走れ、侵入者。
これはこれから書こうと思っている本編「トカゲルーム!」の前編として、終了させて頂きます。
是非、本編「トカゲルーム!」
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の方も、覗いてもらえると嬉しいです☆
小さな部屋に、タイプの男子と二人きり。
普通だったら、かなり、ときめく。
でも、今鷺村先輩がキレて出て行って、かなり険悪なムードがもわっと漂っている。ときめくより先に、どうしても不安がたってしまう。
落ち込んでいるのかと林君を見たら、彼はじっと床を見て何か真剣に考え込んでいた。動くかな、こっち見ないかな、とじぃぃぃぃっと見ていても、ちっとも動かない。
こういう無言の雰囲気は嫌いだ。話しかけよう、と思うのだけど、言葉が思いつかない。う~んと…
「さっきは御愁傷さまでした」冷たすぎだ。
「佳奈ちゃん、君の彼女?」ばか丸出しじゃん。
「何してんの?」見りゃ分かるだろ。
後…えっと…
「智也君、リレーの選手、やりたくないの?」
…ちょっと馬鹿っぽすぎた?足が遅いって言っているんだもの、代表になって恥をかくことが楽しいわけないじゃない。
でも、顔をあげて少し首をかしげた智也君が出した答えは、違った。
「はい。自分でも馬鹿だとは思うんですけど」
「何で?」
「やってみたいから」
そう言って私の目を直視した智也君の目には、驚くほど強い意志がらんらんと光っていた。
リレーの選手のプレッシャーって、生半可なものではない。去年の運動会では、私は選手ではなく補欠だったのだけれど、選手の一人が風邪で当日欠席し、ピンチヒッターとしてリレーに出場した。とどろくような声援や互いにかけあう無言のプレッシャーの中、トラックを必死に走った。抜かれないで、一人でも多くのチームを抜いて、バトンを渡す。それだけのことが、選手たちの背中にどれだけの重荷として載っているか。
でも、それでも誰かがやりたいことだとしたら、私はそれを止めてはいけない。
「智也君がそうしたいなら、そうしなよ。先輩にお願いするでも、何でもしてさ」
「でも、先輩はもう戻って来ないっt」
がたっ。
「戻ってきました~」
明るい声に振り向くと、隠し扉から満面の笑みの佳奈ちゃんと少しむすっとしている鷺村先輩が現れた。
「そこで先輩を捕まえて、話しあって来たんだ。先輩、智也のことコーチしてくれるって!」
「…一回だけだけどな」
私達、運動会への特別なトラックを一緒に疾走しようとしている。
智也君のために、力を貸そうとしている。
それって、とっても素敵なことじゃない?
涼しくてすがすがしい朝の風が、一瞬、狭い部屋に吹いた気がした。
走れ、智也君。
走れ、私達。
昼休みの終わりのチャイムの音が、私達だけのトラックを走る、始まりの合図になった。