第二十一話 回収任務
ぐっすり眠って起きた時には日が沈みかけていた。
戦闘はまだ続いているらしく、リットン湖方面が騒がしい。
ミツキが食事を作っている間に、白いコーヒーもどきを淹れる。
寝起きの頭はぼんやりしていたが、白いコーヒーもどきを喉に流し込むと幾分かすっきりしてきた。
寝惚け眼をこすりながら、周囲を見回す。
月の袖引くや青羽根とは別の倉庫だ。余っているから遠慮なく使わせてもらっていたのを思い出す。おかげで出撃していく青羽根や月の袖引くに安眠を妨害されずに済んだ。
いまの戦況はどうなっているのだろうか。
日が沈む頃になると甲殻系魔物が撤退して、スケルトン種の群れがやって来るという話だったけど。
「はい、ヨウ君の分」
「ありがとう」
ハムなどを挟んだパンと野菜のスープを食べていると、倉庫の入り口に人が立ったことをディアとパンサーが教えてくれた。
「鍵は開いてますよー」
入り口の外に声をかけると、分厚いシャッター越しに「失礼します」と声が聞こえてきた。
シャッターを開けて入ってきたのは雷槍隊の副隊長だった。
「そろそろ起きる頃だろうから戦況を知らせてきてほしい、とワステード副指令に頼まれました。お時間、よろしいですか?」
「ちょうど誰かに聞こうと思っていたところです。お願いします」
副隊長の話では、住民はすべてボルスを出たようだ。
「ボルスの住民は現在、街道をマッカシー山砦に向けて移動中です。我々は明後日の朝までボルスで戦闘を行い住民と距離が開くまで待った後、撤退を開始します」
おおよそ、予定通りらしい。
「避難誘導している部隊に精霊人機は何機含まれてるんですか?」
「四機ですね。ボルス防衛に残していた機体の最後の一機、他三機はリットン湖攻略隊の生き残り機体です。ロント小隊の三機とは違い、所属部隊がばらばらであったため、連携が必要なボルス防衛よりも避難民の護衛が適任と判断したようですね」
「その四機の魔力はどうしてるんですか?」
「避難民から魔力供給を受けることで合意が取れています」
途中で魔力不足を起こして立往生という事態は免れるらしい。
ならば、俺たちの仕事はボルスに魔物を足止めしておくことだ。
現在ボルスで稼働しているのは雷槍隊機五機とワステード元司令官のライディンガル、ベイジルのアーチェ、ロント小隊の三機、更に青羽根のスカイと月の袖引くのスイリュウの十二機だ。
魔物の群れが相手でも十分な戦力のはずだが、無傷の機体はスイリュウだけという有様で、雷槍隊機はどれも槍の魔導鋼線が焼き切れてしまって修理中だという。
「明日の昼にはロント小隊の三機の稼働を停止、魔力を他の機体に回す計画です」
副隊長はそう言って、倉庫を出ていく。
俺とミツキも食事を終えて精霊獣機に跨った。
戦場へ向かいながら、夜からのスケルトン種との戦いに関してミツキと対策を立てることにした。
「魔力は回復したけど、大型スケルトンに対物狙撃銃は効かないよな」
「魔力膜があるからね。遊離装甲の浮いている範囲を考えると、カノン・ディアでも効果があるか分からないよ」
「精霊人機に一任するしかないな。スケルトンが相手だと自動拳銃も効果がないし……。魔導手榴弾の残弾は?」
「節約していけば大丈夫だと思うよ。手ごろな魔導核があれば作れるけど、時間もないから補給は無理だね」
「防衛戦では魔導手榴弾を温存して、撤退戦に備えた方が良いか」
戦場に到着して、民家の屋根の上にディアで飛び乗る。
戦場全体を俯瞰して、眉を寄せた。
「甲殻系魔物が撤退してないな」
戦場の至る所で甲殻系魔物との戦闘が繰り広げられていた。
ロント小隊の精霊人機が数を減らそうと奮闘しているが、森の中から次々に現れる甲殻系魔物の群れに手が回っていない。
「新しいタラスクが現れて指揮を執っている、わけでもないね」
ミツキが森の方を見て首を傾げる。
日が落ちて月明かりに照らされた暗い森は中、小型魔物を覆い隠すが、タラスクほどの巨体であれば夜でも発見できるはずだ。
索敵魔術にも反応はない。
俺たちが戦線を離脱してからも激しい戦闘が続いていたらしく、タラスクの死骸は森に放置されている。歩兵たちが形作る前線にも甲殻系魔物の死骸やスケルトンの物と思われる白骨が散らばっていて、ひどい状況だった。
「とにかく、甲殻系魔物を狙って行くしかないな」
