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影の弾正台と秘密の姫  作者: 月夜野 すみれ


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冬 七

「いえ、右大臣の息子と知り合いなのです。私は……散位で、父は木っ端役人なので、うちの邸ではつつじの君をお守りするのは難しいと思いますので」

「分かりました」

 つつじの君が納得したように頷く。



「で、ちゃっかり連れてきたのか」

 隆亮が呆れたように言った。

「すまん。しかし大納言の邸は押し入られて攫われたんだから危ないだろ。かといって、うちは大納言邸よりも警備が手薄だし……。大臣は大納言より随身も多いから」

「二人しか違わないだろ」

 隆亮が答える。


 大臣の随身は八人、大納言――というか大中少納言――は六人なのだ。

 群盗が相手では大して違わない。


「まぁ、いいが」

 隆亮の言葉に、

「申し訳ありません。お世話になります」

 つつじの君が顔を伏せながら言った。



 翌日――



「改めまして、夕辺はありがとうございました」

 織子が御簾の向こうで礼を言った。

「以前にも助けていただいたのにお礼も出来ず……」

「お気になさらないで下さい。それより、つつじの君だけを連れ去った理由を、賊は何か言っていましたか? あるいは誰の指図かとか」

 貴晴が訊ねた。


「顔が見えなかったので誰なのかは……」

 織子はどこまで話していいのか分からず口籠(くちご)もった。

「そうですか」

 貴晴が落胆しているようなので話してしまいたいが、あの女性は春宮冊立がどうのと言っていた。

 帝や春宮に関わるのだとすると話していいかどうか織子には判断が付かない。


 父様は春宮冊立の邪魔などしていないと思うんだけど……。


 四歳の時に別れたきりだから断言は出来なかった。


「多田様は検非違使ではないのですよね?」

 織子が話題を変える。

「はい」

 口止めされているから言うのを我慢する。


 散位だと思われているから管大納言の大姫にも文を渡してもらえなかったことを考えると本当は話したいのだが――。


「ええと、隆亮は近衛の役人で随身をしていまして。隆亮が群盗を探しているのでその手伝いを……」


 検非違使がやることを何故近衛の随身がやるんだとか、まして散位がその手伝いをしているのはどうしてかとか色々と突っ込みどころはあるのだが他に答えようがない。


「では手懸(てが)かりを探しに行かれるのですね?」

 織子は細かいことに突っ込まずに訊ねてきた。

「はい、その……、支度を調(ととの)えたら行きます」

 貴晴の返事を聞いた由太がすぐに出ていく。


「そういうことでしたら……」

 織子がそう言うと、御簾の向こうで衣擦れの音がした。

 それから織子の側に控えていた侍女が貴晴の元に小さな袋を持ってきた。


「これは?」

「連れていかれたお邸に猫がいたんです。これを気にしていたようなので、どこかで見掛けたらこれを上げて下さい」

「猫?」

 貴晴が聞き返す。


「はい。幼い頃、猫を飼っていたのですが都を離れる時に連れていけなくて……その猫と良く似ていたのです」

「あの、そのとき住んでいたお邸はどちらですか!?」

 貴晴が勢い込んで訊ねる。


 もしかしたら引っ越して空き家になった邸を群盗が(ねぐら)にしているのかもしれない。

 そこに、つつじの君が飼っていた猫が――。


「猫のことなら多分どなたかに貰われたと……」

 織子が答えに貴晴は肩を落とした。


 それもそうか……。


 猫は珍しい動物だ。

 飼っているのは一部の貴族くらいだ――例えば左大臣とか。


 いや、内大臣の姫も飼ってるか……。


「ええと、どんな猫ですか? その、見た目というか……」

「足とお腹が白くて背中とかは黒い色の猫です」

 織子が答える。


 内大臣の姫の猫は黒と茶色のまだら模様だったはずだ。

 それなら内大臣の姫の猫とは違う。


「その猫を飼っている女性が……」

「女性!? 女がいたんですか!?」

「はい、男の人と女の人が……」

 織子が慎重に答える。


「何故、女が飼っている猫だと……」

「猫を麻呂と呼んでいたんです。男の人に、私の側にいた猫の麻呂を連れてくるようにと……」


 その時、

「貴晴、そろそろ行くぞ」

 隆亮が声を掛けてきた。

「なんだ、お前も行くのか?」

 貴晴が訊ねる。


「来てほしくないのか?」

「そういうわけじゃないが」

「それでは、つつじの君、出掛けてきます」

 貴晴がそう言うと、

「はい、いってらっしゃいませ」

 織子が答えた。



「貴晴、顔が赤いぞ」

 牛車の中で隆亮が言った。

「つつじの君に『いってらっしゃい』って言われたんだ」

「妻がいればいつでも言ってもらえるぞ。従三位なら相手が誰だろうと身分は障害にはならないだろ。大納言の姫でも、もっと低い身分の姫でも」

 隆亮この言葉に貴晴は頷いた。


 貴晴は別に身分にこだわる気はないから、つつじの君が大納言の姫でなくても構わない。

 つつじの君が婿は身分が高くなければ嫌だとか出世の見込みがないと嫌だとかいうのでなければ、だが。

 ただ、そうだとしても〝鬼〟を捕まえて従三位になればいいだけだ。


「ま、とりあえず内大臣邸に……」

「え!? 内大臣邸!?」

 貴晴が驚いて声を上げる。


「どこだと思ったんだよ」

「つつじの君を攫った奴を捕まえに行くのかと」

「捕まえただろ」

「内大臣邸に押し入った賊だって捕まえただろ」

「群盗に押し入るように指示した者は分かってないだろ。もし誰かが群盗に依頼したならまた押し入ろうとするかもしれないからな」

 隆亮の言う事ももっともだ。



「あの……若様はどちらに?」

 織子は近くに控えていた侍女に訊ねた。

「内大臣家です。夜は内大臣のお邸に泊まっておられます」

「……そう」

 織子は肩を落とした。


 そういえば貴晴は内大臣家の姫を妻にしたのだから夜に通うのは当然だ。


 やはり、あれは見間違いではなかったのね……。


 織子は密かに溜息を()いた。

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