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好きに生きて、何が悪い  作者: 瀬南 葵


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第3話

三 齋藤瞳(さいとうひとみ)


 

 わたしには好きな人がいる。だけどそのことは誰にも話せない。話せることじゃない。相

手が既婚者だからだ。しかも奥さんとは順風満帆な生活を送っている。子どもだって二人いる。どこからどう見たって幸せな家族だ。そんな彼は、第二金甌日だけわたしのわがままに付き合ってくれる。ただ一緒に過ごすだけ。映画を観たり、ご飯を食べたり、カラオケに行ったりする。本当にただ、同じ時間を過ごす。私はそれだけでよかった。六歳も年下のわたしは彼から見たら子どものようなのだろう。だから彼は小さな子どもを見るような目でわたしを見る。そういう表情を見るたびに、胸がズキズキと痛むのを感じる。それを誤魔化すみたいに、わたしは笑う。彼の前では、わたしはなりたかった子どもでいられる。




 わたしは、生まれた時から両親と言う存在が居なかった。孤児院で育った。初めて親という存在ができたのはわたしが中学生になったばかりの夏休み。突然、今日からよろしくねと言われて知らない人たちに手を引かれ車に乗り。知らない家に招かれた。今日からここがあなたの家よ、なんて言われて意味が分からなかった。わたしにとっての家は、孤児院だった。それなのにいきなり知らない人たちと暮らすことになって、泣き出しそうだった。

 初めは二人ともすごく優しかった。久子(ひさこ)さんと(のぼる)さんといった。わたしの好きな食べ物を聞いてほとんど毎日作ってくれたし、一緒に遊んでもくれた。愛されることはこういうことなのだと、心底嬉しかった。二人がおかしくなり始めたのはわたしが高校生になってからだ。高校でできた友達と遊びに行きたいと言ったらすごく怒られた。どうして怒られたのか分からなくて、怒られたのが初めてで困惑して泣いてしまった。そんなわたしに二人は駆け寄って抱きしめて「あなたの居場所は私たちが作るわ。一番安全なところにいなくちゃ」と久子さんが言った。抱きしめる力がすごく強くて息苦しかったけれど、なんだか二人の様子がいつもと違うのが怖くてただ黙って過ごした。そこからだ。わたしが付き合う友達を指定されたり、付き合う男の子まで指定された。入る部活や受験する大学まで。しまいには友達と遊びに行くことすらさせてもらえなくなった。高校最後の夏休みは、夏期講習や登校日以外は家で過ごした。わたしは怖くなって家出同然で今の会社に就職した。家からは遠いところだったし住所も知られないように役所で手続きをした。スマホも新しいものに変えた。あれは、愛情ではなかったと思う。愛情ではない、なにか別の、執着にも似たような感情だったんじゃないかと、今では思う。


 そんな環境から脱出して、新たな日々へ足を踏み出したわたしに声をかけてくれたのが彼だった。


 「こんな時間に一人で、危ないですよ」


 こんな時間に声をかけてくる方が危ないだろう、と思いながらも一応話を聞いてみた。


 「僕、この先のオルゴール店で働いているんです。週に二回だけ夜に開くんです。良ければ寄っていきませんか?」


 柔らかな声の人で、なんだか悪い感じの人には見えなかったし、何よりオルゴールが気になって、ついて行くことにした。騙されていたらどうしよう、と不安だったけれどすぐにお店に着いた。店名は特に見当たらなかった。時刻は深夜二時。こんな時間に人がいるのかと思ったけれど、意外にも結構人がいて驚いた。


 「驚いたでしょう。平日のこの時間でも、結構くるお客さんが多いんです。ここには夜を明かすのが怖いって人や、誰かと過ごしたいという人が来店されるんです」

 「夜を明かすのが、怖い」

 「そうです。夜は特に孤独を感じやすいんだと思います。だから、そんな人たちが少しでも寂しくないように、僕は店を開けるんです。まあ、普段は会社員もしているので、週に二回しか開けられないんですけどね」


