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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
50/60

〝スプリングタイム・オブ・ライフ〟高校1年、冬

 それから、アイツは目に見えて変わった。


 まず、姿勢がよくなった。


 長かった前髪もセンター分けにして整髪料できっちりセットするようになったし、伏し目がちだった視線も真っ直ぐに相手を見据えるようになった。

 今まであまり意識したことはなかったけど、元々顔の作り自体は悪くない。糸目で細面の狐顔だが、最近人気の若手俳優に似ているという声もチラホラと聞こえる。そのうえで姿勢、表情がよくなり、身嗜みにも気を遣うようになった。眉毛も整えたし、多分スキンケアなどもしていたのだと思う。


 俺と仲が良かった陰気な漫画オタクは、どこに出しても恥ずかしくないイケメン高校生へと成長していた。

 

 変わったのは外見だけではない。

 と言うより、内面の方が大きく変わった。

 いつもボソボソと喋っていたのが、常によく通るいい活舌で喋るようになったし、――よく言えば洗練された、悪く言えば気取った、大仰な所作を取るようになった。平たく言えば、いちいち芝居がかっている、と言うべきか。言動も、尊大で自己愛的なモノへと変わっていった。

 イメージチェンジ成功だ、少し遅い高校デビューだ、演劇部に入って垢抜けたんだ、美少女と仲良くなって色気づいたんだ――身近な連中は口々に勝手なことを言う。

 俺は、そのどれもが見当外れだと分かっていた。

 アイツは。

 蕗屋透は――。


「僕はさ、貴夜――僕が夢見る完成された箱庭世界は、現実にも作り上げることができるんじゃないかって、そう考えたんだ」


 とある冬の日の昼休み――弁当を食べ終えた俺たちは教室の隅でチェスに興じていた。元々俺の趣味だったものを、最近になって蕗屋に教えて、一緒にプレイするようになったのだ。学校でやるのだから、当然立派なチェスボードなどではなく、マグネットの携帯式のモノだ。俺はいちいち大袈裟な所作で駒を操る蕗屋を上目遣いに見ながら、それとなく最近の変化について尋ねる。返答が、前述の台詞である。

「現実に?」

「そうさ。僕は子供の頃から、何だかずっと漠然とした不安を抱えていたんだよね。日常には支障がない。それどころか普段は意識に上ることすらない。ただ――確実にそこに、不安はある。何だか正体が分からないから、その正体は曖昧模糊として掴み所がなく、だからいつまで経っても払拭できない」

「持って回った言い回しはやめろ」


「僕はさ――この世界の人間は皆、何かに操られてるんじゃないかって、そう感じていたんだね」 


 右手の指先だけをパタパタと動かしながら奴は言う。恐らく傀儡師を真似たつもりなのだろう。

「……何かって、何だよ」

「そこを聞かれると弱い。何だろうねえ。上位の存在、とでも言うのかな」

「陰謀論か」

「違う違う。そういう秘密結社的なのじゃなくて――平たく言えば神様、ってことになるのかな」

「宗教か」

「違うよぉ。まあ、神ってワードを出しちゃったらそうなるに決まってるんだけど――ううん、どちらかと言えば世界観の話かな」

 世界観――漫画や小説などの創作方面では単にその作品世界の設定などを指す言葉だが、今蕗屋が言っているのはそうではなく、言葉本来の意味――つまり、自分にとって世界はどんな意味があるのか、世界の中で自分はどんな役割があるのか、という哲学的思想の方のことを言っているのだろう。

