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転生したから新世界を駆け巡ることにした  作者: 氷純
第六章  世界の都合に振り回された二人

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第五話  襲撃者

 丸一日、宿で講演の原稿を書き上げるのに使って、技術祭の開催日を迎えた。

 すぐに人が来るはずはないだろうと高をくくって割り当てられている展示会場にのんびりと足を運ぶと、会場前に行列ができていた。


「……すでに会場の許容人数を超えてそうだな」

「忙しくなりそうだね……」


 青羽根や月の袖引くの応援に行く時間はなさそうだ。

 一応、スカイやウォーターカッターで質問されそうな事は事前に紙に書き出してあるのだが、突っ込んだ質問をされると青羽根や月の袖引くには答えられないかもしれない。

 青羽根は整備士長がいるから何とかなるかもしれないが、月の袖引くはまだ知識と技術が結び付いていないところがある。


「タリ・カラさんたちも分からない質問をされたら私たちのところにお使いを出すだろうから、大丈夫だよ」

「だといいけどな」


 俺たちの展示会場でこの状態なら、新型の機体や兵器を置いている青羽根たちの会場も人だかりができていそうだ。魔物の脅威を日々感じている新大陸の人々にとって、精霊人機や兵器は強く興味を引かれる対象である。

 ともかく自分たちの事を片付けるのが先決だと意識を切り替えて、俺たちは会場入りした。

 魔力流動膜魔術式などを起動して準備を終え、展示場の入り口を開ける。

 運営委員会から派遣されてきた三人の雇われ警備員が人の流れを誘導してくれているので、俺とミツキは会場の端でただ質問に答えればいい。

 だが、質問してくる連中が難敵ばかりだった。


「この遊星歯車ですが、歯がすぐに削れますよね。素材はどれくらいの種類を試したんですか?」


 可愛い質問だと思いながら答えると、質問者の瞳がギラリと光る。


「すると、摩耗の対策は未だ改良の余地がある、と。ご相談ですが、わたくし共の研究しております新鋼材は摩耗に強く――」


 またか、と内心辟易しながら質問者の話を聞く。

 自らの研究品や特許品の売り込み、研究開発費の融資のお願いなどなど、この手の輩がひっきりなしに訪れていた。

 いくつも特許品を有している事もあり、俺とミツキが多額の金銭を得ているのは会場を訪れる誰もが知っている。

 新素材や機械工学に関する物は俺に、魔術式や魔導核、蓄魔石の研究などはミツキに話が持ち込まれる。

 面白い研究もあるのだが、数が多すぎた。


「興味深い話ですが、他にもいくつか話を持ち込まれているんです。後程、資料をまとめて送ってください。精査したうえで判断を下します」

「ぜひ、ご検討ください」


 握手を求められ、俺は右手を差し出した。あっさり引いてくれて助かった。

 手を振って別れると、待ち構えていたように中年の男が俺の前に出てくる。黒々としたひげを蓄え、血管の浮いた太い二の腕を晒している。見るからにどこかの工房の親父と言った風情だ。


「鉄の獣ってのはお前か?」

「えぇ、そう呼ばれてます」

「歯、食いしばれ」


 言うや否や拳を振りかぶった中年の男の股間を即座に蹴り上げて無力化し、雇われ警備員に引き渡す。

 精霊獣機の開発者という事で昔気質の職人や精霊人機開発者が殴りこんでくるのだ。あの中年男もその手合いだろう。

 雇われ警備員が苦笑して中年男を引きずって行く。


「五人目か。大工場地帯だけあって多いな」


 まだ開催して半日も経っていないのに。

 パタパタと駆け寄ってくる音に振り向くと、ミツキがそばにやってきていた。


「講演の時間だよ」

「質問者がまだ大量にいるんだけど」

「待ってもらうしかないよ。講演時間はずらせないんだから」


 俺は質問者の列に一礼して、講演中という立て看板をその場に設置し、講堂へ歩いた。

 舞台袖から覗く観覧席は空席が二、三あるだけだ。そろそろ昼食の時間だからもう少し空いているかと思ったんだが。


「台本は?」

「暗記済みだよ。私が忘れてるところがあったらフォローお願い」

「承知の助」

「古っ!」


 冗談を挟んで緊張を和らげてから、ミツキを舞台上に送り出す。

 俺はスポットライトの光量などを調節してから、舞台に上がった。

 まばらな拍手を受けてミツキと共に一礼し、講演を開始する。

 内容は「複数の魔術式における発動時間を厳密に制御する技術のⅠ型とⅡ型」および「魔力伝導高速化機構と魔術式」だ。

 前者のⅠ型は魔導鋼線の形状を変えることにより意図的にラグを発生させる技術だ。例えば、ツイスター型と俺たちが呼んでいる魔導鋼線は本来は平らな魔導鋼線を捻って螺旋状にし、魔導鋼線の魔力伝達速度を遅くしている。

