プロローグ【ルエーガー家】
「なんじゃこれは~~~~~っ!!??」
そっくり全身が映る姿見の中で愕然とした表情を浮かべて、絶叫を放ったのは腰まで届く癖のない長い金髪に神秘的な翡翠色の瞳が特徴的な、十代半ば頃と思しき絶世の美少女だった。
ミルク色の肌にはシミや切り傷ひとつなく。明らかに上流階級か貴族階級――下手をすれば王族や上位神官に連なる者――と言われても容易に納得できる気品と、独特の雰囲気を持った令嬢である。
その割には着ているものは上質ではあるものの、既製品である中性的な袖なしのチュニックと綿の短衣を着て、腰のところでベルトで縛ってあるだけという簡素なものであったが、そのためにまろやかな胸元や細い腰、形の良いすらりと長い足が剥き出しになって、逆に得も言われぬ色香を醸し出していた。
「あのクソ親父、ドサクサ紛れにここまでやるか~~っっ!?!」
しばし何かを堪えるかのようにプルプル震えていたが、ほどなく堪忍袋の尾がまとめて切れたのか、怒髪天を突く勢いで激昂する美少女。
そんな彼女を困った風に見ている褐色の肌に栗色の髪。砂漠の国の踊子風な煽情的な衣装を着て、キュートな美貌をした異国の少女――風の女精霊であるラファが、困ったような微苦笑を浮かべて、癇癪を起した己の主人である美少女の口汚い罵り声や騒ぎが周囲に聞こえないように、密かに風の結界を張るのだった。
☆ ★ ☆
大河クラルス川の中流に位置するクラヴィス公国。
周辺諸国はもとより、大陸中の財宝・財産の半分を所有すると言われる超大財閥ルエーガー家が支配する小国である。
この国には特に目立った資源もなく、農牧にも最適とは言い難いが、代わりにクラルス川を使った水運はもとより、周辺諸国は当然として遠く砂漠の国や東方の魔導王国ともつながる、主要な街道に挟まれた交通の要衝――西方諸国のヘソとも呼ばれる場所を押さえており、ありとあらゆる文化と情報、軍事、通商そして財と欲望、野心が渦巻く、人の営みの中心にして爆心地として、知らぬ者はいない良くも悪くも世界に冠たる名所であった。
そして、この地を支配するルエーガー家の成り立ちは、いまよりおおよそ二百五十年前――。
バイエルン統一王国が西方地域をほぼ支配していた当時、一介の商人であった初代アマート・ルエーガーがバイエルン統一王国の男爵位を叙爵され、以後十五代に渡ってその財力と経済力、国内外への影響力を伸ばした結果、陸爵に次ぐ陸爵を繰り返し(途中でバイエルン統一王国が分裂離散するなどしたが、代わってこの地域の支配を標榜する国々に、その財力にものを言わせて次々に鞍替えをして)、五代前についには公国として独立を果たしたという経緯がある。
それゆえに家柄と伝統と格式に胡坐をかいた近隣諸国の王侯貴族たちにとって、表面ではルエーガー家は遜る対象とは言え、その実腹の中では『金で地位を手に入れた成りあがり者』と蔑みの言葉を切らしたことはない……つまりは、見下す対象に媚びを売って金と物資を回してもらう、という相矛盾した現状に鬱屈した不満を隠せないでいるのが現状だった。
何と言っても彼らにとって、王侯貴族はその家柄と高貴なる血筋によって、無条件に権威と尊敬を得られる絶対的な立場であり、金や経済などという下賎なモノに振り回され汲々とし、ましてや借金などのために先祖代々の家宝や馬、家屋敷、さらには領地や爵位まで手放さなければならない(伯爵以上の門閥貴族になれば、子爵、男爵などの従属爵位を併せ持っている――本来は息子や陪臣に移譲する――のが普通である)など、屈辱以外のなにものでもないのだから。
しかしながら先立つものがなくては暮らしていけないのも事実ではある。
だが、たかだか庶民の金貸しや商人ごときが証文を盾に貴族の懐に手を伸ばそうなどと、ましてや追剥のごとく『借金のカタ』と言って、正統なる貴族の財産と面子を土足で踏みにじるなど、不敬、不遜、我が身を顧みない驕傲以外のナニモノでもない。
世が世なら貴族の不興を買った庶民など有無を言わせず全員絞首刑の上、連中のすべての財産を没収して、家族や使用人はすべて奴隷に売り払ったものを……!
