07. 気になる彼
「……あの。さっきから皆さんのお話を聞いていて、少し気になったんですけど。中央調整課に配属された新人の方って……いいですよね」
フィオナが言う。
エレノアはカップを口元まで運びかけて、ふっと力を抜くように息を吐いた。
「分かるわ~。正直に言うと、私も遠目から何度か見てたけど、あれはカッコいいってだけじゃなくて、立ち振る舞いが良いのよ」
そう言ってから、わざとらしくアリスの方を見る。
「それで、その新人の担当が誰かと思えば、あなたでしょう。正直、ちょっと羨ましいわ」
アリスは思わず目を瞬かせた。
「え、ちょっと待ってよ。なんでそこで私を見るのよ」
リーザロッテが、にやりと笑う。
「だって事実じゃない。毎日隣で仕事して、質問されて、説明して……距離が近いのは確実でしょう?」
アリスは思わず肩をすくめる。
「距離が近いって言っても、仕事は仕事よ。それに、私はこれでもつい最近までは婚約者が居たんだから」
「それでもよ」
エレノアが即座に返す。
「新人って、教えてくれる人のこと、結構ちゃんと見てるものよ。しかも中央調整課でしょ?頼られる場面も多いはずだし」
フィオナは少し頬を赤らめながら、控えめに頷いた。
「……あの、実は私の所でも少し話題になっていて。『中央調整課に顔がとても良い子が来た』って。仕事ができそうなのはもちろんですけど、見た目の印象も良いって」
リーザロッテが軽く口笛を吹く。
「もう垣根を越えて噂になってるのね。これはなかなか」
アリスは頭を掻きながら、困ったように笑った。
「ちょっと待って、本当に話が一人歩きしてない?本人は至って真面目だし、素っ気ないし……」
「そこがまたいいのよ」
エレノアの声は、妙に断定的だった。
「自覚がないタイプでしょ。変に愛想を振りまかないのに、ちゃんと礼儀正しくて、距離感も変じゃない。あぁ、良い話になりそうな予感」
リーザロッテも同意するように頷く。
「……アリスさん、大変じゃないですか?」
「何が?」
「周りから、色々言われたりとか」
一瞬、アリスは言葉に詰まったが、すぐに肩をすくめる。
「まあ、多少はね。でも、中央調整課って元々そういう場所だし。こればかりは仕様がないよ」
エレノアは少しだけ表情を和らげた。
「それでも、嫌じゃなさそうなのが救いね」
「嫌、ではないかな」
アリスは正直に答えた。
「仕事はやりやすいし。教える側としては助かってるわね」
その言い方があまりに素っ気なかったせいか、リーザロッテが吹き出す。
「ほら、こういうところよ。アリス、彼についての恋愛話を全くしないじゃない」
フィオナがくすっと笑い、エレノアは大笑いをしていた。
「まあ、だからこそアリスなのよね。……でも、ちょっとだけ言わせて」
エレノアはカップを置き、冗談めかしながら続ける。
「噂が一人歩きするなんてのは、わりと簡単に想像できるわ。覚悟だけは、しておきなさい」
アリスは小さくため息をつき、天井を仰いだ。
「……はいはい。仕事の話だけで済めばいいんだけどね」
そう言いながらも、否定しきれない何かが胸の奥に残っているのを、アリス自身が一番よく分かっていた。
エレノアはわざとらしく肩をすくめ、少しだけ声の調子を落とした。
「まあ、誤解しないでほしいんだけどね。別に私たちが彼をどうこうしたいって話じゃないのよ。好きとかそういうのは置いておいて……単純に、良い人だと思ってるだけ」
リーザロッテも頷き、肘をついたまま言葉を継ぐ。
「だからね。取られないようにした方がいいわよ、って話」
アリスは勢いよく身を起こした。
「だから違うってば!なんでそういう話なのよ!」
思わず声が大きくなり、慌てて口を押さえる。その様子に、三人が一斉に吹き出した。
アリスは深くソファに沈み込み、両手で顔を覆う。
「本当に違うの。仕事仲間。それ以上でも以下でもないよ」
エレノアは笑みを残したまま、少しだけ真面目な声になる。
「分かってるわ。アリスが軽率なことしないのは。でもね、周りはあなたほど事情を分かってくれないのよ」
リーザロッテも続ける。
「貴方と彼、噂好きにはたまらない話よ」
「そんな風に言わないで……」
アリスはうめくように言ったが、どこか笑っていた。
「でも……アリスさんが担当で、よかったと思います。変な噂が立つにしても、信頼できる人がそばにいる方が安心ですし」
その言葉に、アリスはふっと表情を緩めた。
「ありがとう。そう言ってもらえるなら、まあ……悪くはないかな」
エレノアは満足そうに頷く。
「でしょ。だからこそ言ってるのよ。“油断はしない方がいい”って」
「もう……」
アリスは苦笑いをしながらも、否定をすることはなかった。




