みんなのために――下
白緑の髪。
ギラクサはすぐに見つかった。初め、ギラクサは大木の前でひざまずき、祈るように手指を組んでいたが、やがて目を開けると、自身の周りに並べられた片手剣を順番に手で触れていった。その間ずっと、ギラクサの顔は正面を向いたままである。
異能の練習。
それを見ながら、オウギは以前にワガイルカより伝えられたギラクサの異能について思い出すとともに信心深いのだという感想を抱いた。頃合いを見計らって「あの」と声をかけると、オウギが言葉をつづけるより一足早くギラクサが口を開いた。
「待って。先に片したい」
「あっ、うん……ごめん。手伝うよ」
※
当初、相談なぞする予定のなかったオウギである。話には脈絡がなく、たどたどしい口ぶりのひどいものであったが、ギラクサは澄まし顔のままで言葉をはさむことはしなかった。一とおり聞きおえると、確認するようにギラクサが口を開く。
「頑張る訳ね?」
「うん」
うなずくオウギを待っていたのは思ってもみない一言だった。
「神様は公平だと思うの」
「……え? うん」
いまいち飲みこめないオウギをよそにギラクサが話をつづけていく。
「だから、一方的を許さない。いつも頑張らないと駄目。いざ、頑張ろうとしてもできない。頑張っている下人に不公平だから」
「ええと……つまり、それは頑張りたいものが見つかったとしても、普段から頑張っていないと、神様は頑張らせてくれないっていうこと?」
「そう。怠け者はずっと頑張れない」
直截な発言にオウギは耳が痛くなった。「でも」と、オウギが重ねて尋ねる。
「ギラクサは迷宮が怖くないの?」
「少しだけ。それより自分の異能が怖い。あたくしの異能は一方的なの。だから、迷宮に行くのは罰だと思う」
オウギは思う――たしか、ギラクサの異能にはボクノヤミさんも関心を寄せていたはず。そんなにすごいものなのか。さっきの感じだと、何をするのかいまいちわからなかったけど……。
尋ねようとしたオウギより一足早く、ギラクサは《拡声器》についても忠言をした。
「オウギも一緒。異能が一方的。だから、他人のためにだけ使ったほうがいい」
魔力に限りがある以上、自分のために無駄づかいすることは難しいのではないかという疑問を抱いたオウギであったが、大事ではないと考えて口に出すまではしなかった。
はっと、ギラクサが息をのむ。「喋りすぎた」と言わんばかりに小さく謝ると、ギラクサに代わってオウギが話題を最初のものに戻した。
これまでの言動からオウギにもギラクサの動機は理解できた。なぜ、怪我を隠そうとしてまで挑戦をするのか。なぜ、ラウケイは自分にギラクサを紹介したのか。そしてなぜ、ギラクサは《拡声器》の助言を自分にくれるのか。それらのどれもが他人のためという動機を示している。
根本にある公平の思想でさえ、頑張るのは常に他人のためだ。いつか、自分のために必要になったときのことなぞ、はじめからギラクサは考えていない。もし、そうならば一方的に他人のために頑張ることはしていないだろう。いざというとき、普段から利己的に動けていない下人は自分のために頑張らせてもらえないという信仰なのだから。
「じゃあ、本当にギラクサはみんなのためにやってるんだね」
会って間もないオウギから核心を衝く一言を受け、ギラクサは小さくうろたえた。
「そう……かな」
「でも、僕にはいまいちぴんと来ないよ。バシハにはそれなりに恩があるけど、姉さんに僕の力なんて必要ないだろうし」
なおも悩むオウギに対し、ギラクサは道を示す。
「オウギは村の一員。でも、みんな認めているわけじゃない……キブとか。その下人たちのためでいいと思う。頑張る理由は」
オウギは思う――認めてもらう……。つまり、自分のためってことか。
自分のために頑張れないという相談だったにもかかわらず、オウギが見つけた答えは皮肉なことに同じであった。だが、逆説的ではあるが、結果としてそれはオウギを前進させることになる。
会話をおえようとしたオウギの頭にギラクサの祈る姿が浮かんだ。「そういえば」と、なんともなしにオウギが尋ねる。
「さっき、ギラクサは何に向かって手を合わせていたの?」
この六日間、下人が神への祈りを捧げている姿をオウギは詠唱を除いて目にしたことがなかった。大した疑問ではなかったものの、またもギラクサの答えは予想外のものであった。
「いなくなった下人」
「……ふ~ん」
真っ先に浮かんだのは村から追放された下人の話であったが、ギラクサが祈っていた対象の大多数は単なる死者である。
オウギは礼を言うと、ギラクサの家から外へと出た。広い空を見あげながら、オウギはギラクサの言葉に触発されて昔のことを思い出していた。
日本。
オウギといえど、常に無気力だったわけではない。人並みに二親には感謝していたし、そうであるがゆえに不用意な心配をかけぬように努力したこともあった。何事も並みの成績しか出せなかったが、結果的にオウギの望みはかなったと言える。無論、それは二親が放任主義であったことが大きいのだが、それでもオウギなりには頑張ったのである。たとえ、それが小さな努力であったとしても……。
だが、今は違う。
あのころの友達や家族はここにはいない。自分一人だけなのだ。
オウギは思う――そっか。僕はもう自分のために頑張るしかないんだ。
決意を新たにしたオウギがラウケイの家のほうへと顔を向ける。視線の先には自身の名を呼ぶバシハがオウギに向かって大きく手を振っていた。
※
そして、これは同時にバシハの忠告が無駄になったことを意味した。




