第六話 夜襲潰し
暗い森に挟まれた街道にぼんやりと浮かび上がるのは、白い骸骨たちの姿。
「……道路工事かな?」
街道上のスケルトンたちを双眼鏡で確認していたミツキが首を傾げる。
俺たちはスケルトンたちから離れた場所で先行偵察に来ていた。
俺も対物狙撃銃のスコープで確認していたが、ミツキの言う通り道路工事のように見える。
月明かりに照らされたスケルトンたちは街道を掘り起こして何かを埋めていた。
「骨を埋めてるんじゃないかな。ほら、ボルスでやられたあの奇襲攻撃の準備をしてるんだよ、きっと」
「あれを放っておくと、今度はこの街道上で挟み撃ちを食らった後に陣の真っただ中にスケルトンの集団が出現するのか」
そんな奇襲を食らったら、軍もまともに動けないだろうな。
だが、街道のこの地点はボルスから離れすぎている。軍の野営地を越えてさらにマッカシー山砦側に行った地点だ。
スケルトンたちの視点で見れば、ワステード司令官たちがここを通るのはボルスから敗走した時くらいのもの。
「妙だね。スケルトンたちは明日、ワステード司令官たちを追い返す作戦を別に用意しているのかも」
「もしくは、これから野営地を奇襲してここまでワステード司令官たちを追い立てる作戦かもな」
街道上で作業をしているスケルトンたちの中に、大型スケルトン、ガシャの姿はない。奇襲部隊があるのなら、そこにガシャが組み込まれているのだろう。
「何はともあれ、スケルトンたちが準備を整える前に潰してしまえばこちらのものだ。ワステード司令官に合流しよう」
ディアを操作して、俺はミツキと共に街道沿いの森を一直線に抜ける。
索敵魔術にいくつかの反応があるが、全て無視する。
ワステード司令官率いる旧大陸軍は野営地から動いていなかった。
しかし、天幕の類はすべて片付けられており、部隊も整列している。いつでも出陣可能な状態だった。
俺はワステード司令官や各中隊長、開拓団長の四人が集まっている場所へディアで乗り付ける。
「帰ったか。索敵の結果はどうだった?」
簡易椅子に座っていたワステード司令官が開口一番に訊ねてきた。
「小型スケルトンたちが街道を掘り起こして何かを埋めていました。ガシャが付近に居ません」
街道のどの地点かと訊かれて、俺は地図上の一点を指し示す。
「そうか。スケルトンは奇襲をかけるつもりかもしれないな。だが、これは好都合だ」
「好都合ですか?」
マッカシー山砦を奪取した新大陸派を叩くために、今すぐ街道上を遡って急行しなくてはならないワステード司令官たち旧大陸派軍にとって、進路上で工作活動を行っているスケルトンなど邪魔以外の何者でもないと思うのだが。
首を傾げていると、ロント中隊長が説明してくれる。
「ボルスにおけるスケルトンの奇襲を受けて、兵たちが不安がっている。事実上の負け戦だったからな。だが、この街道上のスケルトンを行き掛けの駄賃に潰しておけば、不安も払拭され、士気が持ち直す」
「そういう事ですか。では、スケルトンの処理は軍が?」
ワステード司令官に視線を向けると、肯定の言葉が返って来た。
「街道上のスケルトンを罠ごと叩き潰し、我々旧大陸派軍はマッカシー山砦へ向かう。開拓者諸君は殿を務め、スケルトンの工作地点を我々が抜け次第その場に残ってスケルトンを引きつけてもらいたい」
「了解です」
そうと決まれば善は急げだ。
ワステード司令官が立ち上がり、ボルスでは遊撃部隊だった中隊長を先鋒に定めて出撃を命じた。
俺はミツキやボールドウィン、タリ・カラさん、朱の大地の団長二人と共に開拓団の下へ移動する。
「いよいよ、開拓者対スケルトン戦の幕開けだな」
「腕が鳴るね」
ミツキがぐっと拳を作って夜空に突き上げる。
「一体残らずぶっつぶすぞー」
「おぉー」
ミツキと一緒になって気炎を上げるが、声の調子のせいでどうにも締まらない。夜中という事もあって大声を出すことになんとなく躊躇いがある。
先鋒が出発し、ワステード司令官率いる本隊が続く。最後に、ロント中隊長の部隊が出て、俺たち開拓者の番となった。
