第五話 夜襲の兆候
整備士や従軍医が車両の中へ避難していく中、俺はその場にいた歩兵たちと連携してスケルトンに抵抗する。
ディア・ヒートを使用しているためスケルトンは俺の事を捉えきれていない。
ディアが角でスケルトンを撥ね飛ばし、地面に落ちると同時に頭蓋骨を踏み砕く。
その間にも、俺は対物狙撃銃の銃口をそばにいたスケルトンの眼窩に突き刺して引き金を引いた。
スケルトンの頭蓋骨が吹き飛び、後ろにいた別のスケルトンの頭が砕け散る。骨の破片と共に頭蓋骨の中に潜んでいる白い人型魔物パペッターの赤い血が四散した。
こんな味方陣地のど真ん中で対物狙撃銃をぶっ放すのは誤射が怖いが、四の五の言っていられるほど余裕のある状況でもない。
ヒート状態の急加速と急な方向転換を繰り返しながらちらりとスケルトンの足元を見れば、従軍医や歩兵の死体が散見される。
スケルトンの奇襲は大成功していた。
文字通りに降って湧いたスケルトンたちにより軍の後方は乱戦状態となっており、精霊人機は味方を潰してしまう恐れがあって迂闊に攻撃できない。
前線のボルス側に戦力を集中しており、遊撃部隊も右から来た敵と交戦中。
今この場にいる戦力は護衛として残っていた歩兵や狙撃手くらいのものだ。スケルトンたちの最大の狙いはどうやら俺のようだが、軍の狙撃手も優先的に殺して回っている。
魔術スケルトンというのも被害拡大の原因だった。
陣中で幾度も魔術を炸裂させられれば人間側はひとたまりもない。訓練された軍の歩兵だからこそロックウォールなどの魔術で防御できているが、防御で精いっぱいだ。
この場で最もスケルトンを討伐しているのが狙撃手である俺という時点で、組織的な抵抗ができていない事を如実に物語っている。
ディアを軽く跳躍させ、整備車両の側面を蹴りつけて高く跳び上がる。
眼下のスケルトンを銃撃で一体仕留めながら、圧空の魔術をスケルトンたちの中心に炸裂させる。
着地の際にスケルトンをディアの身体の下敷きにして頭蓋骨を砕き、正面のスケルトンを角で弾き飛ばす。ついでに右にいたスケルトンの頭蓋骨を対物狙撃銃の銃床で思い切り殴りつける。
ヒビも入らないのか、石頭め。
内心で悪態吐きながら、レバー型ハンドルを握り直す。
四方八方から飛んでくる魔術を置き去りにディアが急加速した。
視界の端で、軍の歩兵がスケルトンの胴体をロックジャベリンで砕いていたが、あまり意味はない。
砕かれた胴体から落っこちた頭蓋骨は次の瞬間、何事もなかったように地面の下に埋められていた予備の骨を得て活動を再開した。
まったく、呆れた不死身ぶりだ。転生者の俺が言うんだから間違いない。
頭数だけが物量ではないと言わんばかりにスケルトン側は歩兵を襲って行く。
気付けば狙撃手は避難を完了したらしく、車両の上には使い手を失った照準誘導の銃架があるだけだ。きっちり壊してあるあたり、スケルトンの執念のようなものが見て取れる。
悲鳴が聞こえて、俺は咄嗟に視線を向けた。
ロックウォールを乗り越えてきたスケルトンに歩兵が襲われようとしている。
だが、歩兵を襲っているスケルトンをあえて無視した俺は別のスケルトンをディアの突進で撥ね飛ばしておいた。
俺のそばで歩兵の腕を噛み切ろうとしたスケルトンの頭蓋骨が唐突に斬り裂かれる。
ミツキを乗せて駆けつけたパンサーがすれ違いざまに尻尾に付いた扇形の刃を振るったのだ。
「ごめん、遅くなった」
足元に転がったスケルトンの頭蓋骨をディアの足で踏み砕く俺に、ミツキが開口一番に謝る。
「いや、むしろ早いくらいだ」
ミツキが急いで駆け付けてくれたことは、パンサーの四肢から吹き上がる青い火花を見ればわかる。
パンサー・ヒート。ディアのそれと同じ原理ではあるが、元々の機動性がディアよりも優れているパンサーがヒート状態で駆けつけたのなら、誰もミツキ以上の速度で救援には来れないだろう。
ミツキはスケルトンが猛威を振るう陣中を見回して、自動拳銃を抜く。
