第十二話 マナー違反
無事に技術祭が終了し、展示会場の片づけを済ませた俺とミツキは借りている倉庫へ移動した。
青羽根と月の袖引くから届けられた鳥型精霊獣機テールが現在十機、さらにディアに使用する部品が予備も含めて揃っているため、倉庫内はかなりごちゃごちゃしている。
護衛のためについてきていたデイトロさんが回収屋の団員に号令をかける。
「アカタガワ君の命がかかってるんだ。みんな、気合を入れて手伝うよ」
張り切って工具を出してきた回収屋の団員が俺を見る。
「それで、何から手伝えばいい?」
「申し訳ないですけど、手伝ってもらう事ないんです……」
張り切っているデイトロさん達に悪いと思いつつ、俺は答えるしかなかった。
部品はすでに届いているし、俺自作の部品に関しても技術祭の合間に加工を終えている。
全長七メートルの巨人である精霊人機とは違い、ディアは体高一メートル半、体長は二メートル半と比較的小柄な機体だ。何人もの整備士で囲んでも互いが邪魔になるだけである。
加えて、ディアは俺とミツキが協力して幾度となく改良を重ねたため、各部の調整がきわめて複雑なのだ。どうせ俺かミツキ以外に触るものなどいないのだから、と調子に乗った結果、専門性が求められる事態になっている。
今回は設計図も一新して大幅な改造を施すことになっているが、この設計図も時間がなかったためにあちこち省略している。俺とミツキなら読み取れる範囲だが、門外漢の回収屋には理解できないだろう。
そんなわけで、回収屋には護衛だけを頼んで、俺はミツキと共にディアを一度分解する。
前足を破壊された痛々しい姿のディアは四肢を分解され、頭を取り外されたりとなかなかに猟奇的な有様になった。まぁ、機械だから血の一滴も流れないのだが。
「蓄魔石と魔導核周りから組み立てよう。今回の改造の肝だしな」
「今までの蓄魔石はどうする?」
ミツキがディアから取り出した蓄魔石を抱えて訊いてくる。
今回の改造では蓄魔石を大型のものへ変更している。魔力消費量が今まで以上に上がってしまうため、継戦能力を維持するには必要な処置だった。
「デュラにあるミツキの家に設置する精霊獣機用に取っておこう。テールに乗せるには大きすぎる」
「分かった」
ミツキに運ばれていく蓄魔石を見送って、俺は新しい蓄魔石を用意する。精霊人機に使われる物と同等の大きさの蓄魔石だ。
大きさを細かく測って事前に行った計測結果と照らし合わせ、狂いがない事を確認する。
確認を終えた蓄魔石と魔導核を魔導鋼線で接続する。もちろん魔力伝導高速化を施してある。
魔導核と蓄魔石をディアの胴体に組み込み、衝撃を吸収するためのクッションを設置する。
「猿の手も借りたい?」
ミツキがモンキーレンチを片手に訊ねてくる。ちょうど欲しかった事もあって受け取った。
モンキーレンチを使い終わる頃にはディアの胴体を覆う魔導合金製の鋼板を持ってきてくれる。
俺が声を掛けずとも必要な物を持ってきてくれるミツキに感謝しつつ、ディアの胴体を完成させ、狂いがないかを改めて測る。
胴体が完成したら、今度は脚に移る。
「案外軽いな」
脚に使用するために買ってきた魔導合金製の装甲板の重量を測る。以前まで使っていた鋼と比べると二十パーセントほど軽い。しかも、断熱効果があるという。
ミツキが設計図を眺めながら魔導鋼線を手に取る。
「これ、注文したやつより薄いよ。粗悪品ってわけじゃないけど、このまま使うとすぐに焼き切れちゃう」
「注文し直しだな。予備部品の方は?」
「今もってくる」
ミツキが持ってきた魔導鋼線を足回りに配置して、胴体と接続する。今までの倍に増えた魔導鋼線のおかげで、ディアの足はすこし太くなった。
「うむ、美しい」
ディアの前で両手を広げて悦に入っていると、デイトロさんが不可解そうに首を傾げていた。
「いまの足、魔導鋼線を半分にしても良かったんじゃないのかい?」
