(18)
予定より早く最終話まで書けたので、見直しができたものから順次投稿していきます。
課題は風景画だった。他の生徒たちは気に入る場所を探し求め、また写生に励んでいるらしい。でも自分の頭の中に浮かぶ景色は一つだった。
現場に行かなくても鮮明に記憶に残っている憩いの噴水池を、ブジャルドは自室で描いた。遠目に見た図ではあったが、そこに小さく付け加えた半魚族の少女は、ぼんやりした筆づかいでも誰かわかる。
“当たり前でしょ? 友達なんだから”
彼女にとって、自分は『友達』。具合が悪いと聞けば心配して手紙をくれ、見舞いに来てくれる。頼めば自分だけのために歌ってくれる。
大勢の、特に男子生徒が近づきたいと切望している彼女がわざわざ気を配ってくれるのだ。彼女にとって自分は特別な、大事な存在だと、その接し方で教えてくれる。
では、彼は? 彼女が眠っているすきに口づけたあの男は、彼女にとって何だ。
入学初日に、ひどく乱暴に彼女を乗せて走り去っていった半馬。
彼女からあの半馬への愚痴や不安を聞かなくなったのはいつからだろう。出動前は確かに乗るのを渋っていたはずなのに。
恋人――?
自分がサエウムに暴行され、痛みと苦しみにうめいている間、二人の距離は縮まったのか。
あやうく死ぬところだった彼女を救ったから?
本能に従わなくても敵をほふるだけの勇ましさを備えているから――彼女をおびえさせるような忌まわしい要因がないから。
ブジャルドは筆をとめ、正面に飾っているオストレアの絵を見つめた。
あれから部屋の前には行っていない。
もしまたあの男がいたら。
二人が触れ合っているのを見てしまったら、きっと自分は我を忘れて凶暴化してしまう。
あの男はオストレアがいなくても生きていける。何の問題もなく過ごすことができる。
でも自分にはオストレアが必要だ。
彼女といれば正気を保てる。無害な姿勢を崩さず、周りに溶け込む努力ができる。心から笑えるのだ。
おそらくこの作品が最後になる。描き終えたら、メソス・スコラを去らなければならないだろう。
そのとき彼女を連れていきたい。
どうかもちこたえてくれと自分のシャツの胸元をにぎりしめ、ブジャルドはわき上がる狂気を懸命に抑えた。
「見学?」
カルマール先生の体調不良により午前中最後の授業がなくなったオストレアは、半馬族の合同訓練をのぞきに行かないかとモラに誘われた。
「リサからも言われてたの。一度オストレアを連れてきてって」
特にタキュスとシュタルクの打ち合いは迫力があって格好いいわよとの言葉に、オストレアは興味がわいた。それはぜひとも見てみたいと。
「僕も行くよ」
話を聞いてラクスが寄ってくる。モラはルビーナにも声をかけたが、遅れを取り戻したいから自主練するとルビーナは笑顔で断った。
マレットの遺言を聞いて気持ちの整理が進んだのか、ニグレードー・マールムの停滞していた時間は動きだし、個々の練習にも気合が入っているという。ルビーナでさえいまだ悼みの影はあるものの、それまでにはなかった生気がはっきり見えている。
「外部出動の日も近そうね」
ルビーナの背中を一瞥したモラの安堵の声にうなずいたオストレアは、半魚族の練習場を出たとたん少なくない数の視線を浴びて、一瞬びくりと足をとめた。
「今日は練習しないから、ここにいてもむだだよ」とラクスが告げると、男子生徒たちが残念そうな顔になる。黄色いベストの生徒が多いのは、風景画を描く名目で集まっていたのだろう。
泡魂の開封で長々と歌い、『リンゴの乙女』にも選ばれてから、聴きに来る人がますます増えた気がする。練習場には基本的に戦闘科の生徒しか入れないので、それ以外の科の生徒は建物の外で耳をすましているようだ。あまりに密集している場合は先生たちがたまに追い払っているそうだが、先日カエルラ・マールムが出動した日はとても静かだったとカルマール先生は苦笑していた。
