子へ立てかけていた裁ち鋏を持ち上げた。刃先が地面を擦るほど大きい。青とピンクの持ち手の下で銀の刃が開き、患者が身をすくめた。


「その鋏でかすぎない? 首まで持ってかれそうで怖いんだけど」


「大丈夫ですよ♡ 動かないでください♡」


  SNIP!(チョキン!)


 余った糸が落ちた。


「ほら、大丈夫です♡」


「怖ぇよ」


「はい、終わりました♡」


 アンジーは患者の肩を軽く叩いた。そこへ銃声がした。顔を上げると、サイレンと怒鳴り声が通りの向こうから近づいてくる。角を曲がってきた紫の車が、路上のオレンジを次々踏み潰した。

 その先を、配達トラックが塞いでいた。


 ジョーがフロントガラス越しに荷台を見た。


「おっと。予約席か?」


 ジョーはブレーキを踏んだ。タイヤが滑る。荷台から降ろしかけの渡し板へ前輪が乗った。ボンネットが持ち上がる。

 ジョーはコーラを掴み、運転席を蹴った。


  CRASH!(ガッシャーン!)


 無人のオープンカーが、トラックの荷台に刺さった。箱詰めのグミが噴き上がる。その手前へ、長い脚が降り立った。燕尾服の裾が翻り、赤白のステッキが腰の留め具で揺れた。


「最高のドライブだった! 次は運転手付きで頼むぜ!」


 コーラを飲み切り、カップを近くのごみ箱へ投げる。外れた。

 パトカーが通りの両側で急停車した。ドアが開き、警官たちが銃を構える。一人がジョーの顔を見て、胸ポケットの手配書を引っ張り出した。


「おい、こいつ、キャンディ・ジョーだ!」


 ジョーは帽子のつばを持ち上げた。


「B.B.も忘れんな。看板なんでね」


 警官が銃口を向け直した。


「両手を上げろ!」


「はいよ」


 上げた両手には、拳銃が一丁ずつ握られていた。


  BLAM!(バァン!)

  BANG!(バン!)


 警官たちがドアの後ろへ沈む。パトランプが弾け、蛍光色の煙が通りを横切った。ジョーは長い脚でベンチを越え、着地しながら左右へ撃った。


「並べ並べ! 弾なら人数分あるぜ!」


 患者が椅子ごと倒れた。アンジーはその襟を掴み、壁際へ引いた。空いた椅子が銃弾で跳ねた。


 トラックの陰から、警官が太い銃身を持ち上げた。捕獲用ワイヤーが発射される。ジョーは身を低くした。ワイヤーはその上を抜け、街灯を一周して、壁際の患者へ跳ね返った。


「危ないですよ♡」


 アンジーが踏み出した。鋏が開く。

 同時に、向かいの警官が発砲した。ジョーは上体を大きく反らし、弾丸を顎の先でかわした。


「ハニー、そんな熱烈に――」


 その首が、刃の間へ入った。


  SNIP!(チョキン!)


 シルクハットが跳ねた。

 頭が落ちた。

 首から噴いた血が赤い弧を描き、診療所の白壁にかかった。


 開いた鋏を手に、アンジーが瞬きをした。


「……あ♡」


「あ、じゃねえ!!」


 路面のジョーが怒鳴った。

 壁際で患者が両手を広げた。


「ほらぁ!!」


 首のない身体が、拳銃を握ったまま立っていた。警官たちも銃を下げかけ、また上げた。路面のジョーが歯を剥いた。


「今日の占い大当たりだな、ベイビー! 『身軽になるチャンス』だとよ!」


 アンジーは頭を拾い、帽子を指へ引っ掛けた。壊れ物を抱えるように胸元へ収める。

 頭頂に、むに、と柔らかな重みが載った。

 ジョーは上を見た。


「……エンジェル」


「はい♡」


「重い」


「そうですか♡」


 アンジーは首の切り口を覗こうとして、さらに抱え直した。


「すみません♡」


「何に対する謝罪だ、それ!」


「縫えば治りますよ♡」


「なら今すぐ――」


 首なし身体の指が動いた。

 横倒しのグミ箱から、砂糖をまぶした菓子がこぼれていた。身体はそちらへ向き直り、拳銃を二丁ともホルスターへ収めた。


「……おい」


 長い脚が一歩出た。


「おい!」


 次の一歩で、走り出した。


  TAP(タ) TAP(タ) TAP(タ) TAP!(タッ!)


