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007.第一王子は口が悪い

「さて、ミス・サンチェスター。貴女は、いつまでこの僕に下着を見せるサービスを続けてくれるつもりだ?」


 エカテリーナ・サンチェスター公爵令嬢。5歳。

 今、絶賛ネチネチ厭味攻撃を受けています。


(よりによって……よりによって、第一王子にこんな醜態をさらすなんて、一生の不覚だわ……!!)


 死亡フラグ的にも恐ろしいけれど、公爵令嬢的に死にそうで怖い。


 この第一王子という人は、ゲーム本編において、最もデレるのが遅いキャラクターとして知られている。

 異世界からやって来たと言う主人公を――アスルヴェリアの攻略対象者の中で――唯一、疑っているからだ。

 それというのも、邪神の欠片の影響で猜疑心が強くなっている、というのもあるけれど、多分、何よりもその疑いは、本人の高潔な性格、そして母国を愛する心から来るのだろう。


 ……つまり、何が言いたいかと言うと。

 私のように、一定の立場にある令嬢による、みっともない行為を、彼は決して見逃してはくれないだろう、ということである。

 少なく見積もっても、お父様に報告が行くかもしれない。

 ひ、ひぃー!! そ、それだけはご勘弁をっ!!


「サンチェスター嬢……どうぞ、お手を……」

「……ありがとうございます、ヒューノ様」

「レディとしての品位を損なわない、美しい立ち上がり方だな。実に素晴らしい」


 ううう……めちゃめちゃ厭味行って来るよ、この王子!

 ネチネチネチネチ……こちとら5歳ですよ!?

 思わず涙目になりそうになるのを、グッと堪える。

 そんなことになったら、更に事態が悪化するに決まっている。


「お褒めに預かり、光栄ですわ。殿下のお眼鏡に適うような身であったのならば嬉しゅうございますが……」

「……ああ。今も十分愛らしいが、10年もすれば更に美しくおなりだろう」


 顔! セリフは、単純に受け取れば褒められてるみたいだけど、顔が全然褒めてくれてない。反射的に頬が引きつる。やめてー。

 この人、今何歳くらいだったかしら。確か、ゲーム本編で、22歳だったかな。


 ……今、10歳ってことじゃないか!!


 10歳ってこんな感じだったっけ? ねぇ、本当に??

 私は、一瞬視線を逸らす。胃が痛いのは、多分気のせいじゃない。

 あと、ヒューノ団長。凄くオロオロしてるけど、ごめんなさい。もう少し続きそうです、このやり取り。


「ところで、レディ。麗しき御名を伺う誉れを、僕に授けてはくれないか?」


 勿論、この王子は既に私の名前なんて知っているだろう。

 それなのに、敢えて尋ねて来たのは、マナー的な問題だ。

 そして、同じくマナー的に言えば、王子に名を尋ねられて、断る選択肢なんてあり得ない。


「お、お待ちくださいませ……」


 ……けれど、私の頭に過ぎったのは、この後会場に戻った時に、せめて初対面の形を取りたい、という願望で、反射的に王子の願いを遮ってしまっていた。

 口をついて出た後、今の状況のマズさに気付いた。この状況じゃあ、名乗っておいた方が、却って自然だったのに。

 印象にも、出来ればあんまり残りたくなかったけど、それはもう……無理だろうしね。色んな意味で。カボチャパンツご開帳は痛かった。


(ま、まずいまずい! 何て言い訳しよう……!?)


 今更、下手に名乗るのもおかしい。

 とりあえず、何かを言わなければ。


「貴きお言葉を遮った無礼を、何卒ご容赦くださいませ」

「躊躇いの理由を問うても?」


 静かに疑問をぶつけて来るけど、これ完全に怒ってますわ。

 第一王子のモノローグが聞けたとすれば、「年下の木端令嬢の癖に僕に逆らう気か殺すぞ」的な感じになっていることだろう。

 想像しただけなのに、ブルッと来た。怖いよー。

 あっ、でも一応、僕に容赦しろとはどういうことだ! って怒られてないだけマシかな! ……マシ、かなぁ?


「わ、私……」


 ……ダメだこれは。

 正直に、お父様に隠れて会場を抜け出したから、と理由を言えば、根掘り葉掘り抜け出した理由を問われ続けて、やがてはまるっとすべて、聞き出されてしまう。

 お父様に知られたくないですと願望を言えば、何故初対面の令嬢の都合をくむ必要があるのかと言われてしまう。

 名前を言いたくないですと言えば、きっと普通に怒られる。


 つ、詰んでいる……!?

