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影の弾正台と秘密の姫  作者: 月夜野 すみれ


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冬 八

〝うらめども うらみつくせぬ 葛(くず)の根の いや遠長(とほなが)に うらみ続きぬ〟


 貴晴が内大臣家に着くと随身の一人に文を見せられた。

 門の近くに落ちていたらしい。

 貴晴と隆亮が顔を見合わせる。


「……一体どんな恨みを買っているのか伺っても?」

 貴晴が内大臣に訊ねた。

「人聞きの悪いことを言うな。おそらく何かの逆恨み……」

 内大臣が怒ったように答える。


〝延(は)ふ葛(くず)の 後(のち)に逢(あ)はむと 契(ちぎ)りしも 風に散る葉の うらみるなりと〟


「これも逆恨みですか? 『後に逢はむ(後で会おう)』と『契りしも(約束をして夜を供にしたのに)』――約束を守らなかったんでしょう」

「女を捨てたのでは? 妻にすると約束しておきながら実際は一晩か二晩で通うのをやめた……」

「違う!」

 内大臣は貴晴と隆亮を遮った。そのまま黙り込む。


 貴晴と隆亮は顔を見合わせた。


「……では、我々はこれで」

「待ってくれ!」

「恨まれてないなら心配いらないでしょう。我々も暇ではないのです」

 貴晴が答える。


「……検非違使ではないのだな」

 内大臣が再び確かめるように訊ねてきた。

「違います」

 貴晴が即答する。


「……男だ」

 内大臣が苦々しげに答える。

「それを隠したかったんですか? 男同士なんて別に珍しくないでしょう」

「私ではない。姫だ。中の姫に男が……」


 中の姫というのは内大臣の次女のことである。

 どこの姫も上から大姫、中の姫か二の姫、三の姫……と呼ばれるのだ。

 管大納言の姫なら『管大納言の大姫』、『管大納言の中の姫』、『管大納言の三の姫』、内大臣の姫なら『白石内大臣の大姫』、『白石内大臣の中の姫』などである。

 名前はあるのだが本名は家族でも滅多に呼ばない。


 それはともかく、娘を入内させ、皇子が生まれたらその子を春宮にする。

 そして春宮が幼いうちに即位させれば祖父は摂政になって自分の好きなように政務が出来る。


 内大臣だと入内させることが出来て皇子が生まれたところで、その皇子が春宮になれるかどうかは際どいところではあるのだが、入内して子供を産まなければ話は始まらないのだから摂政になりたいなら娘を入内させるのは大前提だ。


「しばらく前、中の姫に男が出来た。いつの間にか文のやりとりをしていて……やがて乳母が逢引の手引きをしようとしたんだ」


 春宮に入内させたいなら恋人がいては都合が悪い。


「それで?」

「女御に相談したのだ」

 内大臣が答える。


「え、女御? 左大臣か右大臣じゃなくて?」

「左大臣は姫を入内させる気だし、右大臣(うち)も入内を考えているかもしれないから」

 隆亮の言葉に貴晴は頷いた。


 自分の姫の入内を考えている相手に相談したら『上手く話を付けてやる』などと言って駆け落ちの手伝いをしかねない。


 そういえば、内大臣の大姫は今上帝(おかみ)の女御か……。


「女御はその男と話を付けて下さるとおっしゃり……そして男は姿を消した。中の姫は悲しんでいたが……」

「…………」

「それからしばらくして女御は自分の皇子が春宮になれるように……」

「えっ!? 内大臣の大姫に皇子はいないでしょう」

 貴晴が声を上げた。


「話をしたのは別の女御だ」

「大姫の方の女御と内大臣は仲が良くないんだ」

 内大臣と隆亮が言った。


「しかし、恨みがどうのというなら女御は関係ないでしょう?」

「その後、色々と要求を突き付けてきて――」


 内大臣の言う女御の『要求』というのは物や金などではなく、政で自分の思い通りにしろということだろう。


「――女御の言う通りにしないと……」

「しないと?」

「中の姫の入内は出来なくなるだろうと。脅しだと思うなら……葛(くず)の下を掘って見ろと……」

 内大臣はそう言うと、庭の隅の方に視線を向けた。


「見に行かせたところ………………貴殿は本当に検非違使ではないのだな」

「違います」


 弾正台だからな……。


「骨が……」

 内大臣の言葉に、

「骨? 呪詛とか?」

 貴晴が首を傾げる。

「いや、おそらく逢引の手引きをしようとした乳母と……中の姫の相手の……」

 内大臣が答える。

「…………」


 女御は『何とかしてやる』と言って一番簡単で確実な方法を選んだのだ。

 そして、それを内大臣邸の庭に埋めて言う事を聞かなかったときの脅しとして使うことにしたのだろう。


「それでも分からんな。襲撃される理由にはならんだろ」

「別邸を群盗の塒(ねぐら)として使わせろと言われたから断ったんだ」

「何っ!?」

 貴晴が顔を上げる。


「二年前の大赦も女御が主上(おかみ)をそそのかしたのだ。きっと呪詛に違いないから除病延年(じょびょうえんねん)のための大赦をすべきだと」

 内大臣が言った。


「だが、それは大赦をさせるための計略だったのだ。主上に毒を盛り……」

「毒!?」


 都合良く帝が病になるとは限らなかったから確実な手を使ったのか……。


「恩赦の前から群盗と手を組んでいて大赦で召し放たてさせたのか、それとも大赦で出てきた群盗に見せ掛けるだけで元々収監はされていなかったのかそれは分からないが……」

 内大臣が言った。


 女御が男に生まれていたら辣腕(らつわん)政治家になっただろう。汚い手で。


「毒を盛った女官達は群盗の仕業に見せ掛けられて殺されたと聞いてこれ以上、言う事を聞くわけにはいかないと……」

「もしかして参内の途中で殺されたとかという……」

「そうだ。他の群盗が姫を攫ったり殺しているという話を聞いて、盗賊のせいに出来ると考えたらしい」

「…………」

「だが、大赦で大勢の盗賊が召し放されたおかげで都は酷(ひど)い状態だ。これ以上は……」

 内大臣はそう言って口を噤(つぐ)んだ。

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