「朱の大地が総出で駆けつけるって言ってたから、それまで頑張るしかないよ」
「ここからスケルトンが溢れ出すと前線部隊が挟み撃ちを食らうからな」
乱戦になっているこの場所で精霊人機は使えない。スカイやスイリュウも当然使えない以上、歩兵だけで団員が構成されている朱の大地は救援として適切だろう。
「可能な限りスケルトンの頭蓋骨を砕いて復活できないようにしてくれ。まだ予備の胴体が地面に埋まっている可能性が高い」
「分かった。でも、魔導手榴弾は使えないよ」
「乱戦だからな。ヒート状態で駆け抜けるだけでもだいぶ違うから、そこん所は割り切ってくれ」
「じゃあ、せーの!」
ミツキと息を合わせ、ヒート状態の精霊獣機二機による特攻を敢行する。
時速二百キロで突っ込む鋼鉄の獣は進路上のスケルトンを残らずなぎ倒す。
パンサーの尻尾が縦横無尽に振り回され、スケルトンの頭蓋骨を中のパペッターごと次々と両断していく。背に乗るミツキは自動拳銃を連射して、スケルトンの眼窩に銃弾を飛び込ませていく。銃弾の多くはスケルトンの魔力膜で逸らされているが、逸らされた先で別のスケルトンに命中している。
乱戦だからこそ、自動拳銃も威力を発揮していた。
だが、味方の歩兵がそばにいる場所ではミツキも銃撃を控えるしかない。
ミツキが銃撃を控えると同時に、俺は対物狙撃銃の引き金を引く。魔力膜で逸らされることのない音速超えの弾丸が遠方のスケルトンの頭を撃ち砕く。
パンサーが急停止すると同時に右前脚を軸にその場で一回転し、尻尾の刃で周囲のスケルトンを全て両断する。
白兵戦ではディアよりもパンサーの方がはるかに強力だ。ヒート状態のパンサーともなればなおさらで、強化された機動力と合わせて攻撃範囲や攻撃速度が格段に向上する。
軸にしていた右前脚の力だけでその場を跳び退いたパンサーは地面に後ろ脚が付いた瞬間に右へ跳び、伸ばした爪に青い火花を纏わせながらスケルトンを粉砕する。
あまりに攻撃のテンポが速すぎてスケルトンは防御姿勢さえ取れていない。
とにかくパンサーとミツキの猛攻を止めるのが先決と考えたのか、スケルトンが魔術を放とうとした瞬間に俺は対物狙撃銃の銃弾をお見舞いする。
白兵戦主体のパンサーとミツキに遠距離攻撃を妨害する手段はない。だからこそ、俺がいるのだ。
「ヨウ君、いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束でしょう」
軽口を叩く余裕さえ出てくる。
ヒート状態のディアで駆けずりまわっている時でさえなかった安定感で、俺とミツキは戦場を駆け回りながらスケルトンを狩って行く。
「――野郎ども、横列組んでスケルトンを押しつぶすぞ!」
戦場の端で威勢のいい声が上がる。
横目で確認すると、開拓団朱の大地が戦場に到着していた。
横二列になった朱の大地が戦場の端からスケルトンを確実に屠っていく。
形勢逆転の文字が脳裏をよぎった時、スケルトンたちが自らの頭蓋骨を持ち上げてボルスに向かって思い切り投げ飛ばした。
身体強化の魔術を利用した遠投に加え、おそらくは風魔術を使用しているのだろう。スケルトンの頭は不自然な軌道を描いてボルスの防壁を飛び越えていった。
「そんなのアリかよ……」
ばらばらと頭を失ったスケルトンの身体が地面に崩れ落ちる中、俺達人間側はあまりにも見事で奇抜な撤退方法に唖然とするしかなかった。
「ぼさっとするな。再利用されないうちに骨を全部砕け!」
朱の大地の団長二人が俺たちを一喝し、率先してスケルトンの骨を砕き始める。
早期撤退が始まったのはそれから約一時間後の事だった。
野営地の天幕の中ではワステード司令官や中隊長が苦い顔で腕を組んでいた。
「してやられましたね」
「人間であれば地下道作戦でしょうか」
「地下道であれば、精霊人機で踏み抜いて気付けた。それに、地下に動くものがあれば鉄の獣の索敵にも引っかかっていただろう。撤退方法も含めて、鮮やかというしかない」