そんな貴族を貴族とも思わない無教養にして悪辣な(あくまで貴族目線では)金の亡者どもの大本であるルエーガー家。
連中の顔色を窺うなど真っ平ごめんという貴族としての矜持と、さりとてルエーガー家に睨まれればたちどころに国が成り立たなくなることは火を見るよりも明らかであるという、不本意な現実に歯噛みをして忸怩たる気持ちで、地図上のクラヴィス公国を眺めては地団太を踏むのであった。
そんなカビの生えた価値観に凝り固まった旧弊な王侯貴族とは違って、一介の商人から公王に……そして王侯貴族すら顎先で使うルエーガー家に対する庶民(その影響力を理解している上級階級や中級階級)の感情は極めて高い。
何と言っても半ば伝説的な立志伝中の家系であり、現当主も王侯貴族として偉ぶったところがない、叩き上げの人物として名高く同時に親しまれていた。
いつかはその足元まで……とは行かないまでも、人を人とも思わぬ貴族の鼻っ柱を折れる程度の財を成したい。ルエーガー家は夢見る商人たちの目標であり、憧れの対象である。
それゆえに大多数の国々と人々は、ルエーガー家の財力と影響力を重んじて、かの地を『クラヴィス公国』ではなく《ルエーガー帝国》と呼びならわすのであった。
★ ☆ ★
さて、そんなクラヴィス公国の豪奢ではあるが華美ではない、あくまで一国の象徴とゲストをもてなすための公務の場というポリシーのもと、使いやすさと実用性を第一に考えた宮殿。
その奥にある公王の私室を兼ねた執務室へ、公王の実子にしてルエーガー家直系継嗣である三人の兄弟が集められていた。
四十代半ばほどと思しき好人物然とした恰幅の良い男性が、三人を順番に見回しながら直々に声をかける。
「よく来たな、バルド、ファビオ、クリスちゃん」
「……クリストファです、公王陛下」
ひとりだけ語尾に『♡』マークが付きそうな声色で愛称を呼ばれた三男が、微妙に据わった眼差しと平坦な声で訂正をする。
「ははははっ、ここは公務の場ではなく私室だ。だからお前たちも改まった呼び方をせずとも、気軽に家族として接するがよい」
だがそこはさすがにルエーガー帝国の頂点に立つ男。毛ほども動ずることなく、気楽に受け流すのだった。
「ん――ごほん! あー、その、常にお忙しい父上が改まって我らを集められ、内密の相談があるとなるとなるとただ事ではありませんが、どこかの国でも亡ぼすのですか?」
長男にして父親に瓜二つな福々しい容貌に、二十歳とは思えないほど縦にも横にも恰幅の良い体型をしたバルダッシュが、若干声を潜めて父であるクラヴィス公王に確認を取る。
「いや、そんな面倒な話ではない。きわめて限定的かつ個人的な……言うなればルエーガー家の伝統について、お前たちに伝えておきたいと思ってな」
予想外の言葉にお互いに、『知ってるか?』『いや全然』『冗談じゃないの?』と顔を見合わせ、アイコンタクトを取る三兄弟。
ちなみに母である公王妃は十年前に儚くなり、それ以後後妻を娶っていないのでこの三人以外には兄弟姉妹は存在しない。
王としての体面から後妻を娶るべき……という臣下からの意見も多々あったものの、亡くなった妻を溺愛していた彼は、後妻はもとより側室や愛妾ひとり侍らせず独身を貫いていた。
公人としては無論の事、私人としても隙を見せずに(隙があったとしたらそれは罠である)、父親としてもまったく抜け目がない人物ではあるものの、亡き母に対する愛情だけは疑いなく本物で、それに関しては家族として手放しで称賛できる美点である――というのが息子たちの共通した認識であり、そのためかこの兄弟は王族としては稀有なほど仲が良かった。
ともあれ困惑する息子たちに対して、クラヴィス公王は飄々とした態度を崩さずに、いきなり特大の爆弾を炸裂させた。
「なおこの結果如何によって、お前たちのうち誰がルエーガー家の次期後継者になるかが決まる」
「「「はぁ――っ!?!」」」
サラリと発言されたとんでもない内容に、三兄弟の驚愕の声が知らずに唱和する。
「……王位、爵位の継承となれば、法律上は『直系継嗣』である『男子相続』であるのが前提ですので、常識的に考えれば長男であるバルド兄上が継ぐのが当然ではないですか?」