渡り廊下を歩きながら、オストレアはここ最近訪ねてこない友人を想った。ファルベに確認すると、授業には出ていないが部屋で風景画の制作を始めたらしい。また芸術科の寮の食堂は、創作活動に夢中になりすぎて食事を忘れる生徒が多いことから、時間を過ぎてもある程度の料理が残されていて、ブジャルドは人のいない時間に食べに行っているようだと言っていた。
絵を描く気持ちと食欲が戻ったということは、調子がよくなってきつつあるのかもしれない。またそのうち訪ねてみようと考えたオストレアは、もうすぐ半馬族の練習場に着くというところで、コルヴォが大人の男性と親しげにしゃべっているのを目にした。深緋色の髪に灰青色の瞳の男性は長剣をはいている。戦闘科長の補佐をしている人だとオストレアは思い出した。
二人がオストレアたちに気づき、片手を挙げる。挨拶をした三人にフィデルマンが破顔した。
「君には世話になったね。泡魂を開封してくれたこと、本当に感謝している」
「フィデルマン先輩はニグレードー・マールムに所属していたんだ」
そのときは研究生だったオペラツィオーネが班長だったとコルヴォが説明する。
「オペラツィオーネ先輩は戦闘科長に抜擢されたから卒業されることになって、班長を継いだフィデルマン先輩も次の年に補佐役に就かれたんだけど、二人とも学生時代からめちゃくちゃ強くてさ」
特に総母の子だったオペラツィオーネは剣の才能はもちろん、判断力、統率力、その他多方面で最強と評されるほどの実力者で、ソンリッサが入学するまで『リンゴの乙女』の称号も得ていたという。ただし本人はとても嫌がり、冷ややかな美貌も相まって、リンゴの前に『凍てついた』とか『さわると斬られる』とかいう文句も付け加えられていたらしい。
驚きの新情報に目をみはりつつ、『リンゴの乙女』に選ばれたオペラツィオーネの苦い表情が想像でき、オストレアはつい吹き出した。
「後輩の苦難に戦闘科長も私も心を痛めていたんだが、立場上私情をはさむわけにはいかなくてね。特にプルプラ・マールムの処遇には悩まされたよ」
「オペラツィオーネ先輩はすごく温情のある人なんだ。班員に危険が及ばないよう指示も的確で……今はみんなを容赦なくこき使ってるけど」
コルヴォが続けた追加事項に皆で笑う。
「出動が多いのは期待の表れだよ。あの人は班の実力にあわせて任務を割り振ってるからね」
だから無理させているように見えて、不測の事態に遭遇しないかぎり殉職は起きていないと、フィデルマンが擁護する。その点についてはコルヴォもモラたちも納得顔でうなずいていた。
コルヴォはこれから戦闘科長に会って、今後の活動について話し合うという。二人と別れたオストレアは、半馬族が使う練習場からそう遠くない木の下でトレーネが絵を描いているのを見つけた。
今度は人ではないから、勝手に描くなとタキュスに怒られる心配はないだろうが、療養の泉でのことが少し引っかかっていたオストレアは、モラに尋ねた。
「トレーネさんってタキュスと知り合いなのかな。もしかして同郷?」
「あー……うん。そうね」
モラはやや答えにくそうにしていたが、結局教えてくれた。
「彼女はタキュスを追いかけてメソス・スコラに来たみたいだけど、タキュスが彼女を好きになる可能性はかぎりなく低いと思うわ」
タキュスを陥れた友人たちが狙っていたのがトレーネだと聞き、オストレアは驚惑した。親友もトレーネに想いを寄せていたらしいと。