朱の大地が出発し、月の袖引くと青羽根が続く。俺たちは月の袖引くと青羽根の車両の横だ。
「スカイとスイリュウはまだ出すなよ。ギリギリまで魔力を温存したい」
俺は整備車両の助手席にいる整備士長やレムン・ライさんを通して二人の操縦士に伝える。
街道上で骨を埋めているスケルトンとは確実に戦闘になるだろうが、全部軍が片付けるだろう。
ボルスから追撃のスケルトン部隊がやってきても、俺とミツキの索敵魔術が反応してから精霊人機を起動しても十分戦闘開始に間に合うはずだ。
しばらく街道上を進むと、先頭の精霊人機がロックジャベリンを進行方向に放った。
ロックジャベリンは街道に着弾したのか、土砂が巻き上がる。
それを合図に、スケルトンと先鋒との戦闘が始まったらしく、魔術の光や剣戟の音が響いた。
整備車両の助手席から一部始終を見ていた整備士長が窓枠に肘を乗せる。
「ロックジャベリンを撃ち込んで埋まっている骨をまとめて壊したのか。軍は魔力に余裕があってなによりだな」
「僻むなよ。こっちも蓄魔石はいくつも準備してるんだからさ」
そう、河岸の防御陣地には蓄魔石の他、魔導鋼線などの部品、食料品も置いてある。二十四時間戦えますと言わんばかりの準備だ。
「軍の方はこれからマッカシー山砦で人間、それもかつての同僚相手に戦うんだ。ここは花を持たせてやろうぜ」
「それもそうだな――っと、終わったか」
整備士長が静かになった軍の先頭を見て呟く。
ロント中隊の方から伝令役の整備士君が走ってきた。
「街道上のスケルトンは殲滅。街道に埋められていたのはやはり、スケルトンの胴体だった。我々はこのままマッカシー山砦に向かう」
敬礼をした整備士君がそう報告し、続ける。
「ワステード司令官より伝言、この戦が終われば開拓者も本国から表彰される可能性が高い。表彰台を寒々しくしないよう、生きて帰ってこい、との事だ」
「とびきりでっかい表彰台を準備しておくように言っておいてね」
ミツキが軽口を返し、にやりと笑って続ける。
「整備士君からは何かないの?」
「べ、別に何もねぇよ」
「すごくツンデレっぽい」
ミツキが楽しげに手を叩く。
多分、この状況だと整備士君が何を言ってもツンかデレで片付けられるだろうな。
一瞬悔しそうな顔をした整備士君だったが、ため息を吐いて続けた。
「まぁ、なんだ。ベイジルさん達決死隊の時とは違って今回は呪ってないから、生きて帰ってきたら代わりにお前らに食事でもおごってやるよ」
「聞いたか、みんな! 整備士君が大枚はたいてみんなにうまい食事を奢ってくれるってよ!」
ここぞとばかりに俺は青羽根や月の袖引く、朱の大地に聞こえるように声を張り上げる。
「そこまで言ってねえよ!」
即座に整備士君のツッコミが入る。
「大丈夫だ、どうせみんな分かっている。単純に、緊張を和らげるために利用させてもらっただけだ」
俺は整備士君にだけ聞こえるように言って、ディアの頭を軽く叩く。
「後ろは俺たちが守ってやるから安心しろ。ほら、そろそろいかないと軍に置いてかれるぞ」
「ったく、こんな時でもお前らは」
ブツブツ言いながら、整備士君は軍の方へ走って行く。
整備士君の後姿を見送って、俺は開拓者たちに指示を飛ばす。
「方向を転換、ボルス側を朱の大地で固めてくれ。青羽根、月の袖引くは側面からの攻撃に備え、非戦闘員は車両と共に下がれ。陣形ができたら少しばかり移動する」
スケルトンたちと先鋒部隊が戦闘したせいでデコボコになった街道を乗り越える。月の袖引くも青羽根も悪路走破の技術が高いため、難なく車両ごと移動できた。
ちょうどいいデコボコなのでスケルトン相手の落とし穴として活用しようと、落とし穴を前にして陣を張る。
「スケルトンの追撃はこないな」
「やっぱりボルスに何か仕掛けてたのかな」
俺たち以外は何もいない街道を見回していると、ボールドウィンやタリ・カラさん、朱の大地の団長二人が俺たちのところへやってきた。
朱の大地の団長の一人が腕を組んで整備車両にもたれかかる。
「ここで朝を待つとして、その後はどうしますかな?」