「……つまり、あれか。この世界の人間は不可視の上位存在に操られている存在であって、自由意思などないということか。運命論みたいな」

「さすがは我が友、波部貴夜は聡明だねえ」

「茶化すな。と言うか、チェス指してる時に小難しい話するなよ」

 そう言ってチェス盤を畳む。

「ああっ、今回は勝てそうだったのに」

「大駒全部取られてた局面のどこに勝機を見出してるんだ」

 この時点で二十三勝ゼロ敗だった。覚えたての蕗屋相手にハンデも手加減もなく最善手を選び続ける俺が大人げないのだろうが。

「それより、詳しく聞かせてくれ――自由意思なんてないって、そんな訳ないだろう。俺がどんな手を指すか、何を口にするか、その一挙手一投足の全てが決定されてるってのか?」

「いやいや、実際にそうでないってことは分かってるよ。理屈ではね。それで何か気に病むとか、強迫的に追い込まれるとか、そういうのは全然ない。さっきも言ったけど、普段は全く意識してないんだ。ただ、物の感じ方、世界の捉え方ってのは理屈じゃないからね」

「漠然と感じている不安の話だったか。自由意思はある、運命なんてないと諭しても意味はなさそうだな」

「そうだよ、あくまで僕の世界観だからね。『観』ってついた言葉はね、重いんだよ。人生観とか価値観とか。それは覆らないし、覆すことに意味も価値もない」

「それはいいよ。もういい。話を戻すぞ。その、上位存在に操られてるってお前の世界観と、現実にお前の箱庭を建立したいという野望と、陰気な漫画オタクがいけ好かないエキセントリック野郎になった理由は、どう結びつくんだ」

「何か凄いツッコミどころばかりの言い草だったけど!? え、建立って、法隆寺以外に使わない単語じゃない?」

「数多くあるらしいツッコミどころの代表例がそれいいのか? 建立が法隆寺以外使わない単語の訳がないしな」

「それに対して僕が何か言うのは簡単だけど、やめておこう。僕らは漫才師じゃないし、ここにはそれを見て笑ってくれるオーディエンスもいないからね」

 右腕を伸ばし、人気の少ない教室を示して蕗屋は言う。本当に芝居がかってるな。他のクラスメイトは何をしてるのかと思えば、校庭でドッチボールをしていた。小学生か。

「それで?」

「答えかい? 我が友はせっかちだねえ――ああ、分かったよ。別に勿体ぶるつもりなんてないから、そんな不倶戴天の敵を見るような目で見ないでくれたまえ」

 目の前で手をブンブン振りながら蕗屋は言う。本当に大仰な男だな。いちいち芝居がかった言い方が癪に触って睨みつけたのは事実だけれども。


「簡単さ――僕はね、操る方に回りたいんだ」


「……世界中の人間をか」

「まさか。それが不可能だと分からない程、僕も愚かではないよ。世界を操れるのは神だけだし、国民を操れるのは独裁者だけ。僕はそんな大層な人間じゃない」

「じゃあ何を操るんだ」

「もっとミニマムな世界さ。それこそ、僕の掌に収まるほどの箱庭世界。僕は今までそれを漫画と言う手法を使って紙の上に作り上げてきた。現実には興味がなかったからね。ただ、件の出来事があってから現実にも興味を持った。僕の空想世界を、現実に拡張すること――この現実世界に、この蕗屋透が操れる小規模な箱庭世界を作りあげられるんじゃないかってね、そう考えたんだ。さて、その箱庭の住人は誰がいいだろうと考えた」


 まずは、僕だよね。


「創造者たるこの僕が、第一の住人だ。この蕗屋透は創造者であり操る側の人間であると同時に、メインキャラも兼任している。だったら、それ相応の容姿、それ相応の立ち振る舞いをすべきだよね。キャラメイキングは大事だよ」

