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アイスオーガ奮闘記  作者: ポンタロー
4/13

回想1

一年前

「ナンバーⅠが来てる?」

仕事の報告を終えた俺に、楓はそう切り出した。

「そ、京都本部からこっちに転属になってね。あなた、他のナンバーズに会ったこと無かったでしょ?」

ナンバーズとは、日本各地に配置されている、腕利きエージェントのことだ。

ちなみに俺のナンバーはⅡ。ナンバーはⅠからⅩまであり、ナンバーが若いほど強いということになる。あらゆる事態に迅速に対応する為、ナンバーズは日本各地の支部に分かれて配属されている。ナンバーズ同士が会うことは、特殊なケースを除き、非常に稀だ。

「なんだよ、またなんか起こったのか?」

不審顔の俺に、楓は軽く手を振って答える。

「ちがうちがう。本当にただの転属。なんか京都に飽きたんだって」

「マジかよ。そんな理由で転属なんて許されんのか?」

「まあ、普通は許されないんだけどね。歴代最高の実力を持つって評判だから、元妖院も下手に却下して、へそ曲げられたくなかったんじゃない」

「京都本部は大丈夫なのかよ。ナンバーズが不在になるんだろ?」

「大丈夫よ。さすがに本部だけあって、他にも手練がわんさかいるから。なんでも、前から東京に興味があったらしいわ」

「子供かよ」

「子供じゃないけど若いわよ。一八歳」

楓の言葉に、俺は耳を疑う。

「マジで?」

「マジで」

信じられなかった。これでも神童とか呼ばれて、ちょっといい気になっていたのだ。

「一応、挨拶くらいはしといたら?」

「そうだな。どんな面か見てみたいしな」

そう言って、俺と楓は部屋を出た。


「あ、あれがナンバーⅠ?」

楓に案内され、組織の一室を開けた瞬間、俺はフリーズした。だって……

エロゲーしてますやん。

そこには目を血走らせ、はあはあ言いながらエロゲーに没頭している男がいた。もちろん、傍らにはティッシュを完備。俺は静かに扉を閉め(ゲームはHシーンに突入しているのがチラリと見えた)楓に向き直る。

「楓」

「何?」

「アレはなんだ?」

「組織のナンバーⅠ」

「あれが?」

「そうよ」

「エロゲーしてたぞ」

「そうね」

「ズボン下ろしてたぞ」

「そうね」

「つまりお前は、真昼間からエロゲーに没頭し、目を血走らせながら、ティッシュ片手にはあはあ言ってんのが組織のナンバーⅠだと?」

「そうよ」

「ほあたぁ!」

「ゲホァ!」

俺の放った七色のアッパーが、楓の顎を捉える。フッ、世の中には言っていい冗談と悪い冗談がある。

「痛い。何すんのよ!」

ええい、そのなりでくねくねすんな。気色悪い。

「あんなのが俺より強いわけねーだろ!」

「俺になんか用かい?」

「何!」

振り向くと、俺の背後に先ほどの変態が立っている。

馬鹿な。俺がこんなに簡単に背後を取られるなんて。

「なんか知らねーけど、騒ぐんなら他所でやってくんねーかな。今、取り込み中でね」

そう言って、ナンバーⅠはゆっくりと俺から離れた。俺は心の中で奴への評価を大幅に修正する……必要ねーや。チャック開いてるし。

「あんたが西宮統麻か?」

「そうだ」

「組織のナンバーⅠだってな」

「らしいな。興味ねーけど」

「ナンバーⅠには見えねーけどな」

「だよな。俺もそう思う」

統麻は締まりのない顔で笑った。ええい、いちいち癇に障る奴だ。

「俺も一応組織のナンバーⅡでね。どうだい、ひとつ手合わせしてくんねーかな」

「嫌だよ。面倒くさい」

統麻は心底嫌そうに手をヒラヒラさせる。

「なんだよ、逃げんのか?」

「どう取ってもらってもかまわないぜ。とにかく俺はゴメンだ」

「いいじゃない。やりなさいよ」

助け舟は意外なところから出た。声のした方を見ると、今のやりとりを聞いていたらしい紫苑が、こちらに向かって歩いてくる。今日もビシッと決まっていて、私には隙なんかございません的なオーラが出ていた。

