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閑話

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 シャイフィークの伴侶探しと銘打ってはいたものの、本当に見つかるとは誰も思ってはいなかっただろう

 。どちらかといえば、働き過ぎだという自覚がない彼を何とか休ませようと、最もらしい理由を周囲が考えたに過ぎない。

 だからこそアルドは、急に現れたニトを警戒し何か裏があるのかと訝しんだ。

 ニトと行動を共にする内に、考え過ぎだということに気付いたが、色々と規格外な存在に出会ったものだとアルドは思う。


「後で侍女が来るだろうから、必要なものがあったらそん時に言えよ」

「ありがとう。多分、大丈夫だと思う」

 きっと色々あって疲れていたのだろう。ニトは案内された部屋にあるソファを見て、ほっと息を緩めていた。


 離れと本邸を繋ぐ渡り廊下から見える中庭で、ユラユラと宙に浮かぶクラゲたちが薄ぼんやりと光る。もう少し暗くなれば王都のそこかしこに現れ、路地を照らし始めるのだろう。

 生きていることは確実だが、これらのアカリクラゲに意思があるとは聞いたことがない。毎日決まった時間にどこからともなく集まり、朝になればいつの間にか消えている。

 総じてクラゲとはそういうものだと、今までのアルドは考えていた。目的もなく意思もなく他者の思惑にただ流されるもの。


 アルドの狭い世界を、シャイフィークは知っていたのだろうか。


「なあ、ラーク。ニトの毒手って自分で出さないでいることはできると思うか?」

「そうですね…毒手という反応が反射である限りは難しいかと思われます。そもそもクラゲの魚人という存在自体が希少ですから、推測でしかありませんが。シャイフィーク様も随分興味深い方と出会われたものですね」

 ラークは珍しく口角を上げていて、機嫌が良さそうに見える。だがその笑みは周りを和ませるようなものではなく、まるで捕食者が獲物を見つけた時のような表情とでも言うべきか、若干背筋が冷える類いのものであった。


「…食うなよ?」

「ええ、空腹の時は避けるように致しましょう」

「よし、おれかシャイフィーク様が一緒にいない時は会うな」

「おや、残念ですね」

「…ラーク。お前、そんな暇じゃないだろ」


 目の前にいる青年はキルケの前当主に仕える執事だ。隠居した当主に仕える使用人は以前ほど多くないので、自然と祖父の外向きの仕事にも対応することになる。それなりに忙しいはずのラークが、出迎えはともかく直接案内までするというのは、そうあることではない。多分伴侶候補として連れてこられたニトがどんな娘なのか、祖父が知りたがってラークを寄越したのだろう。


「慣れた仕事ですからご心配なく。それにあの様子では、お嬢様の方から距離を置かれるのでは?」

「…まあそうだろうな」

「ふふ、どうやって逃げてくださるのでしょうね」

「それ、本気じゃないよな…?」

「アルド様、嘘はお嫌いでしょう?」

 白々しく返されたラークの言葉に、アルドは疲れた様子でこめかみを押さえた。

 実年齢と見た目がそぐわないこの執事は、何が面白いのか昔からタチの悪い冗談ばかり口にする。過去に戻れるなら、この執事を無邪気に慕っていた幼い頃の自分を蹴り飛ばしてやりたい。


「と、冗談はさておき」

「……」

「これからの予定ですが、大奥様はお嬢様と私的にお会いになるそうです。夕食まで誰も近付かないようにと」

「…これから、か? 休ませてやるんじゃなかったのか?」

 何のために部屋を用意したのかと、アルドは驚くと同時に少し腹を立てた。

「もちろん、すぐではありませんよ。アルド様がお嬢様に対して何か感じておられたように、大奥様も思うことがおありなのでしょう」


 原則として祖母は、依頼者以外に視たものを口外しない。アルドが気付いた違和感を祖母も視たのなら、こうして王都に着いて早々祖母を訪ねたことは間違いでもなかったのだろう。

 自分が魚人であることを知って狼狽え、シャイフィークの求婚にもどこか他人事といった様子でずれた答えを返すニト。世間知らずで流されやすいのは、これまでの環境のせいだろうか。


 ニトが触れて出来たミミズ腫れを、アルドはもう一度眺めた。じくじくと痛みはするが気にする程でもない。だがもしこの傷を他の女性が受けてしまえば、面倒なことになるだろう。

 勝手にアルドを実験台にしておきながら、申し訳なさそうに詫びるニトの顔を思い出す。

 アルドはニトの種族について調べてやることにした。とりあえず一通りは知らなければ、対処のしようもない。


「手袋一つで何とかなりゃいいんだがな」



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