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#32 お泊り②

食事を終えた後は、お風呂の時間になった。


どうやらバイオレット家では、先に男性から入浴するのがルールのようだ。

なんでも、迎えられた女性陣はグラジオラス様と話があるらしい。


豪華な湯殿に圧倒されていると、サルビア様にサウナへと誘われた。

男二人、じわりと心地よい熱気に包まれる中、サルビア様が汗を拭いながら口を開く。


「クローバー君。君は昔から、どこか大人びていたね」


「……そうですか? もしかしたら、苦労が多かったせいかもしれません」


記憶を引き継げなかった、転生後(分身)の胸中を想像しながら答える。


「はは、違いない。だが……そろそろ、一人の男としての覚悟をするようにね」


娘をよろしく、という無言の圧。

父親の件や前世の年齢もあり、気まずさに耐えかねて言葉を濁した。


「いえ、その……自分と彼女では、歳の差もありますから……」


自分としては、至極まっとうな大人の気遣いのつもりだった。

――だが次の瞬間、サルビア様は本気で意味が分からないという顔をした。


「歳の差? 君たち、歳は数歳しか違わないだろう?」


「…………あっ」


そうだった。

前世の年齢を引きずりすぎて、『現世の年齢』を完全に失念していた。


自分の現世の年齢は、十六歳。

対するヘリオは、十二歳。

数十歳差どころか、たったの四歳差。

この世界においても、まったく問題のない年齢の範囲内だった。


「……すいません。大人びていたせいか、その……少し勘違いをしていました。そう、ですね。数歳差、でしたね……」


引きつった笑みを浮かべる自分を、サルビア様は「分かればよろしい」と満足そうに見つめている。


そこから、自分はサルビア様の壮絶な体験談を聞かされることになった。


九歳でグラジオラス様に見初められ。

十歳で両想いになり、彼女に襲われたという。

そこから考えると、彼はまだ三十〜四十代。

それでいて、娘が十四人と、息子が一人の大家族。


おいたわしや、サルビア様――。




お風呂から解放され、自分は一人で客室に戻ってきた。


女性陣はちょうど、入れ替わりで入浴へ向かったところだ。

なぜか、また自分の顔を見られた瞬間に顔を真っ赤にされた。

グラジオラス様に至っては、自分に向けて親指を立てていた。


(一体、何を話していたのだろうか……)


静かになった部屋で、ベッドに腰掛ける。

すると、脳内に聞き覚えのある声が響き渡った。


『クローバーさん、今回は急なお願いにも関わらず、達成していただきありがとうございました! おかげでお二人とも、もう心配はありません!』


女神様は、とてもご機嫌な様子で話しかけてきた。

今回はいつもの現金報酬のほかに、一冊の光る本が手元に現れた。

これが、上乗せの『ボーナス』なのだろう。


『それは「スキルブック」です。使うだけで、新しいスキルを習得できるんですよ!』


どうやら、お手軽にスキルを習得できるアイテムらしい。

そんな便利アイテムが存在するとは――驚きと喜びで、胸が高鳴る。


もし戦闘で役立つ強力なスキルなら、自分の「お荷物」という立場を脱却できるかもしれない。


「……これって、どうやって使えばいいんですか?」


早速使おうと、女神様に尋ねた。

だが、女神様はどこか気まずそうに声を濁す。


『あ、えーっと……実は私、使い方はよく知らなくて。……お友達に、無理を言って譲っていただいただけなので、ごめんなさい……使い方は仲間の皆さんに聞いてみてください! それでは!』


畳み掛けるように、会話が途絶えた。

どうやら本当に使い方は知らなかったらしい。


相変わらず頼りない女神様だが、素晴らしいアイテムを貰えただけでも良しとしよう。


(みんなが戻ってきたら、さっそく使い方を聞いてみよう……!)


自分は手元にある未知の本を眺める。

まだ見ぬ強力なスキルへの期待に、わくわくしながら彼女たちの帰りを待つのだった。




湯気とともに、お風呂上がりの女性陣が部屋に戻ってきた。

ほんのり肌を赤らめた彼女たちは、そわそわと落ち着かない自分の様子を見る。

すると、「何か」を察したように一斉に視線を交わした。


各々がごくりと息を呑み、覚悟を決めた表情で、じりじりと自分へ近づいてくる。


「……ねぇみんな。このスキルブックの『使い方』を教えてほしいんだけど」


自分が手元の本を差し出すと、彼女たちは一瞬、拍子抜けした顔をした。

だが、そのアイテムを確認した瞬間、部屋の空気が一変する。


「ス、スキルブックですか……!? クローバー、これ……市場に出したら家が建つレベルのレアアイテムですよ!?」


驚愕するルピナスたちを余所に、ランティアが不敵に微笑みながら、教えてくれた。


「ルピナス、ちょっとその本を持ってクローバーの前へ。……そう、そしたら全力で、クローバーの頭に叩きつけな」


「へ? 叩き……こうですか!?」


自分が拒絶するより早く、混乱したルピナスの手が動いた。

スキルブックが、自分の脳天へと容赦なく振り下ろされる。


――ゴッ!!!