「これから同じ職場で働くんだから、互いの力量を知っておくのは悪いことじゃないわ」

紫苑はなにやら楽しそうだ。

「やだよ。めんどくさい」

「あんたが勝ったら前に買ったゲームの代金、経費で落としてあげる」

「よし、やろう」

「早っ!」

でもまあ、とにかく勝負できるってことだ。その前に……

「一ついいか?」

「なんだ?」

「チャック閉めろ」


「ぐはっ!」

強烈な蹴りを受けて壁に叩きつけられる。もう何度倒されたか分からない。

「おーい。まだやるかー?」

蹴った本人は息一つ乱さず、手を頭の後ろで組んで口笛を吹いている。マジかよ、こんなに力の差があるなんて。筋力自体はそう変わらないはずなのに、こちらの攻撃はまるで当たらず、逆に向こうはこちらの体勢が崩れたのを見計らって攻撃してくる。

まるで、こちらの動きが読めるかのように。

「おーい。大丈夫かー? やりすぎたかな?」

統麻が無防備に近寄ってくる。今だ。俺は統麻が十分近づいたのを確認して、殴りかかった。この距離なら外さない。

「無駄だよ」

統麻は俺の攻撃を最小限の動きでかわし、そのまま俺の背中に回りこんで蹴りを叩き込む。

「がはっ!」

あまりの衝撃に息が出来ない。体中の骨が軋んだような気がした。

「惜しかったな。今のは悪くなかったぜ」

統麻が静かに告げる。まるで、終わりを告げるように。

「はーい。そこまでー」

別室のモニターで観戦していた紫苑が、戦いの終わりを告げる。

瞬殺、そして完敗だった。


「いやー、見事にやられたわねー」

俺の傷を手当しながら、紫苑が楽しそうに言った。くっそ、何も言い返せない。

「ゴメンなー。手加減したんだけど」

統麻が悪びれもせずそう言った。うう、みじめすぎる。

「一応、改めて自己紹介しとくわ。西宮統麻、京都本部からの転属だ。まっ、ナンバーのことは気にせず気軽に接してくれ」

統麻が右手を差し出す。俺は少し間を置いて、その手を取った。そこに学校の制服と思われる、緑色のブレザーとスカートに身を包んだ少女が入ってくる。俺は、その子を見て絶句した。

「兄さん♪」

「よう、由希乃」

少女は嬉しそうに統麻に近寄った。

「学校は終わったのか?」

「うん、今日は手続きだけだから」

そう言って少女は笑う。に、似ている。あいつに。顔も、声も、何もかも。

俺が何も言わないことに気付き、統麻がこちらに向き直った。

「ああ、紹介するわ。東岡由希乃、俺の義理の妹だ」

統麻が少女の頭を撫でる。少女は気持ち良さそうに目を細めた。

「じゃあ、俺達はこれで失礼するわ。由希乃に色々案内したいからさ」

出口に向かって歩く統麻が、最後に一度足を止めた。

「そうそう、俺達、都庁の中で部屋を用意してもらうことになったから。暇なら遊びに来てくれ。ではではー」

言葉を発することのできない俺を残し、二人は部屋から出て行った。


「紫苑」

「何?」

二人がいなくなって、ようやく俺は声を出すことができた。

「あの子は……。あの子はあいつの身内なのか?」

なんとか声を絞り出す。自分でも驚くほど、声に力が無いのが分かった。

紫苑はため息を一つ吐いて答える。

「妹よ。双子のね」

そうか、あいつの守りたかったものっていうのはあの子か。二人が消えた扉を見ながら、俺はしばらくの間立ち尽くしていた。それが、俺達の出会いだった。


はあ、気が重い。統麻との勝負から数日、やられた傷もとうに癒え、久しぶりに組織に向かう俺の足取りは限りなく重かった。

理由はもちろん東岡由希乃と名乗る少女のことだ。正直、俺はあの子にどんな風に接していいのか分からない。すでに俺は組織で暮らしている訳ではないので、そう度々会うこともないのだが、今日は紫苑から呼び出しがあった。用件はすぐに終わり、俺はエントランスを出る。

