生み出された世界
*人物紹介、用語説明は後書きを参照
*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています
2025/1/02 修正
・混沌のキャラクター性変更
・視点の変更 混沌視点→第3者視点
「ようし。それでは始めようか」
混沌の読み通り、窮奇から宝貝の制作許可はあっさり下りた。
そのことに気を良くした混沌は浮かれた気分で夢の世界に入る。
おそらくは明晰夢と呼ばれる世界。真っ暗な空間に仮想の未来を写した青い球体が5つ浮かぶだけの、普段なら少し淋しいと感じる作業空間。だが普段とは違う条件でシミュレーションを行ういたずら心が、その淋しい空間を楽しいおもちゃ箱に変えた。
「ふぅん……【観測者】に宝貝作らせなきゃいけないわけだし、流し込む神力は多めに設定しておくべきか……。そうなると並列で起動するのではなく、1つに力を集中するか」
女媧より生み出された混沌には、その女媧でさえ持ちえない能力があった。それは6つの事柄を並列で処理できるというもの。雑用を担うべく生み出された混沌は、さながら6つのコアを持ったCPUのように設計されていた。当然術も6つまで同時に発動できるが、通常の生活を送るために1つ能力を割いているため、シミュレーションに使えるのは5つである。
とはいえ、魔力――神である混沌からしたら神力は有限であるため、同時に発動するとなると神力を分ける必要がある。それに不安を覚えた混沌は普段分けている力をまとめた結果、自分の分身として世界を観測する【観測者】の1柱にすべて注ぎ込んだ。
「さて――おっと、やはり相当容量がとられるねえ」
普段の5倍の神力を注がれた【観測者】だが、宝貝の制作を命じただけで球体に表示された残り神力は残り1割を切る危険領域まで持っていかれた。
それでも普段のシミュレーションで使う分の半分が残っている計算。それを使わないのももったいないと判断した混沌は、世界間での距離や時間の単位と暦くらいは揃えることにする。
「メートル法とポンドヤード法が混在した結果、エイリアンの侵攻から逃げようとした移民船が爆散したのは、さすがに乾いた笑いが起きたからねえ……。――よし、それでは稼働といこうか!」
大体1回のシミュレーションにかかる時間は10分程度。最終的にはいつも通りの滅びにつながるにしても、派手にいじった今回がどんな結論にいたるのか期待しながら、混沌は床に転がった。
*
8分ほど経過したとき、下から球体を気楽に見上げていると、青かった球体は黄色く染まり警告の文字が全体に広がる。
「お? なんだいこれは……。ふぅん……こんなこと今までに1度だって……」
理解に苦しんでいる間にも黄色い画面は赤く変わり、狭い空間に似つかわしくないほど大きな警告音が発せられる。
もはやもたもたしている暇はない。とにかく何か行動を起こさなければまずいと思った混沌は、球体に近づくのではなく離れることを選択した。
「…………よし、起きよう。不具合が起きた場合は慌てずに再起動することだねえ。1度起きたうえで再度寝直せばきっとなんとかなるはずさ。逆になってなければお手上げという奴だねえ」
危険を察知した混沌は自分に言い聞かせるように取るべき行動を口にする。
この空間にいることがとてつもなくリスキー。さっさと去ろうとしたとき、ガシッと腰を何かに掴まれた。
「なんだいこれは! 待ちたまえ!!」
血のように真っ赤に染まった球体から伸びる、真っ黒でおぞましい腕にロックされ、混沌は恥も外聞もなく喚き散らす。だが悲しいかな、力及ばずにズルズルと球体の方に引きずられる。
「いや、助けなんて来るわけないとは分かっているけどだよ!? こういうホラーな展開は安全圏にいるからこそ楽しいのであって、自分の身に降りかかるのは――――」
混沌のみ入れる作業空間、もはや入り込める者が誰もいなくなったその場所で、真っ赤な球体だけが不気味に輝き続けていた。
*
「へぶぅ――!!」
強烈な頭痛と共に、混沌は暗かった空間から外へとに引きずり出された。
見る人が見ればとてつもなく綺麗なブリッジをかけたジャーマンスープレックス。技をかけているのは紛れもなく混沌が【観測者】として用意した分身だった。技が決まった後も両肩の付いた本体に対してホールドに移っている。
痛みで動くこともままならず、既に3カウントが過ぎている混沌に女性の声が飛んだ。
「えーと? 大丈夫……?」
その声をかけたのは身長160㎝ほど、目は大きくツリ目がちな中性的な顔の人物。見た目は男性、女性どちらとも取れるが声と黄色いリボンで髪をまとめ、ポニーテールにしているので女性と思われる。
黒を下地とした着物には肩口に灰色の雲の刺繍がされ、そこから下方に稲光が走っている。派手な柄の上着とは対称的に袴は淡い黄色で柄はない。
「ああ……。正直まだ頭は痛むけど、とりあえずは大丈夫そうだ。…………大丈夫じゃないとしたらそうだね――」
混沌はがっちりとホールドされたことでめくれ上がったTシャツの下、むき出しになってしまっている自身の下半身に目を向ける。
「どうにも見苦しいものをお見せしてしまってるようだ。すまないがショーツの1枚でも買ってきていただけないだろうか?」
