第十四話 特許品パレード
決闘場にはライグバレドの自警団が訓練に使う訓練場が当てられた。
精霊人機によって踏み固められたむき出しの地面には雑草がまばらに生えているばかりで障害物、遮蔽物の類は一切ない。狙撃手の俺には明らかに不利なステージである。
救いがあるとすれば、精霊人機が複数でも訓練できるようにと広く作られている事だろうか。東京ドーム何個分だ、これ。
北側には観客席がある。普段の訓練であれば教官に当たる人物やライグバレドの有力商人、技術者や整備士たちが座る場所だ。
俺たちが決闘の噂を大々的に流したため、観客が多数詰めかけており、観客席には立ち見客さえ出ている。
観客のほとんどが技術者や研究者であり、決闘の行方もさることながら俺が持ち出す兵器を見物に来た者も多い。
しかしながら、観客の中にはこの理不尽な決闘に憤りを感じている者も多数いる事を俺は知っている。他ならぬ俺がミツキと共に味方を増やしてきたのだから。
「危なくなったら決闘を台無しにしてでも助けに行くからね」
ミツキがパンサーの周囲に魔導手榴弾を浮かべながら宣言した。
「まぁ、ミツキの出番はないだろ。そのために準備してきたんだし」
アンヘルが精霊人機の操縦士として高い技能を有している事は知っている。
調べたところでは、アンヘルは機剣流の免許皆伝を持つ精霊人機乗りであり、国軍に居れば精霊人機部隊を率いるに足る能力を持っているという。今回は決闘であるため、指揮能力は考慮されないが、それでも操縦士としての腕は確かだろう。
だが、専用機でもない精霊人機が対応できる程度の戦力でこの決闘に臨むほど、俺は命知らずではない。
「とりあえず、ボコボコにしてくる」
俺はディアを起動し、自走空気砲と鳥型精霊獣機が格納されている〝烏合の集合住宅〟を走らせる。
決闘場に現れた自走空気砲と烏合の集合住宅を見た観客席が早くもどよめいた。
今まで存在しなかった自走する兵器を初めて見たのだから当然だろう。研究者や技術者が眼を皿のようにして自走空気砲を見つめている。
自走空気砲は高さ二メートル、幅二メートル、砲身は全長二メートルと試作品と変わらない大きさだ。しかし、試作品とは違い、防御力を上げるために遊離装甲を使用している。
しかも、自走空気砲の遊離装甲はミツキ発案の特許品である。空気砲、自走魔術、遊離装甲と三つの新たな特許で構成されているため、耳目を集めるのも当然だろう。
俺は烏合の集合住宅のレバーを引き、鳥型精霊獣機テールが飛び出せるようにしておく。
着々と準備を整えていると、決闘場の反対側から黒味がかった緑の精霊人機が現れた。肩にファーグ男爵家所有機体であることを示す紋章が銀色に輝いている。
アンヘルの精霊人機、ガエンディだ。
市販されている精霊人機の中でも特に大柄な機体に大幅なカスタマイズを施している。
ファーグ男爵家の精霊人機部隊、その隊長が乗る機体だけあって、かなり金を掛けてパーツを高性能な物へ交換している様子がうかがえた。
遊離装甲は維持するだけでも魔力を大きく消費する重量級であり、ガエンディが積んでいる蓄魔石の品質の高さを窺わせる。機体を覆う外装も魔導合金製だろう。石でも投げて反射音を聞けば判別もつくだろうが、決闘が開始されていない今の段階で投げるわけにもいかない。
腕や脚は精霊人機の体格に比べてやや細い。全体重量を軽減するため部品を交換したのだろう。何を使ったのかも大体想像がつく。
左手に提げた魔導合金製の長剣を扱うため、瞬発力を上げ、代わりに不便のない程度で筋力に当たる出力を犠牲にしたのだと分かる。
全体から金と努力の匂いを感じ取れる機体だ。
だが、
「あんまり技術力は高くないんだな」
俺としては、ファーグ男爵家が威信をかけてこの程度か、という失望が大きい。それは俺だけでなく観客としてきている技術者や研究者も同じらしく、どこか残念そうな顔をしていた。