頭蓋骨さえ無事なら活動可能、胴体の骨は何度でも流用可能というスケルトンの特性を最大限に生かした奇襲攻撃だった。
ワステード司令官が眉間を揉む。
「敵ながら見事の一言だ。あの奇襲方法は全く考えが及ばなかった」
「被害状況は?」
朱の大地の団長が訊ねると、ワステード司令官は深刻な顔で首を横に振る。
「二十人ほど死者が出た。従軍医や狙撃手も含まれている。人数以上に被害は深刻だ」
医者も狙撃手も人数が少ない割に戦場での貢献度が高い。軍全体でみると人的被害は大きかった。
「奇襲された場所が悪かった。戦闘員が少なかったからな」
「鉄の獣がその場に居合わせたから、この程度の被害で済んだ。もしも鉄の獣がいなければ、後方部隊の全滅の可能性もあった」
俺とミツキが倒したスケルトンの数はおおよそ三十。すべてが魔術スケルトンであり、戦果は大きい。
だが、痛み分けとするにはこちらの被害が大きすぎた。
遊撃部隊を指揮していた中隊長が悔しそうな顔をしているのに気付いて、ワステード司令官が声を掛ける。
「君は仕事を果たした。右翼を襲ったスケルトンの奇襲部隊に即時対応していなければ、軍全体は密集陣形を取らざるを得ず、魔術スケルトンの奇襲攻撃の被害もさらに大きくなっていただろう」
「……お気遣い、感謝します」
中隊長はそう言いながらも、やはり悔しそうな顔をしていた。
気を取り直す様に、ワステード司令官が会議机を囲むメンバーをぐるりと見回す。
「こんな状況だが、マッカシー山砦から連絡が入った」
中隊長たちが即座に反応し、ピリリとした緊張感が漂う。
ワステード司令官は中隊長たちが頭を切り替えたのを察して一つ頷き、続ける。
「新大陸派が決起し、マッカシー山砦内の間者と連動してマッカシー山砦を奪取したとの事だ。我々はこれより転進しマッカシー山砦の奪還に向かう」
「スケルトンに一杯喰わされた後というのが気になりますね」
中隊長の一人が呟く。
スケルトンの奇襲が成功したため、スケルトンよりも狡猾であろう人間と対峙すると兵たちの士気が上がらない可能性が高い。常に奇襲を警戒するのはいいが、警戒しすぎて目の前で起きている戦闘に集中できなくなるからだ。
ワステード司令官が俺たちを見る。
「本来は一度スケルトンたちをボルスの外におびき出してから開拓者諸君に後を任せる予定だったが、状況が変わった。可能な限り、兵たちにスケルトンの事を意識させたくない。ここに君たちを残し、我々は君たち開拓者に見送られる形で出発したい」
後方は開拓者が守っていると兵たちに意識させるためだろう。スケルトンの奇襲に対応したのが開拓者である俺たちというのも信用を後押しする。
俺はボールドウィンやタリ・カラさん、朱の大地の団長二人に承諾を取り、ワステード司令官の提案を受け入れる。
「軍の出発は明日になりますか?」
「いや、今から向かう。付近の村を制圧される前にマッカシー山砦を取り囲みたい」
「了解で――」
俺の言葉を遮る様に、天幕の外からパンサーの唸り声が聞こえてきた。
続くディアの鳴き声に、俺は半ば反射的に腰を浮かせる。
ディアとパンサーの索敵魔術を知る会議のメンバーも俺とミツキに続いて天幕の外に出た。
周囲の森へ視線を走らせるが、不審な影は見当たらない。歩哨に立っている兵たちも何かを発見した様子はなかった。
「ミツキ、パンサーの索敵魔術の設定は?」
「最大範囲になってる。焼けた魔導鋼線の交換をした後に設定したから間違いないよ」
「だとすると、かなり遠方からの接近か」
しかし、大型魔物の足音もしないのは少しおかしい。
俺はディアに跨って索敵魔術の設定を弄り、反応を探る。
「方角はボルスの反対、街道の辺り。大型魔物の他に小型もいるね」
同じようにパンサーの索敵魔術を弄っていたミツキの報告に、ワステード司令官が中隊長たちを見る。
「戦闘態勢を取らせろ。スケルトンが我らを挟撃するつもりかもしれん。先んじて叩きに行くぞ」