冬 九
「塒を提供しろと言われたと言う事は内大臣は群盗がどこにいるかはご存じないのですか?」
隆亮が訊ねた。
「ああ」
そう答えた内大臣の表情を見ると嘘は吐いていないようだった。
「おかしくないか?」
不意に隆亮が言った。
「え?」
「あの歌は誰が送ってきたんだ? 口封じなら歌を送る必要ないよな?」
隆亮の言う通りだ。
襲撃するのに歌を送る必要はない。
口封じをしたいのなら尚更――。
深夜――
内大臣の寝所に黒い人影が足を忍ばせて入ってきた。
「母の恨み!」
人影が刃物を持った手を振り上げる。
その瞬間、誰かが人影の手首を掴んだ。
人影がハッとして振り返る。
「あの歌はお前か」
手首を掴んだまま貴晴が言った。
「隆亮、もう起きていいぞ」
貴晴はそう言ったが隆亮からの答えはない。
「おい! 隆亮!」
貴晴が慌てて揺すると、
「うわ!」
隆亮が飛び起きる。
「お前、寝てたのか!? 私が止めなければ刺されてたんだぞ!」
「すまんすまん。で、どこだ?」
隆亮の問いに振り返ったが人影の姿は消えていた。
翌日――
「お前、夕辺わざと逃がしただろ」
牛車の中で隆亮が言った。
貴晴が肩を竦める。
おそらく、あれは中の姫の乳母子だろう。
乳母子は襲撃に紛れて内大臣を暗殺するつもりだったではないだろうか。
それなら邸の中に出てしまえば二度と手出し出来ないはずだ。
弾正台の仕事はあくまでも官人の監察であって庶民は管轄外である。
内大臣が捕まえさせたいと思うのなら自分で検非違使に訴えるしかない。
まぁそうなると乳母と中の姫の恋人のことも言わなくてはならなくなるが。
貴晴と隆亮は群盗の塒かもしれない場所へ向かっていた。
由太から逃げた群盗を尾行していた郎党が塒らしき邸を突き止めたと報告してきたと言われたのだ。
それでそこに向かっていたのである。
貴晴と隆亮の郎党を連れてきてはいるが今日は様子を見るだけだ。
元々捕縛は検非違使がやると言われている。
牛車を降りた二人が崩れた築地塀の外から邸の中の様子を窺っていると、
「にゃ~ん」
と言う鳴き声がした。
「え、猫?」
隆亮が驚いたように言った。
「なんだ、どこにでも猫がいるんだな」
隆亮の言葉を聞きながら貴晴は猫に目を向けた。
足とお腹が白くて背中が黒い……。
つつじの君が言っていた猫か……?
「……麻呂」
「え?」
「お前、麻呂か?」
貴晴の問いに、
「にゃ~ん」
猫が鳴いた。
「若様、この先に女御様の実家があります」
由太が言った。
貴晴が由太の方を振り返る。
「ああ、内大臣の言ってた女御か。それなら猫を飼っててもおかしくないな」
隆亮の言葉に、
「え……!?」
貴晴が目を見開く。
春宮を産んだ女御?
この猫がつつじの君の言っていた猫なら、攫われた先にいた『女の人』というのは女御ということなのか?
一体どういう……あっ!?
〝しきこ様なら……〟
あの時、管大納言の邸の前にいた女性はつつじの君を『しき子』と呼んだ。
『子』が付く名前は帝か春宮の妃か官位を持っている姫だ。
つつじの君は妃ではないはずだし、出仕したことがないのに官位があるというのも考えづらい。
〝幼い頃、猫を飼っていたのですが……〟
つつじの君は右大臣ですら手に入れるのに苦労している猫を飼っていた――飼うことが出来たのだ。
もしかして、つつじの君の歯切れが悪かったのは覚えてないとか、怖い思いをしたから口にしたくないとかではなく、女御が絡んでいるから答えられなかったのか……?
それは逆に言えば女御を知っているということだ。
だとしたら、つつじの君はかなり身分が高いのかもしれない。
下手したら大納言の大姫よりも……。
おそらく、この守り袋がつつじの君に伝えられる精一杯なのだろう。
再びこの守り袋に麻呂が寄ってきてくれることを期待したのだ。
大貴族の邸の前でつつじの君が言っていた猫が近付いてくればそれは攫うように指示を出した者の可能性があるということになる。
その時、
「おい、貴晴」
隆亮の言葉に顔を上げると、女御の実家の方から郎党らしき男達が近付いてくるところだった。
「やるか?」
隆亮が期待に満ちた表情で太刀に手を掛けながら貴晴に訊ねる。
こいつ、ホントに出世する気がないのか?
理由もなく女御の実家を警護している者とやり合ったりしたら確実に出世できなくなる。
というか、出世できない程度で済むかどうか……。
「とりあえず、帰ろう」
貴晴はそう言うと牛車に向かった。
「おい、卿が訪ねてこられたぞ」
つつじの君と御簾越しで向かい合っていた貴晴に隆亮が声を掛けた。
「祖父上が?」
貴晴が怪訝な面持ちで言った。
ここは右大臣邸だ。
となると普通なら右大臣に会いにきたと思うところだが今は内裏が方塞りだから別邸に行っていてここにはいない。
「お前に会いに来たのか?」
貴晴が訊ねると、
「いや、それが……」
隆亮はつつじの君がいる御簾の方に視線を走らせた。
貴晴がそれ以上訊ねる前に祖父が入ってくる。
「祖父上、ここには姫君が……」
「その姫君にお目に掛かりたい。お顔を拝見出来ませぬか?」
祖父が御簾の方に目を向けて言った。
「祖父上! 失礼でしょう。貴族の姫君の顔を見たいなど……」
「貴族ではない」
祖父が貴晴の言葉を遮る。
「祖父上! いくら祖父上でもつつじの君への無礼は……!」
「た、多田様!」
織子が宥めるように声を掛ける。
「その方は前の斎王……織子内親王様――そうではありませぬか?」
祖父が織子の方に顔を向けた。