技術祭で十四の特許品を展示し、日を置かずに新たな特許品の塊を決闘場に持ち込んだ俺の実家と聞けば、どんな奇々怪々な代物が飛び出すのかと期待するのも当然だ。そして、期待を裏切ったファーグ男爵家の心証は確実に悪化した。
このライグバレドで最も重視されるのは操縦士の腕ではない。どんなへぼ操縦士が乗っても力を発揮できる技術の塊こそが尊ばれるのだ。
ガエンディに乗っていても観客から歓迎されていない事を感じ取ったらしく、アンヘルが声をかけてくる。
「始めてもいいですか、坊ちゃん」
「見届け人くらい待とうよ。血に飢えた獣じゃあるまいし」
「獣は坊ちゃんの方でしょう」
「俺のディアが血肉を啜るように見えるのか? 眼科に行った方が良いぞ」
鉄の獣は肉を食わないのだ。
俺の減らず口に呆れのため息を吐いたアンヘルが背後のファーグ男爵に声を掛ける。
「決闘である以上、殺すことになると思います。よろしいんですね?」
「構わん。ファーグ男爵家の恥さらしだ。速やかに殺せ」
人の親とは思えない発言である。互いに親とも子とも思っていないのだから、ある意味正しい姿かもしれない。
観客席の人々にどう思われたかは、推して知るべしだ。
俺が兵器の準備を終えると同時に今回の決闘で見届け人を務めるギルド支部長と技術祭運営委員長の商会長がやってきた。
二人は俺たちの準備が整っていると知ると、安全な場所に立って開始の銅鑼を鳴らす準備をする。
俺は対物狙撃銃の引き金に手を掛け、ディアの背中からアンヘルの機体を見つめた。
「それでは、相手の戦闘不能か、降参の意思を以て決闘の終了とする。双方、準備はいいか?」
「どうぞ」
商会長の言葉にアンヘルが返す。
俺の方も見た商会長とギルド支部長を見返して、俺は口を開いた。
「戦闘不能ってのはどういう状態を定義してるんですか?」
まさかこのタイミングで質問されるとは思っていなかったのか、商会長とギルド支部長は一瞬硬直した。
俺はアンヘルの機体、ガエンディを指差す。
「精霊人機同士の戦いなら、相手の機体を破壊した時点で終わるんだと思います。生身で精霊人機を倒すのは無理でしょうから。でも、俺は精霊獣機に乗ってるので、生身でも騎乗者の俺を直接狙って攻撃できる。俺がアンヘルの機体を破壊しても、戦闘は続行とみていいですか?」
俺の説明を聞いて、ようやく理解に及んだのだろう。商会長はギルド支部長を見た。
「どうしますか。生身でも倒せない事はないと本人が言ってますが」
「戦闘続行でよろしいのでは?」
「では、そういたしましょうか。アンヘル殿も構いませんね?」
商会長の言葉に、アンヘルは拡声器越しにため息を零した。
「あぁ、それでいいですよ。無意味な想定だとは思いますがね」
「では、今度こそ、よろしいですね?」
商会長の言葉に頷きを返す。
商会長が片手を挙げ一気に降ろすと、ギルド支部長が鳴らした銅鑼の音が大きく響き渡った。
直後、ガエンディの真上に全長三メートルほどのロックジャベリンが生み出され、射出された。
射出されたロックジャベリンは猛然と空中を突き進み、自走空気砲を貫かんとする。
精霊人機が放つ魔術は大型魔物に対しても有効打を与えられる強力な物だ。二メートルほどの高さしかない自走空気砲が破壊されるのは自明の理――なわけがない。
「――なっ!?」
観客席がどよめく。
ガエンディのロックジャベリンに対して、自走空気砲は遊離装甲を展開し、防ぎきったのだ。
通常の遊離装甲であれば難なく貫通していただろうロックジャベリンは自走空気砲の纏う折り紙式遊離装甲をわずかにへこませただけだった。
ミツキ発案の折り紙式遊離装甲は、普段は小さく折り畳まれて周囲に浮かんでいる。
しかし、迎撃魔術で敵の攻撃を検知するや否や即座に〝展開〟して広がり、つづら折りになった別の折り紙式遊離装甲を挟んで驚異的な防御力を発揮する。
タラスクの甲羅を破壊できるレベルの威力で攻撃しなければ本体である自走空気砲へは届かない。