「待て!」


 身体はグミ箱を脇へ抱え、菓子屋の窓へ突っ込んだ。


「俺!!」


 ガラスが砕けた。店内で棚が倒れる音。裏口から、さらに大きな袋を抱えた身体が飛び出した。止めようとした警官を肩で弾き、そのまま路地へ消える。


「俺の身体が俺より自由に生きてやがる!」


「元気ですね♡」


「感想それかよ!」


 警官たちが走り出した。先頭の一人は診療所へ向き直ったが、身体の投げたグミ箱を顔で受け止めた。隣の二人も巻き込まれて倒れる。

 アンジーは腰の裁縫ポーチを確かめ、鋏を持った。


「追いかけますね♡」


「追いかけろ! 今すぐ! あいつ財布まで持ってんだぞ!」


 路地にはグミが点々と落ちていた。アンジーが小走りになるたび、ジョーの頭頂へ胸の重みがむにっと乗る。右手の鋏は壁にぶつかり、左腕の生首はずり落ちかけた。


「顎! 顎を持つな、舌噛む!」


「持ちにくいですね♡」


「持ち歩くために生えてねえからな!」


 アンジーが足を止めた。ジョーを見下ろす。その青い目が、ぱっと明るくなった。


 ジョーは眉を寄せた。


「その顔やめろ。ろくなこと思いついてねえだろ」


「少し失礼します♡」


 アンジーはごみ箱の蓋へジョーを載せ、裁縫ポーチを開いた。針。蛍光糸。幅広の肩紐。


 蓋の上からジョーが裁縫道具を睨んだ。


「待て待て待て。何作ってる?」


「動かないでください♡」


「その台詞で一個飛んだんだけど、俺の首」


 アンジーは耳の後ろへ針を通した。ジョーが歯を剥く間に左右の留め輪を縫い終え、肩紐の金具を繋いだ。

 鋏が鳴った。

 アンジーは肩紐を斜め掛けにし、生首を腰の横へ下げた。


「できました♡」


「何が!?」


「バッグです♡」


「俺を革製品みたいに言うな!」


「両手が空きます♡」


 ジョーは彼女の両手を見た。片方には巨大鋏。もう片方には自分の帽子。


「……合理的なのが腹立つな!」


 アンジーは帽子を被せ、つばを整えた。


 背後の足音にアンジーが振り向くと、警官が手配書と生首を見比べていた。アンジーは走り出し、ジョーを腰で揺らしながら角を曲がった。


 最初の菓子屋では、店主が人体型の穴を睨んでいた。頭の部分だけ壁が残っている。空になった砂糖桶が床に転がり、ガラス瓶は中身だけ抜かれて整然と並んでいた。

 店主がジョーを指差した。


「お前だろ!」


 ジョーが即座に言い返した。


「違う! 犯人は俺の身体だ!」


「同じだろ!」


「裁判なら無罪を主張するところだぜ!」


 アンジーが穴を覗いた。裏の塀にも、同じ高さの穴がある。


「こちらですね♡」


 歩き出したアンジーを、店主が呼び止めた。


「代金!」


 腰で揺れるジョーが、店主へ顎をしゃくった。


「財布は犯人が持ってる!」


 アンジーは横の扉を開け、丁寧に閉めて出た。


 次のダイナーでは、シロップタンクが床に横たわっていた。蛇口が根元から抜かれ、中は空っぽだった。カウンターのパンケーキには、バターだけが寂しく載っている。


「シロップを全部持っていきやがった!」


 コックがフライ返しを振り回した。

 厨房の奥で小さなものが跳ねた。赤い包み紙のキャンディ。床へ落ち、ころころと冷蔵庫の下へ転がっていく。


 ジョーが床のキャンディを睨んだ。


「伏せな」


  KA-BOOM!(ドカーン!)


 冷蔵庫が天井へ刺さった。黄緑の煙の中から、冷凍ポテトがぱらぱら降る。ジョーは舌に載った一本を吐き出した。


「頭がねえと加減ってもんを知らねえらしい」


 アンジーがジョーを見下ろした。


「元からでは♡」


「エンジェル」


「はい♡」


「その可愛い顔で毒吐くのやめてくれる?」


「すみません♡」


「反省してねえな?」


 アンジーは裏口へ向かった。


 店の裏には、砂糖の倉庫があった。扉が内側へひしゃげ、白い粉に大きな足跡が続いている。その向こうの搬入路へ、パトカーが横付けされた。


『いたぞ! 止まれ!』


 ジョーが舌打ちした。


「またその言い方かよ」


 アンジーが脇の通路へ入ろうとすると、そちらにも車が滑り込んだ。前方では、警官がパトカーの後ろから捕獲銃を構えている。足元の発射器には、太い網が畳まれていた。

 ジョーは銃口を見て、右手の搬入口へ目をやった。錆びたシャッターの下に、砂糖の足跡が消えている。


「エンジェル。俺をあっちへ向けろ」


「こうですか♡」


 肩紐の金具が外れた。アンジーは鋏を壁へ立てかけ、ジョーの頭を両手で掴んだ。片手を後頭部、もう片方を顎の下へ。両足を開き、銃のように前へ突き出す。


 ジョーは手の中で目を剥いた。


「待て! 俺は武器じゃ――」


 警官が捕獲銃を持ち上げた。

 ジョーは目を細めた。


「……まあいい。しっかり持ってな、ハニー! こいつは蹴るぜ!」


「分かりました♡」


 大きな口が開いた。舌の上に色とりどりの粒が集まる。警官の指が引き金へかかった。


  BLAM!(バァン!)


