The most important thing is to be true to your heart.
「俺がお前のこと、好きってことだよ」
抱きしめられたままそう言われた私は、状況を正しく理解した。
私は小さく息をついたあと、そっとヴィクターの肩を押した。するとヴィクターがぴくりと小さく震えた。
エメラルドグリーンの瞳に、かすかに微笑む私の姿が映っている。
「まだ、切れてなかったのね!」
「……は?」
「だから、惚れ薬!」
私がそういうと、なぜかヴィクターは私から離れてその場でしゃがみこんでしまった。そしてしばらく沈黙したあと、大きなため息をついて言った。
「もう、そういうことにしといてくれ」
ん、なんでこんな落ち込んでるのこの人。
するとその疑問を口にする前に、扉がノックされた。私が答えると、がらがらと扉が開けられる。ステラとミゲルだ。二人は宣言通り、食べ物と飲み物を持ってきてくれた。
ただ、二人はしゃがみこんでいるヴィクターをみて、さっと目を合わせ、そしてミゲルが首をかしげてヴィクターに尋ねた。
「あれ……もう終わったと思ったけど……早かった?」
「惨敗した」
「え?」
「惚れ薬は切れてないっていう結論に達したらしい」
「まあ日頃の態度が、ね……」
「言われると思ったよ」
「何の話?」
私が問いかけると、三人が一斉にこちらを残念そうな目で見た。
どうしてそんな顔をして見られるのかわからない。
結局、三人に盛大なため息をつかれたあと、ステラとミゲルがくれた飲食料を口にいれ、治療師に明後日には退院していいよとの言葉をもらう。
私としては今すぐにでも帰りたかったけれど、なぜかその場にいた全員に止められた。
自分で体調管理できないだろうということである。
あながち間違ってもいないので、私は仕方なく治癒室にとどまることにした。学校は一日休まなければいけないが、たまにはいいだろう。
そして、無事退院したその日。
治癒棟から出て寮までの道を歩き始めると、ミゲルとヴィクターがやってきた。どうやら迎えに来てくれたらしい。
私のことは学校中の噂になっているらしく、問題の女子生徒たちは一か月の謹慎処分が下ったそうだ。そのため、堂々と喧嘩を吹っかけてくる人間はいないだろうと私は思っていたのだが、念のためということだろうか。
「大丈夫か?」
「おかげさまで、この通り」
私はその場で手を宙に向けると無詠唱で光の花を降らせた。咄嗟に思いついた構成が、ヴィクターのそれと似てしまったのは仕方ない。
ヴィクターはそれを見ると、何故かふいっとそっぽを向いてしまった。自分で質問した癖にこの態度は何なのだろうか。
「ヴィクター?」
「なんでソレを選ぶんだお前は……本当、ぜんっぜん気づいてないよな」
「はっきり言わなきゃ分かんないよ。シフォンが作ったのは惚れ薬じゃなくて自白剤だったってさ」
え?
「おい! ミゲル!!」
「だってさ、このままだと一生進展しなそうなんだけど。それじゃ困るんだよね。不幸な子をからかうのは、ただのイジメでしょ?」
「待って待って! どういうこと?」
惚れ薬じゃなくて自白剤ということは、私の調合は成功してたということだろうか。
「ううん。どのみち失敗薬には変わりないよ。でも、まあ自白剤を作るの失敗して、惚れ薬になるのはありえないんだよ。努力家のシフォンなら、そんなの調べはついてたでしょ?」
げ、何も言ってないのに私の心を読まれた。
「失敗薬って……じゃああれは結局なんだったの?」
「だから、シフォンが作ったのは、大雑把に言えば自白剤! ただし、作る予定だった弱いやつじゃなくて、理性を抑えて、人をより素直にさせる強力な魔法薬になってたみたいだけど」
「じゃあまさか、教授が惚れ薬の解毒剤を飲ませても効かなかったのって……」
「そりゃ、惚れ薬じゃなかったからさ。教授は分かってたけど、面白いから見逃したんだよ。もちろんヴィクターも分かってた」
まさか教授に裏切られていたなんて。
でもよく考えてみれば、あの時の教授はどこかおかしかった。
視線を泳がせたのも、原因が分かっているのにごまかしていたからか。
呆然としている私に、それじゃあ邪魔者は消えるから、と言ってミゲルは去って行く。
「え、待って待って。じゃあいままで言ってたことは?」
ヴィクターの方を向くと、彼はぐしゃぐしゃとわたしの髪をかき乱しながら言った。
「本当だよ! ったく! 悪かったな! こんなやつで! 俺の気持ちに気付かないお前も悪いんだぞ!」
「え、私のせいなの?」
「ああ!」
「全然納得できない」
「ああもう! とにかく、そういうことだから、イエスかノーかここではっきりさせてくれ!」
ヴィクターは顔が赤く、そっぽ向きながらそう言った。
え、そんなこと言われても。
正直に言って、あんなにポンポン軽々しく口説かれたすべてが本当ですと言われても、あんまりしっくりこない。
ヴィクターが薬を飲まなければ、あんなに何度も好きだなんて言わなかっただろう。
それに、私が好きなのだとしても、結局、彼は自分の言葉で言ったわけじゃない。
薬の効果と、ミゲルの暴露があったから、そうやって私にもわかる形になっただけだ。ミゲルが薬について種明かししなかったら、多分私とヴィクターの関係性は全く変化しなかっただろう。
私はふと良いことを思いついて、心の中でほくそ笑んだ。
教授と結託して私を騙した罰だ。それに、こんなカッコ悪い告白なんて、私は認めないんだから。
「ふうん。そうなんだ」
私は興味なんてありませんとばかりに無表情を繕って、スタスタと歩き始めた。
するとヴィクターは焦ったのか、私の腕を掴んで引き止めた。
「待てよ! 俺の一世一代の告白は無視か?」
一世一代の告白ってほど、自分の言葉で大して言ってないし。
私はそんなヴィクターに呆れたけれど、彼の手が震えていることに気づいてしまった。
それに、困惑と怒りと不安がない交ぜになった顔で見つめてくるヴィクターは、なんだかいつもより小さく見える。
でも、やっばりそんな卑怯な告白なんてありえない。
私は彼に左手を腰に当て、彼の鼻先を指で指しながら言った。
「ヴィクターが薬が効いてた時と同じこと言えたら、考えてあげる」
「え? い、いやそれは……!」
彼は顔を真っ赤にして、口をパクパクさせている。自分で自分のしたことが相当恥ずかしいらしい。
でも、私は妥協しない。
「言えないの? あら、残念」
そして私は言う。
「私、ヴィクターのこと、好きかもしれないのに」
私はできるだけ余裕を持って、からかい交じりにそう言った。
ヴィクターはぴたりとその場で動きを止める。
そして……。
そして、その後ヴィクターが何を言って、何をしたかは……私だけの秘密だ。
これにて本編完結です。
お付き合いいただきありがとうございました。
*蛇足編を一話投稿していたのですが、思いのかさばりそうなので、まとめて別立てで投稿するので、ひとまず完結にします
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*蛇足編、連載中です。シリーズのリンクから飛べます。また、蛇足編執筆の際、話の整合性をとるためにこちらの本編を少し改稿しています。
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