第七話 パペッターの死骸
右手に構えた四重甲羅を突き出すガシャに対し、スカイが右下から逆袈裟にハンマーを振り上げる。
衝突したスカイのハンマー天墜は、圧倒的な質量を誇る四重甲羅をたった一撃で押しのけた。
ガシャが押し返された四重甲羅の勢いを受けて大きく仰け反り、後ろへ三歩ふらついた。
ふらついたガシャはこの攻防でスカイへの警戒を深めたのか、四重甲羅を前へ盾のように構えながら距離を取ろうとする。
「させるかよ!」
ボールドウィンがスカイを操作し、距離を詰めにかかった。
金属布入り魔導チェーンにより出力が大幅に増したスカイは、各関節に仕込まれたエアリッパーの瞬発力も加わって一瞬でガシャの目の前に走り込む。その速度は、市販されているどんな高機動の精霊人機にも勝っている。
盾として突き出されている四重甲羅に対し、スカイが改造セパレートポールを利用したシールドバッシュを放つ。
ただでさえ出力の増しているスカイだが、圧空にも改良が加えられている。
圧空がスカイのセパレートポールに背後から突風を叩きつける。以前とは比べ物にならない威力のシールドバッシュは四重になった甲羅の隙間を詰めた。
ふわふわと浮かんですべての攻撃を吸収する大質量の遊離装甲とも言えた四重の甲羅でさえ、今のスカイの重たい一撃を防ぎきれていない。
ボルスでワステード司令官操るライディンガルが猛攻の末に仕留めた時とは違い、スカイの前にいる四重甲羅は万全な状態だ。にもかかわらず、誰の眼にもスカイの優勢は明らかだった。
圧空で生み出された突風を受けたスカイの天墜が高速で四重甲羅にぶち当たり、ガシャをのけぞらせる。
スカイは振り抜いた天墜を地面に叩きおろし、それを支柱に右足を振り上げて四重甲羅の側面を蹴り飛ばした。
「よっしゃ、一枚!」
ボールドウィンの声が拡声器越しに響くと同時に、蹴り飛ばされた甲羅の一枚が放物線を描いて森の中に落下した。
タラスクの甲羅の質量を考えれば、精霊人機の蹴り一つで吹き飛ぶはずがない。
しかし、スカイの蹴りは圧空の加速に加えてセパレートポールによるシールドバッシュ機能で威力が大幅に底上げされている。支えもなく空中に浮かんでいる甲羅を蹴り飛ばすには十分な威力を秘めているのだ。
スカイは蹴りの勢いを利用して一回転しつつ天墜を持ち上げ、遠心力を加えながら横に振り抜く。
まともに受けては危険と判断したのか、ガシャは後ろに飛び退きながらスカイにロックジャベリンを放った。
正確に操縦席のある胸部を狙ったロックジャベリンだったが、スカイは天墜の打撃面拡大機能を使用してロックジャベリンを側面から殴りつけ、森の中へ弾き飛ばした。
並みの機体でこんなことをすれば腕や肩の関節が壊れ、骨格に当たる内部装甲にひびが入るだろう。しかし、スカイの内部装甲は対衝撃性能に優れ、関節部に組み込まれたエアリッパーでほとんどの反動を打ち消してしまう。
問答無用の力攻め。それができてしまう機体は世界広しといえどスカイの他にないだろう。
一度弾き飛ばされたロックジャベリンでも、ガシャは次々に空中に生み出してスカイの操縦席へ打ち込もうとする。
接近戦に持ち込まれ、力で勝負されてはたまらないと考えたのだろう。
だが、スカイは天墜の打撃面を正面に向けて盾代わりにすると、脚部のエアリッパーに圧縮空気を生み出して大地を蹴った。
スカイの脚や体に触れた森の木々がバキンと音を立てて弾け飛ぶ。
三重になった甲羅を慌てて正面に掲げたガシャだが、ロックジャベリンを放ちながら距離を取っていた事がここで災いした。
「助走距離は十分ってな!」
ガシャに全速力で駆けこんだスカイが肩、肘、手首のエアリッパーを起動し、正面に向けて構えた天墜を勢いよく突き出した。
三重になった甲羅と天墜が正面衝突し、ガシャが初めて両手で甲羅を支えた。
大地を削りながらガシャが後ろへと滑ってスカイの突進を受け止める。
ガシャが何とか突進を受け切っても、スカイの攻撃はまだ続く。
スカイが上半身を捻りながら天墜を地面に降ろし、左足を振り上げる。
三重の甲羅の一枚目を左足の甲で下から上へ蹴り上げた。
スカイがすかさず、左足を正面に蹴りだす。フロントハイキックだ。
二つに減った甲羅がスカイのフロントハイキックで押しのけられ、ガシャの両手に押し付けられる。