室内に、鈍く激しい衝撃音が響き渡った。

目の前で火花が散る中、本は眩い光の粒子へと変わる。

そして、自分の体の中へと吸い込まれるように溶けていった。


「……っ!!」


「ほら、これで完了だよ。早くギルドカードを確認しなよ」


涙目で頭を抑えながら、自分は急いでギルドカードを取り出した。

これでついに、お荷物を脱却でき――!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――

クローバー・ラブクラフト 人族/男 16歳

職業:中級剣士 冒険者ランク:C


能力値(最大数値10)

筋力:3

耐久:3

魔力:0 魔術使用不可

知力:6

俊敏:6

器用:6

運命:6

成長:1


所持スキル

中級剣術、中級マッサージ

―――――――――――――――――――――――――――――――――――


増えていた新スキルは――『中級マッサージ』。


「…………は?」


輝くカードの文字を前に、自分の思考は、完全にフリーズした。




ベッドの上でいじけている自分を、メンバーたちが必死に慰めてくれている。


「……まぁ、なんだ。せっかくだし、どんなスキルか一回試してみるのはどうだい?」


ランティアにそうおねだりされ、自分はさっそく試してみることにした。


彼女の全身に手を当て、揉み解し始める。

スキルのおかげか、どこをどう刺激すれば効果的か、感覚で手に取るように分かった。


最初は「あー、気持ちいい」と普通に喜んでいたランティアだったが。

筋肉のコリを深くほぐしていくごとに、徐々に様子が変わっていく。


「ん……っ、ぁ……ふ、あぁ……」


段々と、彼女の口から甘く、とろけるような吐息が漏れ出始めた。

その艶っぽい声に、部屋の空気が一気に跳ね上がる。


想像以上の効き目らしい。

最後には骨抜きにされたようにふにゃふにゃになり、最終的には幸せそうな寝息を立ててぐっすりと眠り込んでしまった。






スキルとしては、間違いなく一級品のようだ。

――戦闘には、一切役立たないことを除けば。


その劇的な結果を目のあたりにしていた、他のメンバーたちの目が一斉にギラリと輝いた。


「クローバー、私もお願いします!」

「ボクもしてほしい」

「ご主人様にお願いするのは従者失格ですが……その……」

「わたしもしてほしいー!」

「実験は肩がこるからねぇ……」


湯上がりの彼女たちの勢いに次々と押し切られる。

結果、自分は一晩中、マッサージをさせられる羽目になった。


ルピナスも、ヘリオも、ハートも。

ホオズキもムスカリも、同じように部屋中に甘い声を響かせる。

そして最終的には、全員がベッドの上で気持ちよさそうに爆睡していった。


深夜。

全員の施術を終え、指の感覚がなくなるほど疲れ果てた自分。

そのままベッドへと倒れ込み、不貞寝するように意識を失うのだった。




――翌朝。

豪勢な朝食を終えた後、サルビア様がニヤニヤとした笑みを浮かべて自分に話しかけてきた。


「おはよう、クローバー君。フフ……昨晩は、我が家の可愛いヘリオや彼女たちの『期待』に、バッチリと応えてくれたようだね」


「……? 一応、全員に喜んでもらえましたけど……」


「いやぁ、お盛んなのは良いことだ! まさか、一晩で全員まとめて満足させてしまうとはね。ヘリオも満足そうだし、やっぱり君に娘を任せて正解だったよ」


力強く自分の肩を叩き、親指を立ててくるサルビア様。


自分を完全に置き去りにしたまま。

サルビア様は「男の顔になったね!」と、終始ご満悦の様子で去っていった。




――そして、ヘリオの実家を出発する時がやってきた。

屋敷の前に停まった馬車の前には、ヘリオの家族たちが見送りのために集まってくれている。


「クローバー君、またいつでも帰っておいで。我が家は君を大歓迎するよ」


サルビア様がご機嫌な笑顔のまま、自分の手をがっしりと握りしめてくる。


するとそこへ、アリウムの手を引いたカモミールが、元気よく駆け寄ってきた。


「お義兄さんもお元気で! またぜひ遊びに来てください!」


「うん、ありがとうカモミール君。風邪を引かないように元気でね」


カモミール君の純真な挨拶につられ、自分は優しく彼の頭を撫でていた。

――なんだか今、少しニュアンスが違ったような気がするが。

きっと昨晩の疲れが残っているせいだろう。そうに違いない。


全員が馬車に乗り込み、手を振りながらバイオレット邸から遠ざかっていく。


これからの帰路は、一刻を争う事情もない。

道中の村々で休みながら、ゆっくりと帰ることになっている。


深い愛に囲まれたバイオレット家を後にする。

自分たちは工房都市へ向けて、穏やかに馬車を走らせるのだった。

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