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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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先生の手


 小学生5年生のある時期、俺は教室に入れなくなっちゃってさ。しばらく保健室に登校してたんだよね。

 別にいじめられてたとかじゃなくて、教室の空気に馴染めなくてさ。

 教室に入るのが嫌で、いつも保健室に逃げ込んでた。


 保健室って思ったより人が来ないんだよ。だから保健室では先生とふたりきりの時間が長かった。

 保健室の先生は若い女の先生でさ。きれいな先生だった。髪の毛をポニーテールにしてて、声が穏やかで心地良いんだ。あんまりおしゃべりはしない人で、そこがどこか秘密めいた雰囲気なんだよ。

 教室とは違う、なんだか甘い空気が漂ってる感じでさ。マセガキって言われたらその通りなんだけど、俺は先生とふたりで過ごす時間がすごく好きだった。


 保健室で給食を食べて、俺は授業支援用のプリントをやってた。

 先生は日誌みたいなのを書いてたんだけどさ。

 ふっとプリントから顔を上げたとき、先生の右手が真っ赤に染まっているのが見えたんだ。

 お湯に浸けたとか、そういう赤じゃない。

 本当に赤。リンゴとかトマトみたいに真っ赤なの。

 いつもは白くて細い指先をしてるのに、それがありえないくらい真っ赤だったから俺は「え?」って声が出ちゃったよ。


 そうしたら、先生が「あっ」って小さく叫んで、慌てて手を隠したんだ。

 俺が驚いて沈黙していると、先生は恐る恐るって感じで目線を俺に向けた。先生とバッチリ目が合う。

「……見ちゃった、よね?」

 声は普段の穏やかな声だったんだけど、いつもよりちょっと冷たい感じがした。

 なんだか心臓がドキドキして、俺は何も言えなかった。

 でも沈黙が気まずくてさ。俺、「指、どうしたの?」って言ったんだよね。

 俺の言葉に、先生もしばらく黙ってたんだけどさ。やがて観念したみたいに大きく息をついて「やっぱり、見ちゃってたか」って呟いた。

 先生は観念したように、隠していた手を俺の前に出した。


 俺の目の前に出された先生の手は、指先も、手のひらも、手の甲も、手首も、全部真っ赤だった。ところどころまだらに紫が混ざっていて、かなり気持ち悪かったよ。

 しかも変なのは色だけじゃないんだ。

 手の形もおかしい。

 指の本数は7本あったと思う。そのうちの何本かの指は、関節の数もおかしかった。あらぬ方向に曲がっている指もあった。


「これ、どうしたの……?」

 先生は、俺の質問には答えてくれなくてさ。

 静かな声で「みんなには、内緒にしてね」って言って、袖の中に手を引っ込めた。それでもう一度出したときには、いつもみたいなきれいな手に戻ってた。

 子どもの頃の俺は馬鹿だったからさ、「それ、手品なの?」って先生に聞いたんだよね。

 そうしたら先生は「んー、そんなもんかな」って言った。口元はうすく笑ってるんだけど、目が全然笑ってないの。笑ってない目で、俺をじっと見てる。ヘビに睨まれたカエルって、あんな気持ちなんだろうなぁって思うよ。

 俺はただ、こくこく頷いてた。何に対して頷いてたのか自分でも分からないけど、あのときは先生に対して否定的なことを言っちゃいけないって思った。


 それ以来、保健室に行くのが怖くなっちゃってさ。

 仕方ないから教室に行くようになったんだよ。なんかクラスメイト達がすごくあたたかく迎え入れてくれて、問題なく教室で過ごせるようになったんだ。まぁ、やっぱり教室は苦手だったけどね。

 それでも、あの保健室で、先生とふたりきりで過ごしたくないって気持ちが強かったなぁ。


 結局卒業するまでの間に、保健室の先生と顔を合わせるってことはなかったんだけどさ。

 あの日、俺が見ちゃった先生の手は、なんだったんだろう。

 実は保健室の先生が宇宙人か未確認生物で、普段は人間に擬態していて……なんて。

 荒唐無稽な話だと自分でも思うけど、でもそれ以外に考えられないんだよねぇ。



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