第七話 勉強会
青羽根の整備車両に乗って精霊人機の展示会場へ向かう。
「――決闘?」
俺の言葉を信じられなかったのか、ボールドウィンはミツキへ視線を移す。
ミツキがため息交じりに頷くと、ボールドウィンは頭を掻いた。
「精霊人機を相手に決闘って正気かよ。いくら精霊獣機があるって言っても、有効打を与えられるのはカノン・ディアだけなんだろ?」
「いまのところはな」
ないなら作ればいいじゃない、の精神だ。
精霊人機の展示会場に到着し、中に入る。
すでに技術祭の一日目は終了しているため、客はいない。展示品を警護しているどこかの開拓団員が何人かいる程度だ。
「月の袖引くは?」
「ビスティを迎えに行ってる。コト達が襲撃された理由が分からないから、念のためにビスティを保護しておかないとってな」
ファーグ男爵が俺とミツキ以外に手を出す意味はないからおそらく無事だろう。
整備士長が身を乗り出してくる。
「それより決闘の事だ。勝算はあるのか?」
「いまの状況だとないな」
カノン・ディアは精霊人機相手にも効果があると思うが、遊離装甲を貫けるかどうかは未知数だ。今回は決闘という事で、ファーグ男爵が金を掛けてアンヘルの機体を重装甲仕様にしてこないとも限らない。
俺はスカイの遊離装甲、改造セパレートポートを見る。
「改造されていない素のままのセパレートポールなんかを持ち出されると、カノン・ディアでも貫けなくなる」
「一対一だもんな。魔力を惜しげもなく注ぎ込めるってわけか」
整備士長が苦い顔をする。
フルスペックの精霊人機はかなり強力だ。鋼の身体に刃渡り五メートル以上の剣を振り回し、高威力の魔術を使用できる。
加えて、今回はディア単独での戦闘になる。ディアはパンサーと併用するのが基本の機体だけあって、戦力としては単純に半減では利かない。
ミツキが前足を失ったディアを切なそうに見て、口を開く。
「魔導手榴弾をディアでも投げられるように変更する?」
「魔導核の容量が足りなくなるから無理だ」
「新しく買って来るとか」
「現状より大きな魔導核を乗せるとなるとスペースが足りなくなる。内部構造の大幅変更が必要になるな」
やってやれない事はないが、魔力消費量の問題もある。切り札であるカノン・ディアを撃つためにも、魔力消費は抑えたい。魔導手榴弾では貴重な魔力を注ぎ込むに足る威力を見込めないだろう。
「対策を立てながら、修理と開発を進めていこう。手を貸してくれ」
頭を下げて頼むと、ボールドウィン達は快く頷いてくれた。
「お貴族様相手にケンカ売るなんて開拓団らしくなってきたな」
「ボール、その認識は間違ってる。ケンカしないに越したことはない」
整備士長はボールドウィンに突っ込みを入れてから、にやりと笑う。
「だが、やるからには全力で叩き潰す。舐められたら商売あがったりなのが開拓団だ」
整備士長が啖呵を切った時、展示場に新しい一団が入ってきた。
月の袖引くの一団だ。
「お二人とも、ご無事で何よりです」
タリ・カラさんが俺たちを見てほっとしたような顔をした。
月の袖引くにも事情を話すと、タリ・カラさんたちは二つ返事で協力を約束してくれる。
「まずはギルドで倉庫を借りてこないと。それから魔導鋼線と魔導核、蓄魔石はいまのうちに確保しておこう」
「ヨウ君の命がかかってるんだからね、お金に糸目はつけないよ」
俺とミツキはファーグ男爵家を凌ぐ資金力を持っている。
物量万歳だ。
「戦いは数だよな」
俺は肩を回しながら、名言を口にする。
「一人で戦うのではないのですか?」
タリ・カラさんが首を傾げて俺とミツキを見比べる。
ミツキが俺の方を見た。
「もしかして、何か思いついてる?」
「自動化」
単語で返すと、ミツキは笑みを浮かべた。
「なるる」
「徹夜で図面を引く事になる。かなり忙しいぞ」
ミツキは頷いてから、青羽根と月の袖引くを見回した。
「みんなにお願い。ギルドとか酒場とか、とにかく人の集まる所で今回の決闘の事を触れ回って。見物人をできるだけたくさんほしい」
ファーグ男爵はわざわざ見張りを立ててまで、俺たちの会場から人がいなくなるのを待っていた。つまり、むやみやたらに騒ぎにしたくはないのだ。
さらに、大勢の見物人の前でアンヘルを倒すことで、後々俺が暗殺された時には真っ先にファーグ男爵家へ疑いの眼が向くようにする、とミツキは目的を話す。
頷いたボールドウィンとタリカラさんが団員を各所に割り振り、向かわせた。
整備士長が俺を見てくる。
「それで、何をすればいいんだ?」
「まずは勉強してくれ」
「は?」
首を傾げる整備士長に笑いかけて、ミツキを指差す。
ミツキは笑顔で整備士長を始めとした両団の整備士を手招いていた。
手招かれた整備士長たちは、ミツキの笑みにうすら寒いモノを感じたらしく、一歩引いている。
「時間がないの。ヨウ君の命がかかってるんだから一切の遠慮はなし。みんなにも精霊獣機を作ってもらうよ」
「えっ!?」
「矜持は捨てなさい。ヨウ君のために!」
ビシッと腕を振るったミツキの気迫に押されて、整備士長たちが肩を落として従って行く。
整備士長たちは気が進まないようだが、この経験はかなり貴重な物になると思う。