 内心冷や汗ダラダラだけど、諦める訳にはいかない。私は、無い頭をフル回転して、何とか言い訳を絞り出した。


「は……」

「は?」

「……恥ずかしくて」


 …………。


 ……沈黙が痛いよ。

 よりにもよって、「恥ずかしい」って、どういうことなんでしょうね、私。

 自分の語彙の無さに辟易してしまう。何だ、「恥ずかしい」って。もっとあったでしょ。


「ふっ」

「?」

「殿下?」


 自分を責めまくっていると、やがて王子の方から変な声が聞こえて来た。

 何か、笑い出しそうなのを我慢した時に出る声のような。

 不思議に思って顔を上げると、まさに聞こえた通りだった。


「はっ……はははっ! い、言うに事欠いて……は、恥ずかしいと来たか……!」

「あ、あの、殿下?」

「下着を見られても平然としているようなレディが……な、名乗るだけで、恥ずかしい!」

「…………」

「有り得んな! はははっ! 言い訳としては……最悪だ!」


 ……楽しそうで、何よりです。

 私は無表情で、ヒューノ団長は困ったように、クールで皮肉屋な第一王子が、涙を浮かべて爆笑している様子を見つめる。

 かなり貴重な、心温まる光景のような気もするけど、残念ながら、私の心は冷え切っている。私の人生……終わったでしょ、これ。


「なぁ、ミス・サンチェスター」

「はい、何でございましょう?」

「愉快な時間をくれた褒美だ。今回の一連のすべてを、不問にしても良い」

「えっ」


 こ、この人……何言ってるの!?

 私にとっては、非常にありがたい提案が述べられた。あの、王子から。

 信じ難い光景だと思う。少なくとも、ゲームなら相手に容赦する、なんてクリア直前くらいの段階じゃないと見られない態度だった。


「その代わり」

「!」


 来たよ、その代わり!

 見逃す代わりに、何かを要求されるということに違いない。

 恐る恐る王子を見ると、美の女神さえ霞むような、完璧な笑みを浮かべていた。

 ……逆に怖いよ!!


「ひとつ貸しとしよう。ミス・サンチェスターは、今後僕が望めば、その命令が何であれ、速やかに従うように」

「な、何であれ……ですか」

「ああ。何であれ、だ」


 女神の如き、輝かしき笑顔が、悪魔の微笑みにしか見えない。

 私は、自分がサーッと砂になって吹き飛ばされる幻覚に襲われた。

 もういっそ、その通りになりたい。


「……ああ、随分と久しぶりに笑ったような気がする。今日は不思議な日だな……母と引き離されて後、泣いたことも、笑ったことも無かったのに」


 ふと、王子が切なげに目を細めて呟いた。

 泣いた……のは、私は見ていないけど、ヒューノ団長が慰めた時かな? 私からはそこまでは見えなかったし、目が腫れたりしてないから、気付かなかった。


(あれ? それにしても、このセリフどこかで……)


 はて、と首を傾げた私は、すぐに思い出した。

 それはゲームの中で、主人公である神子との距離が縮まるイベントでの言葉だ。

 しかも、記憶が正しければ、結構後半のイベントだった気がする。


(し、知らない間に、第一王子イベントが進んでいる!? まさか!)