「待機でいいんじゃね?」
ボールドウィンが欠伸を噛み殺してボルスの方角を見る。
「俺たちが依頼されてんのはスケルトンの駆逐じゃなくて、旧大陸派の殿だ。スケルトンが追撃してこないんなら、無理に戦う必要はないって」
「同感です」
タリ・カラさんがボールドウィンの言葉に同意する。
朱の大地の団長も分かっていて質問したのだろう。特に抗弁することなく頷いた。
「やはり、それが妥当でしょうな。スケルトンが襲ってきた場合は手筈通り、この街道を少しずつ下がって引きつけた後、月の袖引くを先頭に車両、我々朱の大地、青羽根と鉄の獣の順に河原へ向かう、と?」
「基本戦術はその通りです。ただ、河原へ向かう順番はその時の状況次第で変わります」
防御陣地に先回りされている可能性も一応は考えておかないといけないため、戦力をどう移動させるかは状況次第だ。
朱の大地の団長は采配を俺たちに任せると言ってくれた。
そうこうしている内に月も星も空から消えて、光源といえば開拓者たちの光魔術だけとなった。
夜明け前の最も暗い時間。
人間同士の戦争であれば、奇襲を仕掛けるには絶好のタイミング。
早く太陽が昇らないかと空を見上げた瞬間、遠くから爆音が轟いた。
「なんだ?」
音がした方角に視線を向ける。
炎による赤い光が森を焼き、真黒の空へ灰色の煙を上げていた。
「あそこは確か、野営地ですね」
タリ・カラさんの呟きに、誰かがごくりと唾を飲んだ。
もしも俺たちが街道上のスケルトンに気付かず野営地に残っていたら、あの爆炎に呑まれていたかもしれない。
「スケルトン共の奇襲か。あれで野営地から軍を追い立てて、この場所で挟み撃ちにするつもりだったんだろうな」
ボールドウィンが眉を寄せて、街道に開いた穴を見る。スケルトンの身体が埋まっていたこの場所は、もしかしたら俺たちや軍の墓場になっていたかもしれない。
ミツキが双眼鏡を取り出して野営地の方角を見る。
「ここにいたスケルトンは全滅しているから、作戦が失敗した事にも気付いてないんだね。あ、交通訴訟賞だ」
「ガシャ、な。こだわりがあるんだろうけど諦めろ」
ミツキの言葉を一部訂正しつつ、俺は対物狙撃銃のスコープを覗く。
森を焼く炎に照らされて、一体のガシャが野営地に踏み込み、きょろきょろと無人の野営地を見回している。
「両手ハンマーか。奇襲の失敗に気付いたみたいだな」
炎に照らされた両手ハンマーはカタカタと歯を打ち合わせる。
さて、どう動くか。そのままボルスに帰ってほしいんだけど。
「やっぱりこうなるか。全体、戦闘態勢! スケルトンたちが押し寄せてくるぞ!」
両手ハンマーが目指したのはボルスではなく、街道。
俺たちに逃げられたことに気付き、追撃に移るつもりだ。
俺は空を見上げる。まだ暗いが、両手ハンマー率いるスケルトン部隊が来ることには陽が昇り始めるだろう。
真っ暗闇での戦いはどうにか避けられるか。
「――ヨウ君、前見て!」
ミツキが声を上げ、街道の先、ボルスの方角を指差す。
まだ索敵魔術の範囲からも外れているというのに、この暗闇でもソレを目視できた。
超重量級遊離装甲セパレートポールを身に纏い、右手には四つ重なったタラスクの甲羅を構えている、大型スケルトン。
四重甲羅だ。
「先行してきやがったか。ボールドウィン、スカイを出せ!」
四重甲羅は歩兵で作った前線をボルスで蹂躙した事がある。歩兵集団を優先的に潰そうとする戦術眼の持ち主だ。早めに対処しないと朱の大地に被害が出る。
青羽根の整備車両の荷台からスカイが姿を現す。
ディアとパンサーが四重甲羅の接近を知らせる中、スカイは朱の大地の前に立つ。
「こいつを試す相手としては申し分ねぇな」
スカイから拡声器を通じてボールドウィンの声が聞こえてくる。舌なめずりでもしてそうな、獰猛さを含んだ声だ。
専用ハンマー〝天墜〟を肩に担いだスカイが腰を落とす。
「借りを返させてもらうぜ!」
ボールドウィンが啖呵を切ると同時にスカイが地面を蹴り、四重甲羅との戦闘を開始した。




