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005.お茶会とミッション

 グレイさんとルカという、スパルタ講師二人による地獄のエリサガ講座に、いい加減気が狂いそうになった頃――と、言っても2、3日のことなんだけど――私は、お父様に呼び出された。


「お城に、ですか?」

「ああ。今日、ガーデンパーティーが開催される。それに参加するぞ。……第三王子も、5歳になられるからな。王子たちと、主要な家の子どもたちとの顔合わせを済ませておきたいと、陛下からの御命令だ」


 面白くなさそうに、眉間にしわを寄せて呟くお父様。

 私に言っているようでいて、この感じは、そうでもなさそうだ。

 色々と、思うところがあっての、独り言だろう。

 そう思って首を傾げていたら、お父様は少し黙ってから、ゆっくりと私の方を見て言った。


「……お前には、まだ早かったかな」


 ヨシヨシと、無表情で私の頭を撫でるお父様。

 このように、愛する家族とのコミュニケーション中も、鉄壁の仮面をかぶっているこの人こそ、イゴール・サンチェスター公爵。私の父親である。

 ゲームで登場していなかったのが驚かれるくらい、整った顔立ちをしている。

 ただし、ビックリするぐらい、悪役顔だけど。

 私も、正直に言えば、偶にお父様の顔を見て恐怖を感じる時があったりする。


「要するに、お前は城へ行って、王子たちと一緒にお茶を楽しめば良いのだ」

「お茶、美味しいから好きです!」

「……そうか」


 でも、見ての通り、お父様はとてもお優しい人だ。

 見た目の印象で、すべてが決まってしまう、と良く言うけれど、その法則を適用すれば、お父様ほど損をしている人を、私は見たことがない。

 ひと目見て、お父様に好意的な印象を抱く人は、言ってはなんだけれど、変な人だと思う。

 家族でも、良く見ないと分からない程度にしか、笑わないんだもの。

 おまけに、珍しく笑ったなと思えば、口の端をニヤリと上げる、何かを企んでいるようにしか見えない笑い方。……そりゃ、好意的に見るのは難しいよね。


「形式ばったものでもないが……一応、王子と話す時には、気を付けろ」

「分かりました! お任せください、お父様!」

「……カチューシャは、元気が良いな。結構なことだ」


 魔王も裸足で逃げ出す笑みを浮かべると、お父様は満足したように頷いた。

 因みに、カチューシャとは、私ことエカテリーナの愛称である。参考までに。


□□□


「分かってるよな、エカテリーナ。今回のミッション!」

「はっ。勿論であります!」

「ヨシ、言ってみろ」


 メイドさんに手伝われて、それなりに動きやすそうなドレスに着替えて、お父様の準備が終わるのを待つ、少しの時間。

 グレイさん、ルカと一緒に最終確認を行うことにした。

 今日、このイベントに、人生がかかっていると言っても過言ではない。

 慎重すぎるくらいで丁度良いだろう。


「まず、王子の誰かと婚約者になれるように、大人のウケを狙います!」

「うむ! 特に、王様やお后様の覚えはめでたくしておけよ」

「はっ!」

「ただし、そこそこな。あんまり気に入られ過ぎると、後々面倒そうだ」

「了解であります!」


 え? このノリ? 何となくです。


「次に、第一王子の幼少期トラウマイベントをブチ壊します!」

「その通りだ! で、手段は?」

「若き日の騎士団長を使います!」

「よろしい!」


 ビシッと敬礼した状態での作戦会議。

 もし、他の誰かに見られたら非常にマズイけど、ルカが上手くやってくれたから、特に問題はない。

 ……そのルカに、若干冷やかな視線を向けられてること以外は。


「じゃあ、もう一度確認するぞ。この間も言ったが、一番重要なのは、エカテリーナ友情ルートに入る為に、婚約者になる、という条件を満たす為のフラグを立てることだ。これは外せない」

