28
六月の終わり、王都から早馬が来た。
差出人はイレーナだった。内容は短かった。
「王国東部、三つの村で魔力の流れが完全に止まった。作物が枯れ始めている。至急、調査を依頼したい」
学院長がサチコとエルクを学院長室に呼んだ。
「行けるか」と学院長は言った。
「行きます」とサチコは即座に答えた。
エルクも「当然だ」と言った。
学院長は少し目を細めた。
「急な話だ。準備の時間は三日ある」
「三日あれば十分です」
「リナ」学院長は少し間を置いた。
「村の魔力異常は、学院の陣とは規模が違う。自然の流れが相手だ。無理をするな」
「わかっています」
「本当にわかっているか、毎回確認したくなる」
「それはつまり、心配してくださっているということですか」
学院長はふん、と言って顔を背けた。カーロ先生に似た仕草だった。
サチコは礼をして、部屋を出た。
廊下でエルクが「準備リストを作る」と言って、もう歩き出していた。
アンナに話すと、「また行くの」と言って少し困った顔をした。
「危なくない?」
「危なくはないと思います」
「思います、って言葉が気になる」
「確実に安全とは言えないので、正直に言っています」
アンナはしばらく黙って、「わかった」と言った。
「でも約束して。絶対に帰ってくるって」
「約束します」
「エルクくんにも言っておく」
「エルクに?」
「兄なんだから、無茶しないように言う権利がある」アンナは真剣な顔で言った。
「やっとお兄さんができたんだから、すぐいなくなってほしくない」
サチコは少し目が熱くなるのをこらえた。
「アンナ、それをエルクに言ってあげてください。本人に」
「言う。絶対言う」
翌朝、エルクが研究室に来たとき、少し表情が違った。
「アンナに言われましたか?」とサチコが言った。
「……言われた」
「何て?」
「無茶をするなと。それと——」エルクは羊皮紙を広げながら、少し間を置いた。
「帰ってこいと」
サチコは何も言わなかった。
エルクも何も言わなかった。
でも羊皮紙に向かう横顔が、いつもより少し、穏やかだった。
三日後、馬車で東部に向かった。
学院から二日の距離にある農村地帯だった。緑豊かなはずの土地が、近づくにつれて様子がおかしくなっていく。
草の色が薄い。木の葉が、時期外れに枯れている。川の水が、妙に濁っている。
村に着くと、村長が出迎えた。五十代の、日焼けした顔の男だった。
「来てくださって助かります。もう手の打ちようがなくて」
作物が育たない。魔法が使えない。家畜が弱っている。隣村も、その隣村も、同じ状態だという。
サチコは村の中を歩いた。
魔力を地面に伸ばす。感じる。
(ある。流れがある。でも——)
「詰まっている」とサチコはつぶやいた。
「どこが」とエルクが隣で聞いた。
「地下の深いところ。この村の下だけじゃない。広い範囲で、魔力の流れが何かに塞がれています」
「何かに、とは」
「人工的なものではない。自然のものだと思う。地層の変化か、あるいは——」
サチコは目を閉じた。流れをもっと深く辿る。
根っこを、探すように。
数分後、目を開けた。
「エルク、地図を持っていますか」
「ある」エルクが素早く広げた。
「この三つの村の位置を見て。ここと、ここと、ここ」サチコは地図に指を置いた。
「全部、この川の上流に位置しています」
「川の——」エルクが地図を睨んだ。
「上流に何かある、ということか」
「川の上流の、さらに上。山の中に、大きな魔力の滞りがある。そこが根本だと思います」
「山の中」エルクは即座に考え始めた。
「地質の変動か...?それで地下の流れが変わった可能性が——」
「調べに行きましょう」
「山に、か」
「はい」
エルクはしばらく地図を見た。
それから「わかった」と言った。