 淡々と語っているが、言葉の端々に熱を感じる。俺は蕗屋の言葉を自分なりに咀嚼して言葉を発する。

「……お前の言う現実世界に作り上げる箱庭空想世界ってのは、例えば、建物一つに人間を集めて閉じ込めてデスゲーム的なことをやらせるみたいなことか?」

 俺は空想する。

 突如密室に閉じ込められた数人の男女。部屋の隅に置かれたモニターに仮面の男が映し出され、彼はこう言うのだ。

 ゲームをしよう、と。

「うーん、まあ僕の大好物ではあるけどねえ、手垢がつきまくって擦られまくったジャンルだからねえ。新鮮味も独自性もないし、何より外連味が足りないよねえ」

「じゃあ何をするんだ。特定のミニマムな空間でお前が支配し、お前が全てを操る世界なんて、そうそうバリエーションはないだろう」

「そこは思案中だよ。と言うか、多分僕のライフワークになるだろうね。すぐには無理だけど、いつか必ず完成させるよ」

 糸目の奥、僅かに確認できる双眸は相変わらず熱を帯びている。半分冗談でデスゲームなどと口にしたが、コイツ、本気でそれを実現させるつもりでいるのか? ……いや、それは却下したのか。俺は、二年以上の付き合いがある目の前の友人の真意が分からない。

 そして、さっきの話で気になったところがもう一つ。

「……お前、自分をメインキャラに据えてるって言ったよな。当然そこには他の登場人物もいるんだろうが――その中に、俺もいるのか?」

「もちろん」

 即答されてしまった。

「……勘弁してくれ。お前に操られるなんてゾッとする」

「大丈夫大丈夫。悪いようにはしないから」

「こんなにも信用に値しない『大丈夫』もそうそうないぞ……殺し合いのゲームや命をかけたギャンブルなんて嫌だからな」

「だからそんな陳腐なのじゃないって――第一、貴夜の立ち位置は、特別だからね」

「特別?」


「僕はね、貴夜――お前を箱庭の外に配置しようと思っている」


 咄嗟には言っている意味が分からなかった。

「外? それはつまり、俺は参加しなくていいってことか」

「参加の仕方が違うって言ってるの。貴夜は外から箱庭を観察する役割さ。それで、空間内の謎を解き、問題を解決してもらいたい」

「探偵役か。どっちにしろ嫌だな。そんなの俺の役目じゃない」

「適任だと思うけど。例の騒動の時も活躍してたじゃない」

「活躍してたのは久宮だ。俺は時々、横から助言してただけだ」

「それが大事だったんじゃない。要所要所で貴夜が制御したおかげだと思うよ、あれは。久宮さんってアクセル踏み込む力は凄いけど、結構な確率で明後日の方向に突き進むじゃないか。ちゃんとナビゲートしてくれる存在が必要なのさ」

「それが俺だってのか。荷が重い。何度も言うが勘弁してくれ」

「探偵役というより、デウス・エクス・マキナかな。僕の作り上げた物語を収束に導くのは、貴夜しかいないのさ」

「話を聞けよ。何でそこまで俺に執着するんだ。それこそ久宮でいいだろう」

「貴夜じゃないと駄目なんだ。僕の箱庭世界はね、外部から観測する人間がいて初めて成立する。漫画と同じだね。漫画も、読者がいないと成り立たない」


 貴夜は、僕の最初にして、最高の読者だからね。


 微笑を浮かべてそういう蕗屋。

 よくもまあ、そんな気恥ずかしい台詞を臆面もなく口にできるものだ。

「……とにかく、嫌だからな」

 俺は、ただ拒絶の言葉を口にするしかでできなかった。


 冷静に考えれば自分の考えたキャラ設定で立ち振る舞うなんて、はっきり言って痛々しい行動だ。俗に言うところの中二病の典型だと思う。創造、などと言えばそれらしいが、要するに空想で、妄想だ。今は熱っぽく語っているが、今後どうなるか分かったものではない。

 確かに漫画に対する熱意は本物だし、才能もあると俺は思っている。だけどそれとこれとは話が別だ。漫画を描く、劇シナリオを描く――その延長で、現実世界に自らが創作して操作可能な箱庭世界を作り上げるなんて、まるで次元が違う。風変わりな友人の与太話として流して聞いていた。


 ――その時は。

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