 歴史上でも魔導鋼線の形状を変化させた際の影響を調べた研究者はいたようだが、数十種類の形状を調べ、まとめた研究は少ない。講演を聞きに来た客たちに入り口で配った資料にはいくつかの代表的な形状について、魔力伝達速度や魔力のロスを調べた結果をグラフにした物を載せておいた。

 講演はさらにⅡ型の説明へ移る。

 Ⅱ型は魔術式を用いて発動時間を制御する技術だ。

 魔導鋼線に一度魔力を通し、その結果の伝達速度を数値化、数値を魔導核に刻まれた魔術式に返すことで、湿度や温度といった環境要因に左右される事なく魔術の発動時間を厳密に制御する。

 何の役に立つんだ、という顔をしている客はどうでもいい。だが、客の中には講演を聞いて目を輝かせながら配られた資料に何かを書き込んでいるどこかの整備士や職人の姿がある。

 複数の魔法を併用して効果を増幅する、いわゆる複合魔法を魔導核に処理させるのは難しい。俺たちの開発した魔術の発動時間を制御する技術は、精霊人機の使用する魔術の効果を高めることができる。

 さらに、魔力伝達高速化機構および魔術式は魔力流動膜術式に改変を加えて、魔力の流れを加速させる術式と、加速された魔力が生み出す圧力に耐えられるように魔導鋼線を分厚くし、更に魔力をあえて空気中に逃がすことで圧力を下げる安全弁を取り付ける。この圧力弁周りの機構が俺の特許である。

 台本通りに話し終えて、質問時間を取り、一つ一つ答えていく。

 十四歳ほどの俺たちの研究に対して懐疑的な目を向けていた客も、資料にあるグラフなどの資料を見てある程度は納得したらしい。まぁ、帰って追従実験するんだろうけど。

 質問に答え終わるとまた展示会場へ取って返す。昼食など取っている暇もない。ずっと客の応対をして時間が過ぎていく。

 俺たちが一息つけたのは、太陽も沈んで少しした頃だった。

 手製の扇で自らを仰ぎながら、俺は椅子に座る。講演したり度重なる質問に答えたりで頭がパンクしそうだった。


「これが後四日続くのか……」


 技術祭の開催期間は五日間。後夜祭代わりに六日目もあるが、こちらは自らの展示で時間が無かった出品者たちのためのものだ。絶対数が少ないから今日ほど忙しくはならないだろう。


「そう言えば、青羽根と月の袖引くはどうしてるんだろうね」

「連絡はこなかったから、答えられる範囲の質問しかされなかったんだと思うけど」


 便りがないのは元気の証拠というが、なければないで心配になるものだ。

 訪ねてみようか、と腰を上げかけた時、雇われ警備員の三人が外の片づけを終えてやってきた。


「自分たちはこれでお暇させてもらいます」

「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」


 互いに礼をするが、三人組はまだ帰ろうとしない。

 不思議に思っていると、向こうから口を開いた。


「実は、夕暮れ前から外に見張りが立っているようで」

「見張り?」


 気になるが、入り口の方は見ない。仮に見ようとしても、三人組がその大きな体で遮っているため見えないだろう。逆に、外にいるという見張りからも俺たちは見えないという事だ。


「見張りはどんな奴です?」

「本職の兵士かと思われます。隠す気もなさそうですが、あの雰囲気は尋常ではないですね」

「ここにいる五人がかりでも勝てないんですか?」

「向こうが仕掛けてこない限りこちらから手を出せません。後手に回ることが前提となる以上、鉄の獣のお二方は展示場を出ない方がよろしいかと」


 真剣な目をしてそう言われては、俺たちも頷くしかない。


「心配しないでください。自分が残って、他の二人に応援を呼びに行かせます。お手数ですが、時間稼ぎのために意気投合した風を装っていただけませんか?」

「分かりました。よろしくお願いします」


 応援を呼びに行く雇われ警備員の二人を見送って、俺はポケットの中に忍ばせてある圧空の魔導核に指先で触れる。展示物もあるため、この場であまり使いたくはないが、いざとなったら仕方がないだろう。

