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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人
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第二十六話  専用新型機

 精霊人機は外側から遊離装甲、外部装甲、内部装甲で構成されている。

 一般的に、精霊人機を改造する際に手を付けるのは遊離装甲と外部装甲だ。

 人間で言えば筋肉に当たるバネなどの換装を行ったりもするが、ここまで手を付けるにはかなりの知識量と技術力が必要になる。とはいえ、精霊人機の整備担当者であれば経験と知識が十分に追いつくレベルなので、少し大きな開拓団であれば用途に合わせて改造している事も多い。

 だが、ここに新技術を織り込むような開拓団はまず存在しない。

 精霊人機は開拓団全体の命を預かる最終兵器であり、動作不良を起こしやすく実戦データもない新技術を迂闊に使用するなど自殺行為だからだ。

 そう言う意味で、圧空の魔術を多用し、魔導鋼線の代わりに魔導チェーンを使用しているスカイはまさしく新型機だし、ウォーターカッターを組み込まれたスイリュウもこの世界では玄人仕様の機体である。


「作ったのがコトとホウアサさんでなければ、死にたいのか、と素で聞かれるくらいだ」

「ふむふむ、それで?」


 さて、ここまでの説明でも一切手を加えられない部分が存在する。

 人間で言えば骨格に相当する、内部装甲だ。

 スケルトンを模して造られたこの内部装甲は、精霊人機のボディーバランスを大まかに決定し、関節の自由度の上限、耐衝撃性能や許容荷重量などのあらゆる性能の上限を決めることになる。

 部品一つとっても一切の妥協は許されず、迂闊に部品を変更しようものなら最悪、精霊人機が自重に耐えきれず潰れることもあり得る。

 部品一つ一つの特性を理解し、使用されている材料、製作した工房とその技術力、部品個々の相性、総合的な性能にいたるまで複合的に考えられるほどの知識量と頭脳が必要になる。

 これができるのは国営の研究開発所で丸一日精霊人機の事だけ考えているような正真正銘の開発最前線にいる技術者か、さもなければ設備の整った大規模な工房に勤める精霊人機開発専門の天才のみ。


「だから、コト達がやろうとしてるのは無謀というのも申し訳ないくらいの――って、きいてるか?」

「ふむふむ、それで?」


 俺は整備士長の長ったらしい話に相槌を打ちながら、倉庫に届いた内部装甲のパーツを確認する。

 それにしてもすごいな。注文してまだ五日しか経っていないのに俺が考えた通りの物が送られてくるとは思わなかった。ライグバレドの技術力は新大陸一だな。ついでにフットワークの軽さも。

 強度不足の物もあるが、これは単純に俺の理論が間違っていたからだろう。この辺りは没にして、別の物を考え直そう。複合素材って組合せだけでいくつもあって心が躍る。

 しかし、ライグバレドの連中もお茶目だな。ここぞとばかりにデータ取ってやがる。俺のところに結果を送って来るんだから別にいいか。


「コト、おいこら、話を聞け」

「おう、それで?」

「スカイの素体になった機体は最新鋭機ってわけじゃないが、それでも内部骨格まで大幅に弄った記録はほとんどない。この五日間ギルドでも調べたが記録がないんだ。そもそも、内部骨格っていうのは不用意に素人がいじくり回すもんじゃ」

「よし、まずは脚部から行くぞ」

「話を聞けえぇえ!」


 整備士長がうるさい。


「百歩譲って内部骨格を弄るのも、新素材を使った部品を発注するのも、この際いいとしよう。よくはないが無理やり納得もしよう。だが、部品を削るってどういうことだ!」

「どういうってこう――ガリっとだな」

「ああああ!」


 整備士長が頭を抱える。

 寸法や強度を計算して造られた内部装甲の部品を設計通りに削った事に驚くとはどんな頭してるんだろうか。

 俺はスカイの内部骨格として発注した部品の一つ、脚部の膝関節の接合部を削りつつ説明する。


「スカイは新型機で、外部に情報が洩れちゃ困るんだよ。だから部品もあえて寸法強度を狂わせて発注してる。ライグバレドに依頼したのもこのためだ。あそこの連中なら俺からの注文と聞けば寸法のおかしさも発注ミスとは思わないからな」


