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【源頼光】金熊童子

*人物紹介、用語説明は後書きを参照

*サブタイトルの【 】内の人物視点で書かれています

「まずいわね、とにかくまずは離れましょう。ほら丑御前」


 櫓から飛び降りて、震えながら座り込む丑御前の二の腕を掴んで引き起こす。すると左大臣様から付けられた男が不満そうに鼻を鳴らした。


「まだあの娘が出てきておらんではないか。この私に歩けというのか?」


「あとから追いつきますから、まずは少しずつ歩いて下さい」


 多分金熊童子と思われる影は、まだ遠くにいるからか、怖いという感じはしなかった。それでも胸がざわつくしさっさと離れるべきなのに、めんどくさいわねコイツ。


『まあ待て。この屋敷の炎、点けたのはお前たちか?』


 頑として動かないという態度の男に辟易してると、どこかで聞いたことあるようなないような言葉で話しかけられた。言葉は火車が時々混ぜるものに近いけど、火車と比べて随分太い声をしてる。


 痛てててて……立ち上がらせようとしてた丑御前が私にもたれ掛かり、握りしめる手の爪が私の腕に食い込んだ。


 正面には虎熊より頭1つ分くらい大きな女。緑の髪から4本の髪よりも薄い緑色の角が伸びて、右目があるべき場所には空洞。左足がなく、尻からは体の3倍はありそうな長い尻尾が伸びる。 


「なるほど、金属気違いっていうのは見ただけで分かるわ」


 奪われるも何も、私の履物どころか火乃兎ひのとの装備とも比べ物にならないくらい、体にも肩にも腕にも足にも全身が緋緋色金ヒヒイロカネ青生生魂アポイタカラで覆われてるのに、これでまだ欲しいのか……。てか鎧の下に小さな鎖で繋げた下着みたいなものも、青生生魂でできてる。


 それに加えて耳に指に腕、あまつさえ鬼には大切なんじゃないかと思う角にまで、金やら緑だ赤だの宝石で目が疲れて来る。


「頼光様、これが噂の金熊童子ですかい? 強いことには強いですが、手前でも時間稼ぎくらいならできそうな気がしやす」


「だよね……? でも櫓から見た時は、屋敷の反対側にいて、しかも結構距離があったのよ。アンタ接近に気づいた? 私から見ても同じ意見なんだけど、おいそれと頼むのも……」


「ふふ、頼光はこういう態度を取られるのは初めてなんだね」


「どういうこと?」


 耳打ちしてきた貞光と話をしてると、得意げに胸を張る菡芝仙が横から入って来た。ただ何を言いたいのか……。


「アレは頼光、というより私たち全員だね。まとめて戦うことになっても問題にならないと思ってるヤツの顔だよ。つまり全く相手にしてない。だから敵意も殺意もぶつけてこない」


「……なるほど。ということなら別に――」


「そうだね、刺激しなければやり過ごせると思うよ」


 失礼な話だけど、結構自分でもやってる気がするなー……。でも後ろで屋敷が燃えてるんだけど。向こうからしたら正面で、世話を焼いてもらってた屋敷が燃えてるのをどう思ってるのやら。


『もう1度聞く。火を放ったのはお前たちか?』


『そっスね。全部アイツの指示っス』


 相変わらず分からない言葉に、氷沙瑪ひさめが答えた。さすが道満さまの命令で日ノ本から唐国、ヒンディーア、ペルージャンに立ち寄りながら神聖ローマン帝国とやらまで行った娘、異国の言葉にも精通してるわね。


 私のことを指さして何を言ったのか分からないけど、金熊童子は肩をすくめて私たちに背を向けた。


『そうか、ならばまた旅に出るとしよう。この山でレアな鉱石が取れる様子はない』


 どうやらやり合う気はない……ってことかしら? たったひと言のやり取りなのに、氷沙瑪がうまいこと説明してくれたのね。金熊童子が続けて言った言葉に舌打ちしたのが気になるけど。


「良かったわね丑御前、どうやら金熊童子と闘わずに済みそ――――」


「Arghhhhh! Fuckin' dragon! Go to hell!!」


「ちょ……ッ!?」


 せっかく穏便に済んだと思って、丑御前を安心させようと油断したわ!


 突如門から荷車を押しながら全力で飛び出したるは、我らが誇るドラゴン絶対許さぬ娘。


 止める間もなく猫精霊ケットシーさんたちと一緒に押した荷車は、金熊童子に思いっきりぶつかってその場に止まった。


 保昌殿みたいにこの世界のものを別の空間に置いてるってわけじゃないのか、明らかに木でできてるっぽい荷車は全く壊れないのもすごいけど、あれだけの勢いでそんな荷車にぶつかられてるのに、金熊童子は踏ん張る様子もなく静かにその場に立っていた。


 そしてめんどくさそうにガシガシと頭を掻くと、呆れた様子で鼻から息を吐き、片方しかない目で火車を見据えた。


『やるのか? 怠いな』


 一瞬の間に火車の顔ギリギリまで迫った尻尾、その下に回り込んで両足で蹴り上げると、火車の羽織る猫耳外套の頭巾部分を掠めながら頭上を通り過ぎた。


「ニャー!!」


 猫精霊さんたちが騒ぐのも無理はない。太い尻尾が通り過ぎると、凄まじいつむじ風が巻き起こり、その中にいた私たちの体にたくさんの傷を付けていく!