次男であるファウスティーノが眉をひそめて、いささか非難する口調で父親に筋の通った論調で言い返す。
普通の王侯貴族の次男であれば、渡りに船とばかり長継を蹴落とそう内心小躍りしながら、より詳しい話を聞こうと詰め寄るところだが、ファビオに関しては困惑と煩雑さが感情の大部分を占めているようだった。
「何だ嬉しくないのか。序列に関係なく次期公王にして、汲めども尽きぬと謳われるルエーガー家の財を我が手にできるかも知れんのだぞ?」
揶揄を含んだ父親の焚きつけにも、中肉中背で顔かたちも両親の地味な部分を集約したかのような、人畜無害そうな平凡な見た目をしたファビオは軽く肩をすくめ、
「私は幼少の頃からバルド兄上が後継者となり、その補佐をすべく努力してきましたからねぇ。いまさら表舞台に出ろと言われても厄介なだけですよ」
恬淡とした口調で、当然のごとく次期後継者の座を辞退する。
世間一般では身も蓋もなく『予備』と呼ばれる立場であるものの、次男と言うある意味父親や長男の苦労を間近に見て育った分、下級貴族や庶民のようにその立場が盤石でも光り輝くものでもないものを良く知り、なおかつ目端の利いた彼には父親の言葉に無邪気に喜ぶよりも、巨大すぎる《ルエーガー帝国》の後継者は自分の手には余る……と即座に判断できるだけの慧眼が備わっていた。
「おいおい、いいのか? 俺は親父の七光りだが、実務能力と学問に関しては間違いなくお前の方が上だぞ」
あっさりと玉座を譲られた長兄もまた、本気で次男に翻意を促すという、王侯貴族にあるまじきある意味麗しい兄弟愛の愁嘆場――実のところは責任と重圧の押し付け合い――を演じる。
「いやいや。“一引き、二才、三学問”と申します通り、やはりこの世の中は努力よりも才能が必要でありますが、その才能よりも上からの引き上げの方が大きいのですから、私のようにパッとしない者よりも、皆の信任の厚いバルド兄上が順当に後継者になるのが相応しいかと……もしくは――」
十八歳とは思えない世慣れた態度で大義名分をかざしたファビオの視線が、どこか自分とは無関係という顔でぽつねんと傍らに立っている末弟――十人中九人までが「目を疑うほどの美少女」と答え。真っ平らの胸と尻をよくよく見たひとりが自信無げに「もしかして少年?」と首をひねりながら答えるであろう、かつて傾国傾城・絶世の美姫と謳われた母親に、性別以外は瓜二つと言われる金髪に翡翠の瞳をした華奢な十五歳の美少年――クリストファへと向けられた。
「父上のご寵愛深く、見目麗しいクリスであれば大方の者は釈然とはしないまでも納得するのではありませんか?」
「はああああああっ?!?」
いきなり俎上に上げられたクリスが、思わず素っ頓狂な声を出して目を白黒させる。
思いがけない提案に瞬きを繰り返したバルドだが、彼もまたルエーガー家の長男としてそれに見合った権謀術数に長けているだけのことはあり、その思惑を瞬きの間に洞察して、
「なるほどなぁ。それもアリか……」
納得するだけの度量も持っていた。
これに慌てたのは当の本人であるクリスである。
泡を食って両手を体の前で無意味に振り回して、必死に辞退するのだった。
「いやいやいやいや……兄上たちを差し置いて、私のような若輩者にそのような大役は務まりませんよ。そもそも私――じゃなかった、ボクは兄上たちのように帝王教育はもとより、男子としての一般教養すら覚束ないありさまですから。誰かさんのせいで」
そこでいったん言葉を止めて、ジロリと険のある眼差しを父であるクラヴィス公王に向けるクリス。
「クリスティーナちゃん、可愛い顔が台無しだよ~。まあパパはどんな顔をしてもクリスティーナちゃんのことは大好きだけどね」
途端、公王として父親としての威厳を放り棄てて、デレデレと脂下がった笑みを浮かべるクラヴィス公王。
「クリストファです! 父上の倒錯した趣味のせいで、五歳から十二歳で気が付くまで、ずっと女の子として育てられた過去は消せないし、取り返しがつかないのですよ!」
亡き妻に生き写しの愛娘として、事情を知る者や侍女には徹底的に緘口令を敷き、ご丁寧に国内外にも二男一女として吹聴していた――お陰で、いまだに国民の大多数はルエーガー家の箱入り娘の存在を信じ込んでいる有様な現状に頭を痛めているクリス。