彼女に非があったわけではないので気の毒な話だが、タキュスはもともとトレーネに関心がなかったし、親友や遊び仲間をどうしても思い出してしまうからなおのこと避けているようだと、モラは語った。
さすがにそれはつらいなとオストレアも同情した。タキュスがトレーネに冷たい理由はわかったが、トレーネは巻き添えを食っただけだ。もし幼い頃からタキュスを好きだったなら、そう簡単にはあきらめ切れないだろう。
視線を感じたのか、トレーネがオストレアを見向く。まともに目が合って思わずかたまったオストレアに、トレーネは眉をひそめて顔をそらした。
明らかに拒絶の気持ちが伝わってきて、オストレアも唇を引き結んだ。トレーネからすれば自分は、同族でもないのに総母という特異性を利用してタキュスに近づいた嫌な相手だ。
トレーネだけではない。タキュスに恋する女の子の多くは、自分が総母の力でタキュスを惑わせたと思っている。ずるい、卑怯だと、口には出さなくても目で訴え、非難している。
だから隠し通したかったのにと、オストレアは内心で嘆息した。総母だとばれてもいいことなどない。
たとえ自分の想いは本物でも、相手もそうとはかぎらない。ちゃんと自分を見てくれているのか、単に総母に惹かれただけなのか、見極めが難しいのだ。
初戦闘からタキュスの雰囲気が変わったのも、もし総母と気づいたからだとしたら素直に喜べない。そもそもタキュス自身、自分を選んだのは勘だというから困る。
そうこうしているうちに複数の金属音がはっきり聞こえてきた。気合の入った声も響いている。
窓を閉めれば防音される半魚族の練習場と異なり、半馬族がよく使っている練習場は広く開放的だ。ここでは他の種族と合同で訓練することもあるらしく、日によってはにぎやかを通り越して危険な乱戦になるという。
入口だけは石柱が立っているが門扉はなく、広大な練習場をぐるりと囲っているのは柵だけだ。見学もしやすいせいか、あちこちでおもに女生徒が観戦している中、オストレアは緊張しながら柵に近づいた。
「アファブレ、右斜め前方だ! タキュス、正面で引き付けろ! ヴァルテン、左! ヤケレ、馬鹿、早すぎる! リサ、ヤケレの援護を頼む! アウデンディア、テイザー、いいぞ!」
仕切っているのはシュタルクで、指示を受けた者がそれぞれバルバルス・オースの幻影に挑んでいる。駆け回る半馬たちの激しい動きが力強く、また美しくて、オストレアは呼吸を忘れるほど魅入った。
アファブレの一振りでバルバルス・オースの胴がちぎれる。そのとき背後に新たなバルバルス・オースが出現し、アファブレに襲いかかった。思わず声を上げかけたオストレアは、いち早く気づいたらしいタキュスが間に割り込むのを見た。
タキュスの一閃にバルバルス・オースの幻影が揺らいで消える。しかし息つく暇もなく、バルバルス・オースは次々に押し寄せてくる。
「すごい集中力と体力だよね」
ちょっと休憩、とは言えない雰囲気にモラが苦笑する。タキュスとシュタルクの打ち合いを楽しみに来たことをオストレアも恥じた。彼らの訓練は見る者を興奮へ導くが、当人たちにとってはとても過酷で、少しでも気を抜けば命に関わるものなのだ。
戦闘科は半魚不足と言われているが、素早い直接攻撃ができる彼らがいるからこそ、唱法の力を発揮できる。急襲に弱い自分たちだけでは対処しきれないし、互いに補い合って初めて危なげない戦いが可能なのだと改めて思い知らされた。
設定しておいたバルバルス・オースの幻影をすべて討ったようで、ようやくシュタルクが「よし、終了!」と号令をかけた。その頃には、半馬たちは全員汗みずくになっていた。
見学していた女生徒たちがきゃあきゃあと騒いで拍手する。柵のすきまから差し入れを渡そうとしている女の子もいた。
