「初めまして」は何万回目?
高校一年生が終わり、春休み。
福岡の街は、少しだけ桜に染まっていた。
九州は特に暖かい。
俺─賦谷夏牙は、博多区の自宅で昼飯をかき込もうとしている。
「やっぱ白飯はうまか…!」
勉強は好きではないが、運動は好き。
そして何より─食うことが何より大好きだ。
「夏牙ーっ!」
インターホンの音はせず、玄関から声が聞こえる。
「なんね」
「やっぱ飯食ってたかー…今日お前ん家で遊ぶ予定やったと忘れとったん?」
「忘れてはなか!腹減っとっただけたい」
玄関を開けると、男子四人が立っていた。
「お前は変わらんねぇ…この幼馴染よりも飯飯…」
今俺と話してる男子は、肉倉迅。
幼稚園からの幼馴染で実家は肉屋。家も近い。
俺より小さいが、皆をまとめるしっかり者だ。
「昼時やけん」
「後で店の廃棄の肉持ってくるわ…昼も五号なん?」
「当たり前たい!」
「当たり前たい!じゃなか…その体格と顔でなんで彼女出来んと?」
皆を中に入れ、適当に過ごす。
「俺からしたら、米と肉と明太子が恋人たい」
「それ人じゃなかろうもん!」
そう。こう見えて俺は、何万回─いや、何千万回と人生を繰り返しては、ある女性と出会い、人生を共にしてきた。
「やっぱ迅の店の肉は美味か!」
「夏牙。今日ね…試作のタルト持ってきたの。後でみんなで食べよう」
俺の横で、細身の少年が笑う。
彼は、九呼叶芽。
中性的な顔立ちで、一番細身だが、身体能力は俺に次ぐ。
八女市のケーキ屋で、パティシエ志望。
さらにその横。
「夏牙、顔貸して」
「なん」
「お前、肉ばっかやなくて野菜も食え」
「なんでや」
「よく見たら肌荒れてるんよ!顔立ちは良かけん、もう少し気遣わんと…もったいなか」
香月蓮司が俺の顔を覗く。
こいつは美容好きで、香水臭い。
「あとちゃんと寝とる?昨日何時に寝た?」
「知らん」
「寝不足は肌に悪いとよ」
「お前は俺の母ちゃんか」
そして最後、唐隅海都が口を開いた。
「今日の昼飯なん?」
「米や」
「それ以外は…?」
「肉しかなか」
「魚は…?」
「知らん」
「やっぱお前とは食の好み合わんたい」
「お前が魚ばっか食うからやろ」
「魚は美味い」
「肉の方が美味い」
「魚」
「肉」
「魚」
「肉」
海都は魚派で、俺は肉派。
彼も俺の次に食うものの、食の好みが合わない。
「…また始まった」
迅は呆れる。
「いつも通り、平和だね…」
叶芽も蓮司も、スマホをいじりながらそう思う。
この五人は、タイプもバラバラだった。
高校入学当時に大喧嘩したこともあったが、
この一年間を一緒に過ごすうちに、いつの間にか親友になっていた。
そして、休みが合うと皆で集まって遊ぶ。
それだけだった。
この日までは。
****
夕方になると飽きて、外に出る。
「…お?」
迅が足を止め、皆でその方向を見る。
「どしたと?」
「引っ越しかな?重そうだなぁ…」
近くのマンション。
入口にたくさんのダンボールが積まれていた。
そして─俺は運命の出会いをしてしまった。
「…………」
そのダンボールを一人で運んでる少女がいた。
「…………」
五人の視線は止まる。
小柄な体。
細い腕で大きなダンボールを抱えてる。
ミルク色の髪が春風に揺れて靡く。
淡い色のワンピース。
「………あの子、可愛くね?」
海都が呟く。
「うん…。凄い美人」
叶芽も顔を赤く染める。
「何あの子…」
蓮司も開いた口が塞がらない。
「めっちゃ可愛か…」
迅も思わず言葉が出る。
皆、あの子に一目惚れをしてる。
「…………」
でも俺だけは、違った。
初対面─?この人生ではまだ一度も会ってない。
知らない。なのに─
胸の奥が、大きく脈を打つ。
この気持ち、知らない。知りたくない。
なのに─どうして。
「……甘海?」
口から名前がこぼれた。
「「「「えっ?」」」」
「あの子、知っとーと?」
「知らん」
「でも名前言ったよね?」
「…言っとらん」
四人がこっちを見るも、俺自身も驚いた。
でも俺の目はずっと、甘海を見ていた。
少女が大きいダンボールを持ち上げる。
その細い腕で、どうやって運ぶのだろう。
気付けば足は彼女のいるとこへ進んでいた。
「おい…!夏牙」
「………」
「夏牙!らしくないよ!」
「どうしたと!」
四人の声は聞こえる。
でも、それよりも、大事なものがあった気がした。
「うぅ…重いわ…」
少女は持ち上げるも、細い腕がプルプルしてる。
俺は腕を伸ばし、支える。
「大丈夫ね?」
少女が顔を上げる。
ぱっちりとした、大きな瞳。
柔らかい表情。
「まあ…」
彼女は微笑む。
「ありがとうございます」
その瞬間。
俺は、世界から音が消えたように感じた。
何万回もの人生で見てきた、その声、表情。
笑い方を。
何回も、何万回も、何千万回と見てきたのだから。
「夏牙、お前…!」
「あら…お友達?」
「そうたい」
四人が駆け付ける。
「まあ…」
その表情を見て分かる。
今世の彼女は、今の俺を─何千万回もの人生を知らない。
「あのさ…名前聞いても良か?」
それでも、恐る恐る名前を聞く。
「……杭幕甘海よ」
「……甘海、か」
「?」
杭幕甘海。
彼女こそが、俺が何千万回もの人生で人生を共にしていた女性だ。
妻として。
敵として。
幼馴染として。
家族として。
何千万回も、お互いは名前で呼んでいた。
「……お名前、聞いても?」
「お、おう…俺は………「肉倉迅!」
「僕は九呼叶芽」
「香月蓮司」
「唐隅海都!魚派!」
「何でお前らが先言うと!」
甘海が名前を聞く。
しかし、四人に先に答えられてしまった。
「まあまあ…」
「皆素敵なお名前ね……あなたは?」
「……賦谷夏牙たい」
「夏牙君ね?よろしくね」
今は。
初めましてでいい。
そう思った。
何千万回も人生を共にした彼女と。
この人生では、もう一度─最初から恋をする。
……To be continued
第一話を読んでいただきありがとうございます。
この度、新しい作品『何万回目の初恋』を連載いたします。
お楽しみに。次回もお楽しみに。それでは。