さらには噂は噂を呼んで、諸外国からもいまだに『噂に聞く深窓の姫君』『公王の掌中の珠』『ルエーガー家の秘宝中の秘宝姫』との結納や結婚の問い合わせが引きも切らないという、こちらは洒落で済ませられない……下手をすれば戦争の引き金にもなりかねない情勢に、
「どーすりゃいいのさ!?」
と不安にさいなまれて、三年経ってもおちおち外へも出かけられず、
「この際、美人薄命ってことで死んだってことにして、ほとぼりが冷めたころに“実は弟がいました”ってやるしかないだろうな」
そう結論づけて半ば隠遁生活を送っているからこそなおさら、兄たちの提案はあり得ない選択肢であった。
「いや、別に公王だの商会の会頭だのはワンマンで成り立つものじゃない。要は下に就くものを効率的に気持ちよく働かせられればいいことだ」
「まあ大部分は油断できない上に無能な連中が幅を利かせていますが、そういった連中は私とバルド兄上が憎まれ役になれば済むことですからね」
代わる代わる説得する兄たちの言葉に、世間知らずながらそこはルエーガー家の直系だけのことはあり、
「……つまり御輿は軽いほど下の者が楽になるし、万一潰れた場合も傷が浅い……ということですか?」
そう裏の意味を汲み取れるだけの頭の速さを持っていた。
「身も蓋もなく言ってしまえばな。なおかつ見目麗しく派手な方が見る方も担ぐ方もその気になりやすいだろう?」
歯に衣着せぬバルドの言葉に、クリスがげんなりしたところへクラヴィス公王の助け舟が出された。
「これこれ、話はしまいまで聞くがいい」
それから部屋の隅に控えていた侍従たちを呼んで、三兄弟の眼前に恭しく真紅の絹で織られた布に乗せられた三点の品物が捧げられる。
ひとつは袱紗に入れられた小さな袋で、ひとつはそれなりの厚みのある蜜蠟で封印された封筒であり、最後のひとつは兄弟でバラバラに、バルドには豪奢な作りの短剣を、ファビオには金属製の腕輪を、クリスには金剛石らしい宝石がつけられた指輪であった。
何か意味があるのかと思ったクリスだが、見たところ腕輪は長兄にはきつそうで、自分にはぶかぶかである。そして指輪は女性ものらしく、これを嵌められるのは三人の中で自分だけだろう。
(要するに選択の余地がなかったってことね)
そう密かに納得するのだった。
「これからお前たちには一族のしきたりに従って、十万ゴールドの支度金と精霊が宿った宝具を与える」
「!! 十万ゴールド……! それはまた大金ですね。しかし、支度金とは?」
軽く目を見張って絶句する三兄弟のうち、ファビオが思わず……という口調で疑問を口にした。
ちなみにクラヴィス公国も含めて周辺国では、旧統一王国に合わせて貨幣単位として、ゴールド(一ゴールド=一万シルバー相当)>シルバー(一シルバー=千カッパー相当)>カッパーが使われている。
旅行者用の安い宿屋や定食が五百カッパー(0.5シルバー)で、町場の平職人の月給が二百シルバーほどなのが相場になり、数ゴールドで田舎に家が建つとなれば、十万ゴールドがどれほどの価値があるのかわかろうものである。
ましてや精霊が宿った宝具となれば、モノによって安くて数百万ゴールド。高ければオークションで天井知らずの値段になるであろう。
無論商売上ではその程度の金額は日常的に右から左へ動かしているが、個人へポイと渡すには金額が大きすぎる。
自然と警戒する息子たちに、さもありなんと頷きながら続きを口にするクラヴィス公王。
「これは時期継承者を決めるため、代々の頭首が決めた試験だ。お前たちには三年の猶予を与える。その三年間に、己の才覚ひとつでいまある元手を最低十倍にするのだ。それができんものはルエーガー家の門を跨ぐことはままならん。支度金が手切れ金となるものと心得よ」
「「「!!!」」」
絶句する息子たちに向かって、さらにクラヴィス公王は畳みかける。
「なお、その間にルエーガー家の名を使って横線を断行することは一切許さん。そのため特製の魔法薬によって、お前たちの姿かたちをまったくの別人と変えることになる」
「「「えええええっ!?!」」」