「森の中の狙撃、できる?」
暗い森の中とはいえ、月の明かりはある。索敵魔術で大まかな標的の位置を探り出し、木の葉の隙間に姿を現した瞬間に狙えば当てることは難しくない。だが、頭などを撃って即死させるのは諦めた方が良い。
タラスクと精霊人機の戦闘が行われた辺りは木々がなぎ倒されている事もあり、狙撃は可能だろう。こちらであればヘッドショットも十分狙える。
ミツキと一緒に狙撃を開始すると、銃声で俺たちの現場復帰に気付いたのか、青羽根から顔を出してほしいと連絡があった。
何か問題が起きたのかと思いつつ、屋根を下りて青羽根の陣まで急ぐ。
青羽根と月の袖引く、さらに今回の防衛戦に運悪く巻き込まれた開拓者たちで構成されているその一角に辿り着くと、凄腕開拓者が歩兵たちの指揮を執っていた。
デュラ出身の素人開拓者とは違って実戦経験豊富なためか、開拓者たちは素直に凄腕開拓者の指揮に従って安定した戦いぶりを見せている。
どうもあの二人、実際に戦うよりも指揮官として働く方が実力を発揮できるタイプらしい。
「この戦いが終わったら一緒に開拓団を立ち上げようって話しているのが聞こえたんだけど」
凄腕開拓者とその他の開拓者たちの会話を小耳にはさんでしまったミツキが心配そうに言う。
「みなまで言うな」
この厳しい戦況を乗り越えたとなれば、一種の連帯感が生まれるだろうし、開拓団を立ち上げたいと考えるのも無理からぬことだ。
青羽根の陣に到着すると、ボールドウィンと整備士長、更に月の袖引くのタリ・カラさんとレムン・ライさんが待っていた。
「来たな。時間がないから手短に話すぜ」
ボールドウィンが話したのはギルド所有の精霊人機の回収作戦だった。
俺とミツキがワステード元司令官率いる混成軍を連れ帰って戦場に入った時に、背中をハンマーで叩き潰されていた機体だ。
「操縦士の生存は絶望的だと思っていたんだが、さっき拡声器で救援を要請する声が流れた。いまのいままで気絶してたらしい」
「それで、操縦士を救助しようって事か」
「それもある。だが、精霊人機そのものも回収したい」
「なんで?」
操縦士だけならともかく、破壊された精霊人機も回収する意味が分からず、ミツキが首を傾げる。
精霊人機ほどの大きなものを戦場から回収するとなると同じく精霊人機が必要になる。手間がかかりすぎるだろう。
タリ・カラさんが口を開いた。
「機能停止してこそいますが、足回りや腕周りの部品はほぼ無傷です。何とかして部品を回収したいというのが一つ。それにもう一つ、これが重要なのですが、あの精霊人機が積んでいる蓄魔石にはまだかなりの量の魔力が残っているはずなのです」
魔力不足を少しでも改善するためにあらゆるところから魔力を回収しようという方針らしい。
「話は分かったけど、問題の精霊人機の場所は?」
「森に少し入ったところに倒れてる。運搬にはスカイとスイリュウを使うけど、足元がどうしても疎かになるから随伴歩兵役が欲しかったんだ」
ボールドウィンに言われて、森に目を向ける。
月明かりはあるが、普通の歩兵が精霊人機の足元を守りながら戦える環境ではない。ましてや、相手は中、小型魔物の群れだ。
俺とミツキなら暗所でも索敵能力や攻撃力、機動力の関係で戦闘が可能で、精霊人機の速度にも合わせられるとボールドウィン達は考えたのだろう。
「分かった。スケルトン種が来るまでに回収を終えよう」
俺とミツキでもスケルトンが相手では攻撃力が足りなくなる。行動は早い方が良い。
「よし、すぐに出るぜ。タリ・カラさんも用意してくれ」
「分かりました」
ボールドウィンとタリ・カラさんが各々の愛機へ戻って行く。
ボールドウィン達の準備が整うまでにレムン・ライさんから聞いた作戦の内容は単純明快、スカイとスイリュウで機能停止した精霊人機の手足を持ち、開拓者たちが守る前線の横、青羽根と月の袖引くが確保している退路へ運び込むというものだ。
他の部隊の攻撃に巻き込まれないように高速で移動することが求められるものの、難しい仕事ではない。
スカイとスイリュウが起動し、立ち上がる。
「ちょっくら行ってくる!」
「退路の確保をお願いします」
ボールドウィンとタリ・カラさんが自身の開拓団に声をかけて、愛機を駆けさせた。
俺もディアを前進させる。