一年生ではアファブレが人気らしく、あちこちから呼びかけられている。そのとき、ソンリッサが気づいて手を振った。そばにいたタキュスとシュタルクもふり返る。オストレアたちのほうへ向かう三人に他の生徒の視線もつられ、周囲がざわついた。
「来てくれたのね」
笑顔のソンリッサに、「お疲れ様。みんなすごかったわ」とモラが称賛する。
「ね、オストレア?」
「うん。かっ……」
格好よかったという一言で片付けるのはあまりにも安っぽい気がして、オストレアはただこくこくと何度もうなずいた。肝心なときに語彙力がたりないことを密かに嘆いたが、心からの感動がどうやら顔に出ていたらしく、ソンリッサとシュタルクは誇らしげに、そしてタキュスははにかんださまで目をそらした。
「私ももっと鍛えないと」
歩行できるようになったくらいで得意がっていてはだめだ。せめて小走りくらいはと奮起するオストレアに、タキュスが吹き出した。
「何?」
「いや、想像したらおかしかった」
お前がちょこちょこ走れば足がもつれてすぐ転びそうだというタキュスに、ソンリッサたちも笑う。
「だから練習するんじゃない」
オストレアがふくれると、「走るより先にタキュスに素早く乗れるようにならないとね」とラクスがからかった。
「初回に比べればだいぶましにはなってきたんだが」
それでもモラが一年生だった頃よりは慣れるのが遅いとタキュスが言う。
「だって、リサ姉さんよりタキュスのほうが馬体が高いでしょ」
「確かにそうね」とソンリッサとモラが納得する。
「じゃあ、もう少し低い人で練習……」
周りを見回したラクスとともに視線を振ったオストレアは、アファブレと目が合った。
「俺に乗るなら俺で慣らしたほうがいいだろう」
タキュスがむっとした顔になる。
「ちょうど昼時だ。乗れ」
食堂に行くぞと強引に誘うタキュスに、モラとラクスがあきれた。
「汗でびっしょりなのに乗せるの?」
「せめて体を拭いてからにしたほうがいいと思うけど」
「まったく、せっかちだな。ほら」
シュタルクがまだ使っていない自分の布を放る。受け取ったオストレアがタキュスの背の汗をぬぐいはじめると、傍観していた女生徒から羨望の悲鳴が上がった。タキュスも照れを我慢しているのか、かすかに震えている。それが何だかかわいらしく思え、拭きながらつい鼻歌を口ずさんだオストレアは、「おい」とタキュスに注意されてはっとした。
アファブレをはじめ、周辺にいた男子生徒の目の色が変わっている。しかも奥のほうで練習していた半狼族にも聞こえたようで、こちらを目指してくるのが見え、オストレアはまずいとあせった。
「早く乗れ。逃げるぞ」
タキュスが体を傾けて左のてのひらを上に向ける。オストレアは急いで足をかけてまたがった。緊急時に近いせいか、今までで一番なめらかに乗れた。
「悪いが、先に行く」
ソンリッサたちに断り、タキュスがぱっと駆け出す。振り落とされないよう、オストレアもしっかりタキュスに抱き着いた。
「あんなところで急に歌う奴があるか」
練習場からある程度離れてやっと速度を落としたタキュスに叱られ、オストレアはごめんなさいとあやまった。
「何だか楽しくて」
「体を拭くのがか?」
タキュスに触れるのがと正直に打ち明けると変な顔をされそうだったので、オストレアは黙ってタキュスの背中に頬を押しつけた。
「よせ、汚れるぞ」
「さっきはそのまま乗せようとしたくせに」
「汗臭いことまで気が回らなかっただけだ」
オストレアが鼻をひくつかせているのがわかったらしく、「だからやめろ」とタキュスが再度とめた。
「お互い様でしょ」
私だって前に匂いを指摘されて恥ずかしかったんだからと、オストレアは口をとがらせた。
「お前は別に臭くないだろう」