「友情エンド以外で、私たちの命の保証が無いからですね」


 ここは現実だから、ゲーム以外の道もあるんじゃないか。

 その考えは、私にもグレイさんにもあったし、何度か話し合った。

 でも、もしも、ここが本当にゲームの世界で、ストーリーに準拠してしまうような、強制力があったら。

 その時に、あの時行動していれば、と後悔しても遅い。

 だから、とりあえずゲームの友情ルートを通るような行動を取っておく、ということで意見は一致した。

 なので、今日この日の行動は、かなり重要になって来る。


「それともう一つ。改めて情報を整理していて思い出した、過去イベント「第一王子と陰口」の阻止だ。その理由は!?」

「はいっ! 第一王子が、自分が妾腹の子だと陰口を叩く使用人の話をうっかり聞いてしまったことが、将来的に第一王子以外のルートで、第一王子が闇に負けて、邪神の欠片を解放してしまう、大きな要因になってしまう為、です!」

「よし、良く覚えてるな!」


 第一王子は、妾腹の子であることで、周囲に冷たく当たられている。

 最初、理由が分からなかった彼は、このお茶会の裏で、その話を知ってしまう。

 そのことが原因で、第一王子は、自分が世界のすべてに否定されている、と思うようになる。

 そして、その心の闇が引き金になって、彼は現王家の中で、最も邪神の欠片に近しい立場になる。


 邪神の欠片の影響で、第一王子は強力な身体能力や魔力を得るけど、彼の心の闇が深まれば深まる程、封印を破りかねない程、邪神の欠片は力を取り戻してしまう、という危険な状態になった、ということである。

 ただ、実の父親である国王様から、邪神についての話と一緒に「お前が邪神を抑える鍵だ」「励め」と伝えられたことで、歪んだ心の強さを得る彼は、ストーリーが始まる頃まで、ある意味完璧に、自己コントロールを行って来ていた。

 ……とは言え、第一王子の心の闇が消えた訳じゃないから、邪神の欠片は、その裏で着々と力をつけている、のである。


 ――要するに、邪神の欠片の栄養にさせない為に、第一王子に心の闇を育てさせてはいけないのだ。


「俺達には、第一王子ルートの知識がある。それに、エカテリーナは優遇キャラなだけあって、身分も、外見も優れてる」

「優遇と言うか、寧ろ冷遇だと思うんですが……」

「つまり、エカテリーナが主人公の行動をなぞれば、王子の心の闇は払える!」

「あ、無視ですか」


 グレイさん、結構ノリノリだよね。命かかってるんですが。


「……ただ、それには大きな問題がある。第一王子を、エカテリーナが落とした場合の影響が未知数、ってことだ」

「そもそも、イベントをなぞったところで、私じゃ落とせないと思いますがね」


 何ですかその、本気で言ってるの? って目は!


「えー、とにかく、エカテリーナが恋愛イベントを起こすのは、面倒臭い! これに尽きる」

「言い方もう少し何とかなりませんか!?」

「第一王子如きに、僕の可愛いお嬢様は差し上げられませんしね」

「ルカ! 良い笑顔で何言ってるのよ!?」


 王子如きってどういうこと?

 ルカ、どこの立ち位置のつもりなの?

 悪魔だから? 悪魔だからなの??


「そこで登場するのが、この時点ではまだ見習い騎士の、ヒューノ・レクス騎士団長だ!」


 何故か、グレイさんがドヤ顔で拳を突き上げる。

 いや、もうツッコミはよそう。聞き入れてくれないし……。


「団長の過去回想イベントで、このような発言がある。『私が「あの日」、殿下のお側にいられれば、このようなことにはなっていなかったのかもしれません……』」

「確か、団長はその時、会場自体には居たけど、警護訓練も兼ねてて忙しかったから、第一王子が落ち込んでいることに、気付けなかった……んでしたよね」

「良く覚えてたな」

「はい。その流れは、お気楽モードでも語られてましたから」


 主人公の神子様が格好良かったことを思い出す。

 『過去を悔いている暇があるのならば、私と共に、今の殿下をお救いしましょう』……だっけ?

 強い女性って、素敵ですよね。


「要するに、落ち込んでる第一王子に、団長をぶつければ、万事解決! ……に、なると良いなぁ、という計画だ」

「滅茶苦茶ふわふわしてますよね」

「仕方ないだろ。ゲーム本編のフラグ管理ならともかくとして、まだ本編始まってないんだ。断片的な情報を繋ぎ合わせて行くしかないんだからな」

「……それでも、無いよりマシでしょう。本来、未来の可能性の一つすら、我々は見ることが出来ないのですから」


 ルカの言葉に、私たちは頷く。

 曖昧な情報でも、あるだけマシだ。

 悲惨で凄惨で無残な死なんて、絶対迎えたくないから、あやふやだろうと何だろうと、全力で乗っかって行くんだ!


