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もりとき怪談 第三集【一話完結/短編怪談】  作者: もりとき


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黙神


 なんか、うちの家系には神様がついてるらしいんだよね。

 神様っていうか、妖怪かもしれない。

 私にもよく分からないんだけど、でもこの神様に関する実体験はたくさんあるよ。


 小さい頃にね、花瓶を割っちゃったことがあるんだ。お母さんが気に入ってた花瓶で、私も好きな花瓶だった。

 玄関の棚に置いてあって、私は花瓶が見たくて取ろうとしたのね。それで、ガシャンってやっちゃった。

 私は叱られるって思って、落ちた花瓶を拾い集めて、家の縁側の下に隠したんだ。

 でも、玄関にあったはずの花瓶がなくなってるから、お母さんに「花瓶、知らない?」って聞かれたのね。


 私、「知らない」って言おうとした。

 言おうとしたんだけど、口がもごもごするだけで、何も言えなかった。これ、心理的な問題で言えなかったってわけじゃないの。物理的に、何かが大きな手で私の口をふさいでいる。そんな感じだった。

 口はパクパク動くんだよ。でも何かが口をふさいでる。声は出ないし、呼吸も苦しいし、私はぽろぽろ涙を流してさ。

 こんな風になるのは初めてだったから、すっごい混乱したよ。

 私の様子を見て、お母さんは不思議そうにしてたけど、おばあちゃんが何かを察したように「あぁ」って息をついた。おばあちゃんは混乱する私の手を引いて、仏間に向かったの。


 おばあちゃんは私を仏壇の前に連れて行ってさ。

「うちにはね、嘘をつこうとすると黙らせる神様がいるんだよ」って言った。

「ダマリガミっていうの。花瓶にイタズラしたんでしょ? それで誤魔化そうとした。だからダマリガミ様が黙らせたの」

 初めて聞くダマリガミ様って名前に、私は絵本で見た地獄の閻魔様を想像して怖くなったなぁ。

 だから素直に「ごめんなさい」って謝ったの。


 そうしたらおばあちゃんはにっこり笑って「ダマリガミ様は嘘をつこうとすると黙らせるけど、悪いことをしても素直に話せば守ってくれる。一緒にお母さんに謝りに行こう」って言ってくれた。

 隠しておいた割れた花瓶を持って、お母さんに謝ったら、喉の奥からすっと爽やかな香りがしたんだ。ミントともハッカとも違う。もっと爽やかで、甘いような香り。小さい頃の私は、この香りがダマリガミ様が守ってくれてる証拠なのかなって思ってた。


 だから私、嘘がつけないの。

 喉がむずむずして、息苦しくなって、涙が出てきちゃう。

 本当にささいな嘘でも駄目でさ。この間も会議の資料にミスがあって取り繕おうとしたら、何も言えなくなっちゃった。素直にミスを認めたから、部長からの注意もだいぶマイルドだったんだけどね。

 恋人とデートの約束をしてたのに、推しのコンサートが当たってそっちに行っちゃったときも、「急に具合が悪くなって」みたいな嘘はつけないんだよ。

 これはこれで、不便だよねぇ。世の中にはさ、傷つけないためのやさしい嘘っていうのもあるじゃん? でも嘘がつけない私は、いつだってストレートな言葉しか言えないんだよ。

 でも不思議と、素直に話せば丸く収まることが多いんだ。

 もしかしたらこれが、ダマリガミ様が守ってくれるってことなのかもしれない。


 おばあちゃんに、ダマリガミ様のことで不満を言ったこともあったっけ。おばあちゃんは笑って「この家に生まれたからにゃ、正直に生きていくしかないのよ」って言ってた。

 おばあちゃんはもう亡くなっちゃったけど、近所でも評判の正直者で、裏表がないからみんなに好かれてた。お葬式のときも、たくさんの弔問客が来て、びっくりしちゃった。


 私もこの神様……もしかしたら妖怪かもしれないけど、ダマリガミ様とは一生付き合うんだと思う。

 それでいつか子どもが生まれたら、おばあちゃんと同じようにダマリガミ様の話をするのかな、なんて考えているよ。



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