着の身着のままで仮想世界に引きずり込まれた結果、ひどい醜態をされしてしまったことで、戻り次第この世界は記憶ごと消してしまおうと秘かな決意を固める混沌に対して、頼まれた女性はきょとんと首を傾げた。
「しょーつ……?」
まるでピンと来てない表情に混沌はここがまだショーツの知れていない世界と判断する。女性の服装と話している言葉から、ここが己の地元・中国ではなく隣の日本であることは分かったが、服装だけで時代が分かるほど混沌は日本の歴史に詳しくない。
「ふぅん……。おかしなことを聞くようで申し訳ないけど、ここは一体どこだい? ついでに今が西暦何年かも教えてもらえるのだが」
「平安京の東市の外れよ。西暦……っていうのは分からないけど、何年かと言われると……私の生まれが鴻鈞1990年で今19歳だから――ひい、ふう、み……鴻鈞2009年かな? 多分」
突然出された暦に混沌は混乱する。大化だ応仁だ言われても困るが全く聞いたことがない暦だと判断のしようがない。
ただし、平安という言葉に聞き覚えがあったのと、それが何と立派なのか、鶯が鳴くのかはうろ覚えだったが少なくとも西暦ならば700年代以降という計算になる。
「ふむ、鴻鈞暦……? それはいつを元年としているか分かるかい?」
「えーと……たしか今の唐国が【殷】って呼ばれてた時、それを滅ぼした【周】って国の王様がつけたとか? なんでも力を貸してもらった鴻鈞道人っていう偉い仙人様を称えて建国1年目を鴻鈞元年って定めた……って話だった気がするけど?」
余りの薄気味悪さに封神演義を熟読していた混沌からしたら、殷が滅びたのは紀元前1050年ごろの話ということは知っている。
もちろん、条件次第で国の興亡にも多大な影響があるわけだが、仮に【観測者】が宝貝を作るだけで済まさずに封神演義のロールプレイを忠実にこなしたとするなら、その滅亡の年にもこだわるだろうと混沌は考えた。
そこから逆算すれば西暦で960年くらい。なるほど次の時代がいい国だか、いい箱だかどちらにせよ1200年ころと考えればまさに平安時代だろう。
暦は揃えるように設定したとはいえ、まさか自分の名前を暦にするとは【観測者】のセンスにいささかの疑問を覚えながらも、これだけ派手に設定をいじくって生まれた世界でも隣国の歴史にすらたいした影響を及ぼせていないことに、混沌は肩透かしを食らった気分だった。
宝貝を作るだけでなく、殷を滅ぼす戦争にも勝者である周王から讃えられるほどの活躍を示した【観測者】。中国ではなく日本にいることから、滅ぼした相手の残党などから恨まれて国にいられなくなったのかと思いを巡らせていた時、急に混沌の背筋が冷たくなった。
「?」
目の前の女と目が合う。初期設定で神力を消費したところで一度世界が生まれた後はその世界の中で生きる【観測者】も自然に回復できる。つまり今ここにいる【観測者】は混沌自身が持つ神力の5/6を持っているわけで、辺りにもそいつが張ったであろう結界の存在を感じる。
これだけの密度の結界、窮奇や檮杌に饕餮といった同僚だけでなく、女媧でさえおいそれと突破することは難しいはずなのだ。ましてや国どうしの戦争でも英雄視されてるくらいの活躍をしていそうだと、うっすら感じるほどには【観測者】の力も証明されている。
――それじゃあ今ここにいるこの人間はなんなんだ?
見た目は人畜無害に感じられる人間の女が急に得体のしれない化け物に見えて、カタカタと体が小刻みに震えだす。
間違いなくあの警告音とエラーの表示はこいつが原因だと確信した混沌は、即座に逃げるために力を込める。しかしそれは【観測者】に左肩を掴まれたことで簡単に阻止された。
「私がここで何をしていたかとのことでしたが、それにつきましてはこちらの上司から説明させていただきます」
いきなりしゃべったかと思えば、まさかの丸投げ。【観測者】の裏切りに混沌は得体のしれない女と対峙することを強要された。
【人物紹介】
【混沌】――女媧に生み出された神の1柱。政治担当。人々の繁栄を目指すのが仕事。未来をシミュレートする術をはじめ様々な術が使える。現代知識も豊富。
【女媧】――中国における人間を生み出した最高神。
【窮奇】――女媧に生み出された神の1柱。統率担当のイケメン。人間中心の世界を作るためのバランス調整が仕事。
【鴻鈞道人】――宝貝を配って戦争を激化させた戦犯。混沌の創り出した観測者のこと。周の武王には感謝されている。
【檮杌】――女媧に生み出された神の1柱。武力担当。
【???】――女媧にすら破れないはずの結界に入り込んでるやべえ人間。
【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)
【宝貝】――仙人や道士が持つ不思議アイテム。
*【観測者】――仮想未来のデータ収集を行う混沌の分身体。
*【神力】――超常を起こすための力。魔力・道力・気力・妖力と所属勢力によって呼び方は異なるが、全部同じもの。
*【鴻鈞暦】――周の武王が殷を滅ぼした年に制定した暦。鴻鈞元年=紀元前1046年。
*【仮想未来】――混沌の未来シミュレーションによって作られるパラレルワールド。