あいつとのことを伝えるべきか? でも、あの子は組織やこちらの世界のことを何も知らないらしい。どうやら統麻が口止めしているようだ。楓や紫苑もナンバーⅠからの頼みを無下にはできないらしく、東京支部全体で由希乃に組織のことを悟られないように配慮している。

だから表向き、統麻は住み込みで働く警備員ということになっている。と、なると……

「だーれだ?」

不意に視界が真っ暗になる。どうやら目を塞がれたらしい。でも、誰だ?

さすがに組織のエージェントがこんな真似をするとは思えないし。いや楓ならありえる。

しかし、俺の目を塞いでいるのは、どう考えても女の子の手で。それにこの声には聞き覚えも……

「ざーんねん。タイムアップでーす」

そう言って小さな手が退けられる。振り向くと、そこには東岡由希乃が立っていた。彼女は悪戯が成功した子供のように嬉しそうに笑っている。俺はどう反応していいのか分からず、呆然としていた。

「あう、ご、ごめんなさい。調子に乗りすぎました」

俺が黙っているのを気分を害したととらえたのか、由希乃ちゃんは困ったようにあわあわしながら謝ってくる。

「いや、突然のことでびっくりしただけだから。別に怒ってる訳じゃない」

なんとかそう答える。だが、頭の中はパニックだった。今の今まで考えていた少女がいきなり現れたのだ。そりゃパニックにもなる。しかし、由希乃ちゃんはその言葉に安心したのか、

「よかった。怒らせてしまったんじゃないかって、思っちゃいました」

由希乃ちゃんは屈託なく笑った。自分の動悸が速くなり、顔の温度が高くなっていくのがはっきりと分かる。な、なんでだろう。どきどきする。変だな。

「と、ところで、こんなところでどうしたんだい。学校の帰り?」

俺は心情を誤魔化すために話題を変えた。よく見ると、由希乃ちゃんは前に見た緑色の制服を着ている。

「はい、そうです。今日は午前中で終わりだったので。帰ってきたら、騎神さんが難しい顔してたからつい。ごめんなさい」

由希乃ちゃんがチロリと舌を出す。その仕草はとても可愛くて。だめだ、またどきどきしてきた。ほんとにどうしたんだろう。

「あら、二人一緒なの。ちょうどよかった」

見ると紫苑が階段から降りてくるところだった。今日も赤いスーツでビシッと決まっている。

「どうしたんだよ。まだ何かあんのか?」

「あなた、今日暇でしょ。由希乃ちゃんに東京案内してあげて」

「はっ?」

いや、無理でしょ。ちょっと話しただけで、何故かテンパッてんのに。そんなことしたらこっちの身がもたん。

「いやいや、二人はまずいでしょ。お兄さんが黙ってないと思うぞ」

「そのお兄さんからのご指名なのよ。だれか就けるなら、あなたを就けてくれって」

紫苑はことも無げに答える。

「マジかよ。妹のことが心配じゃねーのか?」

「ああ、こうも言ってたわ。あいつは間違いなくヘタレだから大丈夫だって」

あ、あのやろう。俺が怒りに拳を震わせていると、そっと小さな手が添えられた。

「あ、あの、もしかしてご迷惑ですか?」

見ると、由希乃ちゃんが不安そうにこちらを見上げている。

「い、いや、今日はちょうど暇だったから構わないけど」

俺は慌てて顔を背ける。うう、彼女の顔をまともに見ることができない。

「ほんとですか。やったあ」

いきなり由希乃ちゃんが俺に抱きついてきた。柔らかい体が押し当てられる。

それになんだか甘酸っぱい良い匂いがして。俺、大丈夫かな?


