006.騎士団長はキャラが違った
不安げに揺れる橙色の瞳が、私を捉えた。
彼は、どうしてここに人が居るのか、という疑問で、混乱したように見える。
いや、混乱したいのはこっちなんですけどね!
「あ、あれ……? 君は……?」
「えーと、そのぅ……」
どうしよう。あらゆる意味で、どうしよう。
私は、グルグルする頭で、必死に対応策を考える。
非常に残念なことに、目の前のこの、頼りなさそうな少年が、私の求めていた頼りになる騎士団長、ヒューノ・レクスであることは、間違いないだろう。
本人に確認は取っていないけど、この鮮やかな紫の髪には見覚えがある。
……でも、この人が探し求めていたヒューノ団長だからこそ、私は困っていた。
(こ、この様子で、本当にイベントに割り込んでもらって大丈夫なのかな? 逆に、状況悪化させちゃったりしない?)
切実に、誰かと相談したいところだけれど、ルカはお父様について席を外してしまったし、グレイさんはきっと今頃、優雅にティータイムだ。代わって欲しい。
とにかく、ここは私が一人で判断して、行動していかなければならないのだ。
「騎士のお兄様!」
「うぇ? お、俺はまだ、見習いだから……」
「き・し・の・お・に・い・さ・ま!」
「な、何だい……?」
まずは、メイドさんへの特攻が可能かどうか確認する為に、会話をしてみよう。
そう考えて呼びかけたら、最初の一歩目から不安が増した。
何で、「騎士のお兄様」って呼ばれたことに動揺してるのよ。
私は若干焦りながら、そこは気になっても流せという意味で、より強めに呼びかけた。そんな私の意図は、伝わったかどうか分からないけど、とりあえずヒューノ団長は、頷いてくれた。
……あ。因みに、勿論気付かれないように小声ですよ。
「あそこの人たち、王子様にヒドイこと言ってます」
「あ……君も、聞こえたんだね。……うん、酷いよね……」
ヒューノ団長の、前髪に隠れた目が、哀しげに垂れる。
何となく、卑屈な印象を受けるけど、優しいところは、私の知ってるヒューノ団長と同じようだ。ちょっと安心する。
「助けてあげてください!」
「うぇぇ!? お、俺には無理だよぉ……」
ヒューノ団長は、素っ頓狂な声を上げるが、そこまで大声ではない。
少し心配したけど、メイドたちは話に夢中で、気付いていないようだった。
……ドキドキするなぁ、もう。
「お兄さんは、レクス家の方ですよね? なら、あの人たちもきっと、声をかければビックリして退散してくれます」
「あれ? お、俺、名乗ったっけ……?」
団長が、驚いたように目を瞬いた。
普通なら、その様子は長い前髪に遮られて見えないだろうけど、今の私の身長だと、見上げる形になるので、バッチリ見えた。
「いいえ。私が、一方的に存じ上げているだけです。失礼致しました」
「ああ、いや、ううん。気にしてないから……」
団長は、目を泳がせてはいるけど、一応の受け答えをしてくれる。
これは……いけそう? いけそうかな?
死亡フラグが、立つか立たないかが、このイベントにかかっているのだ。
何としても成功したい!
その為なら、多少の失礼は子どもだから、と理由を付けてゴリ押そう。
そう決めた私は、更に詰め寄る。
「お願いします。貴方しか、王子様をお救い出来ないのです!」
「む、無理だってば……俺の言葉なんて、聞いてもらえないよ……」
「何故ですか?」
自信の無さそうな態度、物言い。
まさか、何らかのトラウマを抱えているとでも言うのだろうか。
そんなことあるかなぁ?
ヒューノ団長の物語では、そんなトラウマは登場していなかった。
唯一抱えていた問題というのが、今回の事件から王子を救えなかった、という後悔だけ。
(あれ? そもそも、ゲームではこの現場に居合わせられなかった、って言ってたよね。これ……まさか、この人ウソついてたの? 主人公に? ……えぇー?)
不発弾が、不意に足下で爆発したような衝撃を受ける。
ヒューノ団長、頼りになって格好良いと思ってたけど、主人公にそんなウソつく人だったのか。
自分を庇う為のウソは、良くないと思います。
(でも、だとすると、ゲームの団長って、何であんなに堂々とした感じになってたんだろう? 別人……じゃないよね。レクス家っていうの、否定しなかったもん)
考えれば考えるほど、分からなくなって来る。
そう言えばグレイさんが、この世界はゲームとは違う展開も発生している、と言っていた。これも、その影響の一つなんだろうか?