 奥さんにも怒られちゃうし。と頬をかきながら照れ臭そうに話す彼に、わたしは惹かれてしまった。自分の気持ちを彼に伝えたことはない。伝えようと、何度も思った。だけどその先の未来が分かってしまうから、自分の気持ちに見て見ぬフリをした。彼の前では何も知らない子どもでいようと決めた。すべて全力で楽しんだ。美味しいものを食べれば、美味しいと頬を手で覆ったし、泣ける映画を観て目が腫れるほど泣いたし、カラオケは声が枯れるまで歌った。この時間がいつまでも続いたらいいのに、とそう思っていた。だけど時間は残酷で、いつも一瞬で終わってしまう。楽しい時間ほど過ぎるのは一瞬だ。帰り道、彼は毎回わたしを最寄りの駅まで送ってくれる。反対方向なのに。気を付けて帰るんだよと手を振って、わたしが見えなくなるまで待っていてくれる。そんな彼に、私も見えなくなるまで全力で手を振る。手がちぎれるんじゃないかってくらいに。そうして、彼からわたしが見えなくなってからしゃがみ込む。それまで隠していた汚いわたしが、夜の闇と化してわたしを包み込む。暫くしゃがみ込んだ後、わたしは走って家に帰る。泣いてしまわないように、顔に力を込めて全速力で。帰った後はベッドにダイブして無理やり眠る。そうしないと、わたしは耐えられないだろうから。醜いわたしに殺されてしまうから。


 「紗奈さん、ご飯食べましょ~」


 会社の先輩の紗奈さんは、最近また恋人と別れてしまったらしい。わたしが知る限りではこれで四回目だ。大体半年もつかもたないかだ。その理由まではわたしは知らない。話したくないことは誰にだってあるはずだから、わたしはそれを聞かない。わたしだって、話したくないことはある。話していないことだらけだ。仲が良くても、他人は他人だ。線引きは必要だ。


 「そういえば、日比谷くんのことなんだけど」


 紗奈さんの口から、日比谷くんの名前が出たことにわたしはさほど驚かなかった。日比谷くんが紗奈さんを好きなことは知っていたし、相談もされていたから。そしてその想いが実らなかったことも。


 「あれから、日比谷くんどう?」


 遠慮がちにこちらを覗いてくる紗奈さんは、とてもかわいい。日比谷くんが惚れるのも分かる気がする。

 わたしは甘めにした卵焼きを口に放り込む。甘くしすぎたかもしれない。


 「まあまあ、元気にやってますよ~。職場でしか関わりがないので普段がどうかは、分からないですけど…」



 わたしは彼に対しての興味がないからあまり分からないけれど。仕事はしっかりやっているみたいだ。わたしと彼は同期だからそれなりに話すけれど、彼はいつも紗奈さんのことしか聞いてこない。入社当時からそれは変わらない。紗奈さんに振られた今も、紗奈さんのことしか見ていない。想いを伝えた彼を、わたしはすごいと思った。もしかしたら関係が終わってしまうかもしれないし、同じ会社で働いている以上関わることになるのに。それでも自分の想いを伝えるなんて、わたしにはできない。

 紗奈さんとお昼を食べ終えてからデスクに戻る。パソコンのマウスにメモが貼ってあった。


 『今日、仕事終わりに電話してくれ。』という短いメッセージだった。日比谷くんだ。スマホを取り出して、彼に短く断りをいれる。


 【今日は第二金曜日】


 送るとすぐに既読が付いた。スタンプだけが送られてきた。ごめんを示すスタンプだ。彼との会話はそれで終わった。わたしが毎月第二金曜日に予定があることを、彼は知っている。これまでもよく、紗奈さんのことで相談を受けていたからだ。マウスにメモを貼るのも彼だけだ。わたしはそれを見て、メッセージを送る。彼がそれに短く答えるか、スタンプを送ってくるかのどちらかだ。大抵はわたしの最寄り近くの居酒屋で飲む。小一時間くらい彼の相談を聞く。それがいつもだ。けれど、今日は違う。毎月第二金曜日、わたしは惚れた人に子どもになって会いに行く。わたしが唯一、子どもになれる日だ。


