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冬が近づいたある朝、学院の井戸が壊れた。
正確には、井戸そのものではなく、井戸に水を引いている地下の魔法導管
——石と魔法陣で組まれた古い水路——
が、どこかで詰まって水が出なくなったのだった。
「修理班が来るまで三日かかる」と寮母さんが言った。
「それまでは町の共用井戸から運んでくること」
全校生徒、二百人分の水を、桶で運ぶ。
サチコは寮の廊下に張り出された「当番表」を眺めながら、ふむ、と考えた。
「リナ、一緒に行こう!」アンナが元気よく声をかけてくる。
「重いよね、桶。でも仕方ないよね。先生もみんな困ってるし」
「ちょっと待って」
サチコは目を閉じた。
水が詰まっている、ということは、詰まりを取り除けばいい。
地下の導管の中にある「何か」を動かせれば——
魔力を足元の石畳に、そっと流した。地面の下、土と石の層を通して、感覚を伸ばす。前世の言葉で言えば「配管の点検」に近い感覚だった。
(あった。)
地下三メートルほどのところで、長年の水垢と砂が固まって栓のようになっている。
物理的な詰まりだ。
「アンナ、先生に伝えてくれる? 井戸の前で待っててって」
「え、何するの?」
「ちょっと掃除」
井戸の前に、担当教師のカーロ先生が半信半疑でやってきた。
三十代の、いつも眠そうな目をした魔法教師だ。
生活魔法の授業を受け持っているが、生活魔法をやや下に見ている節がある。
「リナ、君は地下の導管に触ったことがあるのか?」
「ありません。でも感覚的にわかります。詰まりの位置も、だいたい」
「だいたい、ね」カーロ先生は腕を組んだ。
「仮に位置がわかったとして、取り除けるのか? 地下の固まった水垢を」
「やってみます」
サチコは井戸の縁に手を置いた。
魔力を伸ばす。地下の詰まりに触れる。固い。十年、二十年分の積み重なりだ。
一気にやろうとすると導管が傷む——前世の配管工事の知識が、なぜか役に立つ瞬間だった。
少しずつ、端から崩す。水の流れを利用して、砂を押し流す。
焦らない。急がない。
四十三年分の「雑用を丁寧にこなす」経験が、ここでも静かに動いた。
五分後。
ごぼ、という音がして、井戸から勢いよく水が溢れた。
「……」カーロ先生が絶句している。
「直りました」とサチコは言った。
「念のため導管全体を確認したら、あと二箇所ほど詰まりかけているところがあったので、ついでにそちらも」
「ついでに」
「はい」
カーロ先生はしばらく井戸を見つめ、それからサチコを見た。
眠そうな目が、珍しく大きく開いている。
「リナ。君は今、地下の構造を魔法で『感じた』のか?」
「感じた、というか——水の動きを追いかけた感じです。前世……じゃなくて、子どもの頃から、流れているものの行き先を考えるのが好きで」
「それは生活魔法の教科書に載っていない技術だ」
「そうなんですか?」
「前例がない」カーロ先生は静かに言った。
「少なくとも、私は見たことがない」