「さぁ、アンヘル!」
俺は対物狙撃銃を〝烏合の集合住宅〟についたスイッチへ向け、声を張り上げる。
「――技術格差に見下される覚悟はできたか?」
対物狙撃銃から発射された弾丸が烏合の集合住宅のスイッチを押し、内部に格納されていた鳥型精霊獣機テールを起動させる。
鳥型精霊獣機、テールが一斉にはばたいた。
翼の端から端までの長さが一メートルになるテールが三十機、一斉に飛び立ち、空を埋め尽くす。
唖然とした顔で見上げる観客には目もくれず、テールは自動追尾術式に従ってアンヘルの機体、ガエンディに殺到した。
「ちっ、邪魔くさい」
アンヘルの声が聞こえたかと思うと、ガエンディが勢いよく長剣を振り抜いた。
だが、時速百七十キロで飛行するテールを斬り落とすことなどできはしない。ダメ押しに索敵魔術での常時回避が発動しているのだ。
ガエンディの遊離装甲をかいくぐったテールが尻尾の先についた鉄球でガエンディ本体の装甲に打撃を加える。
ガエンディが即座に一歩下がってテールを遊離装甲に巻き込んで墜落させようとするが、テールはすでに上昇してガエンディから距離を取っている。
「小細工ばかり!」
大したダメージを受けないからこそ、飛び回って視界の邪魔をするテールには相当イラつくだろう。だが、動きに慣れてきたのかテールを一機斬り落として見せた。
俺は対物狙撃銃を自走空気砲へ向ける。
「次は、大細工なんてどうだよ?」
俺が引き金を引いた直後、自走空気砲が砲弾を射出する。
音で気付いたのだろう、ガエンディは驚異的な反応速度で長剣を正面に構えて盾にした。
長剣に砲弾がぶち当たると同時に砲弾内部に充填されていた粘着物が長剣の腹にべったりと付着する。
次の瞬間、テールが三機、急激な方向転換をして長剣の腹に付着した粘着物へ向かう。
俺は片手を空に掲げ、高らかに声を張り上げた。
「――復活せよ、スライム!」
テールが長剣に激突する直前で急上昇し、腹部のハッチを開く。
腹部のハッチからテールに搭載されていた貯水タンクが投下され、粘着物に直撃して破裂する。粘着物がボコリと盛り上がり、波打った。
直後、粘着物の中に封じ込められていた仮死状態のスライムが復活し、渇水の反動から急速に水を吸い込んで膨張、己の魔力を消費してまで降ってもいない雨を受け止めようと大型化する。
「紹介しよう。フリーズドライ経験者のスライムちゃんだ」
フリーズドライ、食品の保存技術の一つで急速冷凍後に真空条件下で急速脱水を行うインスタント食品等で日本人になじみの深い技術だ。
凍結魔術、アイシクルとカノン・ディアにも用いた真空砲技術の応用で活きの良いスライムをフリーズドライし、自走空気砲の砲弾内に仕込んでおいた。
スライムは水を失うと仮死状態となるが、仮死状態で水を受けると急速に膨張して水を補給しようとする性質があるとビスティに聞いて試した結果がこれである。
俺の前には突如現れた体長五メートルほどのスライムに長剣を奪われたガエンディがいた。
見上げんばかりの巨大なスライムは弾力のある体をブルブルウネウネと気味悪く動かしながら、目につく障害物ガエンディにのしかかろうとする。きめぇ。
観客席は突発的な大型スライムの出現に騒然としている。
だが、俺が用意したスライムが一匹だけだと思ったら大間違いだ。
俺は自走空気砲のスイッチを対物狙撃銃で撃ち、次弾を砲撃させる。
アンヘルも、自走空気砲の砲弾を受けるのはまずいと分かったのだろう、即座にガエンディを右に走らせて回避を図る。
だが、アンヘルにとっては残念なことに自走空気砲には照準誘導の魔術が搭載されているのだ。
足を止めた一瞬の隙に砲弾が炸裂し、テールが貯水タンクを投下、大型スライムを復活させる。
自走空気砲が砲弾を撃ち尽くした時、ガエンディは三体の大型スライムに囲まれていた。
フリーズドライの影響で仮死状態どころか絶命したスライムもいるため、本来十体いるはずの大型スライムの内七体は全長七十センチほどになって屍を晒している。