「……申し遅れました。私、エカテリーナ・サンチェスターと申します」
「え? あ、こ、これはご丁寧に。俺は、ヒューノ・レクスと申します。……えっ、サンチェスター公爵の御息女であらせられましたか!?」
「しーっ! お静かにお願い致しますわ!」
「も、申し訳ありません……」
やっぱりヒューノ団長本人だった。
先に確定させておくか、と思って名乗ったけど、失敗だったかなぁ。
ヒューノ団長は、騎士として有名な家系で、歴史ある大家の出ではあるけれど、爵位的には、サンチェスターより下なのだ。
そりゃ、ビックリするよね。ごめんなさい、私が悪かったわ。
「そ、それよりも、貴女がサンチェスター公爵令嬢ならば、貴女がご注意なさった方が効果的だと思いますよ。俺みたいな出来そこないの言うことなんて、意味がありません……」
「こんな幼気な少女のお願いを無碍に断った挙句、自分で行けと仰るのですか?」
「うっ……そ、それは……」
「私だって、注意したいです。けれど、彼女たちは、幾ら地位があるとは言え、私のような少女の言葉では、恐らく控えないでしょう」
「……サンチェスター嬢」
ふぅ、と溜息をつくと、ヒューノ団長は驚いた様な顔をした。
私みたいに、小さな女の子がペラペラと話しているから、驚いたのだろう。
いや、私だって可愛いただの女の子の振りはしたかった。
でも、それじゃあ上手く話が出来ないんだもの。
「それで、何故ヒューノ様はご自身の言葉に自信を持てませんの?」
「えっ? そ、それは……えぇと……困ったなぁ」
「困っている場合ではありません。今まさに、王子殿下がお困りですのよ!」
「お、王子殿下が?」
私が、腰に手を当てて、凄むように告げると、団長の目は更に丸くなった。
私の剣幕に驚いたのではない。恐らく、第一王子の存在に、気付いていなかったのだ。私は溜息混じりに、そっと王子の居る方向を指した。
「お可哀想に。あちらで震えてらっしゃいますわ」
「そ、そんな……!」
身を隠しつつも、慌てながら様子を窺うと、団長は小さく「本当だ」と呟いた。
ウソなんてついてませんよ、失礼な。
疑った、というよりも、信じられなかっただけだろうけど。
「は、早く止めさせないと! 誰か、人を呼んで……」
「そのような暇は無いと思いますわ。ヒューノ様、お願い致します」
「で、でも……」
「でももヘチマもありませんっ!」
「う、うぇぇ……」
うぇぇ、って口癖なのかしら? そんな設定、無かったと思うけど……。
ともかく、これが命の危機に関わりないのなら、優しく見守る気にもなるけど、今はそんな余裕はない。
私は、心を鬼にして睨みつけた。
「ヒューノ様。貴方が、何を気にしてらっしゃるのか、私には分かりません。ですが、私には貴方が強い人だと分かっています」
「ええっ? お、俺は……そんな風に言ってもらえるような人間じゃないよ……」
「いいえ、ヒューノ様。貴方が知らないだけです」
「え……」
ヒューノ団長の自己否定を受けて、私は強く首を横に振る。
そんなことはないのだと、分かってほしい。
……と言うか、それ以上に、余計なことで悩んでいる暇があったら、一刻も早く王子を助けに行って欲しい。
このままじゃ、王子の心に闇が! 闇が生まれてしまう……!!
「貴方は、陰口を叩かれ嘆く子どもの心を慮れる、優しいお気持ちを持った、強い方です」
「俺はただ……それが恐ろしいことだと、知っているだけで……」
「強者に、弱者の思いは分かりません。それを知っている貴方は、とても素晴らしい騎士におなりでしょう」
「……俺は、」
膝を抱えて、俯いてしまうヒューノ団長。
ああっ、もどかしい!
なまじっか、成長後の彼を知っているからか、余計に!