なにしろ、これからミツキが教えるのは俺たちが特許申請を自粛する次元の技術だ。
俺は図面を引くための紙を取り出しつつ、ビスティに声を掛ける。
「ビスティが特許を取ってるスライム新素材についていくつか質問していいか?」
「良いですけど、何かに使うんですか?」
「使えるかどうかを知りたいから質問するんだ」
そうしてビスティから聞き出すのは、スライム新素材の強度、伸縮性、耐熱性、粘着性などの性質だ。
整備士たちに作ってもらう精霊獣機の図面を引きながら、ビスティから得られたスライム新素材についての情報を頭の中で整理し、新しい武器を考え出す。
「かなり伸縮性に幅を持たせられるんだな」
ビスティの話を聞く限り、一センチ角のキューブ状にしたスライム新素材を限界まで引き延ばせば十センチになるという。およそ十倍に伸びるというのは驚異的な数値だ。
ビスティは自らの研究資料をめくりながら解説してくれる。
「元々、スライムは雨が降ると膨張する事で有名で、高い保水性を有しているんです。父はこの保水性を活かして農作物の栽培における水遣りの手間を減らす研究もしてました」
スライムが農作物を食べてしまうため研究はとん挫したものの、研究を引き継いだビスティは考え方を変えて素材として使う事にした。その結果が新素材だという。
ふと思いついて、俺はビスティに質問を重ねる。
「スライムって、雨が降らないとどうなるんだ?」
「体内の水分が抜けて仮死状態になります。その後に雨が降ると反動で大きく膨張するので、たまに開拓者が大型スライムを見た、と騒ぎますね」
ほほぉ……。
「ボールドウィン、ちょっと頼まれてほしいんだが、いいか?」
整備士ではないため手持無沙汰にしていたボールドウィンが嬉しそうに駆け寄ってくる。
「なんだ、何でも頼めよ」
「スライムを二、三匹、生け捕りにしてきてほしい」
「生け捕りか。手間がかかりそうだな」
「僕でよければお手伝いします。素材集めのために何度か生け捕りにしたことがあるので」
名乗り出たビスティを意外そうに見たボールドウィンが、タリ・カラさんを見る。
「ちょっと借りてもいいか?」
「どうぞ。レムン・ライ、ビスティの護衛と手伝いをお願い」
「かしこまりました、お嬢様」
レムン・ライさんが恭しく一礼する。
ボールドウィンが俺を見た。
「それにしても、スライムなんか生け捕りにしてどうするんだ。ビスティの新素材なら在庫があるんだろ?」
「別件だ。ちょっとした実験だよ。成功すれば愉快にエグイ技が完成する」
設計図の端に魔導核に刻むための魔術式を書き込む。少々分量が多すぎるから、後でミツキに改変統合してもらおう。
アンヘルの澄ました面にコレをぶつける瞬間を想像するとぞくぞくしてくる。ふへへ。
俺のディアを壊した罪は重い。死よりも重い刑罰が必要だ。
アンヘルのロボをぶっ壊してやんよ。
青羽根と月の袖引くに製作を依頼する精霊獣機の設計図を描き終えて、整備士たちを相手に講義中のミツキに渡す。
受講者の反応はどうだろうと思い見てみると、知恵熱を発する頭を抱えながらも講義内容を必死に書き留めていた。中でも、整備士長の没頭振りが凄まじい。
整備士長が俺に気付いて顔を上げた。
「お前ら、本格的にどうかしてるぞ。索敵魔術は知ってたが、なんだこの自動追尾術式ってのは」
「いまも借家で起動している番犬用精霊獣機、プロトンに組み込まれてる魔術式だ」
「もう運用段階なのかよ」
これを特許登録するだけで精霊人機が何機買えるんだ、とぼやく整備士長に苦笑する。
俺とミツキの虎の子だ。金銭的価値もさることながら、兵器として運用するととてつもない利益になる。
しかし、自動追尾術式はそれ単体で魔導核の容量をかなり圧迫する大型の魔術式だ。運用するうえではコストの問題で制約が大きい。他にも、自動追尾する対象は索敵魔術の反応を頼りにしているため、乱戦時には味方を敵と誤認してしまう恐れもある。
今回は一対一の決闘で、開発資金も俺とミツキが惜しげもなく注ぎ込むため大量製造も可能だが、普通の開拓団では運用が難しいだろう。
「ヨ、ヨウ君、これって……」
ミツキが設計図を見て笑いを堪えながら、俺を呼ぶ。
「どうだよ、素敵だろ?」
「うん、最低に素敵」
「おほめに預かり光栄だ」
俺とミツキのやり取りを聞いた整備士長たちが不安そうな顔をしている。残念だったな。君たちに逃げ道はない。
「その設計図を頼む。俺はディアの改造案に着手するから」
そう、ここまではあくまでもおまけだ。
本命はディアだ。
精霊人機にトドメを刺すほどの攻撃力となるとさすがにカノン・ディアしかない。
つまり、どうやってカノン・ディアの射撃姿勢に持って行くかが勝敗を分けることになる。
決闘に使用する場所の広さ次第ではアウトレンジから撃ち込めるが、ファーグ男爵の口振りを思い出す限り、俺とディアについての情報はある程度仕入れているはずだ。
決闘場は俺を確実に殺せるような場所を選ぶだろう。なおかつ、俺の死体を確認できるように遮蔽物のない場所になる可能性が高い。
カノン・ディアの射撃姿勢を取る時間を稼ぐのは難しいな。
俺は前足を失ったディアを見て頭を悩ませるのだった。