 何故だろう。意味が分からない。

 混乱する私は、心配そうに王子を見つめるヒューノ団長に目線を止めると、気付いた。


 ――そうだ、これは団長の手腕である、と。


 考えてもみれば、そもそもゲームの第一王子は、団長に信頼を置いていた。

 あの、誰も彼も信じらんない! って肩肘張ってるような第一王子がだ。

 ガードが堅い状態の王子相手ですら信頼を勝ち取れた団長なのだから、この弱ったタイミングで接触すれば、そりゃあ、物語が進んだくらいの状態まで持って行けますよね。


「ふむ。何だか分からんが、その顔は不愉快だから、よしてくれないか? ミス・サンチェスター」

「生来の物ですから、変えようがありませんわ。それとも、剥いで献上すればよろしくて?」

「……貴女はなかなか、独特の思考回路をお持ちのようだ。僕にはそのような考えは浮かばなかったよ」


 ヤレヤレ、と肩を竦める王子の目は、バッカじゃねーの、と如実に語っている。失礼な。私はムッとしたものの、何とかすまし顔で頭を下げた。


「それでは、私はそろそろ御前を失礼させて頂きますわ」

「そうか。……ああ、僕も後ほど会場へ向かうから、その時こそ名前を伺おうか」

「かしこまりました」

「ふ……今度は、嫌がらないのだな」


 妙に嬉しそうに声が弾むものだから、私は思わず目を丸くしてしまった。

 王子自身も、自分の語調に気付いたのか、ハッとしたように視線を逸らす。

 何だか照れくさそうにしているように見える。

 きっと、思春期的なアレコレの影響なのだろう。まだ10歳だけど。


「あ……サンチェスター、嬢」


 続いて、躊躇いがちにヒューノ団長から声がかけられる。

 不安げに揺れる瞳に、さっきの格好良さは感じられない。

 でも、私はやる時はやる人だと分かっているので、突っ込まないのだ。


「ヒューノ様も、お世話になりました。この度のお礼は、いつか何かの形で必ず」

「うぇっ? あ、ああ、気にしなくて良いんだ。俺が、やりたくてやったことだから……」

「? 何の話だ?」


 第一王子が、怪訝そうに眉をひそめる。この様子からすると、団長は私に説得されて助けに入った、とは説明していないようだ。

 ……うーん、団長が言っていないのなら、団長の沽券にも関わるし、私が言うべきことじゃないだろう。

 とりあえず、王子には微笑みを送ることにする。答えませんよー、という意味を込めて。


「意味深だな。そうして隠されると、暴きたくなるものだが……まぁ、良い。僕は紳士だからね」


 追及は諦めてくれた。

 それは良いんだけど、何で10歳なのにちょいちょいアダルトな雰囲気出してくるの? クセなの?


「サンチェスター嬢は、専属騎士はご存知でしょうか!?」

「せ、専属騎士?」


 拳を握って、プルプル震えているなーと思っていたら、急に前のめりになって叫んだ団長。本当に、突然私の両手を掴むものだから、驚いた。

 団長の手はかなり熱くて、緊張しているのが分かった。

 何でそんなに緊張しながら私の知識を問うのかは分からないけど、とりあえず思い出してみよう。えーと、専属騎士というと、確かアレだよね。

 騎士に任命された人が、生涯でただ一人守るべき人に選んだ人から許可を得られるとなれる、特別な騎士。


 乙女ゲームプレイヤーとしては、団長ルートのクライマックスで、主人公にひざまずいて「どうか私を神子様の専属騎士に任命してください。命に代えて、貴女をお守りすると誓いますので」って言うの、すっごくときめいたよね。

 あっ、でもでも、その後の主人公の「いいえ、ヒューノさん。命に代えてはいけません。そんな騎士なら、私は要らない。でも、共に生きると約束してくれるのなら……とても嬉しく思います」って答えるのも最高だったね。


 ……ちょっと思考が逸れちゃったな。

 私は、苦笑気味に頷いた。


「ええ、知っていますよ」

「お決まりでしょうか!?」

「い、いいえ? そのような方はおりませんが……」

「やった!!」

「え?」

「ほう……これは面白い展開だな」


 何でこんなにグイグイ来るんだろう、団長。

 困惑する私に、何故か全力でガッツポーズをする団長と、したり顔で頷く第一王子。何だろうこの取り合わせ。


「あっ、引き留めてごめん……急いでましたよね」

「? 良く分かりませんが……もう行っても大丈夫なんでしょうか?」

「はいっ。今日は色々と、ありがとう」

「ええ、こちらこそありがとうございます。それでは、失礼致しますわ」

「また後で、な」


 満面の笑みで手を振る団長に、ニヤニヤと見送る王子。

 いや、だからこれどういう状況なのよ。

 私は疑問符をたくさん浮かばせながら、とりあえず会場へと足を向けた。


(とりあえず、第一王子の過去トラウマイベントは上手く対応出来た……のかな?)


 道すがら、グレイさんの出したミッションについて考える。

 一応、「落ち込んでいるはずの第一王子を、団長に励まして貰う」という作戦は成功しているけど、内容が何処となく不安だ。

 私は第一王子の前に、顔をさらす予定はなかったのだ。……あんな醜態も。

 即行で嫌われて、処罰! みたいなトンデモ展開に陥った可能性すらあっただけに、とりあえずは、良しとしないといけないんだろうとは思う。

 だけど、やっぱり不安は拭い去れない。


 とは言え、振り返ってみれば、王子はとてもトラウマを受けたようには見えなかった。

 ゲームに出て来る王子より、いっそ明るいくらいだったと思う。

 泣いたり笑ったりして、スッキリ気持ちを吐き出すことが出来たからだろう。

 もしくは、団長効果が物凄かったか。

 その辺りの影響って、どうなってるんだろう? 気にはなるけど、今の段階で確認は出来ない。


(とにかく、残りのミッションをクリアしないとね。帰ったらグレイさんと相談することにしておこう)


 分からないことは多いし、不安も多いけど、私一人では限界がある。

 私には分からない知識も持っているグレイさんに聞くのが、一番早いだろう。

 疑問を一旦しまい込んだ私は、今度こそ完璧な応対をすべく、令嬢の微笑みを張りつけた。


「よし、頑張るぞ!」


 そう決意した私が、会場に戻った直後、お父様に捕まって叱られたのは、黒歴史として封印しておこうと思います。

 ……ううーっ、完璧に出来るつもりだったのにー!


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