「通常の戦闘行動なら半分で十分ですよ。実際、今まではそうでしたから」
今回、魔導鋼線の数を倍にしたのには理由がある。そして、その理由こそが蓄魔石の大型化を招いたのだ。
まだ試験運用さえしていないが、確実にディアのスペックが上昇する仕組みである。乗りこなせるのは俺かミツキくらいになるだろうが、他に騎乗者もいないのだから別にかまわない。
「ミツキ、魔導鋼線の発注書を書いておいてくれ」
「あいさー」
パンサーの背中に発注書を乗せてペンを走らせるミツキを横目に、俺は首回りの組み立てに移る。
カノン・ディアや照準誘導の魔術、自動迎撃術式を使用するための首は多機能ながら作りはシンプルに済ませている。
首回りに精密部品を使ってしまうとカノン・ディアの反動で容易に壊れてしまうため、基本的に大きな部品ばかりを使う事になる。
脚にも組み込んだエアリッパーも首に設置する。エアサスペンションよりも作りはシンプルで高い効果が見込める上に体積の小さなエアリッパーは、カノン・ディアの反動軽減に用いられる。魔力消費量が多いのが玉にきずだが、こればかりは仕方がない。
頭、角、と組み上げて、胴体に接続すれば完成だ。
時刻は十九時を回ったところだろうか。昼食も摂らずに没頭していたとはいえ、一日で組み上がるとは思わなかった。
屈んでの作業が多かったため、軽く屈伸運動をして脚の筋肉をほぐす。
一息つくと途端に空腹を覚える。
ミツキが倉庫の中を見回して困ったように首を傾げた。
「何か作りたいけど、倉庫の中じゃ調理は出来ないよね」
まして、回収屋もいるとなると食材がそもそも足りない。
「どこかの店で食べようか?」
「そうだね。甘い物食べたいし」
ミツキが乗り気で応えた直後、パンサーが索敵魔術の反応を知らせた。
パンサーの唸り声にデイトロさんたち回収屋が即座に動きだし、倉庫の出入り口を睨む。団員を二手に分け、魔術での十字砲火が可能な位置取りだ。
俺は組み上がったばかりのディアに跨り、パンサーに乗ったミツキと肩を並べる。
全員が戦闘態勢を整えた時、倉庫の扉がノックされた。
「ギルドから来ました。鉄の獣さんにお手紙です」
一瞬、気を抜きかけたが、ギルドでファーグ男爵とアンヘルの居る応接室へ案内された時の事を思い出して気を引き締め直す。
「差出人は?」
「マッカシー山砦司令官ワステード様から、です」
扉越しに訊ねると、戸惑ったような声で訪問者が答えた。
デイトロさんが俺に目配せしてくる。回収屋に扉の開閉を任せろという事らしい。
「お願いします」
外に聞こえないよう、小さな声でデイトロさんに頼む。
一つ頷いたデイトロさんが扉に歩み寄り、外の気配を探ってから扉を開いた。
扉の前にいたのはギルドの職員が一人だけだ。
倉庫の中に俺とミツキだけでなく回収屋もいる事に驚いた様子の職員は、一瞬だけ不安そうに背後を振り返った。
「……あの、手紙を届けた自分までファーグ男爵に襲われたりしませんよね?」
職員が不安そうにデイトロさんに問いかける。
デイトロさんは職員の質問には答えず、外を一瞥して敵がいないのを確認してから職員を倉庫へ招き入れた。
俺はディアから降りて職員が持ってきた手紙を受け取る。
「――封を切られているようですが?」
手紙の封蝋が潰れていたため、職員に鎌を掛ける。
視線が泳いだ一瞬を見逃さず、グラマラスお姉さんが職員を床に組み伏せた。
「誰が封を開けた?」
デイトロさんが職員の前に屈み、凄みを利かせて問いかける。この手の脅しは童顔の俺やミツキには出来ない。
職員はデイトロさんと俺の間で視線を行き来させて、観念したように口を開いた。
「ファーグ男爵です。ギルドにファーグ男爵家の方が常駐していて、鉄の獣に関するあらゆることを調べておいでなので」
「それで、鉄の獣宛の手紙を勝手に引き渡し、あまつさえ開封させた、と? ライグバレドのギルドが?」
「そ、そうです」
「デイトロお兄さんは嘘が嫌いなんだけどなぁ」