よく笑う女の子だった。見た目はあいつそっくりなのに、性格はまるで違う。

太陽と月みたいだ。由希乃ちゃんの笑顔は、見る者全てを幸せにするかのような笑顔だった。

「わー、ここが渋谷ですかー? 人がいっぱいですねー」

そう、紫苑に言われて由希乃ちゃんに東京を案内しているのだが、どこに行きたいかという問いに、彼女が真っ先に答えたのがここだった。

やはり、若い女の子にとって渋谷というのは特別な場所らしい。

「あ、ここが109。すごーい、おっきー」

見るもの全てが新鮮なのか、嬉しそうに目を輝かせながら周囲を見回っている。土曜の午後だけあって、渋谷は人で溢れていた。由希乃ちゃんとの距離が少し離れたその時、いつの間にか三人連れの男が由希乃ちゃんに声をかけていた。

「君、可愛いね。よかったら、いっしょにお茶しない?」

典型的なナンパである。

「えと、ごめんなさい。連れがいるので」

由希乃ちゃんは少し慌てながらも、申し訳なさそうに答える。

「うっそ、ひとりじゃん。いいから行こうよ」

しかし、男の一人が強引に由希乃ちゃんの腕を掴んだ。

「おい」

俺は、男達の後ろから声を掛ける。何故かは分からないが、頭にかなり血が昇っていた。

「その子は俺の連れだ」

そう言って由希乃ちゃんと男達の間に割って入る。

「なんだよ、てめー」

「だから、この子の連れだよ」

自分達が人数で優っているので強気なのか、男たちは引き下がらない。

取り囲むようにして、俺達を睨み付けた。

「この子は俺達が目―つけたんだよ」

「連れだかなんだか知らねーけど、さっさと消えな」

「そうそう、これから俺達、その子と楽しいことするんだからよ」

男達が下卑た声で笑い出す。くっそ、殺してぇ。でも、由希乃ちゃんの前だしな。

後ろを見ると由希乃ちゃんは少し怯えていた。俺の怒りのボルテージがさらに上がる。

「ごめん。由希乃ちゃん。ちょっと、目を瞑っててくれる?」

「えっ」

「ちょっとの間でいいからさ。お願い」

「あ、はい」

由希乃ちゃんは素直に目を瞑った。さて、

「おい、てめえ。なにシカトしてんだ。痛い目……ぐあ!」

男が言い終えるより早く、俺はそいつの首を掴んで握り締める。俺の指が男の首にギリギリと食い込んでいった。

「消えろ。殺すぞ」

本気の殺意を込めて告げる。それだけで十分だった。手を離すと、男達はガクガク震えながら脱兎の如く逃げ出した。

「もういいよ」

男達がいなくなったのを確認し、由希乃ちゃんに声をかける。

「あれ、さっきの人達どうしたんですか?」

由希乃ちゃんは周囲を見渡しながら、不思議そうに俺に尋ねた。

「なんか用事があるって帰っちゃった」

「そうなんですか。よかった」

多少は変に思いつつも、由希乃ちゃんは安堵の表情を浮かべた。

「ごめんね。俺が目を離したばっかりに」

「あわわ、違います。私がいろいろ歩き回ったから、はぐれちゃったんです。こっちこそごめんなさい」

二人して頭を下げる。妙な光景だった。

「じゃあ、この話はおあいこってことで、終わりにしませんか?」

由希乃ちゃんは笑った。その顔はとても眩しくて。俺はまともに見ることができなかった。

「ああ、そうだな」

「でも、今度ははぐれないようにしなきゃ。そうだ」

不意に、右手に仄かな温もりを感じる。見ると由希乃ちゃんが俺の手を握っていた。

「これならはぐれませんよね。今度はどこに行きましょうか?」

由希乃ちゃんは嬉しそうだ。良く考えてみると、女の子と手を繋いだのって初めてだな。

やばい、手に汗かいてきた。

「そ、そろそろ休憩しない。どこかでお茶しに行こうか?」

まずい、声がどもっている。今まで女の子と出かけたことなんて無かったから、こういう時どうしたらいいのか分からん。

「いいですね。私もちょうど喉渇いてたんです。行きましょ」

ほっ、よかった。なんだか今日はどきどきしっぱなしだ。


「お待たせしました。スペシャルジャンボパフェでーす」

差し出されたパフェを目の前にして、由希乃ちゃんの目が輝く。

「こ、これがパフェですか」

しかし、ごくりと喉を鳴らすものの、なかなか手をつけない。

「どうしたの? 食べないの?」

「あ、あのこれ、どこから食べるんですかね?」

由希乃ちゃんがもじもじしながら尋ねた。

ずるっとテーブルについていた俺の肘が滑る。これは何かの前フリなのか?