並走するミツキと共に索敵魔術で森の中の魔物を探り、スカイとスイリュウに遅れないよう戦闘を避けて機能停止している精霊人機に駆け寄る。
暗い森の中、精霊人機の遊離装甲が散らばっていた。
「ヨウ君、一度精霊人機の上に乗って魔物を蹴散らそう」
ミツキが指差したのは森にうつぶせになって倒れている精霊人機の上だ。ブレイククレイが三体、陣取っている。
「ちょっと失礼!」
ディアを加速させて跳び上がらせ、精霊人機の上に着地すると同時にブレイククレイの頭を対物狙撃銃で破壊する。
俺に気付いたブレイククレイが迎撃のために方向を転換する合間にさらに一射、二体目のブレイククレイを撃ち殺す。
俺に向き直ったブレイククレイが鋏を振り上げて威嚇するが、その頭にミツキが操るパンサーが着地した。
後ろ脚の爪でブレイククレイの甲殻を引き剥がしたパンサーがその場を飛び退くと同時に、甲殻を引き剥がされて白い身を晒しているブレイククレイにミツキが銃撃を加える。
ブレイククレイが体を痙攣させた。
死んではいないが、筋肉をやられているからもうまともに動けないだろう。
ミツキと共に精霊人機の上から地面に飛び降りる。
「スカイ、スイリュウ、回収を始めてくれ!」
声をかけると、スカイが脚、スイリュウが腕を持って精霊人機を持ち上げた。
ゆっくりと動き出すスカイとスイリュウの足元を駆け回り、魔物の処理を始める。
「ミツキ、そっちのエビを頼む」
「頼まれた」
群れのど真ん中だけあって、四方八方から魔物がやって来る。
自然と魔物を略称で呼び合いながら、手分けして処理する。
森の中で取り回しがしにくい対物狙撃銃を構え、小刻みにディアの角の上を動かして射撃角度を変えながら中型魔物を狙い撃つ。
スイリュウの足元に魔力袋持ちらしいブレイククレイが駆け寄った。
狙撃をするには位置が悪いと判断して、ディアの速度を上げ、側面から勢いよくぶつかって弾き飛ばす。
身体強化をしていたらしいブレイククレイは側面攻撃に足を踏ん張って耐えて見せた。
ディアがなおも前進しようとしてブレイククレイを横から押し込む。ディアの押し出しに堪えているブレイククレイは完全に動きが止まっていた。
「――真っ暗闇の世界へ行ってらっしゃい」
対物狙撃銃でブレイククレイの目玉を至近距離から射撃し、破壊する。
わずかに怯んだブレイククレイを、カノン・ディアの衝撃にも耐える強靭なディアの首の力を使い、角で跳ね上げる。
体が浮いたブレイククレイが地面に横倒しになってもがくのを横目に、その場を飛び退いて精霊人機の護衛に戻った。
森の木々にぶつかって転倒しない様に注意しながら、青羽根と月の袖引くが確保してくれている退路へ向かう。
森を抜けた時、下から突き上げるような縦揺れが大地に広がった。
何事かと震源に目を向ける。
大型スケルトンが二体、森を進んでいた。
「ボール、急げ!」
青羽根の整備士長がスカイに向かって怒鳴る。
ロント小隊の三機が大型スケルトンを迎撃するため、相性のいいハンマーを持って横一列に並んだ。
俺はミツキと共に歩兵と甲殻系魔物が死闘を繰り広げる戦場にスカイたちより早く突入した。
「魔物を一掃する。ミツキはスイリュウの足場を確保!」
「ヨウ君は!?」
「圧空で吹き飛ばす!」
対物狙撃銃で厄介そうなブレイククレイの足を撃ちぬきながら、近場のブレイククレイの足をディアの角を使った突進で叩き折って回る。
ブレイククレイが反撃に火球を放ってくる。
俺は即座にディアの体の向きを調整し、迎撃機能を用いてディアの角で火球を防いだ。
即座にアクセルを全開にして加速、魔力袋持ちのブレイククレイの左鋏の付け根を撃ちぬいて落とし、左わきを駆け抜けざまディアを軽く跳び上がらせる。
ディアの四本の足が着地と同時にブレイククレイの足をまとめて踏み砕く。
その場を飛び退かせたディアの背中の上で、いつもポケットに入れている魔導核に触れ、圧空を起動する。
ブレイククレイが強風にあおられて横転し、アップルシュリンプがコロコロと地面を転がった。
俺が圧空で作り出した空白地帯にスカイが足を踏み入れ、ミツキが魔導手榴弾で作った空白地帯にはスイリュウが踏み込む。
月の袖引くと青羽根がスカイたちを受け入れるために場所を開ける。
「お嬢様、早く!」