ガシャが両足を肩幅に開いて耐えた。
スカイが左足を地面に降ろした瞬間、今度は天墜が振るわれる。
だが、天墜の向かう先は二つに減った甲羅ではなく――先ほど真上に蹴り飛ばした三枚目の甲羅。
「返却だ」
スカイが両手持ちした天墜が落下してきた甲羅を叩き、ガシャの頭蓋骨へ打ち出される。
ガシャが焦ったように二つの甲羅を持ち上げて三枚目の甲羅を受けようとしたが、スカイが全力で殴りつけたために加速した三枚目の甲羅は到底受け切れない。
二つの甲羅が吹き飛び、ガシャの両手が砕け散った。
「よし、止めを――っと、危な!」
甲羅を失ったガシャに止めを刺そうとしたスカイの横から、両手ハンマーのガシャが迫ってきていた。スカイをけん制するためかロックジャベリンを放ったが、ボールドウィンが反応してスカイを後退させ、避け切っている。
しかし、スカイが後退した隙に甲羅を失ったガシャは吹き飛ばされた甲羅を拾い上げ、左右に一枚ずつ甲羅を構えた。残り二つは遠くに吹き飛ばされたため拾えなかったようだ。
「流石に仕留め切れなかったか」
ボールドウィンが悔しそうに呟く声を拡声器が拾った。
「――ボールドウィン、そのままガシャ二体を足止めしていてくれ。小型スケルトンの数を減らした後、スイリュウを救援に向かわせる」
一連の攻防から、スカイ一機でもガシャの足止めは可能と判断した俺は青羽根の整備車両に積んでいる拡声器を使って指示を出し、街道上に視線を戻す。
両手ハンマーと共に無人の野営地を襲撃したスケルトンの群れが街道に出て、俺たちに向かって駆け出していた。
「何体いるんだろうな」
「想像もつかないね」
ミツキが困ったように笑い、魔導手榴弾の爆発型を取り出す。
俺は対物狙撃銃を構え、スケルトンの群れの先頭を狙い撃った。
五発撃って全弾命中。しかし、スケルトンがあれだけ密集していれば適当に撃ってもどれかには当たるだろう。狙撃している感じが全然しない。
ミツキが朱の大地の団長に指示を飛ばす。
「スケルトンの群れが来ます。魔術スケルトンは無視して、寄り付かせないようにしてください」
魔術スケルトンは俺が処理すればいいのか。
しかし、遊離装甲代わりの甲殻を纏っているはずの魔術スケルトンが見当たらない。野営地に奇襲を仕掛けるため、擦れあって音が鳴ってしまう遊離装甲代わりの甲殻を身に着けてこなかったのだろうか。
俺は狙いを身体強化しているらしいスケルトンに変更する。普通のスケルトンを盾にしているつもりか、さもなくば紛れ込んでいるつもりなのだろうが、腕の振り方と歩幅が普通のスケルトンと違うので丸わかりだ。
一体仕留めてから弾倉を交換し、近い順に頭蓋骨の中へ弾丸を送り込む。
俺を相手にごまかしは無理と悟ったのか、二十体ほど仕留めた辺りで魔術スケルトンが姿を消した。
「魔術スケルトンが一時撤退した。おそらく、次は遊離装甲を纏ってくる。魔術スケルトンが戻って来る前に通常スケルトンの数を減らすぞ」
朱の大地の団長が団員に指示を出し、もう一人の団長と視線を交差させて頷きあう。
「前後二列横隊、前列、ロックジャベリン準備!」
街道を封鎖するように横に広がった朱の大地の歩兵前列が、指揮を執る団長の命に従い一斉にロックジャベリンを頭上に準備する。
団長が正面に向けて光の魔術ワイドライトを放つ。横に広い光の線がスケルトンの頭蓋骨を照らし出した。
「前列、放て!」
団長の号令一下、ワイドライトで照らし出されたスケルトンの頭蓋骨へ向けてロックジャベリンが一斉に飛んで行った。
魔術スケルトンとは違って知能の低い通常スケルトンたちは迫りくるロックジャベリンを避けようとわずかに体を傾けるが、周囲にいた仲間が邪魔になって回避できず、頭蓋骨を粉砕されて崩れ落ちる。目の前の仲間をやられたスケルトンの最前列が混乱したように足並みを乱した。
「後列、放て!」
前列が放つ合間に準備していた朱の大地の後列が、指揮を執るもう一人の団長が空に向けて斜めに放ったファイアーカッターに向けてロックジャベリンを放つ。
前列のそれとは異なり放物線を描いて飛んだ後列のロックジャベリンは正確にファイアーカッターを貫いて落下し、スケルトンの群れの中央辺りに着弾した。
「前列、放て!」
後列が放っている間に準備を終えていた前列が、混乱から立ち直ったスケルトンの最前列に向けてロックジャベリンを放つ。
