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食堂店員兼勇者  作者: 平民
二章 スキル

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23.幻覚1

 知らないはずの、知っている場所にいた。

 冷たい床と古びた壁。たくさんの目が死んでいるような年頃の少年少女達。

 どこかの施設の一室だ。


『……あ』


 幼い自分が佇んでいた。小さくて、痩せていて、怯えている。

 目の前には背を向ける女がいた。いつも以上に化粧が濃くて、派手な格好をしていた。


『ごめんね。ここにいたらご飯くれるから』


 それだけ言って、振り返らずに去っていく。

 足取りはとても軽やかで、向こうに止めていた車に乗りこんでいく。

 運転席には男が見えた。よく家にあがりこんでいた男だ。


『まって……!』


 幼い自分が手を伸ばす。でも、届かない。扉が閉まっていく。

 閉まる寸前、女は男とキスをしていた。


『いかないで!お母さん!』


 がちゃりと閉められた。

 世界が切り離される音がした。

 場面がすぐに変わると、


『おい、お前』


 教室に笑い声がする。たくさんの不躾な視線が向けられた。


『みなしごってマジ?』

『親に捨てられるとかカワイソ』

『くっさ』

『きもい』


 弁当が床に落ちた。ぐしゃ、と踏まれた。それを見て、いつもみたいに胸が締め付けられる。侮蔑や嘲笑を含めたはやし立てる声は、どんどん大きくなる。


 最悪だ。思い出したくない。こんな昔の記憶なんて。

 辛い。胸が抉られる。


 ああ、これは日本にいた時の自分だ。

 全部知ってる。忘れたくても忘れられない記憶だ。

 母親は男を優先して俺を捨てて、施設では弱虫だからっていじめられた。

 そして学校でも、居場所なんてどこにもなかった。

 

 どうせ俺なんか、誰からも必要とされない。

 昔も、今も、これからも、ずっと独りぼっちだ。

 何をしても笑われて、見下されて、貶されるばっかりで。

 こんな奴、いる必要ある?


 自分なんか……


 自分なんか、いなくなってしまえばいい――――ッ!!



『ユラ』


 声がした。はっとして振り向く。

 そこには、ヤマトとハヤミが立っていた。


『逃げるなって言っただろ』


 ヤマトが真っ直ぐ見てくる。


『一人じゃないでしょ。何が何でもユラと一緒にいたいって言ったんだから』


 ハヤミが笑う。


「ヤマト……ハヤミ……っ」


 胸が、じんわり熱くなる。

 これは幻影だろう。だけど、どう見ても本物にも見える。


 ……そうだよ。前はいらないって思ってた。今だって、そう思う時は時々ある。

 でも……それでも、ここにいるって決めた。


 二人はかけがえのない友達だ。一生、一緒にいるって約束した。どこまでもついてきてくれる二人を裏切れない。


 勝手に消すなよ、俺の記憶を。

 俺はここにちゃんといるんだから。


「こんなまがいものの幻覚に日和ってる場合じゃないんだ!!」 


 過去の光景がひび割れていく。

 音もなく崩れ落ちると、元の森の景色に戻っていた。


 *


「ユラ!どこだ!」


 急に視界が真っ白になり、当てもなく歩いていた。

 仲間が誰もいなくなって少し焦るが、たぶんこれは幻覚を見せる領域に入ったと考えていいだろう。

 向こうの方に光が見える。それを目指してさらに歩くと、視界が切り替わった。


 広い屋敷に静まり返った空間が見える。

 歴史がある武家屋敷のような家の前にいる。見たことがある。

 これは、日本にいた時の自分だ。


『坊ちゃん』

『大和様』

『若』


 黒服の親の部下達や使用人たちが一斉に頭を下げる。

 誰も目を合わせない。誰も親しみを込めてしゃべりもしない。完全に腫れものを扱う態度だった。


『クソみたいな家……』


 子供の頃の自分が他人事のように呟く。

 周りにはたくさん人がいる。でも、誰も対等じゃない。

 自分自身を見てくれる者なんてひとりもいない。


 場面が変わると、派手なネオンが光る夜の街に自分はいた。隣には露出度が高い女が腕に絡みつく。


『大和く~ん、大好き~!』


 笑顔で媚びてくる女は、下心ありありでほとんどが打算ありき。この女もその一人で、裏社会にコネがあるから付き合っていた。


『へぇ、なんでオレが好きなわけ?』

『身長高くて顔が超カッコいいからぁ。あとお金持ちで王子様みたいでぇ~』

『ふぅん』


 典型的な頭の悪そうな女の回答だった。訊くだけ時間の無駄だった。


『大和くんはなんでぇ?どうせ仕事のためでしょぉ?』

『それもあるが、お前みたいなバカ女でもヤリたかっただけ』

『なにそれーひどーい。くすくす。でもうれしぃ~』


 何が嬉しいだ。こっちはちっとも嬉しくもなんともない。

 こんなクソ女でも抱かなきゃいけない事がな。


 心はいつもからっぽで、まったく笑えない。生きるために仕方なく女を抱き、利用し、殺しだってする。それが実家の極道の世界だった。

 そういう世界にいたせいで、何もかもが薄汚れて見える。


 どうせこれからもこんな感じだ。

 のらりくらりと過ごして、つまらん日々を送るだけ。

 この異世界でも、好きでもない婚約者と結婚して、跡取りを作らされる。血統主義なバカ貴族の飼い主として、なんとなく過ごしていくのだろう。


 どちらの世界も、ホントくだらない。

 いっそ、全部壊れてしまえばいいのに。



『ヤマト!』


 声に振り向くと、うだつの上がらなさそうな奴がいた。

 とりたてて美人でもない、自己評価の低すぎるそいつ。だけど、自分の中で今一番気になる存在。


『ちゃんと見ろよ。そんな顔して勿体ない』


 とても真っ直ぐな目で見つめられる。


『俺、ヤマトの言葉に助けられてるんだよ。いつもはっきり言ってくれる』


 今まであった事のない畑違いの奴が、


『隣にいる頼れる相棒みたいな感じなんだからさ』


 いつの間にか、オレの心に住み着いてしまっていた。


「相棒、か……それは光栄だ。勇者様」


 こいつはもう手放せない。

 自分がここにいる理由は、勇者こいつがいるから。

 今いる場所がひび割れていく。音もなく崩れ落ちると、森の中にもどっていた。

 



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