 キャンディ散弾がシャッターを吹き飛ばした。鋼板が内側へ折れ、砂糖の袋が弾ける。アンジーは反動で一歩下がった。ジョーの頭が彼女の胸元へ跳ね返る。


挿絵(By みてみん)


「だからしっかり持てって言ったろ!」


「持ってましたよ♡」


「首が取れるかと思ったぞ!」


「もう取れてますよ♡」


 ジョーは黙ってアンジーを見た。彼女はにこにこしている。やがてジョーの口元にも笑いが浮かんだ。


「……最高だな、お前」


 網が飛んできた。アンジーは頭を小脇へ抱え、鋏を拾って倉庫へ駆け込んだ。背後で網が崩れたシャッターに絡む。

 砂糖の霧を抜ける。向こう側の壁には、見覚えのある頭抜きの穴が開いていた。アンジーはそこをくぐり、通用路へ出た。


 抱えられたジョーが、アンジーを見上げた。


「そういやエンジェル、名前は?」


「アンジェリカ・ステッチです♡ アンジーでいいですよ♡」


 彼女は肩紐の金具を留め直し、ジョーを腰の横へ下げた。ジョーは顎を上げた。


「俺はB.B.キャンディ・ジョー。B.B.も忘れんなよ」


「分かりました、ジョーさん♡」


 アンジーは彼の帽子についた砂糖を払った。ジョーが口を曲げる。


「……好きに呼びな、エンジェル」


 遠くでパトカーのドアが閉まった。アンジーは鋏を抱え直し、走った。


     *


 足跡は運河沿いへ向かっていた。売店ではキャンディが消え、倉庫では砂糖袋が消えていた。酒屋は無傷で、隣の菓子問屋には壁がなかった。

 ジョーは腰の位置からそれらを眺めた。


「頭がなくても食い意地だけは一流か。さすが俺だ」


「褒めるところですか♡」


「自分を褒めるのに許可はいらねえ」


 運河の橋へ出ると、甘い匂いが強くなった。砂糖に、果物に、何か焼けたような匂い。ジョーは鼻をひくつかせた。


「なあ。この街で一番砂糖を溜め込んでる場所は?」


「グミ工場ですね♡」


 アンジーが橋の向こうを指した。

 煉瓦造りの巨大な工場が、運河沿いを塞いでいた。屋根から何本もの煙突が突き出し、ピンクの煙を吐いている。壁には笑うクマ。正門には『工場見学歓迎』の看板。その下の鉄扉には、頭のない人体型の穴が開いていた。


 ジョーが看板を見上げた。


「嫌な予感ってのは大抵、看板背負って立ってやがる」


「当たるといいですね♡」


「嬉しそうに言うな」


 門番の詰所は空だった。二人が穴をくぐると、遠くのサイレンが別の通りへ曲がっていった。

 アンジーが建物の扉を押す。熱と甘い蒸気が、顔いっぱいに吹きつけた。


 工場の床を、何本ものベルトコンベアが走っていた。溶けたグミが型へ注がれ、冷却の霧をくぐり、ぷるぷる震えながら外されていく。目玉。歯。脳。指。心臓。砂糖をまぶす巨大なドラムが回り、できあがった菓子を下のベルトへ吐き出していた。

 頭上を搬送籠が通過した。何段も重なる鉄骨の足場から、透明なチューブが降りている。中を蛍光グリーンの原液が流れていた。


 アンジーがチューブを目で追った。


「ライム味ですかね♡」


「この街で色を信用するな。命より軽いぞ」


 ジョーはタンクのラベルを読んだ。


「CHERRY。チェリーだ」


「緑なのに♡」


「ここの菓子職人、色彩感覚が犯罪者なんだよ!」


 奥で何かが倒れた。


  CRASH!(ガッシャーン!)


 天井の配管が震えた。吊り籠からグミがこぼれ、二人の前へばらばら降ってくる。ジョーは落ちてきた目玉を口で受けた。


「こっちだ」


 アンジーが巨大な撹拌槽の前で止まった。

 いた。

 黒紫の燕尾服。長い脚。二丁拳銃と、腰に留めた赤白のステッキ。首なし身体が槽の縁へ腹を引っ掛け、上体を原液へ突っ込んでいた。


  GLUG!(ゴクゴク!) GLUG!(ゴクゴク!)