私は、5周したくらい、アスルヴェリアの攻略対象者には思い入れが深い。
その1人である団長が、こんな風にウジウジしている姿を見ると、辛い。
「大丈夫です、ヒューノ様。貴方なら出来ます」
「……サンチェスター嬢……」
「大丈夫です。貴方にはその力も、優しさも、備わっています。ただ少し、勇気が足りないだけ」
私は、そっと俯いた彼の両頬に手を当てて、顔を上げさせ、視線を合わせる。
その瞳は、不安に揺れている。
……これで、良いのだろうか? 私には、分からない。
グレイさんと違って、完璧に自分のプレイしたところを覚えている訳でもないし、そもそも、こんな流れ、ゲームには無かった。筈だ。
不安で仕方が無い。でも、やるしかないし……何より、私自身、不安に苛まれているヒューノ団長の助けになりたかった。
「おまじないをして差し上げますわ」
「おまじない……?」
「ええ。ここを、こうして……」
ドレスを彩っていたリボンの中でも、ひと際細いリボンを解くと、私はそれで、ヒューノ団長の前髪を結んだ。
普通、紳士はこんな風にピョンッと前髪をひと房結ぶことなんて無いけど、まぁ、良いでしょう。
流石は攻略対象者の少年時代。適当に結んだだけでも、こんなに絵になる。
困惑するヒューノ団長に、私は微笑みかけた。
「きっと、前髪が邪魔だから、周囲の方々が恐ろしく見えるんです。こうすれば、何も怖くはありませんわ」
「えっと……」
じっと見つめ合っていると、やがてサッとヒューノ団長の顔が真っ赤に染まる。
……ん? 今、そんなシーンだったかしら??
「わ、分かり、ました。俺、頑張ってみます……」
「まぁ、素敵! よろしくお願い致しますわヒューノ様!」
視線を外すようにして立ち上がったヒューノ団長は、とうとう了承の意を示してくれた。
私は、内心でガッツポーズをしながら、両手を合わせてはしゃぐ。
流石に、ガッツポーズは令嬢として良くないですよね。分かる分かる。
「その……見ていてくれます、か?」
「え?」
視線を逸らしたまま、ヒューノ団長が尋ねて来る。
見ているって……何を?
話の流れから言って、そうか。頑張りをか。
私は、深く頷く。
「勿論です。私、無責任な人間にならないよう、教育を受けておりますもの」
「良かった! じゃあ、俺、行って来ます!」
「うっ」
「うっ?」
「あ、い、いいえ。何でもありません。頑張って来てくださいませ……」
「ああ」
タタタ、と物影から出て行って、メイドたちの方へ向かって行くヒューノ団長の後姿を見つめながら、私はその場に崩れ落ちた。
うわー! 思わず変な呻き声をあげてしまった!
だ、だって、急にヒューノ団長が、ゲーム本編の団長みたいな笑顔を浮かべるんだもん。ビックリしちゃった。
しかも、最後の「ああ」って返事は何ー!? 格好良いよー!!
(……って、何をミーハー心を出してるのかしら、私。折角勇気を出してくれた団長に失礼じゃないの。バカなの?)
少しの間だけ悶々として、それから、急に冷静になった私は、軽く自分の頬を叩いて、それから事の次第を見守るべく、メイドの方へ視線をやった。
この距離だと、ちゃんとは何を言っているのか聞こえない。
ところどころ、メイドの声だけは聞こえて来るけど、ヒューノ団長の声は完全に聞こえない。声の質、男女によって結構違うもんね。
(良く分からないけど、メイドたちが逃げてく……。成功かな!)
どうやら、第一関門は突破出来たようだ。よしよし。
慌てて頭を下げて、散り散りになっていくメイドを見ると、胸がスッとする。
王城勤めのメイドたちだから、それぞれ何処かの家の令嬢の筈だけど、それでもレクス家よりは低いだろうし、彼に言われれば一発KOだよね!
……それに、遠目に見ても、メイドたちの顔が赤いのが分かった。
今までならともかくとして、今は私が前髪を結んであげてるから、あの端正な顔立ちがもろ見えだし、メイドたちも堪らなかったことだろう。
普通、そんな麗しの男性に、陰口をたたいて喜ぶ姿を見られたい、なんて思う人は居ないだろうからね。ふふふ、私ったら策士。
(おっ。王子様に接触したかな)
様子を窺っていると、少し遠慮がちに、ヒューノ団長が棒立ち状態の第一王子に声をかけるのが見えた。
王子は、とても硬くなっていて、団長のことを拒絶しているように感じられる。
でも、しばらくやり取りを続けていると、王子はホッと息をついたようだった。
あっ、団長に頭撫でられてる! あれは効果抜群でしょう!