「痛ッたぁぁぁ……!?」


 突然その場の空気全部が、私の体にのしかかったみたいな重さを感じる。


 顔をあげて金熊童子の顔を見ると、そこには暗い、心の底から人を凍りつかせるような笑顔が張り付いてた。


「……なるほどね、まさか防がれるとは思ってなかった? これでちゃんと視界に入れたって言うなら光栄――」


『ダメだなあ、お嬢ちゃん。オレの物を黙って盗んでいこうだなんて、本当にダメだ』


 ……違う、この人の目に私の姿なんて映っちゃいない。視線が捉えてるのは私の足元! その目は、さっきの風で虎熊が言われて包んでおいた布が裂けて、中からのぞいた緋緋色金の光に釘付けになってる。


 ああ、なんて嫌な目つきなんだろう。


 これはアレね。陸奥から戻ってすぐ、屋敷に押し入ってきたヤツと同じ目……私の母上を殺したヤツらと同じ、欲望に目をくらませた悪党の目。


「全員今すぐ逃げて!! コイツは私が食い止めるから!」


 狙いは私……ってか私の持つ緋緋色金、それなら私がいたら皆も狙われることになる。案の定皆には目もくれず、ひとり離れた私めがけて金熊童子が突っ込んできた。


「頼光様! その役目は手前に――――!」


「アンタじゃ無理よ貞光!! 頼親を殺した後、私はもう味方も敵も、誰も殺さないし殺させない誓ったの! その誓いを破らせないで!!」


「うおー! Dragon、死すべし!! 殺す、デス!! ふがッ……!!」


 火乃兎が羽交い締めにした火車を荷車の上に乗せると、橋姫さまが人形を抱きしめるように後ろから大事に抱きしめる。


 貞光も、私を追って来た金熊童子の嵐のような攻撃を遠くから見て、どうにもならないと思ったのか私の声に従って、皆と一緒に京方面に走り出した。


「そんじゃ頼光! ここは任せるから適当なとこで逃げろよ!」


「あはは! 別に、倒しちゃっても構わないんでしょ……!?」


「Of course!! むしろ、ヤレ! 絶対殺せ、デス!!」


 遅い子たちが乗った荷車を囲み、走れるヤツは走る。これ以上速く移動するのは難しい体制で皆の姿が小さくなっていった。


 さて、強がったはいいけど……どうしたものかしらね。


 避けているのに、風で削られ飛び散る血しぶきを視界に収めながら、乾いた笑いしか出てこないんだけどね……!!

【人物紹介】(*は今作内でのオリジナル人物)

【源頼光】――芦屋道満直属、摂津源氏の長。幼い頃の約束のため陸奥守を目指している。

【碓井貞光】――摂津源氏。源頼光の配下。平安4強の1人。

【茨木童子】――摂津源氏。大商人を目指す少女。商才に芯が通っている。本名月子。

【火車】――摂津源氏。ブリターニャ出身の精霊術師ドルイダス。生者を救い、死者を燃やすことを使命とする。本名キャス=パリューグ。

【猫精霊】――火車に従う3柱の精霊たち。青白い炎に包まれた手押し車を押し死体を回収して回る。

【橋姫】――摂津源氏。橋の守り神。元は橋建設のため人柱になった女性。

*【雄谷(吉弥侯部)氷沙瑪】――前世は羅刹の転生者。生前も死後も母禮に仕える忠義者。道満の播磨守就任を機に京に移った。

【丑御前】――大江山に住む鬼。頼光を姐御と慕う。

【菡芝仙】――截教究道派の仙人。朱雀の盟友。

【金熊童子】――大江山の客人。強欲のドラゴン。

*【火乃兎】――羅刹の女。油澄ま師という原油を精製する職人。氷沙瑪と仲が良かったが、陸軍にも水軍にも居場所が作れず土蜘蛛に弟子入りした。


【用語説明】(*は今作内での造語又は現実とは違うもの)

*【緋緋色金】――西洋のオリハルコンと似た性質を持つ緋色の希少金属。硬い・軽い・熱に強いと武器や防具に最高の素材だが、それ故に加工が難しい。

*【青生生魂アポイタカラ】――緋緋色金の色違い。綺麗な青色をしている。

*【唐国からくに】――現在の中国にあたる国。

*【ヒンディーア】――インドの統一王朝。

*【ペルーシャン】――アラビア半島・紅海沿岸・北エジプトにまたがる大国。

*【神聖ローマン帝国】――ヨーロッパからトルコにまたがる大国。

*【Dragon】――『心を見透かす者』の名を冠する悪魔王(第6天魔王と同一存在)、またはその眷属(天狗と同一存在)を指す言葉。


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