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翌朝、村長に案内を頼んで山に入った。
夏の山は緑が深い。でも歩くほどに、その緑が薄くなっていく。
木が少ない。草が枯れている。土の色が、灰色がかっている。
「ここらあたりから、何年か前におかしくなり始めた」と村長が言った。
「最初は少しずつだった。でも去年から急に悪化して」
「何年前から」
「五年ほど前からだと思います。きっかけは——思い当たらない」
サチコは歩きながら、魔力を地面に伸ばし続けた。
流れが感じられる。弱い、細い流れ。でも確かにある。それを辿っていく。
一時間ほど歩いたとき、開けた場所に出た。
岩肌が露出した、広い斜面だった。
そこに——あった。
大きな岩の割れ目が、斜面を縦に走っている。五年前の、小さな地滑りの跡だろう。
岩が動いて、地下の魔力路を塞いでいた。
完全に塞いでいるわけではない。細い流れはまだある。
でも本来の流量の、おそらく十分の一も通っていない。
「これが原因です」とサチコは言った。
エルクが岩を見た。
「規模が大きい。学院の陣とは比べ物にならない」
「わかっています」
「できるか」
サチコは岩に手を触れた。
感じる。地下の流れ。塞がれた魔力の、圧力。五年分の、滞り。
(魔力の流れを変えた岩。これを動かすのではない。岩の周りに、新しい流れを作る。殿下の体内でやったことと、原理は同じだ。ただ——規模が違う。)
「時間がかかります。一日では終わらない」とサチコは言った。
「何日かかる」
「わからない。やってみないと」
「では始めろ。僕は経過を記録する」
「飲み物と食べ物を持ってきてよかった」
「当然だ。長期戦を想定していた」
村長がふたりを交互に見て、「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。
サチコは岩に手を当て、目を閉じた。
地下の流れを感じる。塞がれている場所を、端から確認する。急がない。焦らない。どこに余地があるか、どの方向に流れたがっているか——
魔力をそっと、差し込む。
最初の一時間は、ほとんど変化がなかった。大きな相手には、時間がかかる。
エルクが隣で記録を取りながら、定期的に「水を飲め」と言った。
サチコは言われるたびに手を一度離して、水を飲んだ。
「無理をするな」とエルクは何度も言った。
「していません」
「顔が青い」
「集中すると血の気が引く顔らしい。アンナにも言われました」
「それは心配させる顔だ」
「すみません」
「謝らなくていい。ただ——」エルクは記録を取る手を止めた。
「限界になる前に言え。一日で終わらなくていい。明日も来られる」
「わかっています」
三時間後、岩の割れ目から、かすかに魔力が滲み出し始めた。
迂回路が、少しずつ形になっていた。
結局、三日かかった。
一日目に迂回路の起点を作り、二日目にそれを広げ、三日目に本流と繋げた。
三日目の午後、山の斜面に座って作業を続けていたとき、地面の下で何かが動く感覚がした。
(あ。繋がった。)
岩の向こうで止まっていた流れが、新しい道を見つけて、動き始めた。
最初は細く、でもすぐに太くなって——
地面が、かすかに震えた。
岩の割れ目から、透明な光のようなものが溢れた。魔力が、目に見える形で溢れることは滅多にない。
それほど大量の魔力が、五年分の滞りを解消して、一度に流れ出した。
村長が「おお……」と声を上げた。
エルクが立ち上がって岩を見た。「流れた」
「流れました」
サチコは手を離した
。
三日分の疲れが、一度に来た。立ち上がろうとして、膝が折れた。
エルクがすかさず腕を掴んだ。今度は片腕だけでなく、しっかりと両腕で支えた。
「無理をするなと言った」
「三日間、無理はしていません」
「今立てないだろ」
「それは疲労です。無理ではなく」
「詭弁だ」
村長が目を潤ませながら「ありがとうございます」と繰り返していた。
サチコはエルクに支えられたまま、山の下を見た。
村が見える。川が見える。川の水の色が——少しずつ、澄んでいくのがわかった。
魔力が流れ始めると、水も変わる。土も変わる。
「作物が、また育つといいですね」
「育つ」とエルクは言った。
「これだけ流れが戻れば、今季の後半には間に合う」
「根拠は?」
「理論上、魔力が回復すれば土壌の回復は三ヶ月以内に始まる。」
「エルクが理論で言うことは、大体正しい」
「お前が感覚で言うことも、大体正しい。だから合わせれば、ほぼ確実だ」
サチコは少し笑った。
「帰りましょう。アンナが待っています」
「そうだな」とエルクは言った。
珍しく、すぐに言った。




