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ニンギョウ・エチュード  作者: たもつ
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〝スプリングタイム・オブ・ライフ〟高校1年、春~秋

 演劇部は入部当初は分からないことだらけで困惑したが、持ち前の適応力で何とかなっていた。

「貴夜は本当にそつがないねえ。出来ないことなんてないんじゃないの……」

 ジャージ姿の蕗屋が部室で項垂(うなだ)れている。

 脚本家志望で入部した蕗屋は、当然新入生が本書きのみに専念させてもらえる筈もなく、他の多くの新入生と同じ練習メニューをこなしていた。発声練習、外郎(ういろう)売り、筋トレ、ストレッチにランニング――思ったより体育会系で、俺もそれには驚いた。

 ただ、俺は昔から体を動かすこと自体は苦手ではなかった。やるべきことが分かっているなら、何度も繰り返し練習と稽古を繰り返すだけだ。繰り返すうちに効率のいい動き方は自ずと分かってくるし、別に難しいことではない。

「お前は大真面目にやりすぎだ。要所要所で手を抜けばいいんだよ」

「だから、その器用さがそつがないって言ってるんだよ……」

 フィジカルがやられて、相当に参っている。

「俺なんて、本当に器用でも何でもないんだけどな……」

 ボソリと独りごちる。

 だってそうだろう。

 久宮カイラに惹かれて入部したのに、未だに彼女とまともな会話一つ交わせていない。距離を縮められない。多分、ろくに認識もされていない。さらにマズいことに、久宮の色香に惑わされた愚かな男子は俺一人ではなかったらしく――至極当然だが――どう見ても演劇ではなく久宮目当ての新入部員は数多くいた。もちろん、先輩たちだって放ってはおかない。


 誰だって、彼女を好きになるのだ。


 はっきり言って、俺はもう半ば諦めていた。

 これは無理だ。

 無理だろう。

 人気アイドルや女優との結婚を望む厄介なファンと大差ない。

 こんな、ガリ勉で本の虫の陰気な男が何をどうしたいと言うのだ。同じ空気を吸えるだけで光栄と思うべきだろう。……それはそれで気色悪い考えだけれども。

 入部して数週間は彼女のことばかり見ていたのだけど、もう脈がないと分かれば逆に気が楽になって、ここに来てようやく他の部員にも視線が向くようになってくる。

 今までだって認識はしていたけど、興味がないから顔と名前という最低限のデータしか頭に入ってなかった。しかし、よくよく見ればなかなか面白い連中が揃っている。


 その筆頭は創業者一族の令嬢、仁行所瑠璃だろう。


 俺は、本物の姫というものを始めて見た。


 育ちの良さは言動に滲みでていて、決して高飛車ではなく、品があるのに鷹揚で愛嬌もあるため、異性同性問わず人気があり、また普通に容姿も整っているので新入生の中では久宮と人気を二分している程だった。


 新入生女子といっても個性は様々で、文科系と体育会系、大人しそうなのも派手なのも、様々だ。その中でも比較的目立つ存在だったのは須藤鈴だろうか。髪を染め、スカートを極限まで短くして――さすがに練習中はジャージ姿だが――メイクも濃い。俗に言うギャルだ。およそ真面目に部活動に勤しむタイプにも見えなかったが、いつも賑やかにしているからそれなりに楽しんでいるのだろう。時々手作りと称して自作のカップケーキなどを持参してくることもあって、先輩たちからの人気もそれなりにあるようだった。


 どうして真面目に練習しているのか分からないと言えば、男子では利根真理央が挙げられる。コイツはコイツで軽薄だし下品だし、とても仲良くなれるタイプではないと思っていたのだけど、ちゃんと話してみると意外にも常識人で、さほど不快感は感じなかった。根は悪い人間ではないらしい。人間、接してみなければわからないものだ。