口元だけで笑ったデイトロさんが職員の首を正面から掴んだ。
「ライグバレドがどういう街かはデイトロお兄さんも良く知ってるんだ。軍だとか、国だとか、貴族だとかに屈しないこの街の気質をよく、それはもう、よく知っているんだよ。飛蝗のグラシアを技術祭で展示するときに国と揉めたからね。あの時はここのギルドにも世話になったんだ」
「――飛蝗!?」
職員が眼を見開く。目ん玉が零れるんじゃないかと心配になる驚き振りだった。
開拓団〝飛蝗〟の団長マライアさんの愛機、グラシアは国軍の専用機を相手に戦える新型機だ。
新型機認定されていない月の袖引くの精霊人機スイリュウでさえお呼びがかかったこの技術祭に、開発直後のグラシアを展示してほしいと依頼された事があったのだろう。
開拓団〝飛蝗〟の悪名を知っているのか、職員は青い顔をしている。当時に何があったのかはあまり聞かない方が良さそうだ。
デイトロさんは職員の驚愕と畏怖に付け込む様に声音をやさしくする。
「大丈夫、デイトロお兄さんは今回、飛蝗の副団長としてではなく回収屋の団長としてきているんだ。ギルド内に、開拓者に仇なす貴族様を応援する裏切り者が何人いるか、それを教えてもらいさえすれば酷い事にはならないよ」
どうかな、とデイトロさんが首を傾げて問いかけると、職員はやや逡巡した後で口を開いた。
「自分はただファーグ男爵の使いから手紙を預かっただけで……」
「アカタガワ君、その手紙をこの職員に開けさせると良い。毒が仕込んであるかもしれない」
おっかないなぁ。
指先で摘まむようにして、職員に手紙を渡す。
デイトロさんは職員の靴紐を結んで逃げられないようにした後、目を瞑って手紙を開けるように指示した。
指示通り、恐る恐る封筒を開けた職員が封筒の中から手紙を取り出し、広げる。毒や針が仕込まれている様子はない。
念のため床の上に置かせてから、内容を読む。
「えっと、了解した。対物狙撃銃の準備はまだできていないため、準備ができ次第連絡する。運用方法をまとめておいてほしい、か」
ワステード司令官の筆跡は分からないが、まず間違いなく本人が書いた物だろう。現状で対物狙撃銃の重要性やその運用方法を俺に訊ねる姿勢は撤退戦を生き残った人間でなければとらない。
俺はミツキと顔を見合わせる。
俺がワステード司令官に送った手紙は、新大陸派の人間が魔導核の市場操作を行っている可能性がある事を示唆する物だった。今回の返事では一切触れられていないし、明らかに会話が噛み合っていない。
だが、手紙が紛失している様子はない。手紙には拝啓と敬具が書き添えられており、二枚綴りの片方だけがない、という状況は考えにくい。
ワステード司令官に届いた手紙にも何かあったのか、それともこちらに配慮したのか、どちらかだろう。
「ちょっと迂闊だったかな。前の手紙も遠回しにするとか、暗号文にするとかすればよかった」
「いまさらだけどね」
ミツキの言う通り、いまさら気にしても仕方がない。
今考えるべきは何故、ファーグ男爵がこの手紙を開けて中身を確認したのか、だ。むろん、封筒を開ける前に内容が分かるはずはないから、俺とワステード司令官の間で交わされている手紙に何らかの興味があったことになるのだが。
「順当に考えて、新大陸派とラックル商会の魔導核がらみだよね」
「ワステード司令官の手紙から、旧大陸派の動きを探ろうとしたって事か。ファーグ男爵はラックル商会に出入りしているようだし、新大陸派に肩入れしているんだろうな」
「私たちの特許を狙っていたのもファーグ男爵家の懐事情の問題じゃなくて新大陸派とラックル商会がらみなんだろうね」
もしミツキの読み通りファーグ男爵が新大陸派とラックル商会による魔導核の市場操作に一枚噛んでいるのなら、俺とワステード司令官の間の手紙は新大陸派に筒抜けという事になる。
「今後の連絡は慎重に、できれば直接会って話をするべきだろうな」