 ひとまずコーヒーでも淹れようかと、展示会場の奥に飾っておいたディアへ歩き、腹部の収納スペースを開こうとした瞬間、展示会場の入り口に人が立つ気配がした。

 反射的に顔を向けるが、展示会場の入り口は閉ざされたままだ。

 俺はディアを操作し、索敵魔術を起動する。


「――囲まれてる」


 ミツキと雇われ警備員にだけ聞こえるように声を落とした刹那、入り口の扉が乱暴に開かれた。

 あまりにも動きが早すぎる。かなり訓練された連中だ。


「ミツキ!」


 俺が声を掛けると同時にミツキがパンサーに飛び乗った。俺も同時にディアに乗り、角を入り口に向ける。

 どうせ囲まれているのだから、裏口を目指しても意味がない。正面から吹っ飛ばした方が手っ取り早いだろう。

 レバー型ハンドルを握り込みながら入り口に立つ男を睨む。雇われ警備員が言っていた通り、鍛え抜かれた体をしているのが一目でわかった。抜身の長剣を右手にぶら下げているからには客というわけではないだろう。

 俺はディアを加速させ、展示会場を一瞬で駆け抜け、入り口の男に突っ込む。

 まさか正面切って突っ込んでくるとは予想していなかったのだろう、入り口の男は慌てた様子で会場の外へ逃げ出した。

 このまま入り口を飛び出し、向かいの会場の屋根に飛び移ってしまえば追って来れないだろう。

 俺はすれ違いざまに雇われ警備員を左手で引っ掴んでディアの背に乗せる。わずかに抵抗されたが、ディアの速度に気付いたのかすぐに抵抗は弱まった。

 狭い入り口を抜けて外の暗い道へ飛び出した瞬間、左に三十代後半の男が立っているのを視界の端に捉えた。会場の中からは死角になる、扉のすぐ横に潜んでいたらしい。

 キンッと金属を切断するような音が短く聞こえた気がした。

 刹那、背筋が寒くなるような浮遊感に襲われる。


「なっ!?」


 ディアが前のめりに倒れ込み、俺は雇われ警備員と共に道へ投げ出された。

 ごろごろと転がって向かいの会場の壁に激突する。一瞬目の前で火花が散ったかと思うと、俺がぶつかった壁のすぐ横にディアが衝突した。

 何が起きたか分からず、咄嗟にディアを見る。

 ディアの両前足が切断されていた。視線を巡らせれば、切断された両前足は大通りに転がっている。

 誰がやったか、そんなことは決まっている。

 俺は扉の横から動いていない三十代後半の男を睨んで立ち上がった。


「なんでお前がここにいる、アンヘル」


 三十代後半の男は、俺に名前を呼ばれると一瞬眉を顰めた。


「なんで、と言われましてもね。坊ちゃんも分かってるんじゃないですか?」


 俺に言い返したアンヘルは、獣じみた動きで入り口横から大きく左に跳ぶ。直後にミツキが会場の中から投げつけた凍結型魔導手榴弾が爆発し、アンヘルがいた場所を凍りつかせた。


「ちっ、外した」


 魔導手榴弾に遅れて会場から飛び出したミツキがパンサーを俺の横につけて、アンヘルを睨む。


「ヨウ君、あれ誰? 知り合いみたいだけど」

「あいつはアンヘル。ファーグ男爵家の剣術指南役、ついでにファーグ男爵家の精霊人機部隊長だ」

「ファーグって……あの?」


 眉を寄せながら愛用の自動拳銃をアンヘルに向けるミツキに頷きを返す。


「そう、俺の実家だ」

「――勘当したはずだ。もうお前の実家ではない」


 会場の裏へ回る路地から、身なりのいい服を着た四十がらみの男が姿を現した。

 アンヘルがいるくらいだ。ここに居てしかるべきだろう。


「お久しぶりですね。ファーグ男爵殿。お会いしたくなかったです」


 殊更に他人行儀に、俺はファーグ男爵に挨拶して、護身用の自動拳銃を抜き、銃口を向けた。



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