番外編(姉を失った弟)
ハルカを失った家族の話で、弟視点です
俺が大学一年のとき姉がいなくなった。
姉が勤める保育園から3日連続で無断欠勤していると連絡があって、俺と母親は姉が一人暮らしするアパートを訪ねたが中は空っぽだった。
扉の鍵はかかっていて窓は施錠されていた。財布もスマホも鍵も部屋の中にあった。姉は責任を放棄して突然いなくなるような性格じゃない。何かの事件に巻き込まれたのだ。なのに警察では事件性がないと判断されて自発的な失踪と処理された。
警察は「なにかあれば連絡します」とだけ。率先して行方を探してくれる感じじゃない。事件性のあるものを優先するのだと言われて、理解できても納得は出来なかった。
俺と両親は勤め先や友人を訪ね、姉に関する情報を集めたが、失踪につながるものは何もなかった。
真面目に仕事に出かけて、仕事ぶりも保護者からの評判もよく、友人との関係も良好で。姉自身にはトラブルの影もなく、男と付き合っている様子もまるでなかった。
だから何かしらの突発的な事件に巻き込まれたのだ。でもそれが何か分からない。俺や両親は姉の仕事関係や友人を手当たり次第に訪問したが、なにも分からないまま時間だけが過ぎていった。
姉がいなくなって二年が過ぎたころ、姉が借りていた部屋を解約した。手掛かりを求めて何度も同じ人に会って話を聞くことを続け、結局なんの収穫もないまま時間だけが過ぎる。家の中は暗く、俺や両親からはたわいない会話や笑顔が消えた。
俺は大学を卒業してから地元の市役所に勤務することになった。自宅から通える職場を選んだのは、母が鬱になったからだ。母は俺までいなくなるのではないかと怯えて寝込むことが多くなったが、姉がいなくなって五年もすると、投薬を続けながら気分転換に近所のスーパーでレジ打ちのパートができるようになっていた。
そうして姉の行方が知れなくなってから七年目。いつものように会話のない夕食を三人でかこんでいた時だった。
何の前触れもなく、突然目の前に白い紙吹雪が舞った。「なんだ?」と手に取ると細かく破られた白い紙。どうしてこんなものが降ってきたのだろうと天井を仰ぐが、蛍光灯の眩しさに目を細めるだけに終わる。
細かく破られた白い紙が味のしないおかずの上に落ちていた。父が首を傾げながら無言でゴミ箱を持ってくると、箸で摘んで一つ一つ捨てていく。
俺も父に倣って捨てようとした時、母が「遥の字だわ!」と叫んだ。
紙のかけらを摘んだ母は、震えながら俺と父にそれを見せる。そこには「元気」と青いインクで文字が書かれていた。
母が「これ遥の字よ!」ともう一度叫んで、散らばった紙を拾い集めだした。俺と父は顔を見合わせて、落ちている欠片を確かめた。
一片が二センチ程度の紙切れには確かに文字が書かれていたが、俺と父にはその文字が誰の筆跡なのか分からなかった。それでも必死な母の様子が伝染したかに、俺と父も夢中になって紙のかけらを拾い集めて、三人で頭を寄せ合い欠片を繋ぎ合わせた。
そうして現れた文字と内容に俺たちは釘付けになった。
母の言った通り、文字は姉の筆跡に酷似していた。そして「お元気ですか?」で始まった文面はとても信じられる内容ではなく、誰かの悪戯だと思ったが、俺たちは繋ぎ合わせたそれから目が離せなくなっていた。
「異世界って……こんな悪戯一体誰が!?」
父は声を震わせ憤慨した。
「元気でいるって。本当なの? 本当に遥は……ほらっ、ちゃんと生きていたじゃない!」
神隠しにあったが元気に生きているのだと、母は涙を流して泣いていた。姉がいなくなって間もなく行方を尋ねるビラを配っていた時、心無い人から「もう死んでるだろ」と呟かれたときのことを今も覚えていたようだ。
俺は信じられなくて、父と同じく誰かの悪戯だと思おうとしたが、翌日も、そしてその翌日も、俺たちが三人で夕食をとっているときに同じ現象が起き続けた。しかも回を重ねるごとに紙吹雪の欠片は大きくなり、ついには破れることなく四つ折りにされた手紙が天井から忽然と姿を現し舞い降りてきた。
手紙にはちゃんと届いているのか不安であると前置きがあるが、最初の手紙の続きとなっていた。
なんでも姉は魔法のある世界に迷い込んでしまい、帰る方法がないらしい。それでも優秀な魔法使いが手を尽くして、こうして一方通行ながら手紙を届ける術を見つけてくれたと記されていた。
何通目かの手紙には、姉を取り巻く人たちの似顔絵がプロフィールとともに書かれていた。
手紙を届けてくれる魔法使いは王子様で、恐ろしくイケメンに描かれているのは姉の夫らしい。そして姉の面影を宿した一歳になるという女の子は、姉が異世界で産んだ子供だとか。
「いつの間にかおばあちゃんになっていたのね」
母はこの不思議な手紙を信じていた。姉は神隠しにあったが、夫や善良な人達に囲まれて幸せなのだと。薬も飲まなく良くなって笑顔を取り戻した。作る食事にしっかりと味がつくようにもなった。
俺や父はまさかそんなことが起きるはずないと現実をみていたが、手紙の内容に他人が知り得ない、俺たち家族だけが知るはずの情報があった。だから完全にではないが、少しばかり、これは本当のことなのかもしれないと、口には出さないが思っていたりする。
一方通行の手紙が来るようになって半年後、薄い板が落下してきた。
三人揃った夕食時に手紙が落ちてくるのが常になっていたので、突然現れた板をキャッチしそこない、テーブルに落ちたそれは粉々に砕けて、キラキラ輝く青い砂になった。
以来しばらく手紙が落ちてこなくなり、母の調子が再び悪くなり始めたころ、同じく夕食時に落下してきたそれを、今度こそは取り落とさないようにキャッチすることができた。
それはスマホサイズのアクリル板のようだったが、かなりの重さがあるので加工された石板なのかもしれない。半透明の青に金色の粒が入っている。三人で顔を突き合わせて眺めていたら突然文字が浮き上がった。
『これは通信機みたいなもので、お箸とか硬いもので文字を書いたらこっちに届くの。指でなぞると消えるよ。ちゃんと届いたら返信してください』
俺と父が動けないでいる間に、母が文字を指でなぞると文字が消えた。母は大慌てで新しい箸を持ってくると板の上に滑らせる。
『お母さんです』と浮き上がる文字。
間を置いてそれが消えると、『お母さん、遥だよ。ごめんね』と返事が来た。
声を出して泣き出した母は震えながら俺に箸を渡し、「あなた何か書いて」と言った。俺は少し考えて、『旦那、美形に描きすぎじゃない?』と書いた。
言いたいことや聞きたいことはいっぱいあったのに、何もかもが突然すぎて馬鹿なことを書いたと自分でも思う。父が「貸しなさい」と言いながら俺から箸を奪って板に箸を走らせた。
ハルカは帰れないけど、王子様頑張りました……ってお話でした。