「これは我が一族特製の魔法薬なので、他で解呪することは不可能だ。三年後に無事に役目を果たした者に解呪薬を与えよう。また、何らかの抜け道を使おうとした痴れ者には、護衛と目付け役を兼ねた精霊が世にも恐ろしい制裁を下すであろう」
一切の虚飾を感じないその宣言に、海千山千のこの父親が、妙に庶民感覚に根差している理由と、ルエーガー歴代当主が斬新な発想で営々と富を築いてこられたその秘密について、いまさらながら真実に思い立った三兄弟であった。
なお、さらに詳しい説明はつづいたが、主な要点は次のようなものであった。
①開始は今夜、全員が薬を飲んだことを確認してからとなる。
②三年後の本日、元金十万ゴールド(手形で入っているので大抵の銀行で換金可能)を百万ゴールド以上にして帰ってくること。
③金額と運用方法の内容によって、次の後継者が決定する。
④三年間はたとえ親が死んでも帰ることはままならない。
⑤違法な方法によって資産を増やした場合は、即座に失格となりお目付け役の精霊が制裁を下す。
⑥封筒の中に新たな身分証明書を同封してあるので、これを使って一個人として稼ぐように。
⑦兄弟で協力したり足を引っ張る(意図せずに行った場合は不可抗力とする)行為は禁止とする。
⑧身分証明書に書かれている氏名以外、ましてクラヴィス公王、ルエーガー家の関係者と明かした場合は即座に失格とする。
⑨誰も目標を達成できなかった場合には、縁戚から見込みのある者を選んで同じ試しを行う。当然、その場合全員失格であるので解呪は行わず、以後ルエーガー家とは無関係な人生を歩むこと。
「薬を飲んだ後、二十四時間で変身は完了する。その間は蛹のように眠り込んでいるので、手はずに従って各々をバラバラの場所に移送しておく。安全な宿を手配するが、宿代は一夜分だけなのでその後どうするかは各自が契約を結んだ精霊と相談するがいい」
「今夜からですか……」
唐突な話にさすがに渋い顔をするバルドを筆頭とした三兄弟。
「下手に事前準備などされては意味がないからな。勝負は公正にしなければ意味がなかろう?」
悪びれた様子もなく息子たち相手にも、決して油断も手心も加えない、正しくルエーガー家当主。一筋縄ではいかない。
そう改めて父親のしたたかさと非情さに戦慄する息子たちであったが――。
「あ、クリスちゃんは嫌ならやめてもいいお~☆ 危ないことしないで、ずっとパパと暮らしていけるように取り計るから」
舌の根も乾かないうちから溺愛する三男だけ、誰はばかることなくねこっ可愛がりに可愛がるその親馬鹿ぶりの変わり身の早さに、別な意味で慄然とする上の兄二人であった。
「イ・ヤ・で・す! この機会に鬱陶しいこの家から出て、自分の可能性を試してみます!」
「え~っ、危ないよ。世間って奴は碌なことはないんだから、いままで通りうちの花畑で好きな刺繍でもして愉しく暮らそうよ~~っ」
断固として言い放つクリスにすがり付かんばかりに寄ってきて、嫌々をするクラヴィス公王。
なお、クリスの趣味は観劇と刺繍であり、特に刺繍は玄人はだしであった。
(う~~む。確かにクリスに世間の荒波はきついな)
(下手をすれば初日で全財産を巻き上げられて、男娼として娼館に売られるやも知れない)
口にこそ出さないが同様の懸念を抱くバルドとファビオのふたり。
その後もグダグダとクリスを引き留めようとするクラヴィス公王と、逆に意固地になって聞く耳を持たないクリスのやり取りは続いたが、
「いい加減にしてください、父上っ。これはルエーガー家の掟なのでしょう? そうであるならクリスにも等しく機会を与えなければ不公平です!」
というバルドの説得で、『公正な取引』を標榜する彼の落としどころを落とされた形となり、渋々了承したのだった。
とりあえず五話くらいでいったん完結させる予定です。
好評であれば、続き……となればいいなーと思っています。
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特に
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こうなるとやる気が無尽蔵に湧いきますので、ぜひぜひお願いいたします!