成員として――下
戦線より離れたためにオウギはキブトコと二人きりになった。ゆえに、ほかの下人には声が届かない。それを待っていたキブトコは歩きながら口を開いた。
「先に伝えねえのは一方的だからな、言っておく。俺はお前を認めていない」
「なっ!」
憚らない発言にオウギは面食らう。直接拒絶されるのはキザワシカに来てから初であった。
「それにさっきの『あれ』はなんだ? 一度怪我をしたんなら、大人しくさがれ」
つづけざまに放たれる高圧的な物言いに対し、むっとしたオウギは思わず言い返していた。
「ギラクサだって一緒じゃないか」
一瞬、強ばったようにキブトコの動きが止まる。それが失言であることに気がつくためにはもっとオウギは三つ子村と向き合っていなければならなかった。
「怪我したのはともかく、つづけようとしたのはミカズミのためだろ。お前とは本質が違う」
いまひとつ理解できない主張にオウギもいらだって来ていた。自ずと、話題にのぼったギラクサより言われた『その下人たちのためでいいと思う。頑張る理由は』という言葉を思い出す。
「君には関係ないだろ。僕は自分のためにしているんだ」
「己の力量もわかってねえやつが笑わせてくれる。自分には何ができ、どれはできないのか。それがわかってねえから、お前は怪我をしたんだろ」
「今、それを見つけようとしているんじゃないか」
「異能があるだろ、風遊鳥を呼ぶのに使えばいい。そうすりゃ当番も少しは減らせるだろうさ」
またも自分には理解できない話である。ついにオウギは声を荒らげてしまった。
「ハルピュイアって……さっきから何を言いたいのか全然わからないよ!」
だが、それは同時にキブトコが恚る結果となった。振り向いたキブトコがオウギの肩をつかんで壁へと押しやる。
「一週間だ! お前がここに来てもう一週間も経っている! だのに、お前は何も知らないのか! 何もしねえ、何もできねえ? 当たり前だろうが! 自分自身と向き合う勇気さえねえやつが我が物顔でうろつくな! ここはお前の別世界じゃねえ!」
それはオウギ自身も承知していることである。ゆえに、その言い方は卑怯であるとオウギは思った。
「……僕だって、望んで来たわけじゃない」
すねたようにつぶやくオウギを見たキブトコは急に腕の力を抜いた。
「なら、出てけ。あとで、翺翔の種子の使い方を教えてやる」
そこへ、安全地帯のほうから駆けつけて来たトモマヤが二人に向かって叫んだ。
「お前ら何してんだ! 挑戦中だぞ!」
トモマヤは今日の伝令役である。指揮官に言われて来たのは明らかだった。邪魔されたと感じたキブトコが指揮官を睨みつける。視線を受けたミカズミは冷ややかにキブトコを見返していた。
と、再びトモマヤが驚いたように叫んだ。
「毛玉!?」
戦線から逃れた一匹の毛玉がオウギたちのほうへと向かって来ていた。それを見たキブトコは隠す素振りさえ見せずに舌打ちをした。
現場を二人の下人が離れたとは言え、ボクノヤミたちが魔物を取りこぼすことなぞあり得ない。大方、ミカズミがトモマヤに指示したのを見てからわざと逃がしたのだろう。
『いくらかならば見て見ぬふりをするが、大きなもめ事は許さない』
そんな小言が聞こえて来るかのような動きであった。
キブトコが【双剣】を抜く。オウギに向けていた敵意すべてをぶつけるかのようにして振られた二本の剣が正面から毛玉を切り裂いた。そのまま剣の側面を使い、押し出すようにして強引に毛玉を退かせると、反撃の隙を与えることなく倒しきった。反出した器物をオウギへと向かって無造作に投げつけると、キブトコは戦闘地帯のほうへと踵を返す。慌てたようにトモマヤがその背中に声をかけた。
「勝手が過ぎるぞ、オウギも三つ子村の一員だろうが」
「ふざけるな。半端者とも真摯に向き合ってくれるような下人のことさえわかろうとしてねえやつをお前も簡単に一員と認めるな」
それがだれを指しているのかはオウギにも理解できた。
ゆえに、オウギは思う――君だっておんなじだろ。まさか、ギラクサが何に祈っているのかなんてことまでは知らないだろうし……。
キブトコの態度に顔を歪めたトモマヤが「何があったのか?」とオウギに尋ねる。それに対し、オウギは首を横に振ることしかできなかった。
※
挑戦の帰り、オウギにはウノカが付き添っていた。その理由をウノカがオウギに聞かせる。
「昔ね……と言っても、実際に俺が生きていたわけじゃないんだけど……事故があったんだよ。迷宮に初めて挑戦した下人が――高ぶっていたんだろうね、帰るときに浮游の種子を使い忘れて橋から落ちてしまったんだ」
その下人はどうなったのかという問いをしようとしたオウギだが、生きているわけがないと考えなおす。もし、無事だったのであればこのようにウノカが付き添うことなぞなかっただろう。
「柵とかをつくらないんですか?」
「橋にかい? それは難しいだろうな。理由はさっぱりわからないけれど、橋を傷つけることはできないし、手すりを設けようとしてもすぐに壊れてしまうんだ。もしかすると、跨って少しずつ渡るというのが一番安全なのかもしれないが、俺たちには浮游の種子があるんだ。これを使ったほうが賢いだろうな」
キブトコに言われたからではないが、ギラクサのことを少しだけ知りたくなったオウギは重ねてウノカに尋ねた。
「ほかに……その、下人が三つ子村からいなくなっちゃう原因とかってあるんですかね? 追放以外で」
「死者ってことだな、ふつうにあるよ。【天災】っていう大きなものがあるんだが、これは俺から話すよりラウケイに聞いたほうが早いな」
思いもよらない下人の名前にオウギは聞き返していた。
「ラウケイに?」
「ああ。ラウケイの異能は天災を治すものなんだよ」
そうして話していると、いつの間にかオウギは南の村へと戻って来ていた。目の前には子供たちと戯れる大人の姿が見える。どうやら異能を使って口笛の音色を変えているらしい。泡が弾けるような音、それでいて鏗然としている不思議なものであった。
オウギは思う――みんな、それぞれの役目を果たしているんだな……。僕も今日みたいなことは二度とごめんだ。せめて、居場所を作らないと……成員としての。
ふいにキブトコの顔が浮かんで来たオウギは「君のためじゃない」と胸中でつぶやいた。
〔注記〕
*3:ミカズミが治療者としての出番があることを恐れていたのはほかの下人も知るところである。ギラクサはミカズミの出番をなくすために自分の怪我を隠した。
*4:あらかじめ予告してあった「橋に柵や手すりを設けない理由」は上記のとおりである。
21/5/12――「浮遊の種子」という作中用語を「浮游の種子」に、「滑空の種子」という作中用語を「翺翔の種子」に改めました。