その後も朱の大地は見事な連携で前後列に分かれて通常スケルトンへ攻撃を加えていく。
「魔導手榴弾は必要ないみたいだね」
ミツキが準備していた魔導手榴弾をパンサーの収納スペースに戻し、索敵魔術を操作する。
「弓兵ガシャが出てきてないのが気になるんだけど」
「俺もさっきから探ってるが、索敵範囲内にはいないみたいだ」
ワステード司令官たちを追い駆けていたりしないと良いけど。
森の中へ索敵に出るべきかと考えていると、索敵魔術が別の反応を探り当てた。
「おいでなすったな、別働隊」
側面から奇襲をかけてくるつもりらしい小型魔物の反応を見て、俺は月の袖引くの整備車両を見る。
助手席にいたレムン・ライと目が合った。
「右側面から朱の大地に向かってくる小型魔物の群れの反応があります。月の袖引くの戦闘員を率いてレムン・ライさんが向かってください。魔術スケルトンの可能性も高いので、注意してくださいね」
「側面奇襲を陣中に居ながら見抜くとは、つくづく敵に回したくないですね」
レムン・ライさんが整備車両の荷台に声をかけると、月の袖引くの戦闘員が素早く外に出て整列した。
「救援要請はファイアーボールでお願いします。救援が必要な場合は青羽根を向かわせますが、それでも手に余る場合はウォーターボールで知らせてください。スイリュウを向かわせます」
「かしこまりました。では、行ってまいります」
恭しく一礼したレムン・ライさんが森を睨み、地面を蹴る。軽い音にも関わらず、次の瞬間には木々の梢に隠れて見えなくなっていた。他の月の袖引くの戦闘員も同じだ。
兵は拙速を尊ぶを地で行っている。
「敵に回したくないのはお互い様だな」
「思ったんだけど、ここにいる開拓者って精鋭ばかりじゃないかな?」
ミツキがぐるりと陣を見回して呟く。
「ボルスからの撤退戦を生き残った奴ばかりだからな。そりゃあ強いさ」
あの絶望的な戦場を知っていてなお、今回の作戦に参加するぐらいの腕がある。個々の実力は折り紙つきだし、スケルトンを相手に舐めてかかるようなこともない。むしろ、ガチで殺しに行ってる。
話している内にレムン・ライさんたちが戻ってきた。
「五十体ほどのスケルトンです。魔術スケルトンが五体混ざっていましたが、全滅させました」
レムン・ライさんが俺たちに報告してくれた。ついでに、と月の袖引くの戦闘員が白い人型魔物の死骸を運んできた。
「生け捕りは無理と判断して殺してしまいましたが、状態が良いので資料代わりに持ってきました。噂のパペッターです」
「これが……」
スケルトンの頭蓋骨の内部に潜み、魔術を使用する小型魔物パペッター。
小さい人型のそれは肘や膝に当たる関節が無く、毛も存在しないつるりとした白い肌で覆われていた。顔には鼻らしき二つの穴と二本の牙が上から下に生えた口があり、目玉は大きなものが一つだけ。
「魔力袋は胴体に?」
問いかけると、レムン・ライさんは首を横に振った。
「他の四体の胴体や頭を捌きましたが、該当する器官は存在しませんでした。我々人間と同じく、魔力袋無しで精霊に魔力を受け渡すことができるようです」
精霊教会が聞いたら根絶を目論みかねない魔物だ、とレムン・ライさんは眉を寄せる。
「肘や膝がないためか自力での歩行は困難らしく、スケルトンの頭から追い出してしまえば仕留めるのはさほど難しくありません。寄生か共生か、いずれにせよスケルトンなしではまともに生き残るのも難しい動きの鈍さです」
そうレムン・ライさんが報告を締めくくった直後、ディアとパンサーが新たな接近反応を教えてくれた。
反応の位置を確かめた俺は、対物狙撃銃のスコープを覗いて街道上をひしめく通常スケルトンの群れの先を見る。
アップルシュリンプの甲殻を遊離装甲代わりにしてその身を包み、手にはタニシ型の中型魔物ルェシの甲殻を二枚重ねにした二重棍を引っさげた魔術スケルトンの群れが、ぞろぞろと戦闘区域を目指して歩いてきていた。
「今までのは前哨戦って事か」
「派手に魔術を撃ってきそうだね」
ミツキがレムン・ライさんを見る。
「スイリュウを起動、魔術スケルトンを蹴散らしてください」
夜が明け、これから流れる血を予言するように空が紅く染まる中、スケルトンの本格攻勢が始まろうとしていた。