 ミツキから渡されたやすりで接合部を研磨し、整える。

 この程度の細かな修正なら手作業でも身体強化魔術を併用すれば難しくないが、大きな修正は月の袖引くにウォーターカッターを借りることになるかな。

 青羽根の整備士たちが青い顔をしながら慎重に部品を削り始める。精霊人機の部品はどれも高価だが、その中でも内部骨格は寸法などを発注通りに寸分違わず作るため値が張る。

 どの工房でも職人芸で仕上げられるその内部骨格の部品にさらに手を加えるため、青羽根たちの整備士たちは失敗しないように決死の覚悟だ。見ていてじれったい。


「ボールはあっち行ってろ!」

「バカ野郎、こっちにボールを寄越すんじゃねぇ!」

「こっちにもいらねぇよ。ボールは大ざっぱなんだから絶対に手ぇ出すな!」


 団長のはずなのに追い払われたボールがふらふらと俺たちのところにやって来る。


「コトー、ここにいてもいいか? 見てるだけにするからさ……」

「好きにすればいい。青羽根のみんなも慣れない作業で気が立ってるだけだ」

「――コトのせいだろうが!」


 青羽根の整備士たちが声を重ねて俺を糾弾してくる。

 別にいいじゃないか。何事も経験だ。

 ボールが俺の作業を見ながら口を開く。


「けどさ、内部骨格を弄ってどうするんだ?」

「最適化するんだ。もともと、精霊人機は複数の武器を扱えるように設計されてるし、操縦士を選ばない。だから、スカイを正真正銘ボールドウィン専用機に改造する。他の奴は乗れなくなると思え。ボールドウィン以外の操縦士を青羽根が迎え入れた場合には、ラックル商会の子飼いから分捕った機体を使えばいい」


 ガランク貿易都市から防衛拠点ボルスまでビスティの私物や運搬車両を運んだ際、ラックル商会の子飼いによる襲撃を受けた青羽根はこれを撃退し、精霊人機を鹵獲している。いまも一機は整備車両に放り込んであるはずだ。

 ボールドウィンがディアとパンサーに目を向けた。


「あの二機もコト達に合わせて最適化されてるんだよな」

「そうだ。身長体重はもちろん、左右の標的への反射速度、体重移動の癖も計測して盛り込んである。ディア・ヒートもパンサー・ヒートも乗り手が俺たちでなければ事故必至だ」


 魔導鋼線に限界以上の魔力を強制的に流し込んで焼きつかせながら、各部の魔導部品のスペックを限界まで引き上げるヒート状態。

 決闘後にパンサーにも組み込んだヒート機能は各部の反応速度も飛躍的に高める。


「例えば、通常状態なら右に曲がって左に曲がると考えるだけの余地があるが、ヒート状態なら右左って考えてないと事故る」

「良くわかんねぇけど、危ないって事だけは分かった」

「スカイにもヒート機能組み込んどくか?」

「やめろ」

「冗談だよ」


 精霊人機はもともと魔力消費量が激しいからヒート機能を組み込んでもあっという間に魔力切れを起こす。

 ヒートは精霊獣機だからこその機能だ。


「今回のスカイの改造はボールドウィンの癖を織り込んで操縦時の違和感を無くしたりするんだ。他にもハンマーを使う時により威力を出せるようにしたりな」


 まだ良く分かっていない様子のボールドウィンに苦笑したミツキが口を挟む。


「精霊人機から降りた時、縁ギリギリまでコーヒーを注いだカップを差し出されたら、ボールドウィンは受け取れる?」

「いや、怖いな。降りた直後はまだ感覚が戻ってないし、体の柔軟性になれてから……あぁ、そう言う事か」

「そう。精霊人機はどうしても肉体との齟齬があるからね。機械だから仕方がない面もあるけど、それでも世界中の操縦士の体格の平均値にあわせて設定された今の状態より、ボールドウィンに合わせた設定、設計にした方が扱いやすくなるし、疲労も少なくなる」


 ミツキは説明を省いたが、武器に関しても同じことが言える。

 剣や槍、斧といった武器も扱える精霊人機は悪く言えば器用貧乏だ。どの武器でもきちんと扱えるが、どれも十全に扱えるとは言い難い。

 専用装備ともなればなおさらだ。

 ボールドウィンへの説明が一段落終わった時、整備士長が声をかけてきた。


「コト、ギルドから新しい部品が届いたみたいなんだが、使い道が分からん。なんだあの布みたいな金属は」

「届いたか」


 俺は作業を切り上げて商品を確認しに向かう。


「ミツキ」

「はいさ」

「サンクス」


 短いやり取りの合間に差し出された蓄魔石と魔導核を受け取る。

 商品の金属布に接続して魔術を発動し、魔力の伝導率を見る。


「よし、完璧」

「それで、これは何だ?」

「ライグバレドのとある小さな工房の特許品だ。細かな網目構造になっていて、かなりの柔軟性を誇るって代物で、現在のところ発明した工房でしか製作できない正真正銘の職人技で出来た製品だ」


 研究資金のねん出に苦慮しているようだったので、融資する傍ら、ちょっとばかり注文して作ってもらった。


「聞いて驚け。従来の魔導鋼線と同等の伝導率を誇りながら、体積は何と三分の一に減少。さらに布とまでいかないまでも極端な柔軟性を誇るのだ」

「魔導鋼線の代わりって事か。欠点はないのか?」

「もちろんある。だが、ここで解決する」


 この魔導金属布は空気中に魔力を逃がしてしまう性質がある。網目構造が原因ではないかと工房からの手紙には書いてあるが、別に大した問題ではない。


「この魔導金属布をこう丸めて」


 クルクルと金属布を筒状に丸めて、俺は魔導チェーンを持ち上げる。


「それで魔導チェーンの引張強度を担保しているこのワイヤーの代わりに魔導金属布をねじり込む。よし、できた」


 これで、魔導金属布が空気中に逃がしてしまった魔力を魔導チェーンが捕まえて順調に供給してくれるはず。


「ヨウ君」

「へいよ」

「サンクス」


 魔導チェーンをミツキに引き渡すと、すぐさま魔力の伝導率を調べる実験が開始される。

 結果、見事に魔力の伝導率は魔導鋼線の二割増しという結果を叩きだした。魔導チェーンの体積分やや魔導鋼線よりも太くなってしまうが、スカイに使用する上で魔力伝導率二割増しの影響はかなりでかい。

