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食堂店員兼勇者  作者: 平民
二章 スキル

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25.日本人

 立ち込めていた不気味な霧が、ゆっくりと晴れていった。

 気づけば、俺たちは全員同じ場所へと戻ってきていた。どうやら無事に幻覚の試練から抜け出すことができたみたいで、ホッとした安堵の息が漏れる。


「……はぁ……」


 俺はその場に力なく座り込んだ。

 怪我をしたわけではない。体ではなく、精神を直に削られたような酷い疲労感がある。あんな最悪な黒歴史、脳内から抹消したいものだ。


「えっぐ……」


 ハヤミがぐったりとした様子で地面に寝転がった。


「なにあれ……思い出したくないものばっかり無理やり見せられるとか、反則じゃん」

「……趣味の悪い幻覚だ」


 ヤマトも珍しく不快感を露わにし、険しい顔で眉間に深いしわを寄せている。


「でも……」


 座り込む俺たちを見守りながら、サクラコさんが静かに微笑んだ。


「皆さん、無事に戻ってこれましたわ。それだけでも十分に良かったです」


 何はともあれ、全員に怪我がなくて本当に良かった。

 しかし、ホッとしたのも束の間、俺はある違和感に気づく。

 ヤマトとハヤミの二人の間に流れる空気が、霧が晴れる前と後で微妙に変わっていた。

 妙に距離が遠い。互いに目が合いそうになると、どちらからともなく不自然に視線を逸らす。気まずい感じというか……あれ、どうしたんだろう。


「……なあ」


 沈黙に耐えかねたように、ヤマトが先に口を開いた。


「一応、言っとく」


 その声は、いつもの冷静なトーンよりもさらに一段と低い。


「さっきの幻覚で思い出した」


 ハヤミの体がピクリと跳ねるように反応した。

 ヤマトはどこか迷いがあるように視線を彷徨わせたあと、意を決したように話す。


「オレとハヤミは……兄妹だった」

「…………え?」


 俺の口から、間抜け極まりない声が出た。


「え、えーー!?」


 ガチで声が裏返ってしまった。驚きすぎて頭が追いつかない。だが、言われてみれば確かに、よく見れば顔立ちの整い方や、漂う鋭い雰囲気がよく似ている。でもこの世界では血は繋がってないはずだが……。


「ちょ、ちょっと待って」


 ハヤミが頭を抱え込むようにして顔を伏せた。


「あたしも、今ちょうど思い出したんだけど……」

「ほ、本当なんだ……?」

「本当だ。さっきの趣味の悪い幻覚のせいで、いろいろと余計なことまで思い出した」


 ヤマトは深く大きなため息をついた。


「あの、それはいつの話で……」

「現実世界での話だ」


 ヤマトの口から出たその言葉に、全員に思い当たる節がある。

 現実世界。

 俺とサクラコさんは自然と顔を見合わせた。


「……あの」


 サクラコさんが探るように、静かに口を開く。


「それって……地球……いえ、日本の記憶のことですか?」


 一同がぴくりと反応する。知らないはずなのに、知っている。

 そんな現代日本の光景が、濁流のように脳裏へと蘇ってきた。電車の走る轟音、街の雑踏、学校のチャイム、重苦しい教室、そして竹刀の擦れる剣道場。


「お……思い出したんだ」


 俺は呟くように言う。


「……俺は日本の高校生で……」


 溢れ出した言葉はもう止まらない。


「花園由良って名前だった」


 その名前をトリガーにするように、日本での嫌な記憶も、苦しかった日々も、一気に鮮明によみがえった。


「……っ」


 ハヤミも口を開く。


「あたしは……藤堂早美。家に帰るのが嫌で、反抗ばっかりして……不良してた」


 ヤマトがそれに続く。


「嘉納大和……ひでー家で育った」


 全員の名前が、まぎれもない日本名だった。今の異世界での名前を逆読みしただけなのに、どうして今まで気づかなかったのかと、少しだけ悔しい気持ちになる。


「やっぱり、みんな日本人……」

「……そのようですね」


 サクラコさんが痛みを共有するように、静かに頷いた。


「私も……壇ノ浦桜子。会社員として働いていました」

「……あ」


 そういえば、なんだかよく見かけるパターンじゃね?と、ふと思う。


「これって、よくある異世界召喚ってやつかも」

「電車かバス……その辺のタイミングで、まとめて連れてこられた可能性が高い」

「うっわ、テンプレじゃん。引くわー」


 ハヤミが少し引き気味に、苦笑いを浮かべた。

 お互いの正体を知ったことで、場を支配していた重苦しい空気は少しだけ和らいだ。

 しかし、ヤマトとハヤミの間にある微妙な距離感は、まだ完全には消え去っていない。お互いの事は共有はしたけれど、現在の関係性をどう整理すればいいのか戸惑っている様子だった。

 俺はそれを見て声を掛ける。


「……まあ、兄妹とか過去の確執とか、いろいろあるとは思うけどさ」


 ハヤミがこっちを見た。ヤマトも同じように、静かな視線を俺に注ぐ。


「一先ず、仲間でいいんじゃない?せっかく異世界で日本人同士が再会できたんだし」


 俺の言葉に、二人は一瞬黙り込む。


「……まあ」


 先にヤマトが肩をすくめた。


「今はそれで問題ない」

「……そーだね」


 ハヤミも小さく、納得したように頷いた。

 現実世界で二人の間に何があったのか、俺にはわからない。でも、自分達がこの世界で巡り会えた事は、きっと何か意味があるはず。


「みんなーはやく行こうよー!どーしたのー!」


 離れた場所から、ダイゴローがぶんぶんと手を振ってこちらを呼んでいた。その周りでは、妖精たちが騒がしく飛び回っている。


「ごめん。今行くよ」


 歩き出す足取りは、不思議とさっきよりもずっと軽い。

 過去にあった事実は変えられない。でも、これから進む未来なら、自分たちの手で変えられる。

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