レムン・ライさんがスイリュウに向けて声を張り上げる。その目はスイリュウではなく後方の森を見ていた。
俺はミツキと共に歩兵の上を精霊獣機の跳躍力に任せて飛び越え、スカイたちを見る。
「回収完了!」
スカイから作戦完了の声が流れると開拓者たちから歓声が湧き上がった。
しかし、歓声はすぐに収まって困惑が周囲を包む。
「なにするつもりだ……?」
誰かが森を指差して呟く。
大型スケルトンがタラスクの死骸を前に足を止めていた。スカイの改造セパレートポールや赤盾隊の使用する赤塗のセパレートポールを纏った重装甲の大型スケルトンは、タラスクの死骸に手を伸ばした。
カタカタと下顎骨を上下させて、タラスクの死骸に触れた大型スケルトンは何かを確かめるように甲羅を一撫でする。
直後、タラスクの死骸が浮き上がった。
「あいつ、タラスクの死骸を盾にする気か」
大型スケルトンが正面にかざした右手の前にタラスクの死骸が遊離装甲のようにふわりと浮きあがるのを見て、整備士長が確信したように呟いた。
だが、大型スケルトンの行動はまだ終わりではなかった。
大型スケルトンは別のタラスクの死骸に歩み寄り、同じ手順で浮かせる。
浮いた第二のタラスクの死骸は、大型スケルトンの右手の前にある第一のタラスクの甲羅の前に浮かび上がる。
二重のタラスクの甲羅の盾が完成した。
回収屋ことデイトロさんの愛機レツィアの二重遊離装甲と原理は同じだろう。それをスケルトンがやっている事に驚愕すると同時、脅威を感じた。
大型スケルトンが残り二つのタラスクの死骸に空洞の目を向ける。
「奴を止めろ!」
ロント小隊長が柄にもなく拡声器で強く命じる声が聞こえてくる。
呆気にとられていたロント小隊の精霊人機三機がハンマーを構えて駆け出した。
しかし、両手にハンマーを持ったもう一体の大型スケルトンが進路をふさぐ。
ロント小隊の三機はすぐに二手に分かれ、一機を両手ハンマーの抑えに残して、他の二機でタラスクの甲羅を回収している大型スケルトンへ向かう。
大型スケルトンが三つ目の死骸回収を終え、もう一体に手を伸ばす。
ロント小隊の一機が大型スケルトンの前に到着し、ハンマーを横薙ぎに振るう。
だが、大型スケルトンは軽く右手を動かして三重になったタラスクの甲羅でハンマーを受け止め、それどころか腕を伸ばす様にしてタラスクの甲羅を正面に突き出した。
ハンマーの勢いを相殺すると同時の押し出しに、ロント小隊の精霊人機の体勢が大きく崩れる。
ただでさえ頑丈なタラスクの甲羅を三枚重ねにした強度と、魔力膜を用いた遊離装甲に似た高いクッション性を有した盾は、精霊人機が振るうハンマーの脅威をゼロにしていた。
まともにぶつかれば勝てない。
「舐めんなぁあああ!」
ロント小隊のもう一機が大きく踏み込んで腰をおろし、走り込んだ勢いと腰のひねりを乗せてハンマーを振り抜く。精霊人機の腕から青い火花が飛び散った。魔力の過剰供給を受けて腕の魔導鋼線が焼けているのだ。
まさに渾身の一撃と呼ぶべきハンマーの打撃を、大型スケルトンは三重のタラスクの甲羅で正面から受け止める。クッション性が高くとも衝撃を完全に消し去る事は出来ず、甲羅と甲羅がぶつかりあう硬い音が響き渡った。
だが、それだけだった。
渾身の一撃は三枚の甲羅の隙間を埋めただけで、大型スケルトンの右手にまで衝撃が届かなかった。
大型スケルトンが左手でタラスクの甲羅を浮き上がらせた。
精霊人機がハンマーを振り抜いた姿勢から硬直が解けると同時に、大型スケルトンは左手に浮かせたタラスクの甲羅を横からぶつける。
精霊人機が衝撃に耐えきれずに倒れ込んだ。
大型スケルトンは左手の甲羅を右手の前に連なる三重の甲羅の前にかざし、四重の盾を完成させる。
直後に、大型スケルトンは右手を振り上げた。
四重の甲羅が右手の動きに合わせて振り上げられる。
ただの盾ではなかったのだと、その時ようやく気付いた。
あれは繋がっていないだけで、四節の多節棍だ。
大型スケルトンが倒れ込んだ精霊人機に向けて四重のタラスクの甲羅を振り下ろす。
大質量の甲羅が精霊人機の足、腰、胴体、頭を狙って一直線に落ちていく。
轟音と共に森を形作っていた木々の破片と土砂が吹き上がる。
ハンマーとは比較にならない破壊力が精霊人機に襲い掛かり、原形もとどめないほどに砕け散った。