安寧
「で、聞いてるのですか? フィアハルト」
戦場から戻る途中マクスウェルの上で気絶してしまった陛下の枕元で、永遠とお小言を言うクラレス。
小さな子供のように毛布から目だけ出し、その猛攻に必死で耐えている陛下の姿が痛ましいです……。
「聞いてるよ……悪かったって……」
「いいえ、聞いてませんね。前々から一度しっかりとお話しておかないといけないと思っていたので良い機会です。ついでに公務も進めましょうか。書類を山ほど持ってくるので少しお待ち下さい」
クラレスは一息でそう告げると有無を言わせぬ勢いで部屋から退出して行ってしまった。
クラレスが勢いよく退出し、陛下の寝所ではその場に居た誰もがこの後訪れる猛攻を思うと口を開けずにいた。
毛布から目だけを出した陛下が必死に助けを求めるように私とアマリーを交互に見るけど、私は助けられませんよ……? だって何故かアマリーも怖いんだもん。
「そんな目で見られても助けてあげませんよ? クラレス様にしっかりと教育してもらいましょうね。陛下」
「ア、アマリー……」
戦場から戻って来て丸一日。
目立った外傷も無いが、一向に起きる気配も無く眠り続ける陛下を前に生きた心地がしなかったクラレスとアマリーは、無事日も傾いてきた頃に目を覚ました陛下に安堵すると共にここ最近の陛下の自虐に近い行動に、我慢していたものが一挙に爆発していた。
「全く、私とクラレス様が陛下に仕える立場では無く、ただの幼馴染でしたら思いっきりひっぱたく事も出来たのに……」
「それ、は……本当に良い家臣を持ったと思うよ……」
確かにアマリーはともかくクラレス様にひっぱたかれるって……ひっぱたくじゃ済まないような気もする。
「何とも緊張感の欠片も無いの」
窓辺のソファでゴロゴロするマクスウェルが、欠伸をしながらさも自分は無関係のような発言をする。
緊張感の欠片も無いのはあなたでしょうに……。
と言うか、あなたも他人事じゃないでしょ?
「マクスウェル……そう言うマクスウェルは森の再建は終わったのかな……? まさかダラダラしてるだけじゃないよね?」
満面の笑顔でそう言いながらマクスウェルに視線を向けると、だらりとソファにその長い四肢を投げ出していたマクスウェルは、飛び起きるかのように座り直しオロオロと弁明を始める。
「もも勿論順調に進んでおるぞ! ただそんな急に元の状態まで戻すのは不自然、と言うか負担が大きいと言うか……徐々にだが普通の成長よりは何倍も早く進んでおるぞっ」
必死に弁明を試みてるけど、その内容を要約すれば『疲れるから成長スピードを少しだけ加速させた』であって再建は完了してないって事だよね?
無言のまま先程と同じ満面の笑みでマクスウェルを見つめていると、後ろめたい事を隠す子供のように徐々に背中を丸め視線を合わせようとしない。
「ふふふっ……マークスウェール……一緒に苦しもーねー……ふふふ」
「一緒にするでないフィアハルト」
「あら、同罪ですよ? 竜皇様」
怒り爆発中のアマリーの怒りは当たり前のようにマクスウェルに飛び火。
昨日城に戻ってから聞いた話では、拗ねて城から家出しようとしたマクスウェルを止めたアマリーを泣かせたらしい。
うん。理由はどうあれ怒られてもしょうがない。
と言うか今はアマリーとクラレスが怖くてフォロー出来ないし……。
「もう……。マクスウェル、手伝うから森に行こ? ここに居ると本当にクラレス様にネチネチ言われるよ?」
「うむ! では参ろうか! さぁサキ、早く早く」
マクスウェルは少し食い気味にそう返事をすると、さっと私に駆け寄り抱きかかえると、そそくさと窓に向かい窓枠に足をかける。
「ちょっ! ずるいよマクスウェル! 私も連れ……」
「どこに行こうと言うのですかフィアハルト」
陛下が起き上がろうとした瞬間、それを遮るように書類の束をバサバサとベットの上にぶちまけ阻止するクラレス。
そんな光景を横目で見つつ逃げるようにマクスウェルは窓から飛び立つと、部屋の中から陛下の悲鳴のような声が聞こえた気がする……それに書類を持ってきた時のクラレスの顔といったら……。
少しの罪悪感と共に、マクスウェルに連れられて城のすぐ裏の森、陛下とお昼を共にしたあの花畑に降り立った。
そこは花畑とは言えず、まだ所々に土が見える草原となっていた。
「やっぱりまだ花は咲いてないんだね」
「ん? あぁ、やはり先に大きな樹木に力が流れていってしまうのでな。この辺一体は最後になるであろうな」
降り立ってすぐにその場に座り込み地面の状態を確認していたマクスウェルが、私の言葉で顔を上げ周りを見渡している。
私が長い間寝ている間に契約が完了していたらしく、前の様にすぐ竜の姿に戻る事は無くなったみたい。