「よし、そろそろ時間だな。ルカは旦那様のお世話がメインになるらしいから、手伝いは期待出来ない。気合い入れろよ!」

「申し訳ございません、お嬢様。会場には共におりますので、いざという時にはお助けしますが……」

「気にしないで、ルカ! ……って、あれ? グレイさんは?」


 そう言えば、グレイさんの予定を聞いていなかった。

 一緒には……流石に来れないのかな?

 首を傾げる私に、グレイさんは胸を張って言い切った。


「俺は留守番だ! お土産、期待してるからな!!」

「何でー!!?」


 そこは一緒に行くって言ってよ!!

 心細いじゃないですか! グレイさんのバカー!!


□□□


 さて、そういう訳で、やって来ましたお城です。


 因みに、旅行行程は実にアッサリしたものだ。魔法がある世界だから、遠い場所に一瞬で移動することも可能なのだ。だから、王都行きの魔法陣に乗ったら、もう王都だった。

 私たちは、普段サンチェスター領に住んでるから、どんな旅行になるんだろう、と実は内心で楽しみにしていたんだけど、旅行要素なんて、魔法陣まで馬車で移動する、5分間くらいなものだった。しかも、公爵用の魔法陣は特別で、直通で王城内に行ける。……面白味も何も、あったものじゃない。


「それでは、私は陛下に挨拶をして来る。カチューシャは、お茶会終わりに挨拶をすることになっているから、心の準備をしておきなさい」

「かしこまりました」

「それと、会場内は兵の目も行き届いているから不安は少ないが……誤って外に出たりしないようにしなさい。すぐ戻る」

「お気を付けて、お父様」


 会場は、だだっ広い薔薇園だった。

 多分、中庭的な存在なんだろうけど、向こうの方には池も見える。

 これは……どう受け止めろと?

 私は、困惑しつつも、周囲の状況に視線をやる。

 ここからが勝負なのだから、ボーッとしている場合じゃないものね。


(国王陛下や、王妃殿下はいらっしゃらないのね。後から来る、ということ? それとも、お父様と一緒に挨拶に行く必要があるのかしら?)


 簡単なお作法を習っているとは言っても、まだ詳しくは分からない。

 王様の命令で開かれたお茶会ではあっても、本人が不在で進行されることもあるのだろうか? 別の人が主催、ということになっているとか?

 ……それは、ひとまず置いておこう。貴族令嬢としては必要な情報だけど、悪役令嬢エカテリーナとしては、後回しで構わない。


(第二王子、第三王子ともお話したいけれど、タイミングから言って、まずは第一王子よね!)


 会場を見回した限り、第一王子の姿が見えない。

 何なら、第二、第三王子も見えないけど、人だかりが二つほど見える。

 多分、王子様とお近づきになりたい人たちで、込み合っているのだ。


(第一王子だけハブられてる、って訳じゃないよね? うーん……団長パワーがどのくらい効果を出してくれるかが勝負になるけど……不安だなぁ)


 ゲームに出て来る団長は、絵に描いた様な騎士で、実直な青年だった。

 有能な騎士を輩出する家に生まれて、期待に応えて育って来たらしい。

 平等を重んじる彼は、貴族でありながら、平民にも寄り添う考え方をしている。

 その影響か、第一王子を妾腹の子だからと、下に見るようなこともなかった。

 だから、第一王子も、彼には気を許していたように思う。


(本編では26歳くらいだったから、今は……14歳? 中学生くらいか。どんな感じだろう?)


 会場内には、そのヒューノ団長の姿も見えない。

 知ってる姿よりも、10歳ちょっと若返らせなきゃいけないとは言っても、彼は攻略対象者だ。ひと目見れば分かると思ったんだけど……。

 私は、私に声をかけようとして来る少年たちに断りを入れて、歩き出す。

 私が見ていない間に、イベントが起きて、終わってしまった、なんてことになったら最悪だ。出来る限り、想定通りに進行出来るように、頑張らないと。ただでさえ、ストーリーから離れそうな懸念があるんだから。


 ……ところで、今話しかけて来た子たち、顔が赤かったけど、風邪かしら?