(陰口自体は防げなくても、こうして味方を作れれば、きっと王子も闇を生み出したりしない……よね?)
そうは問屋が卸さない、かな。
希望的観測を思い描いてみるけど、どうにも信じきれない。
多分、グレイさんもそう言うだろう。
何しろここは、人の命が路傍の石よりも軽い、『エリュシオン・サーガ』の世界なのだから。
(でも、とりあえず今日のミッション第一段階はクリアしたし、後は、何食わぬ顔で、会場で王子全員とそれぞれ顔合わせだけ済ませて、最後にメインディッシュ。王様とお后様の覚えをめでたくしないと!)
結構時間を取られてしまったから、最悪、お父様に探されているかもしれない。
私は、穏やかに会話を始めた様子の団長と王子の姿を確認すると、その場を後にしようと歩き出した。
――ステンッ!!
……豪快に何も無いところで転びましたけどね。
ああ、もうっ、なんて幸先が悪いんだ!
これ、死亡フラグじゃないよねっ!?
「誰か居るのか!?」
結構ハデな音を立てて転んだから、気付かれたらしい。
警戒した様な、鋭い声が飛んでくる。
この声に聞き覚えは無いけど……雰囲気から言って多分、いや絶対、第一王子のものだ。
うわわ、ヤバイっ! 私が口出したことが知れたら、深い関わりになっちゃう!
好悪いずれの感情を寄せられるかは分からないけど、それはマズイ。
何の為に、わざわざ団長を差し向けたのかが分からなくなってしまう。
私は、慌ててズリズリとほふく前進の要領で逃走を試みる。
一瞬で頓挫したけどね。無理だよ、ドレスでほふく前進とか!!
「ごっ、ご無事ですか、サンチェスター嬢!?」
「サンチェスター嬢?」
慌てたように駆け寄って来るのは、ヒューノ団長。
怪しむようなのが、第一王子だろう。
戻ろうとしていて転んだから、彼らの姿は、振り向かないと見えない。
ただ、もの凄く振り向きたくない。
私は、うつ伏せに倒れたまま、どう答えようか悩んでいた。
(と言うか私、団長に口止めし忘れてたしね! アホなのかなっ!?)
バカにされる! 絶対、これグレイさんにバカにされる奴!!
私は、ひっそりと嘆きながら、そっと顔だけ振り返った。
「痛いところは、ありません、か?」
心底心配そうに眉を垂れ、手を伸ばしてくれる団長。
その横で、嘲笑するような、侮蔑的な表情を浮かべた少年と、思わず目が合ってしまう。
……な、何ですか、その表情は……。
ビクビクする私に、彼は鼻を鳴らし、バカにしたように口角を少しだけ上げた。
「サンチェスター公も、さぞ鼻が高いことだろうな。他人の会話に聞き耳を立て、あまつさえそのような醜態を人前に晒す……たいへん高尚な趣味をお持ちの御息女がいらっしゃるとは」
め、滅茶苦茶皮肉って来たー!!
ツンツンの銀髪。燃えるような赤い目。輪郭は、知っているよりもずっと細くて、背も小さい。
けれど、既ににじみ出ている、王者としての風格。
偉そうに胸を逸らす、そのポーズに一切の違和感が無い、少年。
(だ、第一王子……ヴァルトハイル・クロア・アスルヴェリア王子殿下ー!!)
何で……なんで、ここでエンカウントしちゃうのよ、私ー!!
内心で悲鳴を上げる私に、グレイさんが「バカだからなのでは?」と紅茶を啜る幻聴が届いた。是非とも否定したいし、無事に帰りつけた暁には、これが真実でなかったとしても、その面殴らせて頂きたい。
テンパる内心とは裏腹に、すっと無表情に陥った私は、とりあえずこれからどうしよう、とだけ思った。
グレイ「はっ! 今、エカテリーナが恋愛フラグを立てたような気が!!」
グレイ「あ、紅茶のお代わりが要るか、ですか?」
グレイ「是非お願いします!」
グレイ「紅茶うめぇー……」