「タキュスの匂いも平気よ。本気で訓練した証じゃない」
毎日あんなに練習してるから強いのねと素直にほめるオストレアに、間を置いてタキュスが答えた。
「強くないと守れないからな」
「みんなを?」
「……人の背中に張り付いてくんくん嗅いでいる物好きな奴をだ」
明らかな名指しに、かあっと頬がほてった。
「私の名前はそんなに長くないわ」
思わずはぐらかしたものの、鼓動がどんどん速まる。今度は自分が汗ばんできて離れようとしたオストレアの手を、タキュスがつかんだ。
密着した状態で歩いている二人を、通りすがりの生徒たちがふり返る。メソス・スコラ内で、急ぎの用もないのに半馬が誰かを乗せているのは珍しい。それがやたら話題にのぼる二人ならなおさらだ。
『リンゴの乙女』に決まり、オストレアへの注目度は絶頂だとモラに言われた。タキュスと自分が特別な関係であるかのような言動を仲間たちがとるようになったのも、不必要に近づく者を減らすためだとオストレアも理解したのだが。
試すなら、今かもしれない。
手を重ねたままのタキュスに、オストレアは思い切っていつもより強くしがみついた。
ぴくりとタキュスの背がこわばる。自分の気持ちが伝わったのだと察し、オストレアは緊張した。
タキュスは何も言わない。長く続く沈黙に次の行動を選べず、不安だけが増していく。
勇気を出して想いを投げかけてみたものの、やはりもう少し時間をかけたほうがよかっただろうか。
と、不意にタキュスが方向転換した。食堂への道をそれて向かう先は療養の泉だ。
「タキュス……? 脚が痛いなら降りるわ」
降ろしてと訴えてもタキュスはとまらず、むしろ加速した。
「タキュス!?」
待ってと頼んでもおかまいなしな様子は、初めて会ったときと同じだ。
何を考えているのかわからない。もう一度名前を叫ぼうとしたとき、もわっとした熱気と薬の匂いが鼻をついた。
療養の泉に到着するなり、タキュスが人の姿に戻る。しゃがんだタキュスから降りたオストレアは、向き合ったタキュスに真顔で見つめられ、息をのんだ。
怒っている?
まさか嫌だった?
オストレアは青ざめた。
どうしよう。
自分は判断をあやまったのだとわななきうつむいたオストレアは、タキュスに両手で頬をはさまれた。引き上げられるように仰いだとたん、涙が滑り落ちる。
「なぜ泣く」
「だっ……て、もう乗せてもらえない……」
「誰がそんなことを言った?」
タキュスが眉をひそめた。
「好、き……に、なったら、だめなんでしょう?」
タキュスに好意を寄せれば拒まれるとソンリッサたちに聞いたのだと、つかえながら説明したオストレアに、タキュスがますます渋面した。
「気に入らない奴やどうでもいい奴にべたべたさわられるのが嫌なだけだ。お前は当てはまらない。リサはいったいどんな話をしたんだ」
まったく、とタキュスが舌打ちする。
当てはまらない? では嫌われているわけではないのか。
安堵しかけ、オストレアは自分の気持ちをはっきり言葉にしてしまったことに気づいた。
「あ、や、あの……ごめんなさい、勘違い――」
ぱっとタキュスの手を振り払って駆け出そうとしたオストレアは、足がもつれた。転びかけたオストレアを背後から抱きとめ、タキュスが「ほら見ろ」と言う。やはり走るのはまだ無理だと。
「仕掛けておいて逃げる気か?」
いつもとは逆の体勢で耳朶にささやかれ、ぞくりと心地よい震えが走る。オストレアはどうにか抜け出そうともがいたが、タキュスはびくともしなかった。
「お前が今まで言いたいことを飲み込んでぐずぐずしていたのは、好きなのがばれたら俺がお前を乗せなくなるかもしれないと心配したからか」
ずばり指摘され、オストレアはかたまった。
「嘘……いつから?」