力が安定して楽になったのは見た感じで分かるけど、そのせいかどうか分からないけど以前よりのんびりしてる気もする。
のんびりと座り込んでいるマクスウェルの頭を見下ろしていると、ふと久しぶりに飛びついてみようと思いたち、すぐさま実行に移す。
すると何故か踏み切った瞬間にマクスウェルが顔を上げ、当たり前のように私をキャッチし自身の膝の上に座らせる。
「なっ!? 何でっ?」
完全に死角になっている後ろから飛びつこうとしたのに、気付いたら膝の上。
状況が理解出来ずキョロキョロしてると、頭上で笑いを堪えている顔を見つけた。
「ふっ……くくく。のうサキ? 竜と契約者はある程度お互いの考えている事は分かるものなんだぞ? そなた随分楽しそうにしておったが、我の考えは分からなかったのか?」
「はっ……! そうなの!? 完全に『後ろから飛びついて驚かしてやろう』って考えでいっぱいだった!」
初めて知る新事実に驚いていると、頭上にある顔は楽しそうに声を上げ笑い出してしまった。
契約者になったからってまだ実感もなにも無いんだから……不満そうに頬を膨らませマクスウェルの顔を仰ぎ見る。
その照れつつも少し不満に思っている感情も筒抜けらしく、より一層笑い出す始末……。
それならじゃあ……。
「……のうサキ? そんなに怒っておるのか?」
必死に脳内で考えた事は『責任とって早く直しなさい』
正直に言うと怒ってるのもあるけど、半分は嬉しかった。
勿論私一人のせいで国を壊そうとしたのは駄目! そこは本当に怒ってる!
でもずっと傍に居てくれたし、それだけ大事に思ってくれてるのは嬉しいって思っても良いよね?
ぐるぐると頭の中でそんな事を考えていると、ふと頭の上に何かが乗っかった。視線だけ動かして見てみると、マクスウェルが私の頭の上にあごを乗せてるっぽい?
「ねぇ、まくす……」
「責任はとる」
顔は見えないけど、なぜか真剣に言ってるって言うのは伝わってくる。さっきマクスウェルが言ってたのはこう言う事?
「そなたが眠っている間に勝手に契約してしまったが、その責任はしっかりとるつもりでおる」
「まく……」
「我と共に生きるのは嫌か?」
さっきまで自信に満ち溢れているがマクスウェルから伝わってきていたが、その一言を発してからは凄く不安そうな気持ちになっているのが分かる。
いつも自信満々なイメージだったけど、今思えばそうでは無く凄く心配性なのかもしれない。
ただ『竜皇』って呼ばれているせいで、そう言う態度は見せられないのかもしれない……。
見上げた顔はいつもと変わらない力強い金の双眸に彫刻のような造形美。
でも、それと反する不安そうな感情が徐々に大きくなっていっているのが伝わってくる。
もう少し焦らしても良いけど、きっとマクスウェルも私がなんて言うか分かってて聞いてるんだよね。
「ふふっ、元の世界に連絡が取れれば両親とか友達に自慢できるのになー。『私の彼氏格好良いでしょ?』って」
満面の笑みで振り返りそう告げると、後ろから私を抱えていたマクスウェルが一瞬腕に力を入れたのが分かった。
「っ……! その時は『夫』と紹介して貰いたいものだな」
マクスウェルは隠れるように私を強く抱き締めるが、子犬が嬉しくて必死に尻尾を振っているような感情が伝わってくる。
今までただ『格好良い』だけだったマクスウェルが、契約した事で『可愛い』と思える一面を知ることが出来た。
ふとマクスウェルが腕の力を抜いたので落ち着いたのかと思い少し身を離しそのまま見上げると、不意に柔らかいものが唇に触れる。
普段の強引な口付けとは違い、優しく慈しむような口付けに呼吸も忘れてしまう。
「……子犬の様だとは随分な言われようだ」
少し唇が離れたと思いきや、意地悪そうな顔でそう呟くと、私の反応も見ずに今度はいつも通りの強引な口付けをする。
「ふっ……!? んぐっ……」
さっきまでの可愛いマクスウェルはどこへやら。
そのまま私を押し倒し強引な口付けを続けるマクスウェルは、ワザとらしく音を立てながら口付けをしているのが伝わってくる。
伝わって来るからこそ恥ずかしい!
「ふふふっ。本当に契約者がそなたで良かった。いじめがいがある」
うっうん! うっすら分かってた伝わってきてた! ってこれもマクスウェルに伝わっちゃうんだよね!? あーもう! もっと考えてから返事すれば良かったー!
ずっとこのまま長い人生(って言うのかもう分からないけど)退屈せず幸せに生きていけそうです!
これで第一部が終わりです。
終わったのか終わってないのか分からない終わり方してしまいましたが、第二部に続くので許して下さい!
第二部は少し時間を置いてから投稿しようと思ってますので、それまで待っててくださーい!