ガエンディは遊離装甲をスライムの体内に取り込まれ、外部装甲だけの姿となっていた。それでもみすぼらしく見えないのは肩に施された銀の紋章のおかげだろう。
あとは放っておくだけで大型化したスライムに押しつぶされて戦闘不能になる。
「ふっ、他愛もない」
圧倒的ではないか、我が軍は。特にスライムちゃんズが今日のMVPだ。
ガエンディがスライムに取り囲まれ、テールが一斉に攻撃に移る。
ガエンディにはもはや逃げ場はない。
俺が勝利を確信した時、それは起こった。
突如、体長五メートルの大型スライム三体の身体が体内の水を噴き出して破裂する。
時を同じくして、ガエンディに近付いたテールが回避行動もとれないまま胴体から真っ二つに破断し、墜落する。
「……は?」
大型スライム三体とテール三十機が一瞬で撃破された眼前の状況が理解できず、俺は間抜けにも声を漏らす。
ガエンディがスライムの粘液が付いた長剣を拾い上げ、一振りして粘液を吹き飛ばす。
「――神聖な決闘の場に玩具を持ち込み過ぎではございませんか?」
ガエンディの拡声器越しに、アンヘルの声が聞こえた。
余裕ぶった声だ。戦況が逆転したことを確信した者の声だ。何が起きたのかも分からないだろうと馬鹿にする声だ。
――だが、そんなことはどうでもいい。
俺はスライムの死骸とテールの残骸を見る。
破裂する間際にスライムの身体に走った無数の切れ込み、胴体を破断されたテールの歪な断面。
カマイタチのような鋭い斬撃によるものではないのは一目でわかる。テールの破断面の歪さは左右に力いっぱい引き千切った時にできる物だ。
だが、鳥を模して造られたテールを左右から引っ張れば先に破断するのは翼のはず。胴体を真っ二つにされたのなら、力はテールの機体全体を包み込むようにして加えられたことになる。
スライムやテールを撃破する直前にガエンディが武装を使った形跡はない。攻撃が物体を用いた物であれば、索敵魔術で回避行動をとるテールが反応しなかったはずがない。
つまり、先の攻撃は魔術によるもので間違いない。
俺は対物狙撃銃のグリップを強く握りしめた。
ガエンディが一歩踏み出し、俺との距離を詰める。
俺はディアのレバー型ハンドルを片手で握り、ガエンディの後ろ、ファーグ男爵を睨みつける。
「魔力流動膜術式で魔力膜内に入った対象物を魔力で包み込み、左右に魔力膜を流動させる事で対象物を破壊する」
俺が声を張り上げてテールとスライムを撃破したガエンディの絡繰りを暴露すると、ファーグ男爵が僅かに眉を上げ、鼻で笑った。
ガエンディからアンヘルの声が聞こえてくる。
「一度見ただけで理解するとは、開発者だけありますね」
「――下種野郎が」
今回ばかりは本気で頭に来た。
「お前らに特許の使用許可は出してないはずだ。特許侵害とは良い度胸してんじゃねぇか」
ファーグ男爵の考えが読めない。
ここは技術と特許で成り立つと言っても過言ではないライグバレドだ。
ファーグ男爵もアンヘルも貴族社会に染まりすぎたのか?
家父長制が絶対の貴族社会でなら、勘当したとはいえ息子である俺の特許を侵害したところで特に気にするようなことではないのだろう。どの道この決闘で死ぬのだから、とも思っていそうだ。
だが、いくらなんでもファーグ男爵が特許侵害を理由もなくするとは思えない。明らかにファーグ男爵家の名誉を貶める行為だからだ。
ライグバレドにおけるファーグ男爵の行動はただ強引というだけでは済まされない。どう考えても支離滅裂で理解ができない。
何か別の目的があるような気がする。特許も、俺の命も、ファーグ男爵家の名誉さえ考慮していられないような、何かが。
いずれにせよ、この決闘に勝利してから考えるべきか。
「俺たちの技術を悪用してんだ。覚悟はできてんだろうな!?」
糾弾する俺にかまわず、ガエンディが左手の長剣を振り被った。