自分の心の揺らぎまで勘づかれていた衝撃にめまいを覚える。
「半馬族をなめてもらっては困る。そもそもお前は顔に出すぎだ」
「――信じられない! 気づいてて知らん振りしてたの!?」
オストレアは身をひるがえしてタキュスに怒った。引っ込みかけていた涙が羞恥でまたにじんでくる。
「俺は意思表示をしていたぞ。むしろお前の態度がちぐはぐで謎だったんだが」
やっと行動にうつしてきたと思えば泣きだすしと文句を返され、オストレアは口ごもった。ではこれまで自分がときめいていたタキュスの言動は、すべてそのまま受けとめてよかったのか。
長いこと一人で悶々としていたのが馬鹿みたいだ。オストレアは脱力してぽすっとタキュスの胸にもたれた。
「……せっかく仲良くなれたのに関係を壊したくなかったの。タキュスが優しくなったのも、総母の影響なら嫌だなって……でもタキュスは私の匂いが苦手みたいだし、どっちかわからなくて」
「苦手なわけじゃない」
オストレアの右耳に軽く口づけ、タキュスが息をついた。
「お前の匂いを嗅ぐと酔って理性が飛びそうになるんだ。服に染みついたものでも気がそぞろになる」
「……ベストを着て歩いてたって聞いたけど」
「牽制だ。俺だけがお前の匂いをつけられると周りに示しておきたかった」
香りにとらわれてぼんやりしていたから、余計に皆の妄想も膨らんだようだがとタキュスが小さく苦笑する。つまりアファブレは、タキュスの作戦に引っかかっていたということか。アファブレだけでなく、他の生徒も。
「モラ姉さんたちは……?」
「協力すると言っていた。お前が疲れをとるために休んでいる間、班でそういう話になった」
もとはオストレアが寝る直前にモラにこぼした一言がきっかけで、モラがタキュスに詰め寄ったのだ。オストレアをどう思っているのかと。そしてタキュスがベストを身につけてこれ見よがしに歩き回っていたことをエグルがしゃべり、班の方針が決まったらしい。
「……もうやだ。勘弁して」
まさか班全員が自分の恋心を把握して見守っていたとは。しかもタキュスはもっと早い段階で察していたと知り、オストレアは恥ずかしさにうめいた。
「俺はほっとしたがな。お互いの気持ちがそろえば、お前をあきらめる必要がない」
タキュスが左耳に接吻する。
「頭が追いつかないわ」
急展開もいいところだ。自分の身にいったい何が起きているのか。
「早く追いつけ。こっちはずいぶんやきもきさせられたんだ」
叱り口調で今度は額に口づけられた。
「私だってすごく悩んだのよ」
むきになって言い返すと、「張り合うな、馬鹿」と眉間に接吻が落ちる。
甘い吐息に気が散ってとても冷静ではいられないのに、知ったことかとばかりにタキュスは何度も触れてくる。出会った頃のそっけなさはどこに行ったのかとオストレアは問い詰めたくなった。
いっぱいいっぱいなのに、もっともっとと欲張る自分がいる。そんな望みを見透かしたように、タキュスが言った。
「半馬族は、本気で相手を決めれば生涯心変わりしない。交際の申し込みは求婚と同義だ」
オストレアは目を見開いた。
「嫌なら今断れ。戦いの相方という関係でとどめたいなら、ここでやめる」
タキュスが顔をのぞき込んでくる。間近で見つめ合い、オストレアは息をとめた。
金色の双眸が熱情に揺れている。答えは一つしか浮かばなかった。
「……受けて立つわ」
己の勘に絶対的な自信をもっている彼をまっすぐ見返す。挑発的ともいえるオストレアの返事に、タキュスが満足げに口角を上げた。
恋の実りに反応したのか、リンゴの痣があるあたりがほんのり熱をおびる。重ねられた唇のぬくもりにとろけながら、総母である喜びをオストレアは初めてかみしめた。