 「お疲れさまでした~」


 定時になってすぐ、わたしは会社を出る。近くのトイレで靴も服も着替えて、わたしは彼に会いに行く。定休日の彼のお店の前で、わたしは彼を待つ。


 「瞳ちゃん、お待たせ~」


 十五分くらいして、彼が来た。わたしは勢いよく顔をあげる。愛おしい顔がそこにある。


 「朔真(さくま)さん。待ちくたびれました」


 わざと、頬を膨らませてみせる。そうしたら彼は、頭を搔きながらはにかむ。わたしはその顔がたまらなく好きだ。


 「ごめんごめん。さ、今日はどこ行こうか」

 「そうだなあ、お腹空いた~」

 「じゃあ、ご飯食べようか」


 そう話しながら、彼と街を歩く。並んで歩くわたしたちは、一体どう見えているんだろうか。先輩後輩だろうか。兄妹だろうか。それとも、恋人に見えたりしているんだろうか。そうならいいのに、と思う。恋人になれなくても、周りからそう思われることくらい願ってもいいだろう。それくらいなら、許されるだろう。

 レストランに入る。窓際の二人席に座って、わたしはドリンクバーとハンバーグを注文する。彼は、ドリンクとステーキ、ご飯は大盛りだ。


 「朔真さん、いっつもそれだね。飽きないの?」


 まだメニューを見ている彼は、いつも通りにデザートを何にしようか悩んでいるのだろうか。


 「飽きないよ。美味しいからね。瞳ちゃんはいつも違うやつだね」

 「いつも同じやつだと、飽きちゃうんだもん」


 わたしはそう言いながら席を立つ。通路を歩きながら、周りが家族連ればかりだなと思う。わたしが彼と家族になれることはないんだろう。得られない未来のことを考えて、泣きそうになってしまう。オレンジジュースをいれて、子どもの顔をして彼のもとに戻る。彼の頼んだコーヒーがちょうど到着して、彼が一口飲んだところだった。彼はいつも決まって、ホットコーヒーにステーキセットのご飯大盛りを頼む。

 前に一度、聞いたことがある。変わらないことで安心感を求めるんだ。と言っていた。いつも頼むものについてじゃなくて、家族や地位のこと。わたしとの関係のことについてもそうなんだろうかと考えて、わたしは悲しくなった。彼が変わることを求めていない以上、わたしと彼の関係も変わることがない。それに悲しくもなったし、安心もした。

 いつも通りにご飯を食べながら彼と話した。仕事のことや友達のこと。彼のオルゴール店に最近行けていないことを話した。


 「確かに瞳ちゃんが来てくれるのはうれしいけど、来ないってことは少しでも夜が怖くなくなったのかなあとか、眠れるようになったのかなあとか思うのも好きだし、もし本当にそうなら、とてもうれしいんだよ」


 彼が、わたしのことを少しでも考えてくれている。そのことが、とてつもなくうれしかった。涙が出そうだった。好きな人の頭の中に少しでもわたしが存在していることが、本当にうれしかった。彼とのこの時間が、いつまでも続いたらいいのに。何度思っただろう。何度願っただろう。寝ても覚めても、彼が隣にいる夢を何度見ただろう。どうしたって得られない未来に、何度胸を躍らせるのだろう。そうして何度目を腫らすのだろう。


 「変なの~」


 わたしはそう言いながら、この想いがバレてしまわないようにオレンジジュースで隠した。彼とこうして会っている限り、わたしはわたしを傷つけてしまうのだろう。自分自身を大切にする方法を、わたしは知らない。わたしはわたしが好きだから傷つけたくはないけれど、彼と会えなくなったら、わたしは今よりももっと苦しくなるだろう。それが分かっているから、わたしは傷つくことが分かっていても、彼と会うことを選んでしまう。自分でも馬鹿だとは思う。無意味なことだと、分かっているのに。それでもわたしは今日も好きな人の前で、何も知らない子どもになる。自分の気持ちにすら蓋をして、気づかないフリをし続ける。

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