 俺は整備士長に魔導金属布を詰めた魔導チェーンを見せびらかす。


「どうだよ、これ。三次元的な自由度は今までの魔導チェーンと変わらず、体積も変わらず、しかも伝導率二割増しだぜ? これだけでスカイのスペックは二割以上に強化される」


 スカイはただ腕だけで武器を振るうわけではない。込めた魔力の量で威力が大きく変わる圧空の魔術を使用した動作の加速機能がある。

 今までの二割増しの魔力伝導率をもってすれば、ハンマーを振るう速度だけは従来の三割以上は見込めるだろう。武器にかかる空気抵抗は今までと変わらないのだから。

 だが、武器を速く振るうという事は的に直撃させた時の反動も必然的に大きくなる。


「さぁ、骨格の強化を始めよう」


 すでに削り出しなどの調整も終わった為、スカイを仰向けにして換装を始める。

 遊離装甲、外部装甲はもちろんの事、各種バネやクランク、歯車なども外す大がかりな準備を経て、内部装甲を組み合わせて換装していく。


「おい、コト、本当にこの部品で大丈夫なんだろうな」

「大丈夫かどうかはさっき調べただろ。剛性とか、全部設計通りだった」

「その設計もコトが担当してんだ。自重で潰れるなんて初歩的なミスはしないだろうが、腕を振った瞬間千切れ飛ぶようなことはないだろうな」

「大丈夫だって。大分余裕を持たせて設計してるし、千切れ飛んだりしないよう計算してお前らにも見せただろ」


 心配性な整備士長をよそに、内部装甲が順調に組み上がって行く。

 今回使用する内部装甲は鋼と魔導合金の複合素材でできている。市販品にも同じ材料を使った物があるのだが、寸法を変更して発注したため共振現象が起きても責任は取らないと工房からの手紙に書いてあった。

 手紙に固有振動数なども書かれており、俺とミツキも現物でデータを取っているため問題ない。

 腕、肩、手首、股関節、膝、足首関節を接続する際に、担当していた整備士が俺を見た。


「ここの空間ってなんだ? 何か詰めておくのか?」

「エアリッパーを組み込む場所だ。いまは無視して、一度全体を組み上げてくれ。おかしな削り方をしている場所もあるかもしれない」


 内部装甲を削るなんて初めての経験だからな。

 組み上がった内部装甲を見て、ボールドウィンが腕を組む。


「これだけでも見た目が変わったのが分かるな。肩幅と腕が長くなって、足も膝関節が上に上がってる」

「重心は今までよりもやや下になってるけどな。脚に使う内部装甲は他と違って太い上にクルップ鋼を使ってる。敵に蹴りを入れても内部装甲に傷は付かないから遠慮なく蹴り技を使え」

「マジか。開拓学校時代は蹴り技使いまくってたけど、青羽根を立ち上げてからは封印してたんだよな。整備班から怒られるからさ」


 ボールドウィンが嬉しそうに言うのに、整備士長が呆れたような顔をする。


「当たり前だ。蹴り技なんか多用したら戦闘の度に内部装甲の状態を見なきゃならなくなるんだからな。まぁ、今回のクルップ鋼はひたすら硬いのが売りだから、多少の蹴り技では傷一つ付かねぇよ」


 整備士長のお墨付きをもらったボールドウィンが「よっしゃ」と拳を天井に突き出す。

 整備士長が苦笑しながらボールドウィンを指差して俺に声をかけてきた。


「ボールの奴、開拓学校時代はハンマーを振り抜いた直後に反動を使って蹴り技を使ってたんだ。内部装甲の点検が必要になるから、こいつの訓練時間だけ朝に設定されてたんだぜ」

「筋金入りだな」

「蹴り技を使っていた事は想像がついてたのか?」


 整備士長の言葉に頷く。


「ボールドウィンがスカイを動かすときの癖なんだが、ハンマーを振る時に肩の線を腰の線に対して斜めにするだろ。あの癖は振り抜いた勢いのままに体を反転させる前段階の動作だ。右足での蹴りが多いんだろ?」

「よく見てるな……」

「何回同じ死線を潜ってると思ってる。精霊人機なんて目立つ物の動き把握してて当然だ」


 足元をうろちょろする機動兵器、精霊獣機乗りなら当然である。でなければ踏み潰されてご臨終だ。


「そんなわけで、今後は遠慮なく蹴り技を使うと良い。圧空での補助もあるから、強烈で鋭い一撃になる。エアリッパーで衝撃をある程度は吸収するから、内部装甲以外への損傷も抑えられる。これから金属布を使ったりもするしな」

「本気でボールドウィン仕様のスカイになるんだな」


 整備士長が何とも言えない顔でボールドウィンとスカイを見比べた。



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