「ふ、普通に上から食べればいいんじゃないかな」

と、結局普通の返ししかできない。

「そ、そうですよね。すいません、変なこと聞いて」

由希乃ちゃんがスプーンを手に持つ。あれ、ひょっとして……

「由希乃ちゃん。パフェ食べるの初めて?」

ギクッという音が聞こえてきそうなほどの勢いで由希乃ちゃんの肩が跳ね上がり、

「実はそうなんです」

と、今度はしょんぼり肩を落とした。

「私の家すごく厳しいところで、全然こんなところ来られなかったんです。前の学校じゃ、帰りに寄り道だってしたことなくて」

「そ、そうなんだ」

まずい、なんか空気が重たくなってきた。なんとか話題を変えないと。

「あ、でも今はすごく楽しいです。兄さんが私をこっちに連れてきてくれたから。お友達だってたくさんできました」

空気の重さを感じたのか、由希乃ちゃんの方から話題を変えてくる。

情けないな、フォローされっ放しだ。

「ああ、兄貴と言えば、今日は仕事なの?」

「いえ、部屋でエロゲーしてます」

「ぶっ!」

俺は思わず飲んでいたコーヒーを噴き出した。女の子の口からエロゲーって。

「え、エロゲー?」

「はい、兄さん、新しいゲームが出ると、部屋に引き篭もってなかなか出て来ないんです。今日も、ソラちゃんが俺を呼んでるーとかなんとか言って、引き篭もっちゃいました」

由希乃ちゃんは困ったように笑う。

「まあ、新作ゲームが出てなくても、兄さんはこんなに人の多いところ来なかっただろうけど」

「そうなの?」

「はい、兄さん、人込みが大の苦手でなんです。うるさすぎて頭が割れるーとか言って」

「そ、そうなんだ。大変だね」

「はい、大変なんです」

由希乃ちゃんはくすりと笑って続ける。一つ一つの仕草が本当に可愛い。

「でも、私は兄さんに感謝してるんです。兄さんのおかげで私は外の世界に出られたから」

そう言った由希乃ちゃんの顔は、同い年とは思えないほど大人びて見えた。


喫茶店を出て、少し渋谷を散策したところで今日はお開きになった。由希乃ちゃんと一緒に都庁まで帰ってくる。別れ際、由希乃ちゃんがこちらに振り返った。

「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」

満面の笑顔。やばい、またどきどきしてきた。

「いや、こっちも楽しかったよ」

「ほんとですか? よかった」

嬉しそうに笑った後、由希乃ちゃんは少し躊躇いながら続ける。

「あの、騎神さん……」

「ん?」

「これからは、凍士さんって、呼んじゃだめですか?」

「えっ」

「いや、あの、騎神さんって呼ぶの、なんだか他人行儀な気がして。だめだったらいいんですけど」

尻すぼみに声が小さくなる。なんて答えたらいいんだ。

「いや、凍士でいいよ。さんもいらない。俺だって由希乃ちゃんって読んでるしな」

「あ、じゃあ、わたしも由希乃でいいです。えへへ」

俺の言葉に由希乃ちゃんは再び笑顔になる。一応はこれで正解だったらしい。

今まで生きてきた中で一番頭使ったよ。

「じゃあ、凍士。また今度ね」

「ああ、またな。由希乃」

由希乃が手を振って、エントランスに消えていく。別れたくない。もっといっしょにいたい。なんでだろう、こんな気持ちになったこと、今まで一度も無かったのに。

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