□□□


「クスクス……」

「ええ、本当よねぇ……」

「……妾の……」


(この声……見つけた!)


 こっそり会場を後にして、少し歩いた先で、噂話をするメイドたちを見つけた。

 第一王子の姿は……まだ見えない。

 私は、植木の陰に身を隠して、そのまま様子を窺う。

 過去イベントの雰囲気からして、第一王子は、直接手を出したりはしていないはず、とはグレイさんの談だ。

 その通りになるのなら、王子様は声が聞こえる場所に居て、そこで呆然としている筈。

 ……でも、どうしよう。まだ、団長を見つけてないんだよね。


 私は、内心で焦りながら、とりあえず先に第一王子の姿を確認しようと、視線を動かす。

 クスクスと、癇に障る女の人の声に、眉をしかめていると、やがて、私は反対側に小柄な人影を見つけた。


(第一王子だ! 本当に居た!)


 メイドたちは、渡り廊下の中央辺りで、声を潜めながら――全然潜められてないけど――陰口に花を咲かせている。

 私は、会場側の植木の陰に居て、第一王子らしき人影は、渡り廊下を挟んで向こう側の建物の陰に見える。


(ちゃんとは見えないけど、あの服装の雰囲気……普通の貴族の子じゃないよね)


 ショックを受けている様子からも、確定して良いだろう。

 だとすると、問題は……ヒューノ団長だ。

 まだ見つけてないのにぃ!!


「……だろ……んで……俺が……を」


(ん……?)


 女の人の声じゃない、でも、男の人にしてはやや高めの、ボソボソとした声が微かに聞こえて来る。

 反射的に、陰口軍の一員の物かと思ったけど、あそこにはメイドしかいない。

 どこかの使用人? 困惑しながら、耳を澄ませてみると、さっきよりもハッキリと内容が聞こえて来る。


「どうして、俺が、こんな場面に遭遇するんだ。俺なんか、居たって、陰口を止める勇気も無いのに。どうして、どうやって、俺は、」


 自分を責めるような内容だ。

 陰口、と言っているということは、私と同じく、あのメイドたちの話が聞こえてしまった人なのだろう。

 声の感じからして、私と同じ方向に居る筈だ。

 止める勇気が無い、と言ってはいるけど、多分王子に気付いて、止めなきゃ、とは思う優しい人の筈だ。ならこの際、団長じゃなくて、この声の人でも良い。王子の味方になってもらおう。

 そう判断した私は、コソコソと身を隠しつつ、声の人を探した。


 その人は、すぐに見つかった。

 私に気づかず、愕然とした様子で王子の影を見つめていた。


「こんなの、酷過ぎる……お、俺は、騎士見習いとして、と、と、止めないと……」


(この声……えっ、あれっ……??)


 私は、我が目を疑った。

 私が隠れていた植木の、すぐ後ろの柱のところにしゃがみ込んでいた、濃い紫色の髪の少年。頭を抱え、腰に差した剣を、カタカタと揺らしている少年。


 ……もの凄く、見覚えがある。


 確かに、体格はまだ細く、少年にしか見えない。

 確かに、不安げに揺れる瞳は、知らない。

 確かに、か細く震える声は、聞いたことがない。


 でも、知っている。

 私は彼を、彼の将来の姿を知っている。


 颯爽と馬を駆り、白銀の剣で敵を斬り倒し、涼しい顔で神子の危険を退ける。

 弱き者に寄り添い、強き者には毅然と立ち向かい、悪を挫き、正義を助ける。


 ――ヒューノ・レクス騎士団長。


 まさしくその、少年の日の姿に、違い無かった。


(って、雰囲気違いすぎませんかねぇ!!? これ、本当に大丈夫なの!?)


 私は、早くも計画の破たんを感じて、一人戦慄した……。

そろそろ、エカテリーナお嬢様の一級フラグ建築士としての才能が、いかんなく発揮され始めます。

生温かい目で、ご覧ください。

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