 アンジーは槽の縁を覗き込んだ。


「飲んでますね♡」


「どこで!?」


「首です♡」


「見りゃ分かる!」


 首の断面に渦ができていた。原液の水位が下がる。身体はさらに深く浸かった。


「おい俺! 飲み放題だからって元取ろうとするな!」


 返事はなかった。

 槽の脇で赤い警告灯が点いた。供給弁が鳴り、原液が追加される。身体はそれも吸った。手袋の指先に、ころんと小さなキャンディが現れる。もう一個。その次も。


 ジョーが自分の身体を睨んだ。


「吐き出してるじゃねえか、手から」


「便利ですね♡」


「感心してねえで捕まえろ!」


 身体が槽から起き上がった。緑の液を滴らせ、壁に走る太い配管へ向き直る。

 パイプの継ぎ目から、ピンク色の雫が一滴落ちた。

 身体が手を伸ばした。


「待て。そっちじゃねえ」


 指が配管を掴んだ。金具が軋む。壁から留め具が抜け、パイプが曲がった。裂け目から糖液が噴き出す。

 身体はそこへ首を押しつけた。


「まだ飲むのかよ!」


 圧力計の針が振り切れた。足元へキャンディが落ちる。ジョーが息を吸った。


「下がれ!」


 アンジーが撹拌槽の陰へ飛び込んだ。


  KA-BOOM!(ドカーン!)


 壁が膨れ、配管ごと吹き飛んだ。蛍光オレンジの煙の向こうで、首なし身体がよろめく。すぐに姿勢を戻し、開いた穴へ駆け込んだ。

 アンジーが鋏でぶら下がる配管を押しのけた。壁の裏には、下り階段が隠れていた。


 ジョーが階段の下へ目を向けた。


「見学コースにしては荒っぽいな」


「行きますか♡」


「俺の財布が行った」


 階段の下から、規則正しい機械音が聞こえていた。アンジーが段を下りるにつれ、紫の明かりが鋏の刃を染めていく。


 地下の紫の照明の下で、タンクの液が泡立っていた。太いケーブル。計器。床には黄色と黒の警告線。

 新しいベルトコンベアの上を、クマ型のグミが流れていた。どれも同じように口を開け、目には小さなバツがついている。箱へ詰められ、蓋が閉まり、機械の腕が印字する。


 ZOMBIE GUMMY


 アンジーが読んだ。


「ゾンビグミですって♡」


「この街、ネーミングにひねりって概念がねえのか?」


 さらに奥の壁には、巨大な文字が掲げられていた。


 OPERATION GUMMY WORLD


 ジョーは鼻を鳴らした。


「ねえんだな」


 壁際の柵に、作業着姿の男が張り付いていた。隣の柵にも、その隣にも、人影がある。ベルトコンベアが近づくたびに腕を伸ばし、箱を追って同じ方向へ顔を動かした。

 一粒のグミがベルトから落ちた。

 男が柵へ頭を打ちつけた。手を伸ばす。届かない。さらに肩をねじ込み、指先で床を掻く。声をかけるより先に、隣の男も床へ這いつくばった。

 アンジーの歩みが止まった。

 ジョーは噛んでいたグミを、ゆっくり頬の内側へ寄せた。


「……趣味の悪い菓子工場だな」


 柵の中の男は、二人を見なかった。落ちた一粒だけを見ていた。

 奥で、鉄板の引きずられる音がする。ジョーが目を向けた。太い配管の向こうを、黒紫の裾が横切った。


「いた。エンジェル、あそこだ」


 アンジーが一歩踏み出した。

 照明が消えた。暗闇でジョーの声がした。


「おいおい。照明代までケチり始めたぞ」


 機械音だけが続いていた。暗闇の中で、金属が何かを打った。ジョーが黙る。アンジーは鋏の持ち手を握り直した。

 一灯。

 床を丸く照らす光が点いた。

 その先でもう一灯。さらに一灯。照明は二人の足元から奥へ、順番に伸びていった。


 ジョーは光の先を見た。


「……俺より演出がくどい奴がいるとはね」


 最後のスポットライトが落ちた。

 高い足場の上に、小太りの老人が立っていた。染みだらけの白衣。丸い腹。禿げ上がった頭の両脇から、白い髪が跳ねている。尖った口髭の上で、ピンク色の丸眼鏡が光った。

 胸にはクマの徽章。その下に、DOCTOR GUMMY。

 老人は両腕を大きく広げた。


「ようこそ――B.B.キャンディ・ジョー!」


 ジョーの笑いが、口元で止まった。

 ドクター・グミーは、満面の笑みを浮かべた。


「君には、ずっと会いたかった!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。