第二十二話 伽藍堂に巣食うモノ
精霊人機を砕いた大型スケルトンは四重のタラスクの甲羅をもう一機の精霊人機に向ける。
同僚を失ったにもかかわらず、四重の甲羅を向けられた精霊人機の操縦士は冷静にハンマーを構え直し、大型スケルトンに対峙する。
精霊人機は人類側の決戦兵器だ。その操縦士が並み居る兵の前で醜態を晒すわけにはいかない。
一機壊されただけで、歩兵たちを包む空気が冷え込んだのだ。
「……雷槍隊とアーチェはまだか?」
ロント小隊長が無感情に伝令に訊ねたのが、拡声器越しに聞こえてきた。
ロント小隊長も拡声器に触れたままだったことに気付いて魔術発動を切ったのか、伝令の返答は聞こえなかった。
雷槍隊もアーチェも魔力充填中のはずだ。まだ戦場には出て来れない。
両手ハンマーの大型スケルトンが二機に減ってしまったロント小隊の精霊人機の一機と戦っている。両手ハンマーはともかく、四重甲羅の大型スケルトンは精霊人機一機で相手できる相手ではない。
スカイが動いた。
スカイの拡声器から、ボールドウィンの声が流れてくる。
「助けてくる。死んだら、すまん」
そんな無責任な言葉を残して、スカイがハンマーを肩に担ぎ、大地を蹴った。
鋭く森の中を駆け抜け、両手ハンマーの大型スケルトンが胴を薙ぐように振ったハンマーに自らのハンマーをかち合わせる。
圧空の魔術が発動し、大型スケルトンのハンマーを弾き飛ばしたスカイは同じく圧空の魔術で自らのハンマーを一瞬にして引き戻し、大型スケルトンに当て身を食らわせつつ奥へと駆ける。
スカイの狙いは四重甲羅を掲げた大型スケルトンだ。
スカイが振ったハンマーに大型スケルトンは四重甲羅を合わせた。
銅鑼でも叩いたような音がして四重甲羅がガンガンと音を立てながら打ち合わさり、衝撃がついに大型スケルトンの右手に届いた。
しかし、大型スケルトンは右腕を曲げて威力を完全に受け流す。
スカイがハンマーを引くのに合わせて、大型スケルトンが右腕を伸ばした。四重甲羅を使ってシールドバッシュを行うつもりだろう。
だが、スカイはハンマーを引きながら甲羅へ肩からぶつかった。
正面に突き出されようとしていた四重甲羅が再び大型スケルトン側へ押し込まれる。
遊離装甲に特有の高クッション性を正面から絶えず衝撃を与えることで消失させたのだ。
スカイが一歩引いて、ハンマーを振り被る。
さすがの大型スケルトンもスカイのハンマーが他の精霊人機とは一線を画す破壊力を秘めている事に気付いたか、後ろに下がる。
スカイが振り抜いたハンマーを四重甲羅で受けて、大型スケルトンは先ほどの再現をするように右腕を曲げて威力を流しきった。
そこに、ロント小隊の精霊人機が横合いから攻撃を仕掛けた。
四重甲羅がスカイのハンマーに封殺されている今ならば防御手段がないと判断したのだろう。
「バカ、下がれ!」
スカイから、ボールドウィンの焦ったような声が聞こえる。
しかし、忠告むなしくロント小隊の精霊人機は腹部を石の槍に貫かれていた。
大型スケルトンの魔術だ。
衝撃で後方に吹っ飛んだ精霊人機にボールドウィンが気を取られた瞬間を突き、大型スケルトンが四重甲羅を思い切り突き出した。
スカイの足が宙に浮き後方に倒れ込むが、圧空の魔術により着地の衝撃が和らげられ、我に返ったボールドウィンの操縦により横に転がりながら体勢を立て直し、大型スケルトンから距離を取る。
大型スケルトンの瞳のないがらんどうの眼窩が転がりながら遠ざかるスカイから腹部を貫かれた精霊人機に向けられた。
あの精霊人機、胸の操縦席は無事なはずだ。腹部を石の槍に貫かれて足に魔力を送る魔導鋼線が軒並み破壊されてはいるだろうが。
大型スケルトンが精霊人機に歩み寄る。四重の甲羅をギロチンのように高々と掲げながら――
スカイが立ち上がるが、もう間に合わない。
大型スケルトンが四重甲羅を振り下ろした。
右手に近い甲羅から次々と精霊人機を砕いて行く。
発破を掛けたように、砂煙が巻き上がった。
その時――タラスクの甲羅の一つが横に吹き飛ぶ。
転がるタラスクの甲羅は大型スケルトンの足元で停まった。
砂煙が晴れて、精霊人機の様子が露わになる。
精霊人機は、四重甲羅が直撃する寸前、仰向けに倒れた状態のままハンマーを振り上げて操縦席に直撃するはずの甲羅だけを横に弾き飛ばしていた。
脚も腰も頭も失った精霊人機は、それでも操縦者だけは守り切っていた。
だが、あの精霊人機はもう動けないだろう。
大型スケルトンが足元の甲羅を左手で持ち上げながら再び、右手に持つ三重のタラスクの甲羅を振り上げる。
「させるかよ!」
スカイが大型スケルトンに突撃した。
大型スケルトンがスカイの接近に気付いてタラスクの甲羅を再び四重に構え直す。
スカイがハンマーを振りかぶった瞬間に、大型スケルトンは後ろに飛び退いた。
スカイがすぐに距離を詰めようとするが、一拍間が開いている。そのわずかな間に、大型スケルトンが勢いよく右手を突き出した。
右手が突き出された瞬間に、四重のタラスクの甲羅が間隔を開けて正面に飛び出す。
多節棍など存在も知らないだろうボールドウィンの反応が遅れたのが、遠目から見ている俺たちにも分かった。
ハンマーを振る暇もなく、スカイはタラスクの甲羅の直撃を受けて後方へ短く突き飛ばされた。
バランスを崩して転倒する事態は免れたが、スカイと大型スケルトンの距離は開いてしまう。
スカイのハンマーの間合いから逃れた大型スケルトンは右手を左右に振る。右手の動きに合わせて、多節棍と化した四重の甲羅が左から右へ横薙ぎにスカイを襲う。
いくら戦闘力は軍の専用機に勝るとも劣らないスカイと言えども、間合いの外から攻撃されては力を発揮できるはずもない。
今この戦場にいる精霊人機は他に二機、内一機はロント小隊の機体だが、両手ハンマーの大型スケルトンの相手をしていて動けない。
もう一機のスイリュウは歩兵と共に中、小型魔物の駆除を行っている。いつまでも引かない甲殻系魔物に加えて、スケルトンが大挙して押し寄せてきているため、精霊人機の攻撃力が無ければすぐに前線が押し切られてしまう。
そもそも、魔術を使用するスケルトン種の知能が異常に高すぎる。
前線のスケルトンでさえ、いつの間にかタニシ型の中型魔物ルェシの貝殻で大型スケルトンの四重甲羅を再現している始末だ。魔力膜の範囲が大型スケルトンに比べて狭いためか、二重にしかなっていないが、組み合わされる魔術攻撃も相まって厄介なことこの上ない。
対物狙撃銃での狙撃をスケルトンに向けて何度も繰り返す。
しかし、通常のスケルトンはともかく身体強化を施しているスケルトンには効果が薄い。一撃では頭蓋骨にひびを入れるのが精いっぱいで、二撃目を与える前に頭部を保護するようにアップルシュリンプなどの甲殻で遊離装甲を再現し、簡易兜を作る始末だ。
カノン・ディアならば問答無用で破壊できるのだが、魔術を使用するスケルトンの数が多すぎて手が回らない。
その時、四重甲羅で破壊された精霊人機から拡声器越しに声が響いた。
「頭だ! 頭の中に何か――」
操縦士が最後まで言い切る前に、大型スケルトンが四重甲羅を操縦席に叩きつけた。
それでも、操縦席と共に砕け散った操縦士の最後の言葉は確かに耳に届いた。
俺はスコープ越しに魔術を使っているスケルトンの頭蓋骨を睨む。
月明かりを頼りに覗きこんだスケルトンの頭の中は真っ暗で、中身の〝何か〟は見えない。
だが、操縦士が言う通り頭の中に〝何か〟があるのなら、破壊することも可能だろう。
俺は対物狙撃銃の照準を魔術を使うスケルトンの眼窩に固定し、引き金を引いた。
銃弾が闇を裂き、スケルトンの眼窩を潜り抜け、頭蓋骨の中に飛び込んだ。
身体強化で硬度を増した頭蓋骨の中を跳弾した銃弾が暴れまわっているのか、頭蓋骨がぐらぐらと揺れた。
頭蓋骨の揺れが収まると同時に、スケルトンが構えていたルェシの貝殻を用いた盾もスケルトンの体を覆っていたアップルシュリンプの甲殻も、重力に従って落下した。
スケルトンの動きがあからさまに鈍くなる。身体強化の魔術が解けたのだ。
俺は横目でミツキを見る。
双眼鏡越しに観察していたのだろう、ミツキは俺の眼を見て頷いた。
「頭蓋骨の中に何かがあるね。魔力袋かな?」
「いや、魔力袋は破壊できない。魔力を流し込んで精霊を解放する以外には消失させる方法がないはずだ。少なくとも、対物狙撃銃の弾丸で壊せる物じゃない」
「だとすると……」
ミツキは双眼鏡を覗き込み、魔術が使用できなくなったスケルトンを観察する。
スケルトンはフラフラと歩いているようだが、頭蓋骨を支えている首の骨に赤い血が伝っているのが見えた。
「もしかして、頭蓋骨の中に別の生き物が入ってる?」
ミツキの言葉にハッとして、他のスケルトンに狙いをつける。
頭蓋骨の中に銃弾を飛び込ませて様子を見ると、やはり魔術を使用できなくなって首の骨に赤い血を伝わせていた。
確定とみていいか。
「頭の中に入っている小さな別の生き物が魔術を使用してるんだ。知能もおそらく、こいつに由来してる」
寄生か、共生か、とにかくスケルトンを利用する形で生きている何らかの生き物だろう。
それも、かなり頭のいい生き物だ。
「ミツキ、このことをロント小隊長に伝えてくれ。俺はここからスケルトンの狙撃を継続する」
正体は分からないが、頭蓋骨の中へ直接銃弾を放り込めば倒せると分かった以上、狙撃の出番だ。
ミツキがパンサーに乗ってロント小隊長の下へ駆け出す。
俺は狙撃を続けようとスコープを覗きこみ、気付く。
魔術を使用できるスケルトンが一斉にこちらを見ている事に。
「――ちっ!」
舌打ち一つ、すぐさま狙撃地点を変えるべくディアを飛び退かせる。
直後、俺がさっきまでいた場所に無数のロックジャベリンが突き刺さった。
退避が僅かでも遅れていたら、串刺しになって死んでいただろう。
ディアの速度で離脱する俺をとらえきれていないのか、スケルトンたちが放つ魔術は俺に当たらない。
魔術攻撃を止めたスケルトンたちが周囲を見てアップルシュリンプの甲殻を用いた簡易兜をかぶり始める。ご丁寧に頭部前面はスリット型にして視界を確保しつつ狙撃に対応している。
俺は民家の裏に隠れてスケルトンたちから隠れ、ミツキと合流する。
「ヨウ君、怪我はない?」
「大丈夫だ。スケルトンの狙いが甘くて助かった」
俺が両手を上げて無傷をアピールすると、ミツキはほっとしたように微笑んでから、鋭い目つきでスケルトンたちを見た。
「狙撃を警戒し始めてるね」
「あぁ、ただでさえ眼窩から中に銃弾を撃ちこんでやらないと倒せないのに、狙撃対策までされると正直お手上げだ」
とはいえ、簡易兜に使われているアップルシュリンプの殻くらいならば対物狙撃銃で破壊が可能だ。こまめに移動しつつ狙撃していけば何とかなるだろう。
それに、頭の中にいる生き物を殺せば魔術が使用できなくなると分かったのは戦術面で大きな成果だ。
ロント小隊長が各所に伝令を出し、拡声器で魔術を使用するスケルトンの頭蓋骨の中に生き物がいる事、それが魔術の発生源であることを告げる。
弱点が分かれば戦況はこちら側に傾く、そう思っていたのだが、事態はそううまく運ばなかった。
魔術を使用するスケルトンは軒並みアップルシュリンプの甲殻で出来た簡易兜をかぶっているため、歩兵では頭蓋骨の中を攻撃できないのだ。
スケルトンたちは甲殻系魔物や通常スケルトンに白兵戦を任せ、後方から魔術を放っているのもたちが悪い。
タリ・カラさん操るスイリュウがシャムシールで攻撃を加えているが、ルェシの貝殻を重ねた盾などで威力を殺されて致命傷を与えることができていない。
ここにきて、戦況は膠着状態を迎えつつあった。
しかし、日付が変わってしばらくしたころ、唐突に戦況は魔物有利に傾く。
スカイが四重甲羅のスケルトンから大きく距離を取り、前線に下がって来た。
魔力切れを起こしたのだ。
無理もない。四重甲羅を相手にやり合おうと思えば全力の攻撃をせざるを得ない。
だが、スカイの戦線離脱はただでさえ余裕のない戦場に魔物側最大戦力である四重甲羅が解き放たれたことを意味していた。