 まあ久宮と距離を詰められないという悩みはあるにせよ、部活動自体は楽しく、もちろん学業にも問題なく、始まったばかりの高校生活を楽しんでいた。


 問題が起きたのは、夏休み明けの9月のことだった。


 当時、演劇部内で人気実力共に一番だった女子の先輩・割木(わりき)くるみの持ち物が頻繁になくなるという怪現象が起きたのだ。最初こそ、気のせいか本人の不注意だと思われていたが、次の舞台の衣装が切り刻まれた状態で発見される、常に視線を感じる、危害を加える内容を綴った怪文書が送られるといった明確な嫌がらせが明らかになり、部内は一気に不穏な空気に包まれた。

 犯人は、部内にいる。

 誰もがそう思っていた。様々な事象を総合的に分析すれば、まず部外の人間に犯行は不可能だからだ。

 では、それは誰か。

 

 そこで第一容疑者として名前が挙がったのが――久宮だった。


 そんな馬鹿な。


 その説を主張したのは当時メインで脚本を担当していた二年生男子・福原淳司(ふくわじゅんじ)先輩だった。持ち物がなくなると割木先輩が騒ぎ出した時点で秘密裡に部室の出入り口に監視カメラを仕掛けていたらしく、犯行のタイミングと人の出入りから推理すると、久宮がもっとも怪しいという結論になり得るらしい。

 これに憤慨したのは、他でもない久宮自身だ。

『そんな訳がない』『アタシじゃない』『動機がない』『カメラだって状況証拠にすらなってない』と、激昂して反論した。

 その時まで、彼女がそこまで気性の激しい性格だとは知らなかった。猫を被っていたのかもしれない。だが、こんな風に疑われたのではいい子になどしていられないのだろう。


 その瞬間から、久宮怒涛の反撃が始まった。


 まず部室を虱潰しに調べ、目撃証言を集め、割木先輩の周囲を洗った。この時に思わぬ活躍をしてくれたのが、普段は馬鹿ばかり言っている利根で、いくつもの有用な情報を集めてきてくれた。

 だがいくら自衛のためとは言え、新入生が探偵の真似事をしているのは生意気に映ったらしく、ただでさえ目立つ存在であることも手伝って久宮は徐々に部内で孤立していった。先輩たちはまだ分かる。腹が立ったのは俺と同じ新入生たちだ。彼女の美貌に惹かれて入部した筈の男連中も、上辺では好意的に接しているように見えた女子たちも、手の平を返したように彼女に近付くのをやめたのだ。気が付くと、久宮に味方しているのは前述の利根プラス、仁行所と須藤、そして俺と蕗屋だけになっていた。俺たちは途中からろくに練習にも参加せず、来る日も来る日もファミレスなどに集まって、お互いに集めた情報を開示し合い、推理をぶつけ合った。


 結果――全ては久宮を嵌める罠であることが判明した。


 全ては久宮の美貌と存在感で部内の地位を奪われると焦った割木先輩――いや、割木の自作自演で、彼女に惚れていた福原がそれに協力した、というのが事の真相だったのだ。煩雑になるので詳細は割愛するが、刻まれた衣装の違和感やカメラの細工、怪文書の癖やいくつかの目撃証言からその真相に至り、仁行所が伝手を頼って人を使い、割木と福原を逆に罠に嵌めたことで自白させることに成功した。

 

 久宮は、勝ったのだ。


 とは言えこの騒動は演劇部を大きく揺るがし、分裂寸前にまで至った。久宮派の俺たち6人は退部する意思を見せるところまで行って、はっきり言って俺はそれでも構わないと思ったのだけど、まともな人格者であった部長、及び顧問教師が尽力して部内の調整を図り、なんとか部内にいられるようにしてもらった。まあ、してもらったも何も、俺たちは何も悪くない訳で、当然のように割木と福原の二人は部を追放されて――この件は幕を下ろす。


 だけど、これで終わりではなかった。